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第3話 「復讐の旅路」
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ジベレリン
第3話 「復讐の旅路」
寺上とレイリンは、翌朝早くにマンションを出た。寺上は最低限の荷物だけをリュックに詰め、レイリンはノートパソコンと研究資料の入ったバッグを抱えていた。二人はほとんど言葉を交わさず、電車に揺られながら街を離れた。目的地はレイリンの故郷──父・榎樺が最後に目撃されたという地方の小さな町だった。車中、寺上は窓の外を眺めたまま呟いた。「……あいつ、どんな顔してんだろうな」レイリンは膝の上で手を組み、静かに答えた。「私も……もう二十年以上会ってない。離婚した時、私は七歳だった」寺上はレイリンを見た。彼女の横顔は、いつもの影よりも深く沈んでいる。「お前、ほんとにあいつを殺す気か?」レイリンは少し考えてから、首を振った。「わからない。でも……会いたい。なぜあんなことをしたのか、聞きたい」寺上は苦笑した。「俺は殺したいけどな。あんなクズ親父、生きてる価値ねえよ」その言葉に、レイリンは初めて小さく笑った。「寺上くんは……優しいわね」「は?」「私みたいな女の復讐に付き合ってくれるんだから」寺上は視線を逸らした。胸の奥に、複雑な熱が灯る。旅は三日続いた。安いビジネスホテルを転々とし、夜はレイリンのパソコンで榎樺の足取りを追った。レイリンは昔の知り合いや研究ネットワークを使って、離婚後の榎樺の消息を少しずつ掴んでいった。ある夜、田舎の旅館で、二人は同じ部屋に泊まった。布団は二組敷かれていたが、寺上は壁際に座ったまま酒を飲んでいた。レイリンが風呂から上がってきて、浴衣姿で隣に座った。「飲む?」寺上は缶チューハイを差し出した。レイリンは受け取り、一口飲んで顔をしかめた。「苦い……」「酒なんてそんなもんだろ」しばらく沈黙が続いた。寺上がぽつりと言った。「……俺さ、お前のプログラム抜きで、お前のこと好きなのかもしれねえって、最近思うんだよ」レイリンの手が止まった。「どうして?」「一緒にいるのが、落ち着く。昔の女たちといた時みたいに、疲れねえ。お前と話してると、頭の中が静かになる」レイリンは目を伏せた。「それは……まだ残ってるプログラムの影響かもしれない」「違う」寺上はレイリンの肩を掴んだ。「俺はもう、お前が作った人造人間だって知ってる。それでも、お前がいないとダメなんだよ。布施たちに不気味がられて、誰も寄り付かなくなった時、お前だけが来てくれただろ。あの弁当、うまかったよ」レイリンの目から涙がこぼれた。「寺上くん……」二人は自然と唇を重ねた。だが、寺上はそこで止めた。レイリンの浴衣に手をかけず、ただ抱きしめただけだった。「……今日は、いい」レイリンが驚いた顔で寺上を見上げる。「どうして?」「俺はもう、お前に抱かれたいんじゃなくて、お前を抱きしめたいんだ。セックスじゃなくて、ただこうしていたい」レイリンは泣きながら、寺上の胸に顔を埋めた。その夜、二人は何もせず、ただ寄り添って眠った。初めての、性的な欲望を伴わない夜。初めての、純粋な恋だった。翌日、二人は榎樺の最後の目撃情報を元に、山奥の小さな集落にたどり着いた。そこは過疎化した限界集落で、古い民家が点在するだけだった。村の古老に話を聞くと、十年前に「都会から来た遊び人風の男」がしばらく住んでいたという。「名前は榎樺って言ってたかな。女遊びが激しくて、村の娘たちに手を出してトラブルになって、結局出て行ったよ」寺上の拳が握り締められた。さらに聞き込みを進めると、榎樺は隣県の港町に移ったらしいことがわかった。二人は再び旅を続けた。道中、寺上の心は少しずつ癒されていった。レイリンと手を繋いで歩く。夕陽を見ながら弁当を食べる。夜は寄り添って眠る。セックスは一度もなかった。それでも、寺上は満たされていた。「俺……人間じゃなくても、こうして生きていけるなら、それでいいのかもしれねえ」ある夜、寺上がそう呟くと、レイリンは静かに答えた。「あなたは、私にとってかけがえのない人よ。人間かどうかなんて、関係ない」二人は、復讐の旅を続けながら、互いの存在に救われていった。そして、ついに──港町の安アパートで、榎樺の現在の居場所を突き止めた。男は五十代後半。酒と女に溺れ、ろくに働かず、借金まみれの生活を送っているらしい。最後の目撃情報は、一週間前。「もうすぐだ」寺上が呟いた。レイリンは頷いた。二人は、ラスボスとの対面に向け、最後の夜を過ごした。寺上はレイリンの手を握りしめた。「終わったら……どうする?」レイリンは微笑んだ。「一緒に、どこか遠くに行きましょう。二人で、新しい人生を」寺上は頷いた。だが、その時──寺上の頭に、鋭い痛みが走った。フラッシュバックのような記憶が、断片的に蘇る。──若い頃の自分。無数の女を抱く姿。
──危険日を狙って中出しする賭け。──笑いながら女を捨てる姿。それが、すべて自分の過去だった。いや、違う。榎樺の過去だった。寺上は混乱した。なぜ、榎樺の記憶が自分の中にある?レイリンが心配そうに寺上の顔を覗き込む。「寺上くん? どうしたの?」寺上は答えられなかった。心の奥で、何かが動き始めていた。復讐の終着点が近づくにつれ、封印されていた真実が、ゆっくりと目を覚ましつつあった。
(第3話 終わり)
第3話 「復讐の旅路」
寺上とレイリンは、翌朝早くにマンションを出た。寺上は最低限の荷物だけをリュックに詰め、レイリンはノートパソコンと研究資料の入ったバッグを抱えていた。二人はほとんど言葉を交わさず、電車に揺られながら街を離れた。目的地はレイリンの故郷──父・榎樺が最後に目撃されたという地方の小さな町だった。車中、寺上は窓の外を眺めたまま呟いた。「……あいつ、どんな顔してんだろうな」レイリンは膝の上で手を組み、静かに答えた。「私も……もう二十年以上会ってない。離婚した時、私は七歳だった」寺上はレイリンを見た。彼女の横顔は、いつもの影よりも深く沈んでいる。「お前、ほんとにあいつを殺す気か?」レイリンは少し考えてから、首を振った。「わからない。でも……会いたい。なぜあんなことをしたのか、聞きたい」寺上は苦笑した。「俺は殺したいけどな。あんなクズ親父、生きてる価値ねえよ」その言葉に、レイリンは初めて小さく笑った。「寺上くんは……優しいわね」「は?」「私みたいな女の復讐に付き合ってくれるんだから」寺上は視線を逸らした。胸の奥に、複雑な熱が灯る。旅は三日続いた。安いビジネスホテルを転々とし、夜はレイリンのパソコンで榎樺の足取りを追った。レイリンは昔の知り合いや研究ネットワークを使って、離婚後の榎樺の消息を少しずつ掴んでいった。ある夜、田舎の旅館で、二人は同じ部屋に泊まった。布団は二組敷かれていたが、寺上は壁際に座ったまま酒を飲んでいた。レイリンが風呂から上がってきて、浴衣姿で隣に座った。「飲む?」寺上は缶チューハイを差し出した。レイリンは受け取り、一口飲んで顔をしかめた。「苦い……」「酒なんてそんなもんだろ」しばらく沈黙が続いた。寺上がぽつりと言った。「……俺さ、お前のプログラム抜きで、お前のこと好きなのかもしれねえって、最近思うんだよ」レイリンの手が止まった。「どうして?」「一緒にいるのが、落ち着く。昔の女たちといた時みたいに、疲れねえ。お前と話してると、頭の中が静かになる」レイリンは目を伏せた。「それは……まだ残ってるプログラムの影響かもしれない」「違う」寺上はレイリンの肩を掴んだ。「俺はもう、お前が作った人造人間だって知ってる。それでも、お前がいないとダメなんだよ。布施たちに不気味がられて、誰も寄り付かなくなった時、お前だけが来てくれただろ。あの弁当、うまかったよ」レイリンの目から涙がこぼれた。「寺上くん……」二人は自然と唇を重ねた。だが、寺上はそこで止めた。レイリンの浴衣に手をかけず、ただ抱きしめただけだった。「……今日は、いい」レイリンが驚いた顔で寺上を見上げる。「どうして?」「俺はもう、お前に抱かれたいんじゃなくて、お前を抱きしめたいんだ。セックスじゃなくて、ただこうしていたい」レイリンは泣きながら、寺上の胸に顔を埋めた。その夜、二人は何もせず、ただ寄り添って眠った。初めての、性的な欲望を伴わない夜。初めての、純粋な恋だった。翌日、二人は榎樺の最後の目撃情報を元に、山奥の小さな集落にたどり着いた。そこは過疎化した限界集落で、古い民家が点在するだけだった。村の古老に話を聞くと、十年前に「都会から来た遊び人風の男」がしばらく住んでいたという。「名前は榎樺って言ってたかな。女遊びが激しくて、村の娘たちに手を出してトラブルになって、結局出て行ったよ」寺上の拳が握り締められた。さらに聞き込みを進めると、榎樺は隣県の港町に移ったらしいことがわかった。二人は再び旅を続けた。道中、寺上の心は少しずつ癒されていった。レイリンと手を繋いで歩く。夕陽を見ながら弁当を食べる。夜は寄り添って眠る。セックスは一度もなかった。それでも、寺上は満たされていた。「俺……人間じゃなくても、こうして生きていけるなら、それでいいのかもしれねえ」ある夜、寺上がそう呟くと、レイリンは静かに答えた。「あなたは、私にとってかけがえのない人よ。人間かどうかなんて、関係ない」二人は、復讐の旅を続けながら、互いの存在に救われていった。そして、ついに──港町の安アパートで、榎樺の現在の居場所を突き止めた。男は五十代後半。酒と女に溺れ、ろくに働かず、借金まみれの生活を送っているらしい。最後の目撃情報は、一週間前。「もうすぐだ」寺上が呟いた。レイリンは頷いた。二人は、ラスボスとの対面に向け、最後の夜を過ごした。寺上はレイリンの手を握りしめた。「終わったら……どうする?」レイリンは微笑んだ。「一緒に、どこか遠くに行きましょう。二人で、新しい人生を」寺上は頷いた。だが、その時──寺上の頭に、鋭い痛みが走った。フラッシュバックのような記憶が、断片的に蘇る。──若い頃の自分。無数の女を抱く姿。
──危険日を狙って中出しする賭け。──笑いながら女を捨てる姿。それが、すべて自分の過去だった。いや、違う。榎樺の過去だった。寺上は混乱した。なぜ、榎樺の記憶が自分の中にある?レイリンが心配そうに寺上の顔を覗き込む。「寺上くん? どうしたの?」寺上は答えられなかった。心の奥で、何かが動き始めていた。復讐の終着点が近づくにつれ、封印されていた真実が、ゆっくりと目を覚ましつつあった。
(第3話 終わり)
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