百万の契約

青いピアノ

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第2章 契約と誓約

第75話 虚無の監獄

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赤、緑、白の鮮やかな模様が織り込まれた、少し古びた絨毯が、夕暮れの空を真っ直ぐ進んでいた。絨毯の表面は使い込まれた感触を残し、風に揺れる端からはかすかなほつれが覗く。それでも、確実に前進を続けていた。操縦者の魔力の揺らぎで時折ふらつきながらも、既に五キロ以上を進み、日が完全に沈む前にさらに距離を稼ごうとしていた。

操縦の順番は椿、玲子、レイチェルの順と決められていた。今は椿がその役目を担い、絨毯を懸命に操っていた。チームの中で最も魔力量が不安視されているレイチェルに負担をかけないため、椿は自分の限界を超えてでも距離を伸ばそうとしていた。彼は光の魔法を得意としていたが、今回の飛行では苦手な属性魔法を長時間使い続ける必要があり、それは椿にとって過酷な修行そのものだった。額に汗が滲み、息が荒くなる中、彼は歯を食いしばって魔力を絨毯に注ぎ続けた。

日が完全に暮れた頃、椿はついに体力の限界を迎え、肩を震わせながら玲子へ操縦を引き継いだ。が、彼女の手にかかると、絨毯はまるで酔っ払った鳥のようにふらふらと揺れ、速度は椿の時の半分にも満たなかった。風に翻弄され、絨毯の端がバタバタと音を立てる。玲子は懸命に魔力を込めようとするが、その制御は明らかに不安定で、仲間たちの表情にも緊張が走った。

その時、空を切り裂くような鋭い眼光が彼らを捉えた。

「ワイバーンだ!!」

椿が叫ぶと同時に、獲物を狙う猛禽類のような鋭い鳴き声が響き渡り、ワインバーンは一気に絨毯へと襲いかかってきた。

「いやーーーー!」

玲子が絶叫し、恐怖に震えながらも絨毯を急旋回させた。ワインバーンの爪が空気を切り裂き、絨毯の端をかすめて布を引き裂く音が響いた。椿たちは息を呑み、絨毯が大きく傾く中で必死に体を支えた。

だが、ここで奇妙な出来事が起きた。ワインバーンが突然攻撃をやめ、椿の方へ向き直ったのだ。その鋭い目が柔らかくなり、鼻を鳴らしながら近づいてくる。椿は目を丸くして立ち尽くし、恐る恐る手を伸ばしてみた。すると、ワインバーンはまるで子犬のように椿の手に頬をすり寄せ、懐いている様子を見せた。

「こいつ…僕に懐いてるのか?」  

椿の困惑した声に、仲間たちも唖然とした表情を浮かべた。しかし、この幸運を逃す手はない。一同は急いでワインバーンの背中に乗り込み、力強い翼が風を切り裂く音と共に、クルナの森へと飛び立った。あっという間に森の上空に到達し、木々の間から漏れる薄暗い光が彼らを迎えた。


クルナの森の一角では、木々の影に隠れるようにして、悪魔の商人と屋毒が怪しげな取引を行っていた。低い声で交渉を進める二人の間には、緊張感が漂っている。悪魔の商人が持つ黒い袋から魔力が漏れ出し、屋毒の手に握られた剣が不気味に光っていた。しかし、取引は意見の相違から口論へと発展し、互いに一歩も引かない激しい言い争いが始まった。

「約束が違うぞ、悪魔の商人!」  

屋毒が怒りを込めて叫び、剣を地面に突き立てる。木の根がその衝撃で震え、葉がざわめいた。対する悪魔の商人は冷たい笑みを浮かべ、応じた。 
 
「屋毒、それなりの代償を払うべきだ。これ以上の交渉はなしだ」  

「ふざけるな!資金繰りが厳しいと言っているだろ!」  

屋毒の声が森全体に響き渡り、鳥たちが一斉に飛び立つ。悪魔の商人は目を細め、屋毒の怒りを静かに見つめながらも、その冷ややかな態度を崩さなかった。二人の間に漂う空気は、まるで嵐の前の静けさのように重苦しかった。

そこへ、ワインバーンの背中から椿、綾香、レイチェル、玲子が降り立った。レイチェルは一言も発せず、静かに両手を広げて結界魔法「虚無の監獄」を発動した。濃い白の膜が瞬時に周囲を覆い、外の音も光すらも内部に届かない、外部からの干渉を完全に防ぐ強固な結界が完成した。結界の中には、椿と綾香が足を踏み入れ、屋毒と対峙した。

屋毒は二人を見ると、不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。  

「おや、綾香。随分と元気そうだな。隣にいるのは椿管理官殿であっているかな?噂は聞いているよ」  

その声にはどこか嘲るような響きが含まれていたが、綾香は動じず、鋭く深い視線を屋毒に突き刺した。彼女の瞳には、抑えきれない感情と決意が宿っており、その視線だけで屋毒を圧倒するほどの重さがあった。  

「屋毒、久しぶりね。知っていると思うけど、私たちはあなたの契約違反を裁くために来たの。でも、今はそれはいいわ。強制奴隷契約の解除について話して」  

綾香の言葉は静かだが、内に秘めた力が感じられ、森の空気さえも引き締めた。

椿は綾香の隣に立ち、冷静さと怒りを抑えた声音で続けた。  

「屋毒、聞こえているはずだ。強制奴隷の解除方法を教えろ。今すぐ答えろ」  

彼の声は低く力強く、まるで刃のように鋭かった。屋毒はその視線と声に一瞬たじろぎつつも、笑みを崩さなかった。  

「解除方法だと? そんな簡単な話じゃないさ…」  

屋毒が言葉を濁す中、綾香が一歩前に出て、さらに強い口調で迫った。  

「屋毒。あの奴隷契約を解く方法を、今すぐ明かしなさい!!」  

その言葉に、屋毒の表情が初めて揺らいだ。

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