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第1話 「無敗の狩人」
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ジベレリン
第1話 「無敗の狩人」
寺上は毎晩のように女を食い散らかしていた。イケメンで、口が上手くて、金もある。女は寄ってくる。大学時代から数えれば、三桁は軽く超える。避妊なんてしたことがない。コンドームなんて邪魔だとさえ思っていた。それでも一度も妊娠させたことがない。危険日だろうが排卵日だろうが、中に出して終わり。翌朝には「また連絡するよ」と笑って別れる。ヤリチン仲間内で流行った賭けゲームがあった。女の危険日に生で中出しして、妊娠させなければ勝ち。負けた奴は全員で飯を奢る。寺上は一度も負けたことがない。百戦を超えても無敗。仲間たちは冗談めかして「デンジャラスハンター」と呼び始めた。完全に遊びの異名だったが、いつしか本気で畏怖されるようになった。「寺上は精子ゼロなんじゃね?」
「いや、運が異常なだけだろ」「危険日宣言してきた女に中出しして平気な顔してんのが怖いわ」そんな会話がバーで交わされるたび、寺上はグラスを傾けて笑うだけだった。自分でも不思議だったが、ただの豪運だと思っていた。一番のお気に入りは布施だった。二十五歳、モデル級のスタイルで、ベッドの上でも積極的。もう二年近く続いているセフレだ。布施は寺上のことを「都合のいい男」と言いながらも、明らかに執着していた。最近は「他の女と会うのやめてよ」と甘えるようになった。だが、その生活が音を立てて崩れたのは、ある雨の日のことだった。小さなカフェに入った。女を物色する気はなかった。ただ雨宿りで。窓際の席に座る女性が目に入った。黒髪を肩まで伸ばし、白いブラウスに紺のスカート。年齢は二十七、八くらい。眼鏡の奥の瞳はどこか遠くを見ているようで、静かな影があった。寺上はこれまで味わったことのない感覚に襲われた。胸が締めつけられるような、息苦しいほどの疼き。名前は地部鈴凛といった。レイリンと呼んでいいと言われた。職業は科学者で、遺伝子工学か何かの研究をしているらしい。恋愛経験はほとんどないと、恥ずかしそうに笑った。寺上は自分でも驚くほど真剣に口説いた。普段の軽薄なノリは封印し、彼女の話をただ聞いていた。研究のこと、幼い頃の思い出、好きな本のこと。レイリンは最初は警戒していたが、徐々に心を開いていった。それから一週間、寺上の日常は完全に変わった。布施からの着信を無視した。仲間との飲みもキャンセルした。他のセフレの誘いもすべて断った。頭の中はレイリンのことばかり。彼女と過ごす時間は、セックスすら必要ないほど満たされていた。手を繋いで歩くだけで、幸福感が溢れた。クズだった自分が、初めて誰かを本気で愛せる人間になれた気がした。ある夜、レイリンから連絡が来た。「寺上くん、今日は私の家に来ませんか?」マンションは研究資料が山積みの、無機質な部屋だった。二人でワインを飲みながら話しているうちに、自然と距離が近くなった。寺上は初めて、本気でキスをした。レイリンは恥ずかしそうに目を伏せ、それに応えた。その夜、二人は結ばれた。寺上はいつものように避妊など考えなかったが、レイリンは「今日は安全日だから……大丈夫」と小さな声で言った。激しい夜だった。だが、寺上は不思議と満足感が違った。肉体的な快楽を超えた、何か深い繋がりを感じていた。朝、寺上はレイリンに言った。「俺、お前が好きだ。本気で」レイリンは驚いた顔をして、それから静かに微笑んだ。「私も……寺上くんのことが、好きよ」その瞬間、寺上の人生は完全に変わった。初めて味わう、純粋な幸福。しかし、その幸福は脆く、すぐに砕け散った。数日後、寺上がレイリンのマンションを訪ねると、ドアが僅かに開いていた。中から聞こえるのは、女の怒鳴り声と、誰かが苦しむようなうめき声。「てめえ、寺上とどういう関係なんだよ! あいつ最近おかしいんだよ! 私を無視してまでお前に入れ込んでるってどういうこと!?」布施の声だった。寺上は血の気が引いた。部屋に飛び込むと、そこには地獄のような光景が広がっていた。レイリンが椅子に縛りつけられ、布施ともう一人の女──以前寺上のセフレだった女──が彼女を取り囲んでいる。レイリンの白いブラウスは引き裂かれ、頬に赤い掌の痕。腕には縄の跡が食い込み、床には血痕が点々と落ちていた。傍らにはナイフのようなものが転がっている。「布施……てめえ、何やってんだ」寺上の声は低く震えていた。布施は振り返り、狂ったような笑みを浮かべた。「ああ、来た来た。ちょうどいいや。この女に聞いてたところなんだ。お前とどういう関係か、な? あいつがあんなに一途になるなんてありえないって言ってるのに、この女は黙ってるんだよ」布施がレイリンの髪を掴み、強引に顔を上げる。「答えろよ。寺上をどうやって籠絡した? 薬でも使ったのか?」レイリンは唇を噛み、涙を流しながら震える声で叫んだ。「やめて……! もうやめて……! 寺上くんは……寺上くんは、私が作ったのよ……!」部屋が凍りついた。布施の手が止まる。もう一人の女も息を呑んだ。寺上は耳を疑った。「……は?」レイリンは縛られたまま、涙を流しながらゆっくりと語り始めた。「寺上くんは……人造人間なの。私が、造った……全部、私が設計したの……」寺上の膝が崩れた。床に座り込み、ただ呆然とレイリンを見つめる。布施が嘲るように笑った。「は? 人造人間? 何それ、頭おかしくなった?」だが、レイリンは静かに続けた。「寺上くんが私に惹かれたのも、すべてプログラムされたものなの……運命だと思った気持ちも、私が意図的に組み込んだ感情回路……あなたの顔も、声も、身体も……すべて私の理想を詰め込んだもの……」寺上の喉が鳴った。「嘘だろ……」「生殖器官はあるけど……精液のようなものは出るけど、精子は含まれていないように作ったの……だから、あなたは今まで何人もの女性と危険日に関係を持っても、誰も妊娠しなかった……それは運じゃなくて、私の設計通りだったの……」寺上の視界が歪んだ。無敗のデンジャラスハンター。豪運だと思っていたすべてが、ただの偽物だった。自分は人間じゃない。子を残せない、ただの道具。寺上の口から、獣のようなうめき声が漏れた。世界が、音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。
(第1話 終わり)
第1話 「無敗の狩人」
寺上は毎晩のように女を食い散らかしていた。イケメンで、口が上手くて、金もある。女は寄ってくる。大学時代から数えれば、三桁は軽く超える。避妊なんてしたことがない。コンドームなんて邪魔だとさえ思っていた。それでも一度も妊娠させたことがない。危険日だろうが排卵日だろうが、中に出して終わり。翌朝には「また連絡するよ」と笑って別れる。ヤリチン仲間内で流行った賭けゲームがあった。女の危険日に生で中出しして、妊娠させなければ勝ち。負けた奴は全員で飯を奢る。寺上は一度も負けたことがない。百戦を超えても無敗。仲間たちは冗談めかして「デンジャラスハンター」と呼び始めた。完全に遊びの異名だったが、いつしか本気で畏怖されるようになった。「寺上は精子ゼロなんじゃね?」
「いや、運が異常なだけだろ」「危険日宣言してきた女に中出しして平気な顔してんのが怖いわ」そんな会話がバーで交わされるたび、寺上はグラスを傾けて笑うだけだった。自分でも不思議だったが、ただの豪運だと思っていた。一番のお気に入りは布施だった。二十五歳、モデル級のスタイルで、ベッドの上でも積極的。もう二年近く続いているセフレだ。布施は寺上のことを「都合のいい男」と言いながらも、明らかに執着していた。最近は「他の女と会うのやめてよ」と甘えるようになった。だが、その生活が音を立てて崩れたのは、ある雨の日のことだった。小さなカフェに入った。女を物色する気はなかった。ただ雨宿りで。窓際の席に座る女性が目に入った。黒髪を肩まで伸ばし、白いブラウスに紺のスカート。年齢は二十七、八くらい。眼鏡の奥の瞳はどこか遠くを見ているようで、静かな影があった。寺上はこれまで味わったことのない感覚に襲われた。胸が締めつけられるような、息苦しいほどの疼き。名前は地部鈴凛といった。レイリンと呼んでいいと言われた。職業は科学者で、遺伝子工学か何かの研究をしているらしい。恋愛経験はほとんどないと、恥ずかしそうに笑った。寺上は自分でも驚くほど真剣に口説いた。普段の軽薄なノリは封印し、彼女の話をただ聞いていた。研究のこと、幼い頃の思い出、好きな本のこと。レイリンは最初は警戒していたが、徐々に心を開いていった。それから一週間、寺上の日常は完全に変わった。布施からの着信を無視した。仲間との飲みもキャンセルした。他のセフレの誘いもすべて断った。頭の中はレイリンのことばかり。彼女と過ごす時間は、セックスすら必要ないほど満たされていた。手を繋いで歩くだけで、幸福感が溢れた。クズだった自分が、初めて誰かを本気で愛せる人間になれた気がした。ある夜、レイリンから連絡が来た。「寺上くん、今日は私の家に来ませんか?」マンションは研究資料が山積みの、無機質な部屋だった。二人でワインを飲みながら話しているうちに、自然と距離が近くなった。寺上は初めて、本気でキスをした。レイリンは恥ずかしそうに目を伏せ、それに応えた。その夜、二人は結ばれた。寺上はいつものように避妊など考えなかったが、レイリンは「今日は安全日だから……大丈夫」と小さな声で言った。激しい夜だった。だが、寺上は不思議と満足感が違った。肉体的な快楽を超えた、何か深い繋がりを感じていた。朝、寺上はレイリンに言った。「俺、お前が好きだ。本気で」レイリンは驚いた顔をして、それから静かに微笑んだ。「私も……寺上くんのことが、好きよ」その瞬間、寺上の人生は完全に変わった。初めて味わう、純粋な幸福。しかし、その幸福は脆く、すぐに砕け散った。数日後、寺上がレイリンのマンションを訪ねると、ドアが僅かに開いていた。中から聞こえるのは、女の怒鳴り声と、誰かが苦しむようなうめき声。「てめえ、寺上とどういう関係なんだよ! あいつ最近おかしいんだよ! 私を無視してまでお前に入れ込んでるってどういうこと!?」布施の声だった。寺上は血の気が引いた。部屋に飛び込むと、そこには地獄のような光景が広がっていた。レイリンが椅子に縛りつけられ、布施ともう一人の女──以前寺上のセフレだった女──が彼女を取り囲んでいる。レイリンの白いブラウスは引き裂かれ、頬に赤い掌の痕。腕には縄の跡が食い込み、床には血痕が点々と落ちていた。傍らにはナイフのようなものが転がっている。「布施……てめえ、何やってんだ」寺上の声は低く震えていた。布施は振り返り、狂ったような笑みを浮かべた。「ああ、来た来た。ちょうどいいや。この女に聞いてたところなんだ。お前とどういう関係か、な? あいつがあんなに一途になるなんてありえないって言ってるのに、この女は黙ってるんだよ」布施がレイリンの髪を掴み、強引に顔を上げる。「答えろよ。寺上をどうやって籠絡した? 薬でも使ったのか?」レイリンは唇を噛み、涙を流しながら震える声で叫んだ。「やめて……! もうやめて……! 寺上くんは……寺上くんは、私が作ったのよ……!」部屋が凍りついた。布施の手が止まる。もう一人の女も息を呑んだ。寺上は耳を疑った。「……は?」レイリンは縛られたまま、涙を流しながらゆっくりと語り始めた。「寺上くんは……人造人間なの。私が、造った……全部、私が設計したの……」寺上の膝が崩れた。床に座り込み、ただ呆然とレイリンを見つめる。布施が嘲るように笑った。「は? 人造人間? 何それ、頭おかしくなった?」だが、レイリンは静かに続けた。「寺上くんが私に惹かれたのも、すべてプログラムされたものなの……運命だと思った気持ちも、私が意図的に組み込んだ感情回路……あなたの顔も、声も、身体も……すべて私の理想を詰め込んだもの……」寺上の喉が鳴った。「嘘だろ……」「生殖器官はあるけど……精液のようなものは出るけど、精子は含まれていないように作ったの……だから、あなたは今まで何人もの女性と危険日に関係を持っても、誰も妊娠しなかった……それは運じゃなくて、私の設計通りだったの……」寺上の視界が歪んだ。無敗のデンジャラスハンター。豪運だと思っていたすべてが、ただの偽物だった。自分は人間じゃない。子を残せない、ただの道具。寺上の口から、獣のようなうめき声が漏れた。世界が、音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。
(第1話 終わり)
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