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第3章 勇者の足跡とそれぞれの門出
第60話 覚醒の果て
しおりを挟む幽鬼のようにふらふらとよろめきながら、俺は歩いていた。
手には青白い輝きを放つ鋼の剣。
何の変哲もない見せかけの為だけの剣だったはずなのに、今はそこらの魔剣など比較にもならない程の凄まじい魔力をバチバチと迸らせている。
頭の中は真っ白で、何も考えられない。
けれど、何をすればいいのかだけははっきり分かっていた。
「ああああああああぁぁぁあああああっ!」
咆哮を上げて、俺は猛然と駆け出した。
それはいつもの身体強化よりも、数段上の速度で。
それどころか、身体そのものが羽のように軽かった。
一瞬にして接敵し、俺は闇雲に鋼の剣を振う。
途端、剣はまるで落雷のように尾を引いて、纏う魔力を更に爆増させる。
――目の前の女を殺す。
剣に宿った魔力の全てを以て、存在を消し飛ばす。
それは、俺の全力を込めた一撃だった。
「——ぐっ、おおおおぉぉぉおおおっ!」
が、変態さんは折れた大剣に全力の魔力を込めて巨大化。
俺の一撃をその広い剣腹で滑らせるようにして逸らそうとした。
だが俺の一撃はその圧倒的威力で折れた大剣を更に半分に叩き折り、そのまま受け止めた彼女の左腕を斬り飛ばした。
「——っ、てめえ!」
俺は朦朧とした頭を怒りに染めて吠える。
木端微塵に吹き飛ばそうとした一撃を腕一本で防がれたのだ。
いや、正しくは彼女の技術によって、そうなるように受け流された。
「はぁ、はぁ……甘いな。素人の剣閃で死んでやるほど、私の命は安くない!」
変態さんが俺を睨みつけ、叫ぶ。
けれど、これで彼女の両腕は使い物にならなくなった。
今ので魔力を使い切ったのか、気付けば身体の巨大化も収まっている。
——次は決める。
「……ぐふっ」
俺が再び鋼の剣を振り下ろそうとしたところで――変態さんは近くにいた部下に飛び付き、その首筋を噛み切った。
「な……」
驚愕する俺を余所に彼女は即座に死体を吸収。
その足で更に二人の部下を殺し、その死体を取り込んだ。
彼女の身体が再び巨大化し、切り落としたはずの左腕が再生する。
「小僧……私にこのようなことをさせた責任は取ってもらうぞ!」
激昂し何かを叫んでいるようだったが、もはや今の俺には聞こえていなかった。
ただただ、まるで作業のように剣の圧倒的な力を振い続ける。
変態さんはそれを躱し、腕を犠牲に受け、そうやって損耗するたびに自ら部下を襲い回復した。
けれども、そんな攻防がいつまでも続くはずもなく。
「はぁ、はぁ……」
ちょうど、彼女の部下である黒ポンチョが残り1人になった頃。
何度目かも分からない一撃が、遂にその体躯を決定的に捉えた。
避けきれず体勢を崩した変態さんの両足が可視化した魔力によって焼かれ消滅し、足を失った彼女がその場に倒れ込む。
「今——!」
そのままトドメを刺そう剣を振って――振り下ろした俺の手は空を斬った。
見れば、鋼の剣は焼け焦げ、灰となってサラサラと崩れ落ちていた。
触れたものを消し炭にする程の圧倒的魔力。
それに耐えるには、鋼の剣は普通過ぎたのだ。
「——っ、後一歩のところで――!」
いつしか、俺の意識も戻ってきていた。
だが、やることは変わらない。
こいつだけはここで殺し切っておかなければ。
そう思って、息の根を止める風魔法を放とうとして――ぐらりと、俺の身体がバランスを崩す。
「あ、れ……?」
気付けば、俺は膝をついていた。
身体に上手く力が入らない。
俺はこの症状をよく知っていた。
「魔力切れ……!」
忌々し気に呟く。
それでも、
「後一発、一発だけ放てれば、こいつを殺せるんだ……!」
メアを傷付け、自らの部下を喰らったこの忌むべき女を殺す。
その後はどうなってもいい。
俺は身体が悲鳴を上げるのを無視して無理やり風魔法を練り上げ、変態さんに放とうとした。
だが、
「——っ、させません」
彼女の部下、黒ポンチョの最後の一人が俺と変態さんとの間に身体を滑り込ませる。
これでは、もう無理だ。
今の俺の魔力では、どうやったって防御魔法は突破できない。
「葛西——————!」
その時だった。
遠く俺を呼ぶ声がして、振り返ると土魔法の馬車を作った石紅が、浅海と意識のないメアを乗せて俺を呼んでいた。
「時間切れー! 逃げるよー!」
言われて気付く。
どこからか重たい足音が幾つもこちらに向かって来ていることに。
恐らく、領主が護衛や衛兵の本隊と共にこちらに向かって来ているのだろう。
「ぐ……」
……ここまでか。
こいつ一人だけなら浅海に頼めば片付けられるかと思ったが、大軍が来るとなれば無理だ。
俺は悔しさで変態さんを睨みつける。
彼女も彼女で、もはや部下に手を掛けることが出来ない程に弱っていた。
あるいは、最後の一人だけは特別なのかもしれない。
黒ポンチョは俺を攻撃してくることはなく、ただ変態さんを守ることだけに全霊を賭してじっと俺の動向を見つめていた。
「くそっ!」
俺は小さく悪態を吐くと、練り上げていた魔力を身体強化へと変換し、石紅の作った馬車へと飛び乗った。
「よし、行くよ!」
石紅が手綱を弾き、馬車を走らせる。
段々とノルミナの街が遠ざかって行く。
遠くに大量の馬車と兵士が走っているのが見えた。
変態さんは回復魔法をかけてもらっているのか、その場から動かない。
野次馬に囲まれた女子たちは、目に涙を浮かべてバレないように小さく手を振っている。
いつしか、馬車は森へと入り込んだ。
追手もいないので、ひとまずは安泰だろう。
「あ……やば」
それを確認したところで、俺の意識は途絶えたのだった。
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