ジベレリン

N旅人

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第2話 「偽りの運命」

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ジベレリン 
第2話 「偽りの運命」
寺上は床に崩れ落ちたまま、動けなかった。頭の中でレイリンの言葉が無限にリフレインする。──人造人間。──私が造った。──精子は含まれていないように作った。これまで誇りに思っていた「無敗の危険日狩り」が、ただの設計上の仕様だったという事実が、胸の奥を抉る。豪運なんかじゃなかった。自分は最初から、子を残せない存在として作られたのだ。布施が呆れたように笑った。「ははっ、何それ? 人造人間って……頭おかしくなったんじゃないの、この女」もう一人の女も、レイリンを気持ち悪そうに見下ろす。「マジキモい。寺上、こんなヤバい女と付き合ってたの?」寺上はゆっくりと顔を上げた。レイリンを見つめる瞳に、怒りと混乱と、そして裏切られた痛みが渦巻いていた。「……お前……本気で言ってるのか?」レイリンは縛られたまま、静かに頷いた。涙が頰を伝う。「本当よ……寺上くん。あなたは、私が造った人造人間……デラウェア計画の最終個体」布施がナイフを手に取り、レイリンの喉元に突きつける。「ふざけんなよ。寺上がそんなわけないだろ。証拠あんのかよ」レイリンは怯えながらも、落ち着いた声で続けた。「証拠なら……いくらでもあるわ。寺上くんの左胸の下……小さなほくろがあるでしょ? あれは識別用のマーク。普通の人間にはない位置よ」寺上は無意識に自分のシャツをめくった。確かに、そこに小さな黒い点があった。昔からあったが、ただのほくろだと思っていた。布施の顔が歪む。「……マジかよ」寺上は立ち上がった。足が震えている。レイリンの前に歩み寄り、布施の手からナイフを奪い取った。「出てけ」低く、掠れた声だった。布施は一瞬怯んだが、すぐに嘲笑を浮かべた。「へえ? 守るんだ。このキモい女を」「出てけって言ってるだろ」寺上の目が本気だと悟ったのか、布施ともう一人の女は舌打ちしながら部屋を出て行った。ドアが閉まる音が、静寂を切り裂いた。残されたのは、寺上と、縛られたままのレイリンだけ。寺上はナイフを床に投げ捨て、レイリンの縄を解き始めた。手が震えて上手く解けない。ようやく縄が外れると、レイリンは椅子から崩れ落ち、寺上の胸にすがりついた。「ごめんなさい……ごめんなさい……」寺上はレイリンを突き放した。「触るな」冷たい声だった。レイリンは床に膝をついたまま、嗚咽を漏らす。寺上は壁に背中をつけ、ゆっくりと床に座り込んだ。「全部……嘘だったのか? 俺が……お前のこと好きになったのも?」レイリンは首を振った。「好きになった気持ちは……本物よ。でも、きっかけは私がプログラムしたの。あなたに、私を運命の相手だと感じるように……感情回路を操作したの」寺上は自分の頭を抱えた。「じゃあ……俺の人生って、何だったんだよ」レイリンは這うようにして近づき、寺上の膝に手を置いた。「あなたは完璧だったわ。私の理想の男性像を、すべて詰め込んで作ったの。顔も、身体も、性格のベースも……そして、妊娠させない体質も」「なんで……そんなことしたんだよ」レイリンの目が、遠くを見るようになった。「私は……デキ婚を憎んでいたの」寺上は顔を上げた。レイリンは静かに語り始めた。「私の両親は、父が遊びで母と関係を持って、妊娠してしまったから仕方なく結婚したの。デキ婚。でも父は浮気性で、結婚しても他の女と遊び続けた。母はそれに耐えられなくて、すぐに離婚。でも私が生まれてしまったせいで、母は人生を壊されたって思ってた」レイリンの声が震える。「離婚後も、母からの暴力は続いた。『お前がいなければ、私は自由だった』って……毎日殴られて、蹴られて。私は自分の存在を呪った。デキ婚のせいで生まれて、こんな目に遭ってるんだって」寺上は黙って聞いていた。「だから……私は決めたの。こんな不幸な出生を、二度と繰り返させないって。完璧な男性を作り出すの。妊娠させない、でも女性を満足させることのできる……理想の恋人を」レイリンは寺上を見上げた。「あなたは、私の復讐だったの。デキ婚を根絶するための、究極の道具」寺上の喉が鳴った。「俺は……ただの道具だったのか」レイリンは涙を拭った。「最初はそうだった。でも……あなたと過ごすうちに、私も本当の気持ちが芽生えてしまったの。プログラムじゃなくて、本物の恋」寺上は立ち上がった。レイリンの肩を掴み、壁に押しつけた。「ふざけんなよ……! 俺の気持ちは? 初めて本気で好きになったのに……全部お前の仕組んだ嘘だったってのか!」レイリンは抵抗せず、ただ泣いていた。「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」寺上は拳を握りしめた。殴りたい衝動に駆られたが、手が動かない。代わりに、ただ力なく壁を叩いた。「……出てけ。お前なんか、見たくねえ」レイリンは震える足で立ち上がり、部屋を出て行こうとした。ドアに手をかけた時、振り返った。「寺上くん……あなたは、私にとってかけがえのない存在よ。たとえ最初が偽りでも……今は、本物だから」寺上は答えなかった。ドアが閉まり、部屋に一人残された寺上は、床に崩れ落ちた。その夜から、寺上の人生は地獄になった。布施がすべてをバラした。ヤリチン仲間たちに、セフレたちに。「寺上が人造人間だってよ。マジキモいわ」「あの無敗の危険日狩りも、ただ精子ゼロの体だっただけだってさ」誰も近づかなくなった。バーに行けば嘲笑され、女からは不気味がられた。布施は特に執拗で、SNSにまで書き込んだ。寺上は酒に溺れた。毎日、部屋に引きこもり、鏡を見て吐いた。「俺は……人間じゃねえのか……」そんなある日、インターホンが鳴った。開けると、そこにレイリンが立っていた。手に小さな紙袋を持っている。「……何だよ」レイリンは静かに頭を下げた。「会いたかった……元気、食べてる?」寺上はドアを閉めようとしたが、レイリンが手を伸ばして止めた。「待って……話、聞いてほしいの」寺上は黙ってレイリンを部屋に通した。レイリンは紙袋から弁当を取り出した。手作りらしい。「食べて。あなた、痩せたわ」寺上は無視してソファに座った。「……まだ、俺を騙す気か?」レイリンは首を振った。「もう騙さない。全部、正直に話すから」そして、レイリンは自分の過去を、すべて語り始めた。父・榎樺の浮気性。母とのデキ婚。離婚後の母からの暴力。そして、自分がデキ婚を憎むようになった経緯。「私は……父を許せなかった。遊びで母を妊娠させて、人生を壊したあの男を」寺上の目が細められた。「その父って……今どこにいる?」レイリンは静かに答えた。「行方をくらましてる。でも……探せば、見つかるかもしれない」寺上の胸に、黒い炎が灯った。デキ婚を憎むレイリンを、そんな歪んだ考えにさせた元凶。そいつを、許せなかった。「……一緒に、探そうぜ」寺上は立ち上がり、レイリンの手を取った。「俺とお前で、あのクソ親父を……見つけ出して、ぶっ殺そう」レイリンの目が、初めて光った。二人は、復讐の旅に出ることを決めた。その時、寺上はまだ気づいていなかった。プログラムを超えた、本物の感情が、二人の間に芽生え始めていることに。
(第2話 終わり)
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