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本編
15.疲れた
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サーシャは子爵家の娘だ。
幼い頃から優秀だった彼女は、大人たちからの覚えも良く、七歳にして侯爵家嫡男の婚約者に!と請われるほどだった。容姿は凡庸だが、どこか愛らしく、頭がよく、器量の良いサーシャは、どこへ行っても可愛がられた。
しかし、ある日を境に彼女の人生は大きく狂っていくことになる。
サーシャが十三になった誕生日の朝のことだった。
起きると、右胸の上の辺りに大きな花のような痣が出来ていた。しかし、痣にしては花の形が鮮明で、絵のようにどこか美しくも見える。
「なに…これ?」
サーシャはゆっくり痣をなぞる。痛くも痒くもない。
どこかにぶつけた記憶もないのに、なんで?と寝起きの頭で考える。
そこへ年配の侍女が来て、少しおかしなサーシャの様子に「どうかなさいましたか?」と、胸元を覗き込んだ。
すると、すぐに顔を真っ青にして、サーシャと距離を取った。
「どうしたの…?」
サーシャが侍女に近寄ろうとすると、「来ないでください…」と言って、震える。その姿を見て、サーシャはこの痣がどうやら恐ろしいものなのだと理解した。
侍女によって、両親が呼ばれ、サーシャの痣を確認した。
両親も侍女と同じように顔を青くしている。
父親は大きく溜息を吐き、母親は泣いた。
父親によって、その日予定されていた誕生日会は中止になった。婚約者も、その両親である侯爵夫妻も来るのに、それを中止にするということは、一大事だとどこか他人事のようにサーシャは思った。
落ち着いてから、父親から説明を受ける。
サーシャの胸に浮かび上がった痣の花は、忌み花という名もない花だという事。
忌み花は花芯に猛毒を持つ花で、その毒によって賢王と呼ばれた数代前の王が殺されている事。
それ以降、この花をどこかに掲げたり、モチーフとして使うことは禁止されている事。
そして、若い世代は知らない者も多いが、大人の間では不幸を運ぶ悪魔の花と呼ばれている事。
サーシャは初めて聞くことばかりで、言葉を失った。
そんな恐ろしい花がなんで自分の胸に…と愕然とした。
また、痣は掌ほどの大きさだったが、ここまで大きい痣だとお嫁に行くのは難しいだろう…と言うことだった。
その後、両親もサーシャも痣が消えるようにとあらゆる手段を調べ、試したが、一年経ってもサーシャの痣が消えることは無かった。
その結果、仲が良かった婚約者とも、婚約が解消された。同時にサーシャの痣を呪いだと恐れて辞めた使用人によって、痣の噂は広まり、サーシャは誰にも求められない娘となった。
救いは両親と弟が変わらず側にいてくれたことだった。両親も弟もずっとここにいて良いと言ってくれた。しかし、サーシャが屋敷にいることで新しい使用人も雇えず、将来的には当主になる弟の邪魔になることをサーシャは理解していた。
サーシャは恋愛や結婚などは完全に諦め、世話役として一人生きていくことを決めた。世話役は狭き門であり、身分に関わらず優秀な者が採用されるため、サーシャでも問題なく働けると思った。それに世話役ともなれば、サーシャに泊が付くだけでなく、専属ともなれば実家の子爵家にとっても名誉なことであった。結婚で家に貢献できない自分が何か出来ることがあるとすれば、それくらいだと思った。
その後は必死に勉強し、世話役の中でも特に優秀な世話役として成長した。中にはサーシャの胸の痣を馬鹿にしたり、恐れる同僚もいたが、水晶宮で最も権力を持つイルドがそれを一度酷く叱ったことから、表立って指を指されることはなくなった。
それからは順調に世話役として、毎日を楽しく過ごして来た。恋なんてしなくても、結婚なんて出来なくても、私は幸せだ、とサーシャはずっと思っていた。
なのに…。
◆ ◇ ◆
(久しぶりに痣の夢を見たわ…。
きっと昨日あんなことがあったからよね。)
身支度をしながら、サーシャはレイに会ったら昨晩のことをなんと説明しようか、そればかり考えていた。
(…レイ様もきっと意味が分からなかったわよね。あそこまで下半身を晒しておいて、上に手を掛けたら突き飛ばされるなんて。でも…)
サーシャはどうしても見られたくなかった。
悪魔の花を宿したこの身を。
レイは悪魔の花なんて知らないだろうが、大きな痣があることは事実だ。もしサーシャを優しく見つめてくれるレイの瞳に侮蔑や恐怖の色が浮かんだら…と思うと、耐えられなかった。今まで何度もそんな視線に耐えて来たというのに、レイだけには美しい身体だと思って欲しかった。
(どう頑張っても消えない痣なのに…ね。)
少し滲んだ涙を拭って、サーシャは鏡の前で笑った。
「貴女は専属の世話役。いつまでもメソメソしない!」
鏡の中のサーシャは微笑みを顔に貼り付けた。
(私は誰も愛しちゃいけない…。私は悪魔の花を宿した身。私なんかを好きになっても不幸になるだけ。
レイ様には幸せになって欲しい…。)
サーシャはお仕着せをきっちり着て、痛いくらいにしっかりと髪の毛を束ねて、内扉をノックした。
◆ ◇ ◆
レイはまだ寝ていた。
いつもこの時間はすでに起きて、トレーニングに行く準備をしている時間だった。
でも、貴重な時間だ。失礼なことだとは思いつつも、ベッドに横たわるレイの顔を見つめる。昨日はよく眠れなかったのか、少し隈も見える。もしかしたら、つい先ほど寝たのかもしれない。
(レイ様の幸せをお祈りしています。
どうか私ではない誰かと幸せになって…。)
心の中で呟く。
レイを想うその気持ちは、言葉の代わりに一筋の涙となって、サーシャの頬を濡らした。サーシャはグスッと鼻を鳴らして、レイから離れようと背を向けた。
しかし、次の瞬間、サーシャは後ろからレイに抱きしめられた。
「レ、レイ様ー」
「サーシャ。」
レイの普段とは違う言い聞かせるような落ち着いた声にサーシャは口を噤んだ。
「…昨日はごめん。サーシャの気持ちも聞かずに暴走した。サーシャが俺の手で感じてくれて、サーシャの味と匂いを確認したら嬉しくて我慢できなくなった。
…本当にごめん。」
まだ続きがあるような気がして、サーシャは抱きしめられた腕に手をそっと添えて黙っていた。
「…でも、中途半端な気持ちじゃない。本当に心からサーシャが好きなんだ。サーシャだけが特別で…サーシャさえ側にいてくれたら、それで俺はいいんだ。
俺が職を見つけてからだから、いつになるか分からない…だけど、俺はサーシャと家族になりたいんだ。」
サーシャは思わず振り返ってレイの顔を見た。家族になりたいだなんて、そこまで想ってくれているなんて信じられなかった。しかし、その顔は真剣で、冗談で言っているようには全く見えなかった。
「どうして…
…どうして、そこまで私を好いてくれるんですか?」
レイは真っ直ぐにサーシャの瞳を捉えた。
「サーシャはいつも一生懸命だ。優しくて、気も利く。頭も良くて、何でも知ってる。なのに、こちらの常識にも合わせてくれる柔軟性もある。俺の姿を当たり前のものとして受け入れてくれるし、一人の人間として扱ってくれる。
その落ち着いた髪色は見ていて心が和むし、クリッとした瞳は可愛らしい。笑顔が可愛くて癒されるし、触れると柔らかくて気持ちいい。サーシャはあまり自分の容姿を好んでいないようだが、俺からしたら世界一可愛い。
こんな素敵なサーシャが毎日側にいるんだ。
好きにならないはずがないだろう?」
レイの瞳は真剣な想いを伝えてくれていた。サーシャは涙が出るほど嬉しかった。私も好きだと言って、この胸に飛び込めたらどんなに良いだろう…と思った。
でも、サーシャは出来なかった。
サーシャにはレイにこの醜い身体を見せることも、万が一自分と結婚してレイが不幸になることも恐ろしかった。
「…ありがとうございます。
でも、私は…その気持ちにお応えできません…。」
レイは言葉を失い、サーシャを呆然と見つめている。
サーシャは追い討ちをかけるように口を開く。
「…私ではレイ様を幸せに出来ません。
第一、私より素敵な女性は沢山います。」
「サーシャだけが特別だと言っただろう。」
レイの言葉で浮かれそうになる気持ちをぐっと堪えて、サーシャは反論した。
「それも今だけです。
レイ様にはこれから沢山の出会いがあります。私が良く見えるのも、最初に仲良くなった女性だからです。」
レイは怒っているような…でも今にも泣き出しそうな表情でサーシャを見つめ、痛いくらいにサーシャの手を握った。
「違う…!俺はこの世界に来る前からずっと君を探していたんだ!俺と君はー」
「運命、とでもおっしゃるのですか?!生憎そんなのを信じるほど子供ではありません。
……期待して、勝手にガッカリされるのはうんざりなんです。
もう…疲れたんです。」
それはサーシャの本当の気持ちだった。痣が出来る前には「将来が楽しみだ!」と言っていた人達は、痣が出来るとあっという間にサーシャの下から去っていった。将来を誓い合い、共に励まし合いながら成長した婚約者でさえ。サーシャはもう信じることに疲れていた。
レイは信じられないといった面持ちで呟く。
「つかれた?俺といるのが疲れたって言うのか?」
サーシャは答えない。思い返せばレイとの時間はサーシャの人生において最も輝いた時間だった。大好きな世話役の仕事が楽しくて、レイといると嬉しくて、この人のためならどんな苦労も厭わないと思えた。
けれど、レイに好意を返せない以上そう勘違いしてくれてもいいとサーシャは自棄になっていた。
黙ったままのサーシャを見て、レイはギリッと歯を食いしばり、絞り出すように言葉を紡いだ。
「…俺はサーシャと過ごした時間全てが素晴らしかった。愛するとはこんなに尊いことなのだと、サーシャに出会って初めて知った。
…なのに。
そう感じていたのは、俺だけ、だったんだな。
俺の言葉や俺の…気持ちは、ちっともサーシャに届いていなかったんだな…。」
その時、コンコンコンとノックの音が響く。
「レイ様?起きていらっしゃいますか?」
サーシャは驚きで固まる。
レイは誰だか分からないようで、眉を顰めている。
サーシャはレイの手をほどき、扉に向かった。
扉を開けると、そこにいたのはアリスだった。
幼い頃から優秀だった彼女は、大人たちからの覚えも良く、七歳にして侯爵家嫡男の婚約者に!と請われるほどだった。容姿は凡庸だが、どこか愛らしく、頭がよく、器量の良いサーシャは、どこへ行っても可愛がられた。
しかし、ある日を境に彼女の人生は大きく狂っていくことになる。
サーシャが十三になった誕生日の朝のことだった。
起きると、右胸の上の辺りに大きな花のような痣が出来ていた。しかし、痣にしては花の形が鮮明で、絵のようにどこか美しくも見える。
「なに…これ?」
サーシャはゆっくり痣をなぞる。痛くも痒くもない。
どこかにぶつけた記憶もないのに、なんで?と寝起きの頭で考える。
そこへ年配の侍女が来て、少しおかしなサーシャの様子に「どうかなさいましたか?」と、胸元を覗き込んだ。
すると、すぐに顔を真っ青にして、サーシャと距離を取った。
「どうしたの…?」
サーシャが侍女に近寄ろうとすると、「来ないでください…」と言って、震える。その姿を見て、サーシャはこの痣がどうやら恐ろしいものなのだと理解した。
侍女によって、両親が呼ばれ、サーシャの痣を確認した。
両親も侍女と同じように顔を青くしている。
父親は大きく溜息を吐き、母親は泣いた。
父親によって、その日予定されていた誕生日会は中止になった。婚約者も、その両親である侯爵夫妻も来るのに、それを中止にするということは、一大事だとどこか他人事のようにサーシャは思った。
落ち着いてから、父親から説明を受ける。
サーシャの胸に浮かび上がった痣の花は、忌み花という名もない花だという事。
忌み花は花芯に猛毒を持つ花で、その毒によって賢王と呼ばれた数代前の王が殺されている事。
それ以降、この花をどこかに掲げたり、モチーフとして使うことは禁止されている事。
そして、若い世代は知らない者も多いが、大人の間では不幸を運ぶ悪魔の花と呼ばれている事。
サーシャは初めて聞くことばかりで、言葉を失った。
そんな恐ろしい花がなんで自分の胸に…と愕然とした。
また、痣は掌ほどの大きさだったが、ここまで大きい痣だとお嫁に行くのは難しいだろう…と言うことだった。
その後、両親もサーシャも痣が消えるようにとあらゆる手段を調べ、試したが、一年経ってもサーシャの痣が消えることは無かった。
その結果、仲が良かった婚約者とも、婚約が解消された。同時にサーシャの痣を呪いだと恐れて辞めた使用人によって、痣の噂は広まり、サーシャは誰にも求められない娘となった。
救いは両親と弟が変わらず側にいてくれたことだった。両親も弟もずっとここにいて良いと言ってくれた。しかし、サーシャが屋敷にいることで新しい使用人も雇えず、将来的には当主になる弟の邪魔になることをサーシャは理解していた。
サーシャは恋愛や結婚などは完全に諦め、世話役として一人生きていくことを決めた。世話役は狭き門であり、身分に関わらず優秀な者が採用されるため、サーシャでも問題なく働けると思った。それに世話役ともなれば、サーシャに泊が付くだけでなく、専属ともなれば実家の子爵家にとっても名誉なことであった。結婚で家に貢献できない自分が何か出来ることがあるとすれば、それくらいだと思った。
その後は必死に勉強し、世話役の中でも特に優秀な世話役として成長した。中にはサーシャの胸の痣を馬鹿にしたり、恐れる同僚もいたが、水晶宮で最も権力を持つイルドがそれを一度酷く叱ったことから、表立って指を指されることはなくなった。
それからは順調に世話役として、毎日を楽しく過ごして来た。恋なんてしなくても、結婚なんて出来なくても、私は幸せだ、とサーシャはずっと思っていた。
なのに…。
◆ ◇ ◆
(久しぶりに痣の夢を見たわ…。
きっと昨日あんなことがあったからよね。)
身支度をしながら、サーシャはレイに会ったら昨晩のことをなんと説明しようか、そればかり考えていた。
(…レイ様もきっと意味が分からなかったわよね。あそこまで下半身を晒しておいて、上に手を掛けたら突き飛ばされるなんて。でも…)
サーシャはどうしても見られたくなかった。
悪魔の花を宿したこの身を。
レイは悪魔の花なんて知らないだろうが、大きな痣があることは事実だ。もしサーシャを優しく見つめてくれるレイの瞳に侮蔑や恐怖の色が浮かんだら…と思うと、耐えられなかった。今まで何度もそんな視線に耐えて来たというのに、レイだけには美しい身体だと思って欲しかった。
(どう頑張っても消えない痣なのに…ね。)
少し滲んだ涙を拭って、サーシャは鏡の前で笑った。
「貴女は専属の世話役。いつまでもメソメソしない!」
鏡の中のサーシャは微笑みを顔に貼り付けた。
(私は誰も愛しちゃいけない…。私は悪魔の花を宿した身。私なんかを好きになっても不幸になるだけ。
レイ様には幸せになって欲しい…。)
サーシャはお仕着せをきっちり着て、痛いくらいにしっかりと髪の毛を束ねて、内扉をノックした。
◆ ◇ ◆
レイはまだ寝ていた。
いつもこの時間はすでに起きて、トレーニングに行く準備をしている時間だった。
でも、貴重な時間だ。失礼なことだとは思いつつも、ベッドに横たわるレイの顔を見つめる。昨日はよく眠れなかったのか、少し隈も見える。もしかしたら、つい先ほど寝たのかもしれない。
(レイ様の幸せをお祈りしています。
どうか私ではない誰かと幸せになって…。)
心の中で呟く。
レイを想うその気持ちは、言葉の代わりに一筋の涙となって、サーシャの頬を濡らした。サーシャはグスッと鼻を鳴らして、レイから離れようと背を向けた。
しかし、次の瞬間、サーシャは後ろからレイに抱きしめられた。
「レ、レイ様ー」
「サーシャ。」
レイの普段とは違う言い聞かせるような落ち着いた声にサーシャは口を噤んだ。
「…昨日はごめん。サーシャの気持ちも聞かずに暴走した。サーシャが俺の手で感じてくれて、サーシャの味と匂いを確認したら嬉しくて我慢できなくなった。
…本当にごめん。」
まだ続きがあるような気がして、サーシャは抱きしめられた腕に手をそっと添えて黙っていた。
「…でも、中途半端な気持ちじゃない。本当に心からサーシャが好きなんだ。サーシャだけが特別で…サーシャさえ側にいてくれたら、それで俺はいいんだ。
俺が職を見つけてからだから、いつになるか分からない…だけど、俺はサーシャと家族になりたいんだ。」
サーシャは思わず振り返ってレイの顔を見た。家族になりたいだなんて、そこまで想ってくれているなんて信じられなかった。しかし、その顔は真剣で、冗談で言っているようには全く見えなかった。
「どうして…
…どうして、そこまで私を好いてくれるんですか?」
レイは真っ直ぐにサーシャの瞳を捉えた。
「サーシャはいつも一生懸命だ。優しくて、気も利く。頭も良くて、何でも知ってる。なのに、こちらの常識にも合わせてくれる柔軟性もある。俺の姿を当たり前のものとして受け入れてくれるし、一人の人間として扱ってくれる。
その落ち着いた髪色は見ていて心が和むし、クリッとした瞳は可愛らしい。笑顔が可愛くて癒されるし、触れると柔らかくて気持ちいい。サーシャはあまり自分の容姿を好んでいないようだが、俺からしたら世界一可愛い。
こんな素敵なサーシャが毎日側にいるんだ。
好きにならないはずがないだろう?」
レイの瞳は真剣な想いを伝えてくれていた。サーシャは涙が出るほど嬉しかった。私も好きだと言って、この胸に飛び込めたらどんなに良いだろう…と思った。
でも、サーシャは出来なかった。
サーシャにはレイにこの醜い身体を見せることも、万が一自分と結婚してレイが不幸になることも恐ろしかった。
「…ありがとうございます。
でも、私は…その気持ちにお応えできません…。」
レイは言葉を失い、サーシャを呆然と見つめている。
サーシャは追い討ちをかけるように口を開く。
「…私ではレイ様を幸せに出来ません。
第一、私より素敵な女性は沢山います。」
「サーシャだけが特別だと言っただろう。」
レイの言葉で浮かれそうになる気持ちをぐっと堪えて、サーシャは反論した。
「それも今だけです。
レイ様にはこれから沢山の出会いがあります。私が良く見えるのも、最初に仲良くなった女性だからです。」
レイは怒っているような…でも今にも泣き出しそうな表情でサーシャを見つめ、痛いくらいにサーシャの手を握った。
「違う…!俺はこの世界に来る前からずっと君を探していたんだ!俺と君はー」
「運命、とでもおっしゃるのですか?!生憎そんなのを信じるほど子供ではありません。
……期待して、勝手にガッカリされるのはうんざりなんです。
もう…疲れたんです。」
それはサーシャの本当の気持ちだった。痣が出来る前には「将来が楽しみだ!」と言っていた人達は、痣が出来るとあっという間にサーシャの下から去っていった。将来を誓い合い、共に励まし合いながら成長した婚約者でさえ。サーシャはもう信じることに疲れていた。
レイは信じられないといった面持ちで呟く。
「つかれた?俺といるのが疲れたって言うのか?」
サーシャは答えない。思い返せばレイとの時間はサーシャの人生において最も輝いた時間だった。大好きな世話役の仕事が楽しくて、レイといると嬉しくて、この人のためならどんな苦労も厭わないと思えた。
けれど、レイに好意を返せない以上そう勘違いしてくれてもいいとサーシャは自棄になっていた。
黙ったままのサーシャを見て、レイはギリッと歯を食いしばり、絞り出すように言葉を紡いだ。
「…俺はサーシャと過ごした時間全てが素晴らしかった。愛するとはこんなに尊いことなのだと、サーシャに出会って初めて知った。
…なのに。
そう感じていたのは、俺だけ、だったんだな。
俺の言葉や俺の…気持ちは、ちっともサーシャに届いていなかったんだな…。」
その時、コンコンコンとノックの音が響く。
「レイ様?起きていらっしゃいますか?」
サーシャは驚きで固まる。
レイは誰だか分からないようで、眉を顰めている。
サーシャはレイの手をほどき、扉に向かった。
扉を開けると、そこにいたのはアリスだった。
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