百万の契約

青いピアノ

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第2章 契約と誓約

第72話 迎え撃て

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「綾香!」

綾香の元へと駆けつけた椿、レイチェル、玲子の三人。

「椿くん…私、勝手なことをして…ごめんなさい」

「いいんだ。そんなことより、ここは雷雨大名の軍に侵攻される。本部から退避命令が出た。急ごう」

「う、うん…」

地響きを伴って、空間移動魔法装置で現れた兵士たちがゆっくりと迫ってくる。

「龍之介様!?」

玲子の顔が恐怖と混乱で歪む。兵士の先頭に立つのは、契約管理機構《コード・レジスト》の執行官であり朝霧郷東西地区軍師・涼の夫、龍之介。かつて人々を癒したその優しい目は、今や悪魔のように変貌していた。

レイチェルも椿も、言葉を失う。

玲子が思わず龍之介に駆け寄ろうと前に出る。つられてレイチェルも一歩進む。

「レイチェル、僕が行く! 君は本部に連絡を!」

「わ、わかったわ!」

「龍之介様、一体どこに…。いえ、それより、そのお姿は…!」

「龍之介執行官!契約管理機構の管理官・椿です!覚えていますか?」

「……玲子に椿か。なぜお前らがここにいる」

優しい声はもうなく、低くて冷たい声。椿はふと、龍之介の右肩にある異様な印に気づく。

「これは…強制奴隷の契約印…!」

「奴隷!?では、龍之介様は雷雨大名の奴隷に!?」

「痛みで意識を支配する呪印だ。おそらく、昨日の刻印器と関連している」

その時、剣や斧を掲げた男たちが、玲子に襲いかかる。椿はすかさず玲子の腕を引いて魔障壁を展開し、攻撃を防いだ。

「敵だ。雷雨大名の敵……軍師・涼の右腕……殺す!!」

死んだようだった奴隷兵の瞳に、殺意の光が宿り、大きく叫んだ。

「俺がまだ自我を保っているうちに逃げろ……さもなくば、俺がお前たちを殺すことになる」

龍之介の言葉を受け、椿はためらいながら風の精霊の力を使い、玲子を抱えて一気にレイチェルたちのもとへ飛んだ。

「レイチェル、龍之介さんは奴隷にされてる。それに、あの中には管理官の制服を着た人たちもいる」

「エレナ様!聞こえますか!?私たちはどうすれば…!」

「落ち着け。これはある程度予想していた。既に総監には伝えてある。特別評議会が招集されるだろう。キルセインがもうすぐそちらに向かう。そいつに乗って帰還しろ」

そう言った直後、空から爆音が響き、炎に包まれた怪鳥・キルセインが山中へと墜落するのが見えた。

「今のは……」

「砲撃だ。敵の拠点からのものだろう」

「……使い魔は全て出払っている。今すぐの救助は困難だ。なんとか逃げ延びてくれ。評議会の結果はすぐに伝える。……すまない」

悔しそうなエレナの声は途絶えた。


契約管理機構本部《コード・レジスト》・契約の尖塔《リグナ・コード》

右の塔最上階。総監を含む九人のリーダーたちが特別評議会のために集まっていた。

「奴隷化は公開契約違反だが、相手は一都市の主…。争いとなれば兵力差が問題だ」

「都には誰が向かっている?」

「クリスティーナ総監補佐とアイリス調停官(長官)が既に都に到着している。これから雷雨大名に面会する。…これまでも百合執行官とルーク執行官が失踪した管理官たちを追って、断続的に霧ノ都で調査を行っていた。関与していると疑いのあるものがいる。都を拠点にしているとされる霧生玄蛙《きりゅうげんあ》という商人で、裏の名を屋毒という」

「…雷雨大名の関与ではないと?いずれにしろ懸念は彼に伝えねばな」

「過去に何度か伝えたが、調査するの一方通行。どこまで雷雨大名が関わっているのか現在も不明」

「して、現場にいるのは誰だ?」

「レイチェルという若いが優れた執行官です。それと椿という新人の管理官、彼の契約見守り人、綾香という人物が」

「知らん名だな。いや…レイチェルは過去に聞いたか…?ともかく、若手ではこの状況を乗り越えるのは難しいだろう。空間移動魔法装置を使って退避させては?」

「空間移動魔法装置の発動にはそれなりの準備が必要。朝霧郷に我らの拠点はなく、厳しいかと」

「ふむ、現場にいる三人への指示はどうする?身を隠すように言っても限界があるだろう。それに、自己防衛でも雷雨大名の兵を殺めれば、問題になりかねん」

「クリスティーナ総監補佐らにこの懸念点を伝え、雷雨大名にレイチェルたちを見つけ次第、身柄を保護するように依頼しよう」

「しかし、そう上手くいきますかね。大名が関与していれば保護となるかどうか。最悪の場合も想定せねば」

「…最悪の場合、こちらも相応の覚悟をしよう。しかし、少なくとも奴隷にされた者たちは取り返したいところ。現場の三人にもそう伝えておけ。が折り合いの付け所だろう」

「…では、そのように!」


――その頃、朝霧郷中央地。

軍師の横に立つ若い姫が全兵へ向けて指示を出す。

「我が軍の数を確認する!中央軍一万二千、東西一万、北八千、忍びや自警団を含め計三万二千。敵は十三万。劣勢は間違いなし。しかし、我々は山という地形を活用して、ここまで抗戦してきた。これまで陽《ひ》は我らを見捨てなかった。そして、これは今後も変わらない。敵は全員山を越えてくる。山の麓を集中攻撃できるよう、魔力大砲と投石機を配置し、敵を一気に叩け。細かい戦術・指揮は現場の指揮官たちに任せる。一般人には退避命令。避難を急がせろ。ここが正念場!!必ず乗り切るぞ!!」

「オーッ!!」

山と霧の国に、戦の幕が上がる。

しかし、誰もが息を潜めて問う――果たして、この地に再び朝日は昇るのか。
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