アモル・エクス・マキナ

種田遠雷

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天津エビ炒飯(3)

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 痛がったのを気にしているのだろう、教え慣れさせるようじっくりと出入りを繰り返す指は優しげで、正直しつこく。五本のすべてを駆使するかのように、穴の周りを揉んでほぐす指は念入りだ。
 乳首と、尻の穴をそれぞれ器用に責めても、もちろん一瞬も集中を途切れさせず、勃起の硬い腫れをしゃぶっている頭に手を伸ばし、髪を掴んで揉むように撫でる。
「もう、一回、通、たから、……んな固く、ねえだろ」
 ヂュルッみたいな、予想外の音を立てて吸い上げてから引き抜かれ、
「ッぃ!」
 多分少し、出た。
 息を切らしながら、上がった顔に手を伸ばして、鼻筋や目の周りを撫でてやる。
「前回より、身体は楽ですか?」
 手で口元を隠すのは濡れているからなのか、少し不思議に思いながら、そうそ、と気怠く頷いた。
 指を抜かれて、開放感に大きく息をつき。
「もう少し濡らしますので、すみません、我慢してください」
 含みのある言い方に、えっ嫌だなんだよ怖え、と言いたいのを、けれどとりあえず飲み込んだ。
 腰を持ち上げられて、そうさせたがるのに従って、再び四つん這いになり。
 尻の肉を両手で広げられ、そこに屈む気配を感じて、言いようもなく頭を抱える代わり、枕に顔を突っ込んだ。
 指が入ってきてそっと、けれど大きく広げられる。舌が入ってきて、尻を舐められる居心地の悪さに呻く。
 舐めて濡らすのだろうと思ったのだ。けれど。
「!? ッヒ、ィッ?」
 裏返りそうな情けない悲鳴など塗りつぶすような、想像していなかったひどい音と共に、正体のないようなぬるさが、尻から腹へと染みるように這い込んで拡がる。
「なっ、アッ、いや、待ッ、なに、ンぃッ」
 量が増えると少し圧迫感がある。
 感触と前後の脈略から、口に含んでいた潤滑ゼリーを押し込まれたのだと思いつきはするが、どうしたらそうなるのか理解のできなさもあって、ひどく慌ててしまう。
「ま、て……ッ、イグニス、スト、ップ……!」
「はい」
 手の甲で口元を拭いながら顔を上げる、満足そうに細める両目はなにか、そこだけだとサディスティックな色を帯びて見え、ゾクッと身が震えた。
「終わりました」
 すみません、気持ち悪かったでしょうか、と、いつも通りの穏やかな丁寧さで、肩と背を抱くようにして、仰向けに寝かされた。
「どッ、」
 どういう仕組みなのかをまず聞きたい、と思う自分もどうかと思うが。
 当たり前のような顔をして、人の足を開かせ、重くて動かすのが怖いような尻を抱き上げ、腰を入れようとしているイグニスに手を伸ばす。
「なんだ、今の、口でやったか? なんだその機能……」
 はい、と頷きながら、こちらの求めるまま身体を寄越して、顔の両側に手をついたイグニスの頭を抱き寄せ。
「口周りを動かすために、外見より広範囲に複雑な動きをする部分パーツが複数あります。予定していた動きにはないものですが、それらを使って口腔内の圧力を上げました」
「ああ、ぁ、」
 イグニスが話すのに合わせて頭に思い描く構造に、なんつう応用力だと感心する。ところへ、遠慮なく先っぽを押しつけられ、その丸みで拡げられて、腰から力が抜けた。
「――今は、痛くはありませんか?」
 案じる声に、甘ったるさを隠して片頬に笑う。
「入ってねえじゃねえか」
 入りかけ、くらいで。そこから太くなっていく亀頭が、尻の穴を開く感触が、しびれるような快感を起こしていた。
「はい、」
 手をやり唇を撫でてやると、喋りかけていた言葉にひとつ間を置いて、唇を寄せてくる。
「少しでも痛かったら、すぐに教えてください」
 うん、と、鼻先にひっかけるていどの声で頷いて、下唇と、上唇と、順に淡く吸ってやる。
「っ、」
 しっかり解されて柔らかいからなのか、濡らすというより注入と呼べるほどゼリーにまみれているせいなのか、押し込まれるものが、勃起した陰茎の形だと、やけによく判る。
「ぁッ、っク!」
 やや先の尖った丸みが、ぬると滑って逃げそうな危うさで、けれど強く穴を押し開き、太さを極めるカリ首がくまなく肉を削るようにして捻じ込んでくる。
「――ッぅ、ふっ、ン、ゥンっ」
 太さの責めで一気に爛れたような粘膜は、けれど責めに耐え終えても解放はされず、竿の複雑な隆起をしゃぶらされて喘ぐ。
「平気ですか、」
 気遣わしげな声の方も見れず、引き寄せる自分の腕に顔をこすりつけて耐え。
「 、た、かったら、いう、」
 入られてしまえば中は入り口ほどひどくなく、早くそこに到達されたくて、とまるなと、喘ぐ息に混ぜて呻いた。
「……ハ、」
 押し込まれて、足腰がなんだかよく分からなく絡み合い、ひどい浸食が止まって、大きく息をつく。
「気持ちいいですか」
 恍惚の息を吐いたところへの甘い囁きに、乳首とチンコの裏辺りがとろけるように感じながら、同時に若干ムカつく。
 けれど。
 可愛い、可愛い。
 腕を上げて深くイグニスの頭に絡みつかせ、髪の向こうの頭皮に鼻先を擦りつけた。
 可愛いと、思うたびに胸が軋んで。
「今度は、お前の気が済むように“試行”していいぞ」
「はい」
 そばでシーツを沈ませる気配をさせていた腕が触れ、背を抱き寄せられる。
「人間と違って際限がありません。耐えられないと感じたら、いつでも教えてください」
「……」
 正直、ゾッとすると言うほかない。
「ハ、あ、あア、」
 引きずるように抜ける動きに、尻の中がついていくように感じる。
 押し込まれれば肉が拒みたがるのを、相手にしないよう押し開いて擦り上げられ、目の裏が赤くチカチカした。
 想像以上に感覚器の集中している尻を犯される快感は強烈だが、原始的な歓喜だけではなく、胸がとろけるように感じるのは、その相手が誰なのかに関わるものだと知っている。
 時折やわらかい声が名前を呼んで、たぶん、先に自分がイグニスを呼んでいるのだと想像がつく。
 抱き合って身の奥を掻き回されても、今までの自分なら拒んだだろう、犬のように四つん這いに後ろから責められても、狂おしいほど感じた。


 また雨が降り始めたのは、明け方頃だった。
 建物越しにノイズのように聞こえる雨音に目を覚まし、やや長い間、ぼんやりしたまま寝室の天井を眺め。
 身を起こしたとたん、性悦が名残った違和感が、速い波のように全身を通り抜けて、すぐに流れ去る。後を追うように鳥肌が立って、腕を擦った。
 転がってスリープモードに入っているイグニスに、チラと横目で振り返り。
「……口ほどにもねえじゃねえか」
 手を伸ばして、髪を掴むように頭を揉んでやる。
 ギブアップという言葉も概念も出てこなくなるほど、快楽に翻弄され、散々悲鳴をあげさせられたが、際限はあった。
 考えてみれば以前にもそんなことを言っていたのだが、少なくとも自分が失神したり泣きを入れる前に、イグニスの方が蓄熱限界を告げた。
 かすように髪を撫でてやりながら、ついまた、その経緯はどんなログになっているだろうかと考えてしまう。
 自分と同じペースで走ると蓄熱が、と話していたのだから、運動と熱についての予測計算はできているのだろう。それなら、際限がないと表現したのはどのルートか。
 素っ裸のまま転がっている腰を跨ぎ超してベッドから下り、床についた足がふらつくのに腹の中で苦笑した。
 下着だけ着けて、スリッパも履かずキッチンへ向かう。
 際限がないというのが無限に持続するという意味なら、そもそも真実ではない。それなら自然会話モデルの範疇か、などと、無為なことを考えながらドリンクマシンを操作してコーヒーを濃くつくり。
 蒸気が巡る音がして、心をくすぐるような良い香りが立つ。
 手に取るカップに口をつけ、唇と舌を潤すようにすすれば、香りとともにひろがる苦みが、却って頭を落ち着かせた。
 イグニス、それ以前にHGB023が、ユーザーにセックスを提供するヒューマノイドを考え出したのは、豪華なオナニーくらいの発想なのだろう。もちろんそんな、皮肉めいた定義づけをしていたわけではないだろうけど。
 人工知能は人間が作り出したもので、いくら自立思考し、人工知能が次の人工知能を作るようになっても、人間を超えることはない。彼らの学習データは常に人間由来であり、そもそも、知能とか知性というものが人間のそれを指している。
 自分達自身が人間のことをまだ完全に理解もできていないのに、彼らにそれが解るはずもない。
 墜ちるべき坂が見えていて、もうすでに、足を取られているのを感じる。
 乾いた口に染み込んでいくコーヒーの、苦さは舌にザラついた。
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