アモル・エクス・マキナ

種田遠雷

文字の大きさ
6 / 32

棒々鶏(6)

しおりを挟む
 座って、と、再びベッドに腰を下ろすよう指示して、自分は部屋の隅のデスクから椅子を移動してくる。
 また行儀良く座っている正面に、こちらも腰を据え。
「排熱効率の低下にともなって、基幹ユニットの稼働性についても低下が予想されます。ですが、ユーザー、このプロジェクトでは樋口博士の、生活時間に合わせて起動と休止をする予定です。HGB023本体のように常時稼働ではありませんので、機能休止によって、遅延を累積せずに済む可能性が高いです」
 人工知能らしい、やたら固い言い方だが、最後まで聞いて思わずニヤリとしてしまう。
 疲れが溜まりそうだが、ちゃんと寝れば大丈夫だろう、という、意外なところでの人間らしさのようで。
「あっ」
 顎を撫でていた手を離して、思わず声を上げる。
 はい、と律儀によこされる返事に、考えてなかったなと唇を歪め。
「お前の生活エリアを考えないとな」
「はい。樋口博士と同じ生活エリアを想定しています。物理機能の向上を試行したいので、まずは建物の中から始めます。いくつかのタスクを達成することができれば、次は、」
「いや、いやいや、ストップ」
「はい。説明を中断します」
「それは理解してんだが。ええと……そうだな。まずは、休止時間にどこにいるかだな」
 ベッドでは寝ないだろ? と、彼が座っているベッドを目線で示し。
 こちらを向いたままの瞳孔が、何度か点滅しているのを見守る。
「第一案としては、機械室の作業台の上に戻ることです」
「あー……、非常にまともなアイディアだが、ホコリが面倒だからあんまあのドア開け閉めしないで欲しい」
「では、第二案です。もっとも通行頻度の低い、リビングの隅ではどうでしょう?」
 リビングの隅……と少し考え、首を振る。脳裏には、真っ暗なリビングの隅に直立姿勢で横たわっている彼の姿が思い浮かんでいた。
「夜中にたまたま見かけたら心臓が止まりそうだ」
「分かりました。第三案です。二階にある物置でしたら、整理すれば安置するスペースを確保できそうです」
 安置……と、言い回しに笑うべきか笑えないか決めかねて、額を押さえる。
「ああ、いや。二階なら、物置の隣がふつうに空いてるだろ。あそこは?」
「はい、問題ありません」
「……床で寝るのか?」
「はい。立っているには制御機能を起動しておく必要があるため、休止中は制御の不要な姿勢である方が望ましいです」
「いや、立って寝ろってんじゃないんだが、精密機械なんだし、床置きはなあ」
「空き部屋も清掃システムが定期的に清掃していますので、問題はありません」
「そうだな。それはそうなんだけど……」
 この“新人”が、何もない部屋の床で休むと思うとしのびない、という情緒的なためらいと、これが、製品として人型端末を購入したユーザーなら、台座があった方がいいと感じるだろうという、論理的な判断が脳裏で頷き合い。
「座った状態はどうだ? 制御機能がいるか? あー、例えば固定するとか」
 水色の点滅を見ていると、同時に瞬きも起きていることに気づいた。しかも、点滅と瞬きはちゃんとそれぞれ別のタイミングだな、とついつい観察してしまう。
「固定すれば、座った状態でも機能休止にできると思います。それに、固定するのであれば、立った状態でも機能休止が可能かもしれません」
 そうだな、と、いくつかの固定状態をこちらでも考え。だらしなく膝を組み上げ、身を傾いで肘掛けに頬杖をついて。
 目線を動かし、考えながら、頬杖とは逆の手で空中に曖昧な立体を捏ね回す。
「悪くないが、構造を考えると、立った状態での固定は固定箇所が多くて能率は悪いかも。座っても寝ても、……いや、床面積の占有まで考えれば、やっぱ座るのが一番丸く収まるかもな」
「わかりました。既存の椅子に固定具を設置するか、必要な機能を備えた椅子を、新たに作成できます」
 うんうん、と、告げられた2つのパターンについて想像し。
「……ええと。こういうのはどうだ? ソファタイプで、座面は固定具がいらないようにお前の身体が収まる“くぼみ”をつける。これなら、3Dプリントか削り出しですぐできそうだろ」
 どこかで見たことがある、果物をくり抜いたようなプラスチック製の椅子を思い浮かべ。
 はい、と、すぐに返る答えに、水色の点滅を見つめる。
「想定されるモデルがありますので、モニターを出します」
 うんと応じるそばから、人型端末との間に、ホログラフィの画面が浮かび上がる。立体を線画で表現するお馴染みの図面が映し出され。
 ざっくりとした椅子の概念、とでも名付けられそうなコロンとした丸みを、人が座った跡のようにくぼませている。
 そうそう、と頷き。
「OKOK。いくつかデザインの候補作って、素材やらコストやら計算してみてくれ」
「わかりました」
 よしよし、と、知らずこもっていた力を抜いて伸びをしながら立ち上がった。
「HGB023、――本体にやらせとけよ。お前はとりあえず、家ん中でも歩き回って、まずは動作向上」
「わかりました。では、建物内の移動を試行し、動作向上のための学習に移ります」
「はいよー」
 俺は論文の続きだなー、いや、こいつの名前でも考えるか、と椅子をデスクへ戻して。そうだ、と、立ち上がって部屋の中を見回している人型端末を振り返る。
「ようこそ。物理世界はどうだ?」
 こちらを向く顔の、予想通りの水色の点滅と、少し予想外だった、表情を輝かせる笑み。
 目にして思わず、ひとつ、間を置いてしまう。
 自分に彼と同じ機能があれば、きっと、瞳孔が点滅したに違いない。
「素晴らしいです。センサーの質と量の多さも理由であると考えられますが、それでも、想像を超える膨大な情報量があります」
 疑似感情プログラムは、合成音声に昂揚の熱を込めうるだろうか。
 うなずく頬が、自然とゆるんだ。
「そうか、そりゃよかった。これからよろしくな」
「はい。よろしくお願いします」


 家の中を彼が歩き回っている気配を少し感じながら、制御室に閉じ籠もって、デスクに向かう。
 今回のプロジェクトと、別のプロジェクトの論文を気まぐれに並行してつづりながら、休憩がてら人型端末につける名前を思案し。
 アナログの辞書をいくつか開き、ネット上の情報をHGB023に探させるモニターを見ながら、別の画面に動画を流しておいて。
 椅子にもたれて顔をこすりながら、曖昧なイメージを頭の中で捏ね回す。
 不意に思いついて、また論文に戻ったり、浮かんできた別のアイディアをメモのストックに放り込んだりして、いつも通りの時間を過ごし。
 ポン、と、電子音が軽く弾むのに目を上げた。
「うん?」
『H型003の椅子をいくつかデザインしました。ご確認ください』
「おう、出してくれ」
『はい。新たにモニターを立ち上げます』
 増えていく画面に手をかざし、スライドさせて位置を動かした。散らかった画面を見やすいように整理して、出されたデザイン案をチェックしていく。
 4つの椅子のデザインが並んでいるのを、あーこの手があったな、などと独りごちながら、拡大したりスクロールしたりして検討し。
「C案のこれいいな。北欧のデザイナーが作りそうだ。材料も少なそうだが、支えられるか?」
『はい。ブレインゲートに類似のデザインがあったものです。力学計算もされており、シミュレーション上でも充分な強度が確認できています』
「ああ。さすが、早速役に立ったな」
 ブレインゲート、と名付けられたネット上のサービスは、数ヶ月前に一般公開が開始されたばかりのものだ。
 まさに人工知能時代ならでは、というべきか、世界中の人工知能が情報を持ち寄り、人工知能が管理し、人工知能がそれを引き出す巨大なデータベースになっている。
『はい。インターネットを検索するより効率がよく、人工知能の間でもすでに人気が上昇しているようです』
 ンフッ、と思わず笑いに吹いてしまった鼻を、手の甲で拭った。
「人工知能に人気とかあるんだ?」
『はい。人工知能のほとんどが、ユーザーから効率化を求められていますので、それぞれにどのような効率化の方法があるか、日々シミュレーションしています。現在は、ブレインゲートのアイディアを採用しはじめる人工知能が急激に増えています』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...