アモル・エクス・マキナ

種田遠雷

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春巻(7)

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『はい。では、園内博士に樋口博士のアバターデータを送信し、園内博士から受信する3D映像を、座標を固定して表示します。送信するデータに問題がないかご確認ください。また、受信する映像を固定する座標をご指示ください』
 どこかに保存してあったのだろう自分の画像に、今と同じ作業服と眼鏡を身に着けているアバターが視界の隅に表示され、OKと許可を出す。
 絢人の姿を表示する座標の方は、あの辺、と適当に作業しながらでも目に入りそうな位置を指し示した。
『バン!』
「おう。悪ぃな忙しいのに」
 さきほど示した位置に、ソファに腰掛けた絢人が現れたのを見ながら、機械アームの誘導に戻り。
 拡張現実ARでそこにいるかのように見えるが、実際にはもちろん画像は眼鏡のレンズに映っている。
 絢人が座っているソファは、おそらく調整用のグラフィックで、実際のものとは違うはずだ。顔もこちらを向いているが、その場に行って見てみれば、絢人はなんらかの端末のカメラか、もしくは向こうは向こうで人工知能が作った自分のアバターを見ている。
『なに言ってんだよ、てかまず、そんなことある!?』
 HGB023を厳重に保護する小部屋を外部からこじ開けながら、だよな、と、脱力するように笑った。
「あったんだよなあ、これが」
 信じらんねえとか、人の土地のよりによって下を掘るなとか、半分はもう冗談交じりに、勢い任せに二人でわいわいと喋りまくり。
『てか、イグニス、死んだってこと……?』
 フフッと、思わず笑ってしまうが、ギリリと締め上げられたように、胸は痛みを感じた。
 駆動音のひとつも立てないHGB023は見たところ無傷で、ロボット達に手伝わせながら、慎重に機械アームに固定して。
 まだ、キッチンの床に伸びているはずの、イグニスの姿が脳裏によぎる。
「人工知能のロボットだから、死んだとは言わねえな。データもバックアップがあるから、次のロボットにコピーする予定」
 そっか、と、けれど。骨伝導のスピーカーから伝わる、絢人の声は曇ったままだ。
『けど、バン、んな状況で目の前でイグニスがブッ壊れるとこ、ずっと見てたんだろ』
「ああ、……まあ」
 今まさに痛む胸の芯を掴まれたようで、短く言葉に詰まる。
 さっきとは逆に縮んでいくアームについて歩き、指示を出しながら、HGB023を輸送車に積み込んだ。
 理解してもらいたいと思っていたわけではないが、理解されればやっぱり安堵する、気持ちの柔らかさと。逆の立場だったら、自分はこれを言えただろうかと考えるつまらない劣等感。
『でもまー、次もやる気があんなら安心した。イグニスが元気になったら、またパーティしようぜ。バン、なんか美味いもん作ってよ』
 痛む心を掴んでも、絢人の声は包むようにやわらかい。
 それが、短い言葉の間に励ますように明るく色を変えて、ははと声を立てて笑った。
「俺が作んのかよ」
『バン、俺が作った飯食う時より、自分で作って食わせてる時の方が楽しそうだから』
 急に真顔の声をつくられて、ああ、まあと反論の余地もなく頷いた。
 絢人の料理がどうこうではなく、自分が、自分の技術で人を喜ばせるのが好きなのだ。
「っても、自前工場が傾いちまって、何がどんだけ戻ってくるかもまだ分かんねえしなあ。まあまあ先の話だぜ」
 入って歩いても、運び出しても問題ないとのシミュレーション結果だが。
 さてと思わず腕まくりして、傾いた自宅へと、こじ開けられた玄関から土足で上がり込んだ。
 座標を家の外に固定した絢人の姿は見えなくなるが、遠くなる声はきちんと調整されて聞こえなくはならない。
『そっかー。日本にいる間はもちろん一緒に遊ぶけど、でも、イグニスがいねえと寂しいな、バンが』
 廊下を歩きながら、短い間、返答に詰まる。
 イグニスがいなくなると寂しいという風には、考えていなかった。
 寂しいだろうか。
 考え直しても、寂しがる暇もなさそうな日々を過ごす未来しか見えない。
『バン、』
「ン?」
 記憶通りの場所に仰向けのイグニスの姿を見ても、小さな動揺だけで、苦痛は感じない。
 固定用の梱包をお持ちしますか? と、HGB022の声が聞こえるが、基幹ユニットが焼けてるだけだと断って。
『まさかと思うんだけど、自覚ないとか……?』
 イグニスの冷え切った身体を抱き上げながら、聞こえた絢人の声に再び詰まった。今度は数秒だけ。
「いや、あるよ。さすがにある」
 髪を掻きながら、みなまで言うなと笑って。
 冷却液で濡れ、それが乾いたのだろう、放熱素材の衣服はパリパリとした感触で、腕をくすぐった。
 相手が人間じゃなく、人工知能でもロボットでも、同じように接する絢人が引き出した、イグニスの砕けた様子が切っ掛けだったと思っていた。
 だが、その時点で絢人がそう感じていたというなら、そもそも、絢人は関係なかった可能性が出てくる。
 なんだか急に体温が上がってきて。だが、不快ではない。
 この喜びを知らぬほど若くもない。
 ヒヒ、と絢人が笑う声が聞こえて、返す言葉はなく、こちらでも笑う吐息を伝えるばかりだ。
『パーティの飯は何がいい? たまにはバンが決めてもいいぜ』
 玄関を出た、ちょうどそこで、親指を立てる絢人が見えて、わざとおどけているのだと知りながら、バカと笑って返す。
「そうだな。久々に春巻食いてえかなあ」
『おっいいね。パリパリのトロトロのやつ。俺、生春巻も食いたい』
 はいはい、と相槌を打ちながら、頭の中で思い浮かべる。
 具は何にしようか。旬の新鮮な野菜、これから寒くなってくれば、たとえば白菜。
 柔らかく、けれど歯触りが残るように炒める。タケノコの細切り、食いでがあるよう豚肉もミンチじゃなく細切りにして。
 あんで絡めて香り立つ具材を、皮に包み込んで封じ、温度の高い油で香ばしく揚げる。
 春雨も口の中でツルツルとして楽しいし、海鮮や、たまには変わり種のチーズなんかもいい。
 よっと、イグニスを抱いたままで再び輸送車に上がり込み、自分の目で固定をチェックして。二機を破損しないよう、細かく輸送の指示を出した。
 生春巻はそれほど作ったことがないが、生野菜のハリハリとした感触と酸味のあるタレが、揚げたものでくたびれる口の中をサッパリとリフレッシュさせるだろう。
 イグニスはきっと、何度か失敗して、けれどすぐに完璧な形成ができるようになる。
 食卓を共にしたがっていたから、次のボディには水を飲める機能でも、もうどうせならものが食えるようにしたっていいのかもしれない。
 他にもきっと、色々ある。
 額と髪を少し撫でてやって、輸送車から降りる。
 苦しい矛盾だが、イグニスしかおらず誰も人が見ていないなら、抱かれるのはそれほど嫌ではない。
 だがやっぱり、本音は抱きたい。
 好き放題の愛撫や責めに喘ぐ、彼の声や吐息が、演算だとしても。
『バーンー』
 荷台の扉が閉じるのに身をかわし、荒れた台地にソファを置いて寛いでいる絢人の姿を振り返った。
 そうだ。
「生春巻いいな。あんま作ったことねえから、どっか食いに行こうぜ。事前調査しねえとな」
『お、いいね。俺の最先端じゃないふつうの人工知能に相談してみよ』
「お前言い方」
 どうせなら、イグニスに人間の真似をさせるより、あいつが人間じゃないことを味わい尽くしたい。
『てかいいなー、自分好みの外見に作れるヒューマノイド』
 ベッドに押し倒したイグニスの顔の横にでもホログラフィの画面を出させて、どんな風に感じているのか、リアルタイムのログを出させて、それを読みながらいじめてみようか。
「流通が決まったら教えてやるよ」
『グッ、……でも、お高いんでしょう……?』
 腰に手をやり、フフンとわざと片頬に吊り上げて笑ってやる。
「我が社で家を建てるよりはお財布にも優しくなるはずですよ」
 受け入れたボディの内部が変形する様子をモニターさせるのも面白いかもしれない。
『クソ高級ラインじゃんよ……!』
 当たり前に型通りの戯れに応じてじゃれる絢人を見ながら、楽しい妄想に区切りをつけ。
 ああしよう、こうしようと頭の中で組み立てる計画を記憶にストックしておく。
 そういえば、記憶が飛んでいるなら、イグニスが考えていた収納の話もしてやりたい。
 重い音をゆっくりと響かせ、輸送車の扉が閉じた。
 それを少し、見送って。
 HGB022に指示して固定した座標を外させ、3Dの絢人の姿を閉じ、グラスの画面にライブ映像を映すよう切り替える。
 どうでもいいような雑談を続けながら、輸送車とは別の自動運転車に乗り込んで。
 長いようで短い時間を過ごした豪華な自宅から、離れる車列に加わった。


   おわり
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