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第4章 騎士道を学べ
第12話 蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる
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夜の静寂の中でパチパチ燃える音を聞き、薪を手にして火を見つめて座っていた3人。
炎が踊るみたいに揺れるたびに、6つの瞳が光って見える。
風呂の火加減を気にしつつ、また薪を1つ釜に放り投げた。
いつもは勝利していた腕相撲で、今日は珍しく負けてしまった彼女たち。
「ちょっと~、火の番ちゃんとしているの?!
お湯がぬるいわよ!」
風呂の中から怒鳴りつけられて、ジャンヌが慌てて返事を返す。
「ごめんなさい!
はーい、すぐに熱くします」
そんなに温くないはずなのに、久しぶりに1番風呂に入れて威張っているんだとプリムローズは思った。
足元にある薪をギュッと握ると、ポンポンと続けて火に汲めた。
「今日は、ごめん。
私がボーッとしていたから、負けてしまった」
自分が原因だと認め、2人に対して平謝りをする。
プリムローズは、カルヴィ様の件が引きずっていたのだと察した。
「気にしないで、ロッタ先輩。
結構、これって楽しい。
ここに芋を入れたら、焼き芋になって食べられるのかなぁ」
あんなにたくさんのお菓子と夕食も食べて、まだ焼き芋のことを考えていることにジャンヌは呆れていた。
しかし、彼女がわざと話題を変えようとしているらしいと気づく。
いつもの明るさが消えているロッタは、手にしていた薪を釜戸にポイッと力なく投げる。
腕相撲の対戦に力をいれた瞬間に、あの川で溺れかけた時が頭に浮かんでいた。
こんなのでは、情けないと反省する。
「焼き芋をするには、枯れ葉の方がほどよく焼けます。
残念ですが、寮の敷地内では火事になるから禁止されているわ」
空気が気まずい時は、無難な話をするのが一番だ。
ジャンヌは、焼き栗も同じくらい好きなのだと続けた。
くだらない会話から前置きなく、プリムローズが落ち込むロッタの悩みに質問する。
「ロッタ先輩、もしもよ。
ブルムヘル伯爵令息の足が、完全に治ったら嬉しいですか?」
「もちろん、当たり前だ!
彼は周りには、完治していると言っているそうだが…。
きっと、口に出さないだけで痛むんだ」
やっと明るくなりかけていたのに、ジャンヌはプリムローズに対して不満だった。
「プリムローズ嬢、何で突然にそんな話をするの!?」
ジャンヌはロッタの気持ちになり、キズを蒸し返すプリムローズの質問に疑問をぶつける。
自分のことはいざ知らず。
他人の悩みは、とっとと解決したい性分のようだ。
プリムローズの言動は、ロッタにはどう感じるのだろうか。
「私が思うに、彼は痛くない痛みを感じてるんではないかと思うんです」
「それって、どういうことだ」
ロッタには、痛くないが痛いの意味が理解できないようだった。
プリムローズは友人の医師たちが、自分に話してくれた話を聞かせてみせる。
「そのリンドール伯爵が、そう君に話していたのか。
頭で痛みの感覚を覚えていて、痛くないのに感じてしまうと」
「そんな症例を話された時、私も偶然その場にいたのです。
カルヴィ様の足も、これと同じじゃないかと思いました。
力が足に入る瞬間にケガした事を思い出して、その時の痛みを感覚で覚えているではないかしら」
信じられないと思って聞いていたが、自分も転びそうになった時は怪我した時の痛みを思い出す。
「足に力をいれる度に、毎回痛みを思い浮かべてるの!?」
胡散臭いとジャンヌは、その友人と言う医師の話を疑ってしまう。
「何かきっかけを作り、それを吹き飛ばせれば足の痛みがなくなる。
この結論にたどり着きました」
吹き飛ばすとは、どのような事をするのか予想もつかない。
炎で照らされた彼女を、息を殺してロッタとジャンヌは見ていた。
ヘイズの黒い森にある泉の話を、適当に濁して語り始めるプリムローズ。
この泉を飲んだ人は、不思議な効能のおかげで長生きした。
もしかしたら、古傷も痛みが和らぐかもしれない。
「不思議な力がある泉の水を、カルヴィ様に飲ませたらと考えております。
もしかして、傷の痛みがなくなるもしれません」
「……、奇跡が起こるといいな」
消え入るようなロッタの声だった。
その声が悲しそうでジャンヌは、覆い被せるように話しかけた。
「しかし、何百年も前の話なのでしょう。
人に話されている間に、着色されて大袈裟に伝承されている可能性もあるわ」
激しく踊るような炎を見つめながら、ロッタとジャンヌは摩訶不思議なおとぎ話を聞かされているようだった。
「アルゴラの神官に、聞かされるまで知りませんでした。
最初は、話される内容を疑りながら耳にしていましたわ」
「海をわざわざ渡って、侵略してきた王がいたとはな。
それに、道をわざわざ新たに作るとは馬鹿げた話だ」
「プリムローズ嬢が、偽りを言っているとは思えないけど…。
正直、私も信じられない」
『うーん、正直だなぁ。
無理して信じるって、言われるよりいいよ。
彼女たちは、誠実な人だと思う』
「それにー、その泉まで……。
ブルムヘル伯爵令息をどうやって連れていくんだ。
彼にこれ以上、私は迷惑をかけたくない」
おでこを膝につけて、ロッタは顔を覆って表情を隠す。
『ほっておいて欲しい!』
けれども、この現状を打破できたら。
ロッタの気持ちは、天秤のように左右に揺れ動いていた。
「ロッタ……。
プリムローズ嬢、この話はここだけにしましょう」
「逃げては、ダメよ!
貴女方にはよくして貰ったから、私は助けたいの。
スクード公爵令息オスモ様に、ブルムヘル伯爵令息を泉のある場所まで連れ出して貰えるように頼んでみるわ」
椅子から立ち上がり、月と星を見上げて誓った。
「やめてくれ!
泊まりがけなら、親のブルムヘル伯爵が許可しない。
とくに、私には関わりたくないはずだ!」
ロッタが見上げた瞳には、頭上に輝く月の光が照らされて煌めいていた。
涙目で潤んでいた琥珀は金色に変化して見える。
「オーホホホ、我がクラレンスに出来ないことはない!
スクード公爵から、ブルムヘル伯爵に頼むよう手紙を書かせるみせるわ」
自分達には不可能なことを、彼女は権力をかざして強引に可能にしようとする。
「まさか、東の将軍様まで巻き込むおつもり?
公爵からの頼みなら、身分が下の伯爵は逆らえないけど…」
「エヘヘ、ジャンヌ様は巻き込むって言いますけどね。
スクード親子も、私たちを巻き込んでくれたわ。
今度は、私に力を貸して貰います」
話に夢中になり、誰も薪を入れなかった。
火が弱火になっていて、またしても風呂場から声がするのだ。
「あんたたち、何しているの!
水みたいにぬるくて、風邪ひくじゃあない!」
「「「ごめんなさい!」」」
一気に薪を入れて火加減を強くしたら、今度は熱いと怒鳴られてしまった。
負け知らずで3人は、火の調節がうまくない。
風呂から出た後で、こっぴどく嫌みを言われてしまうのだった。
翌日、クラスが同じスクード公爵嫡男オスモを彼女は裏庭に呼び出した。
あの戦の神の孫だけある。
やることが疾風の如く早い。
そのため、空回りすることもよく起こってしまう。
「私にブルムヘル伯爵令息カルヴィ殿を、黒い森に連れ出す手助けをしろと仰るのか?!」
「正確に申しますと、その入口手前です。
カルヴィ様から、昔にケガされたのをお聞きになられているのでありませんか?」
「左足だろう?
医師は完治していると言われたが、少しだけ痛むと話していたぞ」
やはり彼には自覚があり、古傷が痛むのね。
ならば、長寿の泉へ行かなければならない。
「接点がない私では、ブルムヘル伯爵令息を誘えないのです。
オスモ様なら男同士で、周りから変に思われない。
ですから!お願いします!」
「私は君には、【蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる】になってしまう」
「オスモ様は、その呪文みたいな言葉で何を言いたいの!?
ヘビに噛まれた!?
ここでは、ヘビは関係ない話よ」
「簡単に言うと、一度ひどい目に遭った経験から必要以上に用心深くなることだ」
『彼に、何かしたかしら?
遠回しな言い方で、私がヘビだと言っているの!』
あの浮気現場でのお仕置きしたのを、まだ根に持っているのだわ。
「オスモ様って、ねちっこい性格でしたのね。
私の方は、すっかり忘れかけておりました」
「あんなに殴って、あっさり忘れるとはな。
やられた者は、いつまでも鮮明に覚えているもんだ。
これからは、気をつけて行動するがいい!」
ご機嫌斜めになっては、手を貸してくれなくなる。
「カルヴィ様の足を治したくないのですか?
どうかお願いします。
オスモ様、力をお貸し下さい。
この通りでございます」
ロッタの為に頭を下げて、彼に助力を頼んでいた。
「まあ、頭を下げられれば仕方ない。
エテルネルでは、エリアス様とライラも世話になったからな。
今回だけは、助けてあげるよ」
『チッ、本当に偉そう。
ロッタ先輩のためだから、ここは我慢しないとー』
思っている事とは裏腹に、彼女は塩らしく頭を下げてから予定を相談する。
「有り難う、感謝します。
試験後の休みはどうですか?
ロッタ先輩たちも、領地に帰らずに寮にいるそうです」
オスモは少しだけ考えて、日数は何日かかるかと訊ねる。
「片道1日半はかかります。
余裕を持って5日間。
近くの宿に1泊して、もしくは野宿になります」
「ふう~ん、野宿ね。
令嬢たちにはキツくない!?
クラレンス公爵令嬢は、慣れていそうだけど」
さっきから、刺々しい言い方するな。
あー、ムカムカしてきた!
耐えろ堪えるんだ。
「軍事の訓練と考えたら、この小旅行は役立つわ。
近衛や憲兵は、調査で旅に出ることもあるでしょう」
「そ、それだー!
それを使って、野外練習に連れだす。
父上から伯爵に伝えて貰えば、承諾してくれるだろう」
プリムローズが頼む前に、オスモが自ら先に言ってくれた。
『彼って単純、こういう時は便利。
なんだかんだ言っても結構、オスモ様って人がいいのよね』
「父君スクード公爵に、私から宜しく申していたとお伝えください。
私からも、追って手紙を書きます」
「ああ、そうしてくれ。
しかし、弱ったな。
カルヴィ殿とは、そんなに親しくないんだ」
「ええっ!?
仲良く話をしていたのを、お見かけしましたけど友達じゃないのですか」
「父上は、公爵で将軍だろう。
彼の家も軍よりだし、会えばカルヴィ殿から必ず挨拶されるんだ」
彼女の記憶では、親しい友人の様に楽しげにしていた。
プリムローズにも、彼の立場には見覚えがあった。
「ん!?
納得するけど、私には誰も近寄ってこない」
「その性格のせいじゃないか。
見た目も整って人形みたいで、黙っていると冷たそうにみえる」
そうではないかと思っていたが、異性にここまで指摘されてしまった。
「いきなり木の棒で襲われて、後頭部を思い切り叩かれたようだわ」
「君みたいに、私は乱暴はしないよ」
「貴方だって偉そうにしているけど、ライラ様しか身近に人が居ないじゃない。
ヘイズに留学した私の方が、友人ならオスモ様より多いと思います」
手厳しい返しに、オスモの固く閉じた口がピクピクしている。
「私はー、生徒会長もしている。
立場上、特定の友人は作らないんだ。
もし、贔屓してしまったら面倒になる」
でたよ!言い訳してきた。
こいつはサンドラが言い寄った時も、へんな言い訳して誤魔化そうとしていた。
「父上に、権力が集中し過ぎているんだ。
いつか歪みが出てくると、私は懸念しているんだ」
「あー、ハイハイ!
次世代の貴方が、どうするかが課題になります。
私も祖父母が偉大で、オスモ様と似た境遇です。
悩みを話せる相手は、一人くらいは必要になりますよ」
「うん、そうだな。
確かに、友人がいてもいいな。
泊まりがけで寝食を共にすれば、どんな人物か分かるな」
強がっていても友達いなくて、オスモは寂しかったと思うプリムローズ。
「流石、オスモ様!
その点、私は適当でお恥ずかしいです」
「ハハハ、女はそんなものだ。
ブルムヘルム伯爵令息は、現在素行から及第点な人物だ」
『及第点、なにそれ!
こいつ、どんだけ上から見ているんだ。
うわぁ~、性格悪い。
ライラ様には、これを隠しているんじゃない』
オスモにそうですねーって、心無い返事をして彼にヨイショする。
『両親や姉上、それに婚約者ライラが気に入っている。
生意気で好きではないが、付き合っていくしかない』
このふたり、互いに苦手意識を持っているようだった。
微笑み合う両者は、自分を相手がどう思うかを知らないでいる。
それが、救いだった。
「それでは、オスモ様は友人作りをしてください。
怪我した時の話を聞きましたが、ブルムヘルム伯爵令息は人格者だと思いました」
「へぇ~、そんなにカルヴィ殿を誉めるんだ。
プリムローズ嬢は、友人のためによい結果になるといいな」
ここに、ブルムヘルム伯爵令息が絡む利害関係人が結ばれた。
プリムローズの考察通りに、彼の足は痛まなくなるのだろうか。
慎重派のオスモは、プリムローズの考えを疑っていた。
失敗と成功、はたしてどうなるか。
これは、また後日の話となる。
炎が踊るみたいに揺れるたびに、6つの瞳が光って見える。
風呂の火加減を気にしつつ、また薪を1つ釜に放り投げた。
いつもは勝利していた腕相撲で、今日は珍しく負けてしまった彼女たち。
「ちょっと~、火の番ちゃんとしているの?!
お湯がぬるいわよ!」
風呂の中から怒鳴りつけられて、ジャンヌが慌てて返事を返す。
「ごめんなさい!
はーい、すぐに熱くします」
そんなに温くないはずなのに、久しぶりに1番風呂に入れて威張っているんだとプリムローズは思った。
足元にある薪をギュッと握ると、ポンポンと続けて火に汲めた。
「今日は、ごめん。
私がボーッとしていたから、負けてしまった」
自分が原因だと認め、2人に対して平謝りをする。
プリムローズは、カルヴィ様の件が引きずっていたのだと察した。
「気にしないで、ロッタ先輩。
結構、これって楽しい。
ここに芋を入れたら、焼き芋になって食べられるのかなぁ」
あんなにたくさんのお菓子と夕食も食べて、まだ焼き芋のことを考えていることにジャンヌは呆れていた。
しかし、彼女がわざと話題を変えようとしているらしいと気づく。
いつもの明るさが消えているロッタは、手にしていた薪を釜戸にポイッと力なく投げる。
腕相撲の対戦に力をいれた瞬間に、あの川で溺れかけた時が頭に浮かんでいた。
こんなのでは、情けないと反省する。
「焼き芋をするには、枯れ葉の方がほどよく焼けます。
残念ですが、寮の敷地内では火事になるから禁止されているわ」
空気が気まずい時は、無難な話をするのが一番だ。
ジャンヌは、焼き栗も同じくらい好きなのだと続けた。
くだらない会話から前置きなく、プリムローズが落ち込むロッタの悩みに質問する。
「ロッタ先輩、もしもよ。
ブルムヘル伯爵令息の足が、完全に治ったら嬉しいですか?」
「もちろん、当たり前だ!
彼は周りには、完治していると言っているそうだが…。
きっと、口に出さないだけで痛むんだ」
やっと明るくなりかけていたのに、ジャンヌはプリムローズに対して不満だった。
「プリムローズ嬢、何で突然にそんな話をするの!?」
ジャンヌはロッタの気持ちになり、キズを蒸し返すプリムローズの質問に疑問をぶつける。
自分のことはいざ知らず。
他人の悩みは、とっとと解決したい性分のようだ。
プリムローズの言動は、ロッタにはどう感じるのだろうか。
「私が思うに、彼は痛くない痛みを感じてるんではないかと思うんです」
「それって、どういうことだ」
ロッタには、痛くないが痛いの意味が理解できないようだった。
プリムローズは友人の医師たちが、自分に話してくれた話を聞かせてみせる。
「そのリンドール伯爵が、そう君に話していたのか。
頭で痛みの感覚を覚えていて、痛くないのに感じてしまうと」
「そんな症例を話された時、私も偶然その場にいたのです。
カルヴィ様の足も、これと同じじゃないかと思いました。
力が足に入る瞬間にケガした事を思い出して、その時の痛みを感覚で覚えているではないかしら」
信じられないと思って聞いていたが、自分も転びそうになった時は怪我した時の痛みを思い出す。
「足に力をいれる度に、毎回痛みを思い浮かべてるの!?」
胡散臭いとジャンヌは、その友人と言う医師の話を疑ってしまう。
「何かきっかけを作り、それを吹き飛ばせれば足の痛みがなくなる。
この結論にたどり着きました」
吹き飛ばすとは、どのような事をするのか予想もつかない。
炎で照らされた彼女を、息を殺してロッタとジャンヌは見ていた。
ヘイズの黒い森にある泉の話を、適当に濁して語り始めるプリムローズ。
この泉を飲んだ人は、不思議な効能のおかげで長生きした。
もしかしたら、古傷も痛みが和らぐかもしれない。
「不思議な力がある泉の水を、カルヴィ様に飲ませたらと考えております。
もしかして、傷の痛みがなくなるもしれません」
「……、奇跡が起こるといいな」
消え入るようなロッタの声だった。
その声が悲しそうでジャンヌは、覆い被せるように話しかけた。
「しかし、何百年も前の話なのでしょう。
人に話されている間に、着色されて大袈裟に伝承されている可能性もあるわ」
激しく踊るような炎を見つめながら、ロッタとジャンヌは摩訶不思議なおとぎ話を聞かされているようだった。
「アルゴラの神官に、聞かされるまで知りませんでした。
最初は、話される内容を疑りながら耳にしていましたわ」
「海をわざわざ渡って、侵略してきた王がいたとはな。
それに、道をわざわざ新たに作るとは馬鹿げた話だ」
「プリムローズ嬢が、偽りを言っているとは思えないけど…。
正直、私も信じられない」
『うーん、正直だなぁ。
無理して信じるって、言われるよりいいよ。
彼女たちは、誠実な人だと思う』
「それにー、その泉まで……。
ブルムヘル伯爵令息をどうやって連れていくんだ。
彼にこれ以上、私は迷惑をかけたくない」
おでこを膝につけて、ロッタは顔を覆って表情を隠す。
『ほっておいて欲しい!』
けれども、この現状を打破できたら。
ロッタの気持ちは、天秤のように左右に揺れ動いていた。
「ロッタ……。
プリムローズ嬢、この話はここだけにしましょう」
「逃げては、ダメよ!
貴女方にはよくして貰ったから、私は助けたいの。
スクード公爵令息オスモ様に、ブルムヘル伯爵令息を泉のある場所まで連れ出して貰えるように頼んでみるわ」
椅子から立ち上がり、月と星を見上げて誓った。
「やめてくれ!
泊まりがけなら、親のブルムヘル伯爵が許可しない。
とくに、私には関わりたくないはずだ!」
ロッタが見上げた瞳には、頭上に輝く月の光が照らされて煌めいていた。
涙目で潤んでいた琥珀は金色に変化して見える。
「オーホホホ、我がクラレンスに出来ないことはない!
スクード公爵から、ブルムヘル伯爵に頼むよう手紙を書かせるみせるわ」
自分達には不可能なことを、彼女は権力をかざして強引に可能にしようとする。
「まさか、東の将軍様まで巻き込むおつもり?
公爵からの頼みなら、身分が下の伯爵は逆らえないけど…」
「エヘヘ、ジャンヌ様は巻き込むって言いますけどね。
スクード親子も、私たちを巻き込んでくれたわ。
今度は、私に力を貸して貰います」
話に夢中になり、誰も薪を入れなかった。
火が弱火になっていて、またしても風呂場から声がするのだ。
「あんたたち、何しているの!
水みたいにぬるくて、風邪ひくじゃあない!」
「「「ごめんなさい!」」」
一気に薪を入れて火加減を強くしたら、今度は熱いと怒鳴られてしまった。
負け知らずで3人は、火の調節がうまくない。
風呂から出た後で、こっぴどく嫌みを言われてしまうのだった。
翌日、クラスが同じスクード公爵嫡男オスモを彼女は裏庭に呼び出した。
あの戦の神の孫だけある。
やることが疾風の如く早い。
そのため、空回りすることもよく起こってしまう。
「私にブルムヘル伯爵令息カルヴィ殿を、黒い森に連れ出す手助けをしろと仰るのか?!」
「正確に申しますと、その入口手前です。
カルヴィ様から、昔にケガされたのをお聞きになられているのでありませんか?」
「左足だろう?
医師は完治していると言われたが、少しだけ痛むと話していたぞ」
やはり彼には自覚があり、古傷が痛むのね。
ならば、長寿の泉へ行かなければならない。
「接点がない私では、ブルムヘル伯爵令息を誘えないのです。
オスモ様なら男同士で、周りから変に思われない。
ですから!お願いします!」
「私は君には、【蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる】になってしまう」
「オスモ様は、その呪文みたいな言葉で何を言いたいの!?
ヘビに噛まれた!?
ここでは、ヘビは関係ない話よ」
「簡単に言うと、一度ひどい目に遭った経験から必要以上に用心深くなることだ」
『彼に、何かしたかしら?
遠回しな言い方で、私がヘビだと言っているの!』
あの浮気現場でのお仕置きしたのを、まだ根に持っているのだわ。
「オスモ様って、ねちっこい性格でしたのね。
私の方は、すっかり忘れかけておりました」
「あんなに殴って、あっさり忘れるとはな。
やられた者は、いつまでも鮮明に覚えているもんだ。
これからは、気をつけて行動するがいい!」
ご機嫌斜めになっては、手を貸してくれなくなる。
「カルヴィ様の足を治したくないのですか?
どうかお願いします。
オスモ様、力をお貸し下さい。
この通りでございます」
ロッタの為に頭を下げて、彼に助力を頼んでいた。
「まあ、頭を下げられれば仕方ない。
エテルネルでは、エリアス様とライラも世話になったからな。
今回だけは、助けてあげるよ」
『チッ、本当に偉そう。
ロッタ先輩のためだから、ここは我慢しないとー』
思っている事とは裏腹に、彼女は塩らしく頭を下げてから予定を相談する。
「有り難う、感謝します。
試験後の休みはどうですか?
ロッタ先輩たちも、領地に帰らずに寮にいるそうです」
オスモは少しだけ考えて、日数は何日かかるかと訊ねる。
「片道1日半はかかります。
余裕を持って5日間。
近くの宿に1泊して、もしくは野宿になります」
「ふう~ん、野宿ね。
令嬢たちにはキツくない!?
クラレンス公爵令嬢は、慣れていそうだけど」
さっきから、刺々しい言い方するな。
あー、ムカムカしてきた!
耐えろ堪えるんだ。
「軍事の訓練と考えたら、この小旅行は役立つわ。
近衛や憲兵は、調査で旅に出ることもあるでしょう」
「そ、それだー!
それを使って、野外練習に連れだす。
父上から伯爵に伝えて貰えば、承諾してくれるだろう」
プリムローズが頼む前に、オスモが自ら先に言ってくれた。
『彼って単純、こういう時は便利。
なんだかんだ言っても結構、オスモ様って人がいいのよね』
「父君スクード公爵に、私から宜しく申していたとお伝えください。
私からも、追って手紙を書きます」
「ああ、そうしてくれ。
しかし、弱ったな。
カルヴィ殿とは、そんなに親しくないんだ」
「ええっ!?
仲良く話をしていたのを、お見かけしましたけど友達じゃないのですか」
「父上は、公爵で将軍だろう。
彼の家も軍よりだし、会えばカルヴィ殿から必ず挨拶されるんだ」
彼女の記憶では、親しい友人の様に楽しげにしていた。
プリムローズにも、彼の立場には見覚えがあった。
「ん!?
納得するけど、私には誰も近寄ってこない」
「その性格のせいじゃないか。
見た目も整って人形みたいで、黙っていると冷たそうにみえる」
そうではないかと思っていたが、異性にここまで指摘されてしまった。
「いきなり木の棒で襲われて、後頭部を思い切り叩かれたようだわ」
「君みたいに、私は乱暴はしないよ」
「貴方だって偉そうにしているけど、ライラ様しか身近に人が居ないじゃない。
ヘイズに留学した私の方が、友人ならオスモ様より多いと思います」
手厳しい返しに、オスモの固く閉じた口がピクピクしている。
「私はー、生徒会長もしている。
立場上、特定の友人は作らないんだ。
もし、贔屓してしまったら面倒になる」
でたよ!言い訳してきた。
こいつはサンドラが言い寄った時も、へんな言い訳して誤魔化そうとしていた。
「父上に、権力が集中し過ぎているんだ。
いつか歪みが出てくると、私は懸念しているんだ」
「あー、ハイハイ!
次世代の貴方が、どうするかが課題になります。
私も祖父母が偉大で、オスモ様と似た境遇です。
悩みを話せる相手は、一人くらいは必要になりますよ」
「うん、そうだな。
確かに、友人がいてもいいな。
泊まりがけで寝食を共にすれば、どんな人物か分かるな」
強がっていても友達いなくて、オスモは寂しかったと思うプリムローズ。
「流石、オスモ様!
その点、私は適当でお恥ずかしいです」
「ハハハ、女はそんなものだ。
ブルムヘルム伯爵令息は、現在素行から及第点な人物だ」
『及第点、なにそれ!
こいつ、どんだけ上から見ているんだ。
うわぁ~、性格悪い。
ライラ様には、これを隠しているんじゃない』
オスモにそうですねーって、心無い返事をして彼にヨイショする。
『両親や姉上、それに婚約者ライラが気に入っている。
生意気で好きではないが、付き合っていくしかない』
このふたり、互いに苦手意識を持っているようだった。
微笑み合う両者は、自分を相手がどう思うかを知らないでいる。
それが、救いだった。
「それでは、オスモ様は友人作りをしてください。
怪我した時の話を聞きましたが、ブルムヘルム伯爵令息は人格者だと思いました」
「へぇ~、そんなにカルヴィ殿を誉めるんだ。
プリムローズ嬢は、友人のためによい結果になるといいな」
ここに、ブルムヘルム伯爵令息が絡む利害関係人が結ばれた。
プリムローズの考察通りに、彼の足は痛まなくなるのだろうか。
慎重派のオスモは、プリムローズの考えを疑っていた。
失敗と成功、はたしてどうなるか。
これは、また後日の話となる。
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