無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! ーヘイズ留学 過去から未来編ー

愚者 (フール)

文字の大きさ
70 / 113
第4章 騎士道を学べ

第5話 目は口ほどに物を言う  

しおりを挟む
 セント・ジョン軍学園。

幾度も言ってくどいと思うが。
ここは、武術を習うだけの場所ではない。
最低限の知識も学ばなくてならない。
それは何かと、討論してみてもムダ。
生徒の希望も考えず、学園が一方的に決めるからだ。

女生徒にいたっては、女性の礼儀も知識も必要だ。
何人かは、刺繍針で何度も指を刺しては奇声をあげている。
この声を聞いても、あえて見ないようにしていた友人たち。
奇声があがる度に、ジャンヌとプリムローズはビクッと反応する。
自分たちもつられて、指に針がぶっ刺さりそうになる。

「あ~、ウッ!
痛たた…、また刺してしまった。
刺繍なんかは、お嬢様がすることだろう。
私には必要ないと思うんだ」

さっきから同じことばかり言っている友人に、とうとう我慢できなくなった。

「愚痴っても仕方ないでしょう。
授業の時間割に、組み込まれているんだから。
ほら、黙ってやりましょう」

直訳すれば、黙って静かにやれ。
ロッタに命じているのだ。
隣で騒がれて、集中できなくて迷惑している。
目と唇で作り笑いをする見ていたプリムローズには、この方が怒鳴るよりも恐ろしかった。

励ましているジャンヌも、本当はロッタと同じで思いであった。
まだ完成にほど遠い刺繍を眺めて、ふたりは同時に深いため息をつく。

「刺繍を苦手にしている方は、雑に刺して早く終わらせようとします。
ひと針を丁寧に刺す。
こうなさるとよいですわ」

嫌味のように聞こえたようで、ひがみんだ感情がでてしまう。

「やはり、公爵令嬢だけあって余裕があるな。
こんなのは朝飯前なんだろう」

「ロッタ、その言い方感じ悪いわ。
自分が上手くできからって、プリムローズ嬢に八つ当たりしないでよ」

なにやら、風向きが悪くなってきた。
仲良い二人に、こんなことで口喧嘩して欲しくない。

「そういうのは言われ馴れてますから、べつに気にしませんわ。
刺繍は細かい作業で、イラつきますよね」

「プリムローズ嬢は話がわかるね。
それは君の長所だと思う」

偉そうに言われても、なぜかロッタなら受け流してしまう。
プリムローズは喋っていても、手は止まることはしない。
両立不可能な彼女たちには、これは神業に近かった。
リズミカルな針さばきに、どんな仕上がりかをチラ見する。


「うわぁ~、なにそれはー。
まるで絵画をみたいに綺麗!」

「おいおい!
これ達人の並みだろう」

ここまで誉めてくれると、悪い気はしないプリムローズ。

「ホホホ、でしょう!
渾身の作で名を付けるなら、「白鳥の湖」なんてどうでしょう」

湖面から2羽の白鳥が寄り添って、美しい銀色の羽を広げている。
金と人脈に物言わせて手に入れたようで、一般人には贅沢この上もない銀糸であった。

「見たままじゃん!」

「分かりやすくていいじゃない。
素晴らしい出来映えだわ」

「幼い頃から習っていて、刺繍は得意です。
そこいらの令嬢には、私は負けませんわよ」

小銭を稼ぐために必死にしていたとは、彼女らに恥ずかしくて素直に真実は伝えられない。

プリムローズの頭の中には、謙遜という言葉は存在しないようだ。
これだけ見事な刺繍なら、自慢する気持ちは納得できた。

「どうしたら、そんなに上手に出来るんだ。
私に教えてくれないか?」

赤くにじんだ指先は、見ているだけで痛々しい。
彼女は、藁をつかむ気持ちでお願いする。
そんなロッタに、いい助言を与えたいと思い頭を悩ます。

「こう頭を切り替えて、刺繍してみたらどうでしょう。
針を剣と考え、生地を相手と見立てるのです」

「刺繍と剣術が同じ?!」

「ええ、そうです。 
そう思えば、集中して刺繍ができるのではないでしょうか?
迷いを捨てて刺せば、ちょっとはマシになりますよ」

無茶苦茶むちゃくちゃな助言に聞こえる。
こんな針が剣に見立てるとか、馬鹿にしているんじゃないかい」

「一理あるんじゃないかしら。
ロッタ、やってみてから文句を言ったらどう?」

ものは例えで彼女の言うとおり、闘うイメージでふたりは刺繍を始めてみる。
そうしたら、どうしたことか。
前よりも格段に、糸筋がキレイに刺せるようになってきた。

「この方法、いいじゃない。
上達したような気になるわ」

「うん、私もだ!
だんだん、刺繍が面白くなってきたぞ」
 
もともとは集中力はあったようで、迷いがないだけマトモになっていた。

『ロッタ先輩、糸を引く度に変な声を出すのはやめて頂きたいわ。
剣術に当てはめたのは、間違いだったかも……』

何度も指に針を刺していたロッタは、あれから不思議な刺さなくなっていた。
午後の授業は、その剣術をする予定だ。
どんな時間になるのだろうか。



 午後の授業は、他のクラスとの剣の稽古けいこ
剣術する所は芝生が広がっていて、たとえもし倒れても草が和らげてくれそうだ。

2クラスの生徒たちは、教師がやって来るのを待っていた。
その間、ロッタはそわそわし落ち着きがない。

『午前中の刺繍していた時も、やけにいつもより針で指を指しまくっていたな』

剣を振っても前後左右に忙しなく動き、ロッタの視線は遠く何かを見ていた。

「ロッタ先輩、誰を探しているんですか?
キョロキョロして、どうしたのですか?」

1番厄介な人に、ズバリと言い当てられてしまった。
プリムローズがかけた言葉を、無視して聞こえないふりをする。

『声は聞こえてるはずだ。
私を無視している。
これはあやしい。
どこかの殿方に関心があるのかしら?』

まだ経験はないクセに、この手のかぎ分け能力は抜群ばっぐんの彼女。
無言で穴が開くほど、ロッタを見つめ続ける。
顔を向ける方向と、その視線の先を追う。

『あれだわ!
誰を見ているんだぁー!!』

プリムローズが勢いよく振り向くと、よく知るスクード公爵の息子のオスモがいた。

『ん?!オスモ様?
違う、その隣の人を気にしているみたいだ。
彼かどうか、確かめてみたい』

節介せっかいな性格と、やじうま根性が同時に発動してしまう。
後ろ姿しか見ることができないロッタに、もどかしさを感じて何とかしてあげたくなる。

「ジャンヌ様とロッタ先輩。
スクード公爵令息オスモ様に、一緒に御挨拶しませんか?」

プリムローズの誘いに、なぜかロッタが難色を示す。

「私は遠慮するよ。
二人で行ってきたらどうだい。
ここで、剣の素振りをしているからさ」

「プリムローズ嬢、もうすぐ先生が参ります。
授業後に挨拶した方がいいわ」

ロッタ先輩に続き、ジャンヌ様まで止めようとしている。

『ジャンヌ様は、ロッタ先輩を庇っている。
やはり、さっきから気にしている方は彼で決まりなのか』

考えを巡らせている間に、気づかないうちに先生が現れてしまった。

「みんなー、そろっておるかぁ~。
今日は合同授業になる。
男女混合だが女生徒と当たったものは、相手をよく見定みさだめるようにな」

先生が登場すると同時に、今日の授業内容を生徒たちに伝えてきた。
要するに弱そうな女生徒は、それなりに手加減しろと言っている。

『誰が相手なのかなぁ?
あの人なら、剣筋けんすじでも性格を読み取れるかもしれない』

プリムローズは念じながら、対戦相手を待つことにした。
へんなところで強運の持ち主は、目の前に歩いてくる人物に喜ぶ。

「おぉっ、神は私に手を貸してくれた。
うっひょ~、ドンピシャ!
先生、ありがとう。
これは、やったぁーでございますわ!」

ニッコリする彼女を横目に、ロッタとジャンヌはアッチャ~と困り顔になっていた。

『嘘だろ!?
プリムローズ嬢の対戦相手が、あの人になったのか』

自分の相手に対してお辞儀を無視して、プリムローズはロッタを見ては思う。

『【目は口ほどに物を言う】。
情感の込めた目つきは、口で話す以上に強く相手をとらえる』

そんなに視線でロッタは、彼と私が対戦するのが気になるみたいだった。

「レディ、よそ見しないでくれませんか?」

「あら、失礼!
手柔てやわらかに、よろしくお願いします。
私は、プリムローズ・ド・クラレンスです。
エテルネルから、留学に来てますのよ」

「スクード公爵令息から話を伺っていた方はー。
偶然にも、貴女でしたか。
互いに、いい試合にしましょう」

相手は興味を示すものの、それからは何も話しかけずに優しい笑顔を見せていた。
金髪でフワフワくせ毛で、瞳は茶色で時よりグレーにも変化する。
優しげなほんわかさがトンボことニルスに似ていると、ふとなつかしげな気持ちになる。

「こちらこそ、お互いに頑張りましょう!」

愛想のよい笑みの彼に、彼女も満面の笑みで対抗たいこうする。
和やかなほのぼの空気が、他の生徒たちとは異なり辺り一面にただよう。

「では、一本勝負!
両者は構えて、始めー」

先生の気合十分な掛け声が響き渡るが、こちらはどうかというと…。

両者はにらむわけではなく、見つめ合ってなかなか互いに手を出さずにいた。

『あれ、手を出して来ない。
レディーファーストのつもりなのか?
それとも、やる気がないの?』

私から打ち込みしないと、始まらないし終わらないかも。
プリムローズから打ち込むと、彼も返してきた。
その彼を見ていたら、少し左足をかばっているみたいな感じが気になる。

気づいて直視していたら、いつの間にか時間が終了となった。
この人は、始めから勝とうとはしていなかったようだわ。

「引き分けです。
失礼な言い方ですか、見かけより力があって動きも機敏きびんですね」

「その~、プリムローズ・ド・クラレンスと申しますが~。
貴方は?どなたですか!?」

「あぁ、名前ですね。
伝え忘れてました。
私は、カルヴィ………」

彼が私に名乗ろうとした瞬間、声を被せるかのように割り込み名を呼ぶ。

「お久しぶりです。
ブルムヘル伯爵令息。
お元気でしたか?」

あわてて走ってきたか、ロッタは息が弾んでいた。別の意味で、頬を赤くしてしまったか。
どちらともとれると、プリムローズは思うのだ。

「コートン子爵令嬢だったよね。
君は、試合勝てたかい?!」

会話から察するに、二人は顔見知りの間柄だっただけか。

「親しいお知り合いでしたのね」  

「コートン子爵令嬢とは、子供頃に知り合っているんだよ」

「そんな……、勿体ないお言葉です。
ブルムヘル伯爵令息」

話をしている態度に温度差を感じる。
ロッタ先輩は、彼に恋愛と形で好意を持っているのだろうか。
それとも、ただの友人関係なのか。 
いったい、どちらなんだろうかと興味があった。

授業が終わるとロッタは、自分の教室に戻っていく彼の後ろ姿を見て独り言をこぼす。

「いつも、普通に優しく接してくれる。
憎んでくれたらいいのに…。
足をああしてしまったのは、私が原因なのだから」

明朗活発めいろうかっぱつな彼女には、似つかわしくない苦悶くもんの表情で両手を強くにぎる。
そのやむ声は、前を歩き話しているプリムローズたちの耳には届いてはいなかった。


   

     
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

処理中です...