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第29話 一本橋の戦い

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 僕はもう、ハラハラしながらガンザさんを見守っていた。見守ることしかできない自分が情けなくて仕方がなかったけど、僕は恐怖で足がすくんでその場にこおりついてしまった。

 その間にも、ガンザさんは相手がふりおろす武器からたくみに巨体をかわしながら、拳だけで戦っていた。あの体であれだけすばやく動けるなんて、僕は改めて彼女の身体能力のすごさに驚いた。それにひきかえ、オーガ族の戦士たちは魔薬の影響なのか、動きがどことなくぎこちなく緩慢だった。
 
 ガンザさんは相手をなぐりつけて気を失わせようとしているみたいだった。ひょっとするとこれはいけるかもしれない、そう思いはじめた僕を冷酷な現実がうちのめした。岩をもくだきそうな彼女のパンチをまともにくらったはずのオーガ族のひとりは、通路に倒れたがまたすぐにヨロヨロと起き上がってきたのだった。
 まるでホラー映画のゾンビみたいだった。

「おまえたち、痛みを感じていないのか!?」

 倒しても倒してもすぐに起き上がる上に、扉からは次々とオーガ族があふれだしてきて、ついにはガンザさんから向こうの通路は彼らでいっぱいになってしまった。

『ヒヒヒヒヒ、ねばるのう。ほれほれ、頑張らんと大事な大事なカズミくんがオーガに食われてしまうぞい。もったいないがのう、ヒッヒッヒッ。』

 またクイーニーのしわがれた声が頭上から響きわたり、さすがに疲れてきたのかたくましい肩を上下させて息をしていたガンザさんだったけど、怒りのせいなのか逆に力をとりもどしたかのようにみえた。

「ガンザさん! もう無理しないで、さがって! 出口を探そうよ!」

「カズミ! 鉄格子を調べてみてくれ!」

 隙を見せたガンザさんにオーガ族のひとりが襲いかかったけど、逆に彼女は身をいれかえて相手の首をたくましい腕で締めにかかった。やっぱりガンザさんは、なんとかして相手をできる限り傷つけない方法で倒そうと努力し続けていた。
 僕は必死で背後の鉄格子を調べたけど、頑丈すぎてゆすろうが叩こうがびくともしなかった。

『ヒヒヒヒヒ、どうしたんじゃ、戦士ガンザや。相手を下に突き落とせば楽に勝てるだろうて。ま、落ちたやつがどうなるかは知らんがの。ヒヒヒヒヒ。』

『クイーニー! そいつらは大事な商品だぞ! 楽しむのもほどほどにしろ!』

 腹が立つけど、たしかにクイーニーさんの言う通りだった。ガンザさんなら、片っぱしからオーガ族たちを橋の下に突き落としていけば勝機はあるのかもしれなかった。でも、彼女にそんなことができるはずがないって僕はよくわかっていた。牙があるし怒るとこわいけど、彼女はかぎりなく優しいのだ。
 僕はまた涙が出そうになった。


「ぐはっ!」

「ガンザさん!」

 絞め技をくりひろげていたガンザさんの背中ががらあきになったとき、オーガ族戦士のひとりがそこに大剣で切りつけた。彼女の背中から血がふきだし、マントはみるみる血の色にそまった。彼女にも僕とおなじ、赤い血が流れていた。

「ガンザさん! 大丈夫?」

「くるな! カズミ! なんとかおまえだけでも…。」

 血を流しながらも、ガンザさんはなんとかオーガの集団を押し返そうとしていた。でも、それはむなしい努力だった。

「ガンザさん! もういいよ、こっちにきて!」

「カズミ!」

 僕はもう、最期を覚悟した。それならせめて、僕ができること…それは。ひざをついたガンザさんに、ひとりのオーガ族戦士が斧をふりあげた。
 僕はまようことなく前に突進した。

「わあああああっ!!」

「カズミ!?」


 僕は思いきりガンザさんの胸にとびついて、そしてそのままの勢いでいっしょに橋の通路からとびだし、彼女とともに暗い奈落の底へと落ちていった。



 かたい地面に激突することを想像していた僕は、なにかやわらかいものに受けとめられて、なにがなんだかわからなくなった。なにか目に見えないトランポリンがいくつもあるかのように、僕とガンザさんは抱きあったまま何度も跳ねながら落ちていった。

「ガンザさん、これは!?」

「なにかの魔法かもな。これくらいの高さなら大丈夫だ。」

 ガンザさんは僕をだっこしたまま最下層の床に着地した。僕は彼女にお礼を言ってから、おろしてもらった。

「ガンザさん! はやくケガの手当てをしないと!」

「これくらい、しばっておけば平気だ。」

 ガンザさんがマントを破いて体にまきつけている間、僕はまわりの様子を探ろうとしたけど、ライトを落としてしまっていて、あたりはまっ暗闇でなにも見えなかった。それに、なんだかいやなにおいがした。

「ここはいったいどこなんだろう?」

「さあな、かなり広い空間のようだが。それにしても、ふふっ。」

 ガンザさんは急にクスクス笑い出し、僕はポカンとしてしまった。ついには彼女はおなかを抱えて笑いだした。

「ガンザさん! なぜ笑うの? 僕がどれだけ心配したかわかってる?」

「いや、すまない。まさかカズミがこんな無謀なことをするとはな。愉快だ。」

 ガンザさんは僕の肩をポンとたたくと、また髪を優しくなでてくれた。なんだか僕はぼうっとしてしまった。
 彼女は暗闇でも目が見えるのか、僕の手をとってスタスタと歩きだした。あまりにも自然だったから、僕はしばらくしてから事態を把握して体中が沸騰する感覚に陥った。

「ガンザさん…手をつなぐのは、はじめてだね。」

「そうだな、カズミ。はなさずにいろ。」

 ガンザさんの手に力がはいるのがわかった。僕はちょっと痛かったけど、心地よい痛みだった。でも、彼女はなにか焦っているようだった。まるでこの場所からすこしでも早く離れようとしているみたいに。

 僕たちが移動していると、なにかの気配がした。

「誰だ!」

 ガンザさんが叫び、その先の暗闇の中に光る二つの点が浮かんでいた。光る点は音もなくこちらに近づいてきた。よく見ると、それは対になった目だった。さらによく見ると、その綺麗な目に僕は見覚えがあった。

「まさか…ミルテさん?」
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