湖畔の妖精

壬玄風

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失恋、そして新たな恋の予兆

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「ごめんなさい、好きな人ができたの」

 横山令子のたった一言で、石井正一の幸せな夢は一瞬にして崩れ去った。


 ― さんざん気を持たされて、挙句にこのオチかよっ!


 正一は憂さ晴らしのために一人鉄道で地元を離れ、名前すら知らなかったどこにでもありそうな山に登っていた。

 正一は後悔する。なんで恋をしてしまったんだろう。恋をしなければ、告白しなければ、今も変わらず令子と良き友人でいられたのだろうか……
 青空の明るさと対照的に、正一の心はどんどん曇りがかってくる。

 しかし、山に登りながら青々とした森林や鳥のさえずりを感じ、登山客とあいさつを交わしていくうちに、少し気が楽になってきていた。

 さらに歩を進めると、道を外れたところに何か光るものが見えたような気がした。
 その方向に近づいてみると、小さな湖にたどり着く。
 正一はここで一服しようと思い、荷物をおろしてボトルを手に取った。
「やっぱり疲れた時はぬるま湯だな」そうつぶやいて、ボトルからほどよい温度の水を注ぎながら湖面を見ると、誰かが泳いでいるのが見えた。

「若いっていいな……」と自身が高校生であることを忘れたかのようにぼんやりと眺めていると、どうやら女の子らしいことがわかる。
 正一は少し興味を持って注目していると、どうも彼女は水着すらつけていなくて裸のように見えた。まさかそれはないか、と思ったが、正一は彼女から目を離せなくなっていた。

 そして、彼女は正一のほうに近づいてくる。正一より少し小柄な美少女であり、やはり全裸だった。
 彼女はにこやかに少し首をかしげて手で胸を隠す仕草をしながら、「あんまり見つめないでほしいな」と正一に話しかける。

 正一はとっさに顔をそむけ、「ごめん、裸とは知らなかったんだ」と弁解した。
「そうだったの、じゃあ許してあげよう。それよりも、一緒に泳ごうよ。嫌なことも忘れちゃうよ」
 正一は、少しためらったが、なぜか今はただ目の前の享楽に身を委ねる気持ちになって、服を脱いで湖に入って行った。

「さあ、こっちに来て」

 彼女は手を差し出してきて、正一が手を繋ぐと、湖の中をぐるり、くるりと舞い踊るように泳ぎ回った。
 やがて陸に上がり、正一は服を着る。彼女も少し離れたところで白いワンピースを着て駆け寄ってきた。
 そして、二人で湖のほうを向き並んで座る。

「自己紹介でもしよっか。私は種島奈々だよ。各務原から来たの」

「僕は石井正一。大垣からだよ」

「へえー、じゃ割と近いね。いつも山登りしてるの?」

「いや、年に何度かは登るぐらいで、今日はたまたま……そう、失恋したんだ。実は……」

 裸を見せ合った仲だからだろうか、正一は自身でも驚くほど心のうちを吐露していた。

「あー傷心旅行か。それは辛かったね。まあ、きっとまたいい人が見つかるさ」

 奈々は正一の背中をたたき元気づける。

「うん、ありがとう」

 二人は共に山道を歩きながら、恋愛やアウトドアの話を延々と続けた。
 正一は初対面の女の子とこんなに交流したことはなくて新鮮な気持ちだった。

「私はストレス発散のために来てたんだよ。大学に入ったら遊べると思ったのに、想像以上に勉強とレポートに追われる毎日で……どうしたの?」

 目を丸くして立ち止まる正一に気づき、奈々は話を止めた。

「いや、奈々……奈々さんって大学生だったの?」

「そうだよ。私がちっちゃくて可愛らしいから高校生ぐらいに見えたかな?」

「ま、まあそんなとこかな」

 正一は間違っても中学生だと思っていたなんて言わないようにしようと心に誓った。


 二人は麓の駅前で立ち止まった。

「私は約束があるからここでお別れだね。いずれまた遊びに行こうよ」

「うん、ぜひとも」


 夢のような出来事があったこの日の夜、正一はなかなか寝付けなかった。
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