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第2章 契約と誓約
第71話 霧の侵攻
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「霧花姫!陽霧一族の族長、陽霧日尾《ようむひお》様と妹君の霧葉様《きりは》がお見えです!」
「通せ」
陽霧日尾《ようむひお》は、朝霧郷に居を構えさせてもらう代わりに朝霧郷のために力を尽くすことを誓約した忍びの一族の長。
霧葉《きりは》は、朝霧郷の姫君である霧花の妹であり、体の契りを日尾と交わしたことで今は彼と共に暮らしている。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「お陰様で。しかし、最近は雷雨大名の手の者達が前線とこちらを隔てる山々を越えてくるようで、一族の者たちが多く死に…」
「話は聞いている。お前たち一族と我々はもはや一心同体。悲しくも、我々も何もできない。我らの兵も、三十万の民を守るにはあまりに少ない…。さて、話は聞きたい」
「はい。情報通り、都では各地で名のある武将たちが集められています。我が領土への大規模侵攻はまもなくかと。…それと、西の少数民族たちの紛争地でも動きが」
「そうか…。それにウ族とエ族か…。奴らは元は同じ民族。思想の違いで長らく争っているが…。そいつらがどうした?」
「はい。都に近い南のエ族が北のウ族の地に大規模攻撃を仕掛けました。我々、朝霧と陽霧と交友関係のあるウ族が大打撃を受け、反撃の準備を進めているとのことです。そして今回の攻撃には雷雨大名が南のエ族に武器を供与したことが発端とのこと」
「…なるほど。万が一にも我らと交友のある北のウ族が我らに手を貸さないように、いや貸せないように仕向けてきたか」
「加えて、一部のエ族の者たちが我が領土に侵入。村で略奪行為を行なっています。僅か百人程度ではありますが、今の我らにとってこれもまた脅威となりかねません」
「…何一つ良い知らせがないか」
ひたいの汗を隠すことなく、霧花は言った。
「姉上、今からでも奴隷か傭兵を調達…」
霧葉《きりは》が最後まで言葉を発する前に霧花が遮った。
「ならん!一度契約を交わした霧ノ都に契約書を盾にいいように使われたことを忘れたか!?奴隷のようにしばる契約を我らは嫌い、もう契約はしないと誓ったはず!奴隷のようになることを嫌がった我らが奴隷を使うなど断じてあってはならん!傭兵なんてもってのほか!金のために戦う者たちをどう信じろと!?ここは我々朝霧の民の土地!仮にそれでこの地が滅びようとも、我らは我が地と民を愛する者を信じ、誓約を交わす者たちと共に戦う!」
苛立ちを晴らすかのように大声で姫君は叫んだ。
『しかし、このままでは…我々はこの世から消えていなくなる』
冷静に状況を分析する霧葉《きりは》。
「姉上、龍之介はまだ見つからないのでしょうか?」
「ああ、やつがいれば百人力。まだ希望がもてたものを…。一体どこで何をやっているのやら」
翌朝——
「霧花様!!!北地区軍師、大野介様からご報告!!!北の外縁にて雷雨大名の紋を掲げる軍が突如出現!その数、五万以上…!使い魔を入れると六万はいるかとのご報告が!!」
「六万だと…?北地区の兵力は八千…!七倍以上ではないか!」
「都から遠く離れた北地区は比較的安定しておりましたが、いきなりこの数では太刀打ちできません…!」
続けて慌ただしい足音が駆け巡る。
「忍びの者より報告が!朝霧と都の堺に集結していた軍勢、約三万が我が領地に侵入!!さらにクルナ鉱山へと続く山々の南にある敵の拠点基地において巨大な門が多数出現!空間移動魔法装置かと思われます!おそらく都に集まっていた四万の兵がここから押し寄せてくるかと!」
朝霧の姫君がその報告を聞いた数分後。
自警団の拠点へ戻る道中、椿、レイチェル、玲子の三人は、見晴らしの良い高台のある山道を歩いていた。
──そのときだった。
地平の向こう、空気の裂け目に揺らめく奇妙な光。
次いで、門のような形をした巨大な影が浮かび、そこからぞろぞろと黒い点があふれ出してくる。
「…あれは……」
椿の声がかすかに震える。
「……門……兵士か?…こ…こんなに……?」
玲子が思わず息をのんだ。
レイチェルは一歩後ずさり、膝に手をついて顔を伏せた。その肩が小刻みに震えている。
「レイチェル…?」
椿が心配そうに声をかけた。
「……ごめん……ちょっと……息が……過去と同じ、あの時と……」
声はかすれていた。彼女の瞳の奥に、大量の兵士と焼けた瓦礫、崩れ落ちた壁、仲間の断末魔が一瞬よぎる。
椿はそっとレイチェルの肩に手を置いたが、その視線の先に、何かを見つけて目を見開いた。
「……綾香……?」
敵兵の列から少し離れた資材の山の上、風に髪をなびかせながら、誰かが巨大な門を見ていた。忍び装束をまとったその少女の姿は、間違いなく──綾香だった。
「通せ」
陽霧日尾《ようむひお》は、朝霧郷に居を構えさせてもらう代わりに朝霧郷のために力を尽くすことを誓約した忍びの一族の長。
霧葉《きりは》は、朝霧郷の姫君である霧花の妹であり、体の契りを日尾と交わしたことで今は彼と共に暮らしている。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「お陰様で。しかし、最近は雷雨大名の手の者達が前線とこちらを隔てる山々を越えてくるようで、一族の者たちが多く死に…」
「話は聞いている。お前たち一族と我々はもはや一心同体。悲しくも、我々も何もできない。我らの兵も、三十万の民を守るにはあまりに少ない…。さて、話は聞きたい」
「はい。情報通り、都では各地で名のある武将たちが集められています。我が領土への大規模侵攻はまもなくかと。…それと、西の少数民族たちの紛争地でも動きが」
「そうか…。それにウ族とエ族か…。奴らは元は同じ民族。思想の違いで長らく争っているが…。そいつらがどうした?」
「はい。都に近い南のエ族が北のウ族の地に大規模攻撃を仕掛けました。我々、朝霧と陽霧と交友関係のあるウ族が大打撃を受け、反撃の準備を進めているとのことです。そして今回の攻撃には雷雨大名が南のエ族に武器を供与したことが発端とのこと」
「…なるほど。万が一にも我らと交友のある北のウ族が我らに手を貸さないように、いや貸せないように仕向けてきたか」
「加えて、一部のエ族の者たちが我が領土に侵入。村で略奪行為を行なっています。僅か百人程度ではありますが、今の我らにとってこれもまた脅威となりかねません」
「…何一つ良い知らせがないか」
ひたいの汗を隠すことなく、霧花は言った。
「姉上、今からでも奴隷か傭兵を調達…」
霧葉《きりは》が最後まで言葉を発する前に霧花が遮った。
「ならん!一度契約を交わした霧ノ都に契約書を盾にいいように使われたことを忘れたか!?奴隷のようにしばる契約を我らは嫌い、もう契約はしないと誓ったはず!奴隷のようになることを嫌がった我らが奴隷を使うなど断じてあってはならん!傭兵なんてもってのほか!金のために戦う者たちをどう信じろと!?ここは我々朝霧の民の土地!仮にそれでこの地が滅びようとも、我らは我が地と民を愛する者を信じ、誓約を交わす者たちと共に戦う!」
苛立ちを晴らすかのように大声で姫君は叫んだ。
『しかし、このままでは…我々はこの世から消えていなくなる』
冷静に状況を分析する霧葉《きりは》。
「姉上、龍之介はまだ見つからないのでしょうか?」
「ああ、やつがいれば百人力。まだ希望がもてたものを…。一体どこで何をやっているのやら」
翌朝——
「霧花様!!!北地区軍師、大野介様からご報告!!!北の外縁にて雷雨大名の紋を掲げる軍が突如出現!その数、五万以上…!使い魔を入れると六万はいるかとのご報告が!!」
「六万だと…?北地区の兵力は八千…!七倍以上ではないか!」
「都から遠く離れた北地区は比較的安定しておりましたが、いきなりこの数では太刀打ちできません…!」
続けて慌ただしい足音が駆け巡る。
「忍びの者より報告が!朝霧と都の堺に集結していた軍勢、約三万が我が領地に侵入!!さらにクルナ鉱山へと続く山々の南にある敵の拠点基地において巨大な門が多数出現!空間移動魔法装置かと思われます!おそらく都に集まっていた四万の兵がここから押し寄せてくるかと!」
朝霧の姫君がその報告を聞いた数分後。
自警団の拠点へ戻る道中、椿、レイチェル、玲子の三人は、見晴らしの良い高台のある山道を歩いていた。
──そのときだった。
地平の向こう、空気の裂け目に揺らめく奇妙な光。
次いで、門のような形をした巨大な影が浮かび、そこからぞろぞろと黒い点があふれ出してくる。
「…あれは……」
椿の声がかすかに震える。
「……門……兵士か?…こ…こんなに……?」
玲子が思わず息をのんだ。
レイチェルは一歩後ずさり、膝に手をついて顔を伏せた。その肩が小刻みに震えている。
「レイチェル…?」
椿が心配そうに声をかけた。
「……ごめん……ちょっと……息が……過去と同じ、あの時と……」
声はかすれていた。彼女の瞳の奥に、大量の兵士と焼けた瓦礫、崩れ落ちた壁、仲間の断末魔が一瞬よぎる。
椿はそっとレイチェルの肩に手を置いたが、その視線の先に、何かを見つけて目を見開いた。
「……綾香……?」
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