呪われ侍女の逆後宮

はるみさ

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26.呪い

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 私たちは会議室に集まっていた。次々と参加者が入ってくる。
 もう少しで始まるというところで、ルゥ君が私の隣の席に座った。

 「お待たせ」

 「ルゥ君! お仕事お疲れ様」

 「うん。クレア、大丈夫?」

 ルゥ君は心配そうに尋ねてくる。

 「えぇ……あの人は拘束されてるもの。大丈夫。
 それに、私には強い味方がいるからね。こわくないわ」

 「そっか……任せといて!」

 「俺もいる」

 私の隣に先に座っていたゼノアも机の下で繋いだ手に力を込めてくれた。

 今日は、イリルの刑を決める裁定会議だ。

 彼が極刑に処されることはほぼ決まっているのだが、捕縛から今日まで長く時間がかかったのは、イリルの発言が二転三転し、嘘ばかりついたことが原因だ。そして、もう一つ……術師であるイリルを殺せば、私に影響が及ばないか、陛下の指示の下、事細かに確認をしてくれていたからだった。

 結果、イリルが死んでも、私には影響がないことがわかった。と同時に、彼が死んでも、私の呪いは解けないと言うことも判明した。今のところは、彼がかつて話していたように子供を産むという方法でしか、解呪できる道は残されていない。

 今回のことは機密性が高いので、限られた者だけが今日の会議に参加する。私たち四名は当事者なのでもちろん参加だ。

 参加者が集まり、最後に陛下が席に着いた。
 アレス様は騎士団長として、陛下の近くに控えている。

 そこから、本格的に裁定会議が始まった。

 まず最初に王妃様が狙われたことから始まった一連の顛末が報告された。

 大まかな事情を知っている人しか今回は参加していないが、それでも皆、真剣に耳を傾けていた。時々興味本位でこちらに目を向けてくる人はいたが、そんな時はアレス様とルゥ君が射殺しそうな鋭い視線を相手に向けていた。
 相手はそれに縮み上がって慌てて目を逸らすものだから、私は少し笑ってしまった。

 無事に報告が終わると、いよいよイリルが入場する。

 緊張する。そして、本当は……ほんの少し、怖い。

 しかし、私の震える右手をゼノアが強く握ってくれる。左手はルゥ君が。アレス様は目を合わせて私を安心させるよう微笑んでくれた。

 ……大丈夫、みんながいてくれるもの。

 私は大きく深呼吸をした。

 扉がゆっくりと開き、騎士に歩くよう指示されて、ヨロヨロと腰を曲げて歩くイリルが入ってくる。私と暮らしていた頃と比べると、ずいぶんと老け込んだように見える。

 手は後ろで縛られ、その腕をみただけでもすっかり痩せ細っていることが分かる。顔は頬が痩けて、目が窪んでいる。
 しかし……その瞳には相変わらずの仄暗さと狂気が滲んでいた。

 その時ーー

 ふと、彼が顔を上げた。そして、私と目が合う。

 どんな憎悪の目を向けられるかと身構えたが、彼はニィ……と怪しく笑った。

 全身に鳥肌が立ち、慌てて目を逸らす。
 私の様子にルゥ君が心配してくれる。

 「クレア、大丈夫? やっぱり隣の部屋でレティシアと一緒に終わるのを待っていたら?」

 私は首を横に振った。

 「大丈夫……ちゃんと見届けたいから……」

 そうは言ったものの、騎士にしっかりと拘束されているイリルを見ても、どこか不安が拭いきれない。

 どうか……今日の会議が無事に終わりますように……

 私は、そう祈りながら愛する人の手を強く握りしめた。


   ◆ ◇ ◆


 イリルの罪状が読み上げられていく。

 イリルは元々、呪術師団の副団長だったらしい。
 前王は呪術師団を優遇していたため、その恩恵にあやかっていた。しかし、戦況が不利になるとイリルは陛下に擦り寄り、内部から前王を追い詰めてやるから自分と手を組むように持ちかけた。しかし、陛下はそれを信じなかった。結局、陛下はイリルの力を借りることなく、革命を成し遂げた。
 だが、混乱に乗じて逃げ出した危険因子であるイリルを捕らえることはできず、このような事件が起こるに至ったとのことだった。

 その後、死の森に逃げ込んだイリルは、そこにいた猛獣たちを呪術で操り、森の中に人を入れないようにした。そうして身を潜めて、陛下や王妃様に復讐する機会を狙っていた。

 そこで浮かんだ疑問をルゥ君の耳元でこっそりと投げかける。

 「私、死の森に入る時、猛獣なんて見なかったんだけど……」

 「それはイリルがクレアをあの森に誘導したからだよ。実際には恐ろしい猛獣がウヨウヨしていた。あそこに辿り着くまでに数日はかかったし、騎士団としても大きな犠牲を払うことになったんだ……」

 私の耳元でそう囁いた後、ルゥ君はチラとゼノアを見た気がした。……もしかして、ゼノアの目の怪我って……

 ゼノアの傷は、剣で斬られたような綺麗な切り口ではなかった。
 もっと何かに抉られたような、三本傷……例えば鋭い爪を持った獣なんかに襲われれば、こんな傷になるような気がする……

 そうか……きっと、そうだったんだ。

 「……ゼノアの怪我は、私を助けるためにーー」

 「何か言ったか?」

 ゼノアが眉を顰めて、私に小声で尋ねた。
 その顔をじっと見つめ、痛々しいその傷を見つめた。

 ごめん、ごめんね、ゼノア。

 私は胸の中で呟いた。口に出さないのは、彼はそんなことを私に知られたくないと思うから。私は静かに一粒の涙を落とした。

 「クレア?」

 ゼノアは無言の私を不思議に思ったようで、首をかしげた。
 私は指を組み替えて、しっかりと彼と手を繋ぎ合わせた。

 「ううん、何でもないの。ただ……ゼノアが好きだなぁ、って」

 「な、何だよっ?! ふざけてないで、ちゃんと聞いとけっ!」

 ゼノアは恥ずかしそうに顔を背けた。
 赤くなった耳を見て、この可愛い人を今度は私が守ろうと密かに決意したのだった。


   ◆ ◇ ◆


 淡々と会議は進んでいく。当のイリル本人はそれをずっとおとなしく聞いていた。
 猿轡をしているため、表情の変化などそうわからない。それでも、その顔は少し嬉しそうにさえ見えた。

 「以上が、イリル・ガズンの罪状である。
 何かあれば、この場での発言のみ許そう」

 これは刑を決める前に設けられる本人の釈明の場だ。どんな刑でもこのような時間を取るように定められている。
 ここで心からの謝罪などがあれば、刑によっては減刑もあり得る。しかし今回のような大罪の場合は、何を言ったところで極刑は免れないだろう。

 猿轡が外され、イリルは口を開いた。

 「ふふっ。……王よ、久しぶりだな」

 「陛下に何という口の利き方を! 余計なことを話すなっ!」

 イルドの後ろにいる騎士が彼の背中を押し、這いつくばらせる。
 陛下は厳しい表情を崩すことなく、一言、彼に尋ねた。

 「イリル……謝罪は?」

 イリルはそれを受けて、不気味な笑いを浮かべた。

 「……ふっ、ふははっ!! そんなのあるわけないだろう。
 謝罪をすべきはお前たちのほうだ!

 俺はずっとお前を殺したくて、殺したくて堪らなかった!
 再びお前に会えるこの日をどれだけ心待ちにしていたことか!」

 そう言って、イリルは陛下に向かって唾を吐いた。
 もちろんそれは陛下の足元にも届かなかったけれど。

 「貴様っ!!」

 後ろの騎士がイリルにより強く踏みつけ、剣を向けた。
 その時ーー

 「モルケ テーヴァス サラ イシュ。『剣に、礼』」

 イリルがそう呟くと、なぜか騎士の動きが止まった。

 「何……今の?」

 怖くなった私は、ルゥ君とゼノアの手をキュッと握った。

 しかし、何故かルゥ君は私の手を振り解いて、立ち上がった。

 「ルゥ……くん?」

 ルゥ君は私の声など耳に入らぬように、じっとイリルを見つめている。その顔はまるで人形のようで、表情が抜け落ちている。

 「どうかしたか? クレア」

 右隣のゼノアにそう問われた。
 ゼノアの普段通りの声に安心する。

 「ルゥ君がーー」

 そう振り向くと、眼の端に映るアレス様の様子もおかしいことに気付く。それだけではない、騎士の皆が人形のように表情を無くしていた。部屋には異様な空気が漂う。

 不安になった私は、ゼノアにスッと身を寄せた。

 「ゼノア……ルゥ君やアレス様、騎士の皆さんがおかしいの……」

 直後、ルゥ君はイリルのところへ向かう。それはアレス様を含む、他の騎士も同じだった。

 会場にはイリルの周りに十数人の騎士が集まる異様な光景に会場がざわめく。
 陛下がアレス様や他の騎士に尋ねても、何一つその声は届いていないようだった。

 それどころか、イリルに先程剣を突き付けようとしていた騎士により、拘束は解かれ、イリルは会場の中央に満足げに立っていた。くたびれたローブを整え、背筋を伸ばす。
 そして、意気揚々と話し出した。

 「ようやくこの時がやって来た。
 今日で王よ……お前の命も終わりだ……!」

 その声からは嬉しくてたまらない様子がありありと伝わってきた。

 陛下が厳しい声でイリルに問う。

 「……お前、いったい何をーー」

 「俺はお前が心底憎くてたまらなかった……!

 この俺が協力してやると言ったのに、俺の力などいらないとその誘いを断り、呪術師を滅ぼし、俺を追いやったお前が!! 身を潜めている間……お前をどう苦しめようかと、そればかり考えて生きてきたんだ」

 陛下はイリルを険しい顔で見つめている。

 「その手始めが王妃にかけようとした呪いだ。お前が特段大事にしていた妃だったからな。お前を精神的に打ちのめすには、格好の材料だった。まぁ、クレアのせいで失敗したんだが」

 そう言ってイリルはこちらにチラッと視線を送った。
 だが、すぐに陛下に視線を戻す。

 「しかし、クレアに呪いをかけたのは、悪いことばかりではなかった! こうやって再びお前の前に来ることができたのだから。

 こちらへ来て、さっさと殺されていれば、俺に勝機はなかっただろうが……有難いことに俺を待っていたのは入念な取調べだった。術者である俺が死ねば、呪われたクレアは死ぬのか? と、何回聞かれたことか。お前らは、何故だかクレアをよほど大切に思っているらしいな。

 そこからは時間稼ぎさ!! 俺は徐々に呪いを行き渡らせた。

 そして、今!
 騎士団は俺が掌握した。こいつらは今、俺の操り人形だ」

 イリルの発言に会場が騒然となる。

 「どうやって……そんな」

 「牢の中で出来ることは限られていたが、毎日食事を持ってくる騎士を通して、な。ある言葉を言うと、呪いの種子が渡っていくのさ。
 まぁ、騎士達が言うことを聞くのは十分程度ってところだが……優秀な騎士団なんだろ? ここにいる奴らを皆殺しにするには充分な時間だ。ここにいるのは腑抜けた貴族野郎ばかりだからーー」

 会場には恐怖と混乱が満ちる。皆慌てて扉に向かおうとするが、扉の前にいる騎士が剣を構えているのを見て、動くことも出来なくなった。

 それを満足そうに眺めたイリルが高々と自分の手の内を演説している最中、ゼノアが私の耳元で囁く。

 「クレア、俺を陛下の近くに連れて行ってくれ」

 「でも! ゼノアは目がーー」

 「ある程度の太刀筋なら読める。もちろん簡単ではないが、陛下をこのまま死なせるわけにはいかない。頼む」

 「……わかった。こっちよ」

 私たちは身を低くして、素早く移動した。
 もう少しで陛下の元にーー

 という時、たまたまこちらを見たイリルと目が合った。

 「ネズミがコソコソと……!
 そうか……お前が俺の大事なペットを殺した死に損ないか。

 ちょうどいい。お前、行け」

 イリルの号令でこちらに向かって来たのは、ルゥ君だった。

 「チッ、よりによって……! クレア、下がってろ!」

 ルゥ君の刃が、ゼノアに襲いかかる。

 ゼノアは防戦一方で、なんとか刃をギリギリのところで凌いでいた。目が見えないのに、ここまで戦えているのがすごい……が、やはり避けきれず、次々に傷が増えていく。

 「ゼノアッ!!」

 「お前……っ、何やってんだよっ!!」

 ゼノアが一瞬の隙を見て、突き出した剣が、ルゥ君の太ももを掠め、そこからじわっと血が滲む。

 「ルゥくんっ!!」

 「ゔっ……」

 ルゥ君が声を漏らし、その場に膝をつく。

 だが、次に向かってきたのは、アレス様だった。

 二人は激しく打ち合う。……だが、完全にゼノアが押されている。
 私はアレス様に届くように全力で叫んだ。

 「アレス様っ! やめて!! やめてよっ!!
 ゼノアが死んじゃうっ!! 優しいアレス様に戻って!!」

 私がどんなに叫んでも、アレス様は攻撃の手を緩めない。

 「お願い……お願いだからぁ……っ」

 私の声は届かなかった。大好きな二人が斬り合う悪夢のような光景を前にボロボロと涙が流れる。

 周りを見渡せば、イリルが指示を出したのだろう。他の騎士たちも剣を振るっていた。それを机や調度品などでなんとか防いでる姿も見られるが、斬りつけられて倒れてる者もいた。
 部屋の中には悲鳴と血の匂いが広がり、もう収集がつかなくなっていた。

 ルゥ君は傷が深いのか、じっとして動かない。

 アレス様に圧倒され、ゼノアは後退していく。
 しかし、次の瞬間、フラッとゼノアがよろめき、倒れた。その反動で手から剣が離れ、カランと無情な音を立てながら、床に落ちた。

 アレス様は、残酷にも剣を高く上げて、ゼノアに向かって勢いよくそれを振り下ろした。

 ……やめて!!

 そう思うよりに先に、私の身体は動いていた。


 
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