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第二章
31.見知らぬ街へ(1)
お久しぶりです。本日より二章の連載をスタートします。
二人の旅を見届けてくださいましたら幸いです。
(!)シルバーウィーク期間中(~9/27まで)は毎日21時更新、以降は火曜・金曜の21時更新予定です。
◇
目の前に広がる世界に少し戸惑いながら、それでも胸は弾んで止まなかった。
知りたいことが、たくさんある。
この世界のこと。魔法のこと。
そして、隣を歩く、彼のこと。
樹々の生い茂る森を抜けると、視界が一気に広がった。西に傾いた陽が、街道沿いの草木を赤く染め、遠くで重なり合う雲を金色に縁取っている。フィノは「ふう」と息を漏らして肩の力を抜いた。ローブの袖で額に浮いた汗を拭っていると、隣から低く静かな声が降ってくる。
「フィノ」
見上げれば、煉瓦色の髪を結った、褐色肌の大きな男——ハザルが、こちらを見下ろしていた。
「この調子でいけば、陽が沈む頃にはペルカへ着く。歩けそうか?」
「辛かったら少し休むが」と続けるハザルに、息の乱れはない。顔にも疲労の色はなく、自分の体力のなさが少しだけ気恥ずかしくなった。それでもフィノは、ハザルへ笑みを向ける。
「大丈夫です。行きましょう」
ハザルは微かに眉を寄せた。
「無理すんなよ」
彼の気遣いにフィノが頷こうとした、そのとき。フードの内側がもそりと動き、中からふわふわとした茶色い毛玉が顔を出した。
「ぷ」
ギニアンだ。幼い頃からの友だちである小さな魔獣は、耳をぱたぱたと動かしながら、フィノの肩へちょこんと顎を乗せた。
「ギニアン。そろそろお腹が空いてきた?」
「ぷきゅ」
そうだ、と言わんばかりにギニアンはフィノの頬へ擦り寄ってくる。
「ふふ、もう少しだけ我慢してね」
フィノは人差し指でその鼻先をつんと突いた。それから、もう一度前を向く。重くなり始めた脚を叱咤し、再び街道を歩き出した。
ほんの数ヶ月前まで、フィノはロウシェ村の外へ出ることなど想像もしていなかった。今は、ハザルと共に村を発ち、知らない街へと向かっている。自分も、魔法が使えるようになるかもしれない。そう簡単な道のりではないと分かっていても、その可能性を思うだけで足取りまで軽くなる気がした。そして――。
(ハザルさんと、一緒にいられる)
何よりもその事実が、フィノの心を浮き立たせていた。ちらりとハザルの横顔を見る。気づいたハザルが「どうした?」と問いかけてきた。
「なんでもないです」
そう返した声は、自分でも分かるほどに弾んでいた。
すっかり陽が落ち、虫の音が辺りに響き出す頃、街道の先にペルカの入り口が見えてきた。ロウシェ村を囲んでいた木柵とは違い、街の周りには石造りの塀が連なっている。道の先には、厚い木材を鉄で補強した立派な門扉がそびえていた。その重厚さに、フィノは思わず立ち止まり、ぽかんと口を開けて見上げる。
「こっちだ」
ハザルに声をかけられ、門番のもとへ向かった。ハザルがまず用件を告げ、簡単な手荷物の確認を受けると、フィノもそれに続く。
「フードの中も見せてもらおうか」
門番がフードの中で動く影に気づき、訝しげに覗き込んだ。その気配に反応したのか、ギニアンは小さく丸くなり、耳を垂らしたまま男を見つめる。
「くるる」
「ねずみ?」
フィノは「ああ」と口を開いた。
「この子はギニアンと言って、まじゅ――」
「ペットだ」
魔獣、と言いかけたフィノに、ハザルが声を被せた。
「ペット?」
門番は眉根を寄せ、ギニアンとフィノの顔を交互に見る。
「珍しいねずみだな。まあ、魔力も感じられないし、危害を加えるようにも見えない。いいだろう、入れ」
それ以上の追及はされず、二人は街の中へと足を踏み入れた。
門から充分に離れたところで、フィノはハザルを見上げ、ひそひそと告げる。
「ペットだなんて」
「魔獣って言うのはまずいだろ」
ハザルも声を潜めて返した。
「でも、ギニアンはペットじゃなくて友だちです」
「分かってる」
短く答えたハザルの横で、フードの中のギニアンが鳴く。
「ぷぅ」
その声はどこか不服そうで、ねずみでもペットでもない、と拗ねているようにも聞こえる。
「……悪かったって」
ばつが悪そうに頭を掻くハザルに、フィノは思わず口許を緩めた。
夕刻にも関わらず、ペルカの通りにはまだ多くの人々が行き交っていた。魔導灯の明かりが石畳を照らし、道は街の奥へと続いている。
「すごい……」
道の両脇には店が軒を連ね、若者たちの弾んだ話し声や笑い声が絶え間なく聞こえてきた。どこからか、香辛料の効いた料理の匂いも漂ってくる。ロウシェ村とは、何もかもが違う。目に映るものも、耳に届く音も、鼻をくすぐる香りも。フィノは目を輝かせ、あちらこちらへ視線を巡らせた。
「換金は明日でいい。今日は飯を食って、宿で休もう」
「は、はい」
ここへ来るまでに、森の中で軽い昼食を取ったきりだった。食事と聞いた途端、腹の虫がぐぅ、と鳴る。フィノは気恥ずかしそうに腹をさすりながら、ハザルの提案に頷いた。
「ここでいいか」
一軒の店の前で足を止めたハザルに、フィノは「はい」と答えた。ハザルが両開きの扉を押し開けると、きい——、と蝶番の軋む音が響く。木造の店内には酒の香りが漂い、幾つもの卓が並んでいた。客たちは料理を囲み、楽しげに語らっている。
研究施設で暮らしていた頃は、食事中の私語を禁じられていた。ロウシェ村で老夫婦と囲んだ食卓も、いつも静かで穏やかなものだった。こんなにも賑やかな食卓を、フィノは初めて目にする。
「いらっしゃい」
快活な声と共に、店員が二人のもとへやってきた。
「二人だ」
ハザルが答えると、店員は空いている卓を確かめ、二人を手際よく案内した。向かい合って椅子に腰をかけると、ほどなくして水の入ったグラスが運ばれてくる。ハザルが何気なくそれを手に取り、口をつけた。その様子を見て、飲んでもよいものだと判断すると、フィノも両手でグラスを持ち、こくりと水を喉へ流し込んだ。
店の賑わいに圧倒され、肩を窄めていると、ハザルが不思議そうにこちらを見る。フィノは気恥ずかしそうに笑った。
「……こういうの、初めてで」
「そういえば、ロウシェで暮らす前は」
ハザルの問いかけに、フィノはグラスの縁へ視線を落とす。
「イルマヤ政府の施設で保護してもらっていました。数ヶ月経って、おじいさんとおばあさんが受け入れ先に名乗り出てくれて。だから、こういう場所はなんだかそわそわします」
そう答えると、ハザルは何も言わず腕を伸ばし、フィノの頭をひと撫でした。
二人の旅を見届けてくださいましたら幸いです。
(!)シルバーウィーク期間中(~9/27まで)は毎日21時更新、以降は火曜・金曜の21時更新予定です。
◇
目の前に広がる世界に少し戸惑いながら、それでも胸は弾んで止まなかった。
知りたいことが、たくさんある。
この世界のこと。魔法のこと。
そして、隣を歩く、彼のこと。
樹々の生い茂る森を抜けると、視界が一気に広がった。西に傾いた陽が、街道沿いの草木を赤く染め、遠くで重なり合う雲を金色に縁取っている。フィノは「ふう」と息を漏らして肩の力を抜いた。ローブの袖で額に浮いた汗を拭っていると、隣から低く静かな声が降ってくる。
「フィノ」
見上げれば、煉瓦色の髪を結った、褐色肌の大きな男——ハザルが、こちらを見下ろしていた。
「この調子でいけば、陽が沈む頃にはペルカへ着く。歩けそうか?」
「辛かったら少し休むが」と続けるハザルに、息の乱れはない。顔にも疲労の色はなく、自分の体力のなさが少しだけ気恥ずかしくなった。それでもフィノは、ハザルへ笑みを向ける。
「大丈夫です。行きましょう」
ハザルは微かに眉を寄せた。
「無理すんなよ」
彼の気遣いにフィノが頷こうとした、そのとき。フードの内側がもそりと動き、中からふわふわとした茶色い毛玉が顔を出した。
「ぷ」
ギニアンだ。幼い頃からの友だちである小さな魔獣は、耳をぱたぱたと動かしながら、フィノの肩へちょこんと顎を乗せた。
「ギニアン。そろそろお腹が空いてきた?」
「ぷきゅ」
そうだ、と言わんばかりにギニアンはフィノの頬へ擦り寄ってくる。
「ふふ、もう少しだけ我慢してね」
フィノは人差し指でその鼻先をつんと突いた。それから、もう一度前を向く。重くなり始めた脚を叱咤し、再び街道を歩き出した。
ほんの数ヶ月前まで、フィノはロウシェ村の外へ出ることなど想像もしていなかった。今は、ハザルと共に村を発ち、知らない街へと向かっている。自分も、魔法が使えるようになるかもしれない。そう簡単な道のりではないと分かっていても、その可能性を思うだけで足取りまで軽くなる気がした。そして――。
(ハザルさんと、一緒にいられる)
何よりもその事実が、フィノの心を浮き立たせていた。ちらりとハザルの横顔を見る。気づいたハザルが「どうした?」と問いかけてきた。
「なんでもないです」
そう返した声は、自分でも分かるほどに弾んでいた。
すっかり陽が落ち、虫の音が辺りに響き出す頃、街道の先にペルカの入り口が見えてきた。ロウシェ村を囲んでいた木柵とは違い、街の周りには石造りの塀が連なっている。道の先には、厚い木材を鉄で補強した立派な門扉がそびえていた。その重厚さに、フィノは思わず立ち止まり、ぽかんと口を開けて見上げる。
「こっちだ」
ハザルに声をかけられ、門番のもとへ向かった。ハザルがまず用件を告げ、簡単な手荷物の確認を受けると、フィノもそれに続く。
「フードの中も見せてもらおうか」
門番がフードの中で動く影に気づき、訝しげに覗き込んだ。その気配に反応したのか、ギニアンは小さく丸くなり、耳を垂らしたまま男を見つめる。
「くるる」
「ねずみ?」
フィノは「ああ」と口を開いた。
「この子はギニアンと言って、まじゅ――」
「ペットだ」
魔獣、と言いかけたフィノに、ハザルが声を被せた。
「ペット?」
門番は眉根を寄せ、ギニアンとフィノの顔を交互に見る。
「珍しいねずみだな。まあ、魔力も感じられないし、危害を加えるようにも見えない。いいだろう、入れ」
それ以上の追及はされず、二人は街の中へと足を踏み入れた。
門から充分に離れたところで、フィノはハザルを見上げ、ひそひそと告げる。
「ペットだなんて」
「魔獣って言うのはまずいだろ」
ハザルも声を潜めて返した。
「でも、ギニアンはペットじゃなくて友だちです」
「分かってる」
短く答えたハザルの横で、フードの中のギニアンが鳴く。
「ぷぅ」
その声はどこか不服そうで、ねずみでもペットでもない、と拗ねているようにも聞こえる。
「……悪かったって」
ばつが悪そうに頭を掻くハザルに、フィノは思わず口許を緩めた。
夕刻にも関わらず、ペルカの通りにはまだ多くの人々が行き交っていた。魔導灯の明かりが石畳を照らし、道は街の奥へと続いている。
「すごい……」
道の両脇には店が軒を連ね、若者たちの弾んだ話し声や笑い声が絶え間なく聞こえてきた。どこからか、香辛料の効いた料理の匂いも漂ってくる。ロウシェ村とは、何もかもが違う。目に映るものも、耳に届く音も、鼻をくすぐる香りも。フィノは目を輝かせ、あちらこちらへ視線を巡らせた。
「換金は明日でいい。今日は飯を食って、宿で休もう」
「は、はい」
ここへ来るまでに、森の中で軽い昼食を取ったきりだった。食事と聞いた途端、腹の虫がぐぅ、と鳴る。フィノは気恥ずかしそうに腹をさすりながら、ハザルの提案に頷いた。
「ここでいいか」
一軒の店の前で足を止めたハザルに、フィノは「はい」と答えた。ハザルが両開きの扉を押し開けると、きい——、と蝶番の軋む音が響く。木造の店内には酒の香りが漂い、幾つもの卓が並んでいた。客たちは料理を囲み、楽しげに語らっている。
研究施設で暮らしていた頃は、食事中の私語を禁じられていた。ロウシェ村で老夫婦と囲んだ食卓も、いつも静かで穏やかなものだった。こんなにも賑やかな食卓を、フィノは初めて目にする。
「いらっしゃい」
快活な声と共に、店員が二人のもとへやってきた。
「二人だ」
ハザルが答えると、店員は空いている卓を確かめ、二人を手際よく案内した。向かい合って椅子に腰をかけると、ほどなくして水の入ったグラスが運ばれてくる。ハザルが何気なくそれを手に取り、口をつけた。その様子を見て、飲んでもよいものだと判断すると、フィノも両手でグラスを持ち、こくりと水を喉へ流し込んだ。
店の賑わいに圧倒され、肩を窄めていると、ハザルが不思議そうにこちらを見る。フィノは気恥ずかしそうに笑った。
「……こういうの、初めてで」
「そういえば、ロウシェで暮らす前は」
ハザルの問いかけに、フィノはグラスの縁へ視線を落とす。
「イルマヤ政府の施設で保護してもらっていました。数ヶ月経って、おじいさんとおばあさんが受け入れ先に名乗り出てくれて。だから、こういう場所はなんだかそわそわします」
そう答えると、ハザルは何も言わず腕を伸ばし、フィノの頭をひと撫でした。
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