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第二章
36.選ぶ理由(2)
買い揃えた夕餉を手に、二人は昨夜と同じ宿へ戻った。
「空きがあれば広い部屋へ移ろう」と言うハザルに、フィノは、これ以上金銭的な負担をかけたくない、不便もしていないから同じ部屋でいいと申し出た。尤もらしい理由を並べてハザルを納得させたが、その実、昨晩の温もりをどうにも忘れられず、寝台を分けたくないというのが本音だった。
部屋に戻ると、小さな卓の上に買ってきた料理を広げた。ハザルが選んだ串焼きと丸パン、フィノが提案した煮込み料理。それらを二人で食べていると、不意にハザルが「うまいな」と呟いた。
(選んでよかったな)
足元のギニアンへ目をやると、露店で購入した木の実と干し果実を平らげていた。それからいそいそと新しい鞄の中へ入り、時折、中から「ぷっ、ぷっ」と鳴き声を漏らしている。すっかり気に入ったらしい。フィノとハザルが食事を終える頃には、鞄の口から後ろ足だけを投げ出し、ぐでんとその身を横たえていた。
片付けを済ませ、二人は順番に身体を洗い流した。髪の水気を布で拭いながらフィノが部屋へ戻れば、先に寝支度を終えたハザルが寝台の端に腰を下ろしている。結った髪を下ろし、薄い上衣で寛ぐ無防備な姿へ、今夜もまともに視線を向けられそうにない。それでも努めて平静に、フィノは隣に腰かけた。
「今日は色々とありがとうございました」
「気にすんな」
「でも、嬉しかったから」
ハザルは「……ああ」と素っ気なく返し、膝の上に置いていた手を持ち上げ、フィノの髪にそっと触れた。流れに沿ってゆっくりと撫でられ、フィノはくすぐったさに肩を竦める。
「明日は、本屋で聞いた術師のところに行ってみよう」
「はい」
フィノが頷く。ハザルは立ち上がり、部屋の明かりを落とした。薄闇のなか、先に寝台へ横になったハザルが壁際へ寄り、フィノのために場所を空ける。そこへ身体を滑り込ませると、大きな腕がフィノの背へ回された。抱き寄せられ、反射的に厚い胸板へ手を添える。
(ハザルさんは、どう思ってるんだろう)
ただ寝台から落ちないように、引き寄せてくれているだけなのだろうか。こんなにも心を騒がせているのは、自分だけなのだろうか。その疑問を飲み込めず、フィノは口を開いた。
「あの、ハザルさん」
優しい声音で「ん?」と返される。フィノは視線を落としたまま、彼の上衣をきゅっと摘まんだ。
「ハザルさんは、意識しないんですか?」
「何をだ?」
問い返され、フィノは躊躇いながら続けた。
「その、恋人同士で、こんなふうにくっついて寝て……この前みたいなことは、しないのかな、とか」
背中に回された手が、ぴくりと跳ねた気がした。曖昧な言い方でも、ハザルには伝わったらしい。胸板に添えた手の下で、彼の鼓動が速まっていく。暫くして、ハザルがぽつりと零した。
「意識、しないわけないだろ」
その一言に、フィノの胸が大きく跳ねた。思わず顔を上げれば、カーテンの隙間から差し込む月明かりが、ハザルの顔を淡く照らしている。その喉が、僅かに上下した。
ハザルも、同じだったのだ。嬉しくて、同時に恥ずかしくて、フィノは上衣に触れる指先にますます力を込める。
「けど」
ハザルの腕が、フィノの背をゆっくりと撫でた。
「そういう関係だからって、しなきゃならねえわけじゃない。お前がしたいと思ったときに——」
「僕は」
ハザルの言葉を遮って、フィノは口を開いた。途端に呼吸が浅くなる。フィノはハザルの上衣を掴み、縋るように彼の目を見つめた。
「僕は、したいって、思ってます」
次の瞬間、背に回された腕へ強く力が籠もった。息を呑む間もなく抱き込まれ、唇を塞がれる。
「ん……っ!」
肩が跳ね、身体が強張る。けれど、触れた熱に力はすぐに抜けていった。フィノは掴んだ上衣を離せないまま、恐る恐るその口づけを受け入れる。
「ん、ぅ……」
やがて重なりが僅かにずれた。それでも完全には離れず、ハザルの熱い吐息がフィノの唇を震わせる。
「……俺も、したかった」
唇を触れ合わせたまま、ハザルが掠れた声を漏らした。
「昨日も、ずっと考えてた」
昨夜、自分がこの腕の中で眠ったあとも、ハザルはこんな思いを抱えていたのだろうか。そう考えると、胸の奥が甘く疼いた。フィノが何か言葉を返そうと口を開くと、それを奪うようにハザルは再び口づけてくる。
「ん、ふ……っ」
ハザルの手が後頭部へ回り、さらに強く抱き寄せられた。今度は、ただ触れ合わせるだけのものではない。唇ごと呑み込まれそうな、深く、熱い口づけだった。
「空きがあれば広い部屋へ移ろう」と言うハザルに、フィノは、これ以上金銭的な負担をかけたくない、不便もしていないから同じ部屋でいいと申し出た。尤もらしい理由を並べてハザルを納得させたが、その実、昨晩の温もりをどうにも忘れられず、寝台を分けたくないというのが本音だった。
部屋に戻ると、小さな卓の上に買ってきた料理を広げた。ハザルが選んだ串焼きと丸パン、フィノが提案した煮込み料理。それらを二人で食べていると、不意にハザルが「うまいな」と呟いた。
(選んでよかったな)
足元のギニアンへ目をやると、露店で購入した木の実と干し果実を平らげていた。それからいそいそと新しい鞄の中へ入り、時折、中から「ぷっ、ぷっ」と鳴き声を漏らしている。すっかり気に入ったらしい。フィノとハザルが食事を終える頃には、鞄の口から後ろ足だけを投げ出し、ぐでんとその身を横たえていた。
片付けを済ませ、二人は順番に身体を洗い流した。髪の水気を布で拭いながらフィノが部屋へ戻れば、先に寝支度を終えたハザルが寝台の端に腰を下ろしている。結った髪を下ろし、薄い上衣で寛ぐ無防備な姿へ、今夜もまともに視線を向けられそうにない。それでも努めて平静に、フィノは隣に腰かけた。
「今日は色々とありがとうございました」
「気にすんな」
「でも、嬉しかったから」
ハザルは「……ああ」と素っ気なく返し、膝の上に置いていた手を持ち上げ、フィノの髪にそっと触れた。流れに沿ってゆっくりと撫でられ、フィノはくすぐったさに肩を竦める。
「明日は、本屋で聞いた術師のところに行ってみよう」
「はい」
フィノが頷く。ハザルは立ち上がり、部屋の明かりを落とした。薄闇のなか、先に寝台へ横になったハザルが壁際へ寄り、フィノのために場所を空ける。そこへ身体を滑り込ませると、大きな腕がフィノの背へ回された。抱き寄せられ、反射的に厚い胸板へ手を添える。
(ハザルさんは、どう思ってるんだろう)
ただ寝台から落ちないように、引き寄せてくれているだけなのだろうか。こんなにも心を騒がせているのは、自分だけなのだろうか。その疑問を飲み込めず、フィノは口を開いた。
「あの、ハザルさん」
優しい声音で「ん?」と返される。フィノは視線を落としたまま、彼の上衣をきゅっと摘まんだ。
「ハザルさんは、意識しないんですか?」
「何をだ?」
問い返され、フィノは躊躇いながら続けた。
「その、恋人同士で、こんなふうにくっついて寝て……この前みたいなことは、しないのかな、とか」
背中に回された手が、ぴくりと跳ねた気がした。曖昧な言い方でも、ハザルには伝わったらしい。胸板に添えた手の下で、彼の鼓動が速まっていく。暫くして、ハザルがぽつりと零した。
「意識、しないわけないだろ」
その一言に、フィノの胸が大きく跳ねた。思わず顔を上げれば、カーテンの隙間から差し込む月明かりが、ハザルの顔を淡く照らしている。その喉が、僅かに上下した。
ハザルも、同じだったのだ。嬉しくて、同時に恥ずかしくて、フィノは上衣に触れる指先にますます力を込める。
「けど」
ハザルの腕が、フィノの背をゆっくりと撫でた。
「そういう関係だからって、しなきゃならねえわけじゃない。お前がしたいと思ったときに——」
「僕は」
ハザルの言葉を遮って、フィノは口を開いた。途端に呼吸が浅くなる。フィノはハザルの上衣を掴み、縋るように彼の目を見つめた。
「僕は、したいって、思ってます」
次の瞬間、背に回された腕へ強く力が籠もった。息を呑む間もなく抱き込まれ、唇を塞がれる。
「ん……っ!」
肩が跳ね、身体が強張る。けれど、触れた熱に力はすぐに抜けていった。フィノは掴んだ上衣を離せないまま、恐る恐るその口づけを受け入れる。
「ん、ぅ……」
やがて重なりが僅かにずれた。それでも完全には離れず、ハザルの熱い吐息がフィノの唇を震わせる。
「……俺も、したかった」
唇を触れ合わせたまま、ハザルが掠れた声を漏らした。
「昨日も、ずっと考えてた」
昨夜、自分がこの腕の中で眠ったあとも、ハザルはこんな思いを抱えていたのだろうか。そう考えると、胸の奥が甘く疼いた。フィノが何か言葉を返そうと口を開くと、それを奪うようにハザルは再び口づけてくる。
「ん、ふ……っ」
ハザルの手が後頭部へ回り、さらに強く抱き寄せられた。今度は、ただ触れ合わせるだけのものではない。唇ごと呑み込まれそうな、深く、熱い口づけだった。
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