次女と狂女と皇女

N旅人

文字の大きさ
1 / 13

第1話「昼休みの三重奏」

しおりを挟む
次女と狂女と皇女 
第1話「昼休みの三重奏」
女学院の昼休みは、いつも騒がしい。鐘が鳴り終わると同時に、廊下は生徒たちの足音と笑い声で埋め尽くされる。食堂へ向かう流れに逆らわず、しかし誰にもぶつからず、まるで水のようにすり抜けていく影があった。私は自皆ジュンコ。三姉妹の次女で、この学園でも「存在感が薄い」ことで有名な少女だ。髪は黒く肩まで伸び、制服はいつもサイズが少し大きめ。クラスメイトに名前を呼ばれた記憶は、入学以来三回しかない。彼女はいつものように、食堂の隅にある四人掛けテーブルの一番端に腰を下ろした。周囲はすでにグループで埋まっているが、ジュンコの周りだけは不思議と空気が薄い。誰も近寄ってこない。まるで透明人間のように。「はあ……今日も無事に昼休みを過ごせそう」小さく息をついて、弁当箱を開ける。中身は昨夜の残り物――卵焼き、ウインナー、ブロッコリー、ご飯に梅干し。姉と妹の分を作った残りを詰めたものだ。味気ないが、それがジュンコの日常だった。箸を手に取った瞬間――。バンッ!!テーブルが大きく揺れた。「ジュンコぉぉぉ!! 今日も地味に生きてんのかよぉ!! あははははは!!」深紅のリボンを揺らし、制服のスカートを翻して飛び込んできたのは、共原キョウカ。学年一の「狂女」と呼ばれる少女だ。目は笑っているのに、口元はどこか危険な弧を描いている。ヤンデレ気質と過激な発言で、周囲を常にざわつかせている。「き、キョウカ……いきなり大声出さないでよ……」ジュンコはびくっと肩を震わせ、箸を落としそうになった。キョウカはそんな反応が楽しくてたまらないという様子で、ジュンコの隣にどっかりと座る。「なんだよその弁当! また残り物か? 地味すぎて笑えるわ! もっと派手に死ねばいいのに!! あはは!!」「死ぬって……普通に生きてるだけなんだけど……」「ふひひ……ジュンコは私のために生きてんだろ? だったらもっと目立ってくれよな。誰もジュンコのこと見てねぇじゃん。羨ましいだろ? 私だけがジュンコのこと見てんだぜ♡」キョウカはジュンコの肩に腕を回し、耳元でささやく。息が当たって、ジュンコの頬がわずかに赤くなる。「や、やめてよ……みんな見てくる……」周囲の生徒たちが、ちらちらとこちらを見ていた。キョウカの声は食堂中に響いている。ジュンコは恥ずかしさで俯きそうになるが、苦労人らしくなんとか平静を保つ。「ほらほら、卵焼きくれよ。ジュンコの作ったもん食いたい♡」「え、でもこれは私の……」「いいじゃん! 恋人同士なんだから分け合うのが当たり前だろ!」「恋人って……いつから……」ジュンコが困惑していると、突然、優雅な足取りとともに新たな影がテーブルに近づいてきた。「ちょっと! あなたたち、下品な話し方はやめなさい! この学園は品位を重んじる場所ですわ!」金色の長い髪を風になびかせ、胸を張って立っているのは、公野コウミ。いわゆる「皇女」と呼ばれる、お金持ちで世間知らずの少女だ。父親が大企業の社長で、使用人付きの生活を送っているため、庶民の常識とは少しずれている。コウミはトレイを片手に持ち(本来はメイドに持たせるつもりだったが、学園内ではメイド同伴禁止なので自分で持っている)、偉そうに二人を見下ろす。「コウミさん……こんにちは」ジュンコが控えめに挨拶すると、コウミはふんと鼻を鳴らした。「こんにちは、ですって? あなたのような平民が、私に気安く話しかけてくるなんて失礼千万ですわ! ……でも、席が空いていないし、仕方ないわね。ここに座らせていただくわ!」コウミは当然のように、ジュンコの向かいに座る。キョウカはそれを睨みつけた。「おおぉ、金ピカ皇女様のお出ましかよ! 偉そうぶってんじゃねぇよ、この金持ち女! ぶっ殺すぞ♡」「な、何を失礼な! 殺すだなんて、品のない言葉を選ぶんじゃないわ! ジュンコ、この狂った子をどうにかしなさい!」ジュンコは頭を抱えた。「二人とも……落ち着いて。ね? お弁当、分けようか? コウミさんも一緒に食べようよ」ジュンコは苦笑いを浮かべながら、自分の弁当を少しずつ小皿に移し始める。キョウカはそれを見て、にやりと笑う。「へぇ、ジュンコは優しいな。皇女様にも分けてやるなんてよ。……でも私にはもっとくれよな?」「ふん! 私はそんな残り物などいりませんわ! 私のランチは一流のシェフが作った――」と言いながら、コウミはトレイを見下ろす。今日のメニューは学食のハンバグ定食。シェフが作ったものでは決してない。「……まあ、今日は特別に、学食のものをいただくことにするわ」コウミは顔を赤らめながら、ハンバグを切り始める。ジュンコはほっと胸を撫で下ろす。しばらくの間、三人は黙って食事を進めた。――と言いたいところだが、実際はキョウカがジュンコの弁当をつつき、コウミがそれを睨み、ジュンコが二人をなだめる、という繰り返しだった。そんな中、隣のテーブルから小さな声が聞こえてきた。「ふふふ……いいわ……あの三人……キョウカがジュンコを独占しようとして、コウミが嫉妬してる……最高の三角関係……」茶色の髪をポニーテールにした少女――扶宮フウカが、スケッチブックに熱心に何かを描いている。腐女子として有名で、常にBLネタを探している。「キョウカの攻め顔……ジュンコの受け顔……コウミのツンデレ……完璧……あとで同人誌にしなきゃ……」ジュンコはそれに気づき、顔を真っ赤にした。「フ、フウカちゃん……何描いてるの……?」「え? あ、ああ! なんでもない! ただの落書き!」フウカは慌ててスケッチブックを隠す。そこには、キョウカがジュンコを抱きしめ、コウミがそれを悔しそうに見ているイラストが描かれていた。さらにその向こうでは、黒い影がこちらを覗いている。「ふふふ……あの三人、面白そうね。ちょっとした噂を流せば、もっと混乱しそう……」悪井――悪女。ゲスな笑みを浮かべ、何かを企んでいる様子だ。その隣では、紫色の長い髪をなびかせた魔道が、怪しげな瓶を振っていた。「くすくす……この愛憎ポーション、誰に入れようかしら……皇女様のスープに一滴……?」さらに奥では、赤い顔で腕を組んでいる鬼嵐が、「まったく、うるさい連中だ……! 静かに食えってんだよ!!」と怒鳴っている。食堂のあちこちで、さまざまな視線がジュンコたちに集まっていた。ジュンコはため息をついた。「今日も……平和じゃないなあ……」しかし、キョウカは楽しそうに笑い、コウミは不機嫌そうにハンバーグを食べ続けている。学園の昼休みは、まだ三十分残っていた。この騒がしい日常が、ジュンコにとっては、どこか温かいものに感じられる瞬間もあった。――きっと、これからもこんな日々が続くのだろう。
(第1話 終わり)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

妹の仇 兄の復讐

MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。 僕、孝之は高校三年生、十七歳。妹の茜は十五歳、高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。 その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト
恋愛
三年前に起きたある事件により心に大きな傷を負って、家族と近しい者以外には心を閉ざしてしまい、周りから遠ざけられるようになってしまった緋本蒼介。 高校二年生になってもそれは変わらず、ひっそりと陰に潜む様にして生活していた蒼介だが、ネット上で知り合ったある人物とオフ会をする事になり、その出会いが、彼の暗い高校生活を一変させる転機となる。 果たして彼は、見事に成り上がって立派なリア充になる事が出来るのか──。 冴えない根暗な陰キャぼっちのサクセスストーリー。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...