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第4章 騎士道を学べ
第13話 嘘も方便
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日常の静かな昼下がり、ある夫婦水入らずお茶を楽しんでいた。
主人の仕事の疲れを癒せるように夫人ニーナは、テーブルの上には食べやすいように一口サイズにしたお菓子を並べる。
そんな妻の心づもりを感じて、彼はますます愛さずにはいられない。
スクード公爵家の夫婦仲は、仲のむつまじく仕えている者たちに落ち着きを与えていた。
しかし、今朝届いた2通の手紙から怪しくなるのである。
息子オスモとクラレンス公爵令嬢プリムローズから、同時に便りが手元に届き目を通している。
貰った手紙をひと通り読み終えると、ヘイズの重鎮スクード公爵は困った表情を浮かべて独り言を言ってきた。
「あの二人は、いったい何をする気なんじゃあ?」
「旦那様、どうかしたのですか?
オスモの手紙に、何が書かれていましたか。
寮生活で、便りを寄越すのは初めてではないかしら!?」
手紙など書かなくとも、急用があれば馬車で会いに来れるくらい近い場所にスクード公爵の屋敷は構えている。
どうして、こんなワザワザまどろっこしい事をしたのか。
そんな息子に公爵夫人ニーナは、怪訝な顔で夫の様子を見守っていた。
「ニーナ、手紙はオスモだけではないのだ。
クラレンス公爵令嬢からも、同じ頼みで儂に手紙を送ってきた」
「プリムローズ嬢からもですか!?」
刺繍の手を止めてニーナは、プリムローズが関わっているのを危惧する。
いい子なんだけど、彼女は面倒を引き寄せてしまう不思議な力があるように思うのだ。
「オレフ、嫌な予感がします。
彼女が悪いわけではありませんが…。
厄介事に息子が巻き込まれてしまう。
そんな予感がするの」
あの強烈な個性の塊を祖父母に持つ孫娘は、幼いながらもニーナには末恐ろしいさを感じさせていた。
これ以上の人物に化けるのではないかとー。
「はぁ~、ニーナ。
じつは、儂もおまえと同じ事を考えておったのじゃ~」
手紙の中には黒い森にある不思議な力を持つ泉に行って、最近知り合いになったブルムヘル伯爵令息の足を治したいと書かれている。
「友を助けるのは、良い心がけだと思っておる。
だからこそ、儂も2人を後押ししたい。
ブルムヘル伯爵には、この話は内密にしよう。我が領地へ、令息を招待させたいと手紙を書くつもりだ」
「ブルムヘル伯爵様に偽りをつくのですか?
正直に話すのは、難しいのは分かりますよ。
もっと、他に上手く話せないでしょうか?」
「ニーナ、この話を誰が信じる?!
儂の頭が狂ったのかと、ブルムヘル伯爵に誤解されてしまう」
夫人は確かにと、ついコロコロ鈴を鳴らすように笑う。
妻の笑い顔に、夫は不満げな様子だった。
時おり、子供ぽい夫にある言葉を言って励した。にわとりがなく
「【嘘も方便】です。
嘘をつくことは、本当はよくありません。
相手や将来のことを考えて、物事を円滑に運ぶためには時とばあい許されますわ」
「お前は、儂を慰めてくれるのか。
言っている意味は、儂も理解できるぞ。
嘘も方便か、うむっ。
これでブルムヘル伯爵の息子が治れば、嘘もよいではないか」
夫婦は見つめ合って、あのプリムローズなら本当に治せるかもと希望を持つのである。
スクード公爵は、息子と恩人であるプリムローズのためにブルムヘル伯爵へ手紙を書くことにする。
公私ともども忙しい彼は、忘れないようにやれる事は後回しにしない。
「やれやれ、嘘をついて書くのは疲れるのう。
ふぅ~、大仕事を終えたみたいだ」
腕を伸ばしてベルを手にして、誰か来るまで鳴らし続けた。
やがて扉の外からパタパタと足音がしてくる。
数秒の間静まり扉がゆっくりと開けられると、着衣の乱れが見られない執事が現れた。
「公爵様、お待たせして申し訳ございません。
お呼びでしょうか?」
「すまぬが、これをブルムヘル伯爵に届けよ」
一礼して側に寄ると、公爵から手紙が渡された。
ブルムヘル伯爵の家名を、主人から初めて聞かされて無意識に眉を挙げてしまった。
「ハハハ、オスモが伯爵の息子と顔見知りになったそうだ。
これからは、お前も覚えておいてくれ」
「はい、ブルムヘル伯爵家でございますね。
お手紙は、私が自ら届けに参ります」
察しのいい彼は、これからブルムヘル伯爵とは特別な関係を結ぶと勘づいた。
また部屋の中で一人になると、机上にはやらねばならぬ書類が山積みであった。
スクードはため息混じりに、先ずは至急の書簡から目を通すのである。
5人は各自、用意された馬に跨がった。
ロッタたちが騎乗していた馬は、プリムローズがゲラン侯爵ウィリアムに頼んで貸しだされたものである。
「プリムローズ嬢、聞いてくれないか。
ここに来る前に、ライラから一緒に行きたいとゴネられてしまった。
ダメだと言い聞かせ、納得させるのが一苦労だったよ」
スクード公爵嫡男は、婚約者ヘーディン侯爵令嬢に霹靂として出発前から疲労の色が顔に表れていた。
「それって、オスモ様の愚痴ですか。
何でもかんでも、ライラ様に話すからいけないのです。
私にも行きたいと仰ってきて、断るのが大変でしたのよ。
野宿し狩りをしたりするので、動物を解体出来るかとお訊きしました。
そうしたら、フフフ…。
急に顔を青くされて、倒れかけていましたわ」
とても貴族令嬢らしかぬ内容を、サラッと迷うことなく言い切った。
「動物の解体は、ライラには衝撃だっただろう。
それで、大人しくなってくれたのか。
機転を利かせた【嘘も方便】で、助かったありがとう」
「【嘘も方便】ではありません。
食べるものなかったら、現地で調達するから、嘘じゃないよ」
うげぇと吐きそうな顔のオスモは、平然としているプリムローズと自分の婚約者とを比べた。
『貴族の令嬢とは思えん。
私でさえ、魚を捌いたことはあるくらいだ。
話からすると、もしや動物解体して食べたのか!?』
気色悪いものでも見ているように、じろじろとオスモに見られ気分が悪くなる。
「婚約者に強く言えなくて、適当に濁していたのでしょう。
オスモ様、将来ライラ様と暮らすようになったら苦労しますよ」
プリムローズに追い詰められて、周りからしたらオスモが強く言われて押されていた。
「クラレンス公爵令嬢、そのくらいにされたらどうだい。
到着したら、オスモ殿が真っ先に泉の水を飲んだほうが良いかもしれませんね」
「話すとは申してませんでしたが、ブルムヘル伯爵令息に話されたのですか?!」
カルヴィ様の知ったような話ぶりに、プリムローズは驚き聞き返した。
泉の効能がバレて飲んでも、効目がなくなるのを恐れていた。
「ゴホン、ここで長話している時間が惜しい。
そろそろ、目的地の森を目指すことにしよう」
ロッタが先導する声に、プリムローズたちは気がついて我に戻る。
手綱で馬に合図して、早朝の日差しを浴びて走り出すのである。
走り出して太陽が真上になった時、先頭を走るプリムローズが右手を挙げて止まれらしき合図してきた。
「ねえねえ、みなさん~!
ちょっと、あそこら辺で休みませんか。
馬たちにも、休息を与えないとバテてしまう」
道は彼女しか知らないので、他の者たちは素直指示に従う。
「あのう、プリムローズ嬢。
方向音痴だと、風の噂で伺っている。
失礼な言い方だが、道案内は大丈夫なのか?」
公爵の息子オスモは、そう告げながら草むらに腰を下ろした。
ゴクリと唾を飲み込む音が、プリムローズの耳にまで聞こえた。
「誰に聞いたか知りませんけど。
案内人は、私だけではありませんから…。
この愛馬ヴァンブランと、上空にはピーちゃんたちがおります。
ご安心くださいませ」
馬や鷹に頼って向かっているのを知り、4人は白い鷹を心もとなげに見る。
「案外、野生の勘は優れています。
しかし、どんな病も治る泉があるって本当なのか?」
カルヴィは半信半疑で向かっているが、自分のために行動してくれている友人たちに心から感謝している。
それでも、いつか行ってみたいと思い続けていた。
あの伝説の黒い森に行けるのだ。
彼にとっては、心が踊るほどの冒険である。
「その昔、精霊がいて人間同士の争いを戒めた場所なんだよ。
他国から我がヘイズを救ったと、今でも語り繋いでいる」
「素敵なお話なんです。
ヘイズでは、子供用に絵本にもなっています」
「ジャンヌ様、絵本の題名はなんというのですか?」
他国出身の彼女が、その絵本の話題に飛びついてくる。
女性陣は話が盛り上がっていたが、休憩は終わりだとオスモが遮る。
「題名は、「光と闇が剣を捧げる」だよ。
さぁ、そろそろ行こう」
ヴァンブランの手綱を手にして、光と闇が戦う話かと想像する。
『うーん、なんか格好いい題名ね。
けれども、闇が私のご先祖様に当たるのよね。
ふ・く・ざ・つ、ですわ』
悪者になってしまうと聞いては、ちょっと嫌な感じになる。
戦記物は、善悪がハッキリ線引きされているからなぁと納得する。
「では、ミュルクヴィズへ参ろうか!」
「「「「おーっ!!」」」」
プリムローズの掛け声に、4人は勇ましく返事して馬に飛び乗るとまた疾走させる。
騎士の道を目指す者たちは、古の戦場にワクワクしていた。
日が傾き暮れる前に、泊まる予定の宿に無事に辿り着く。
「宿屋の場所まで、調べてくれて助かったよ」
スクード公爵令息オスモから褒められて、プリムローズはつい恥ずかしそうにする。
「オスモ様にお礼を言われて、なんか背中が痒くなりそう。
国中を仕事で旅している知り合いに、この件で宿屋を相談しましたの」
素直でない彼女は、たすき掛けにして体に巻き付けてあった筒を外した。
そして、中から地図を取り出して見せる。
「ヘイズ商人がお勧めする。
これが、飯が旨い格安宿屋の地図でーす!」
「なかなか、詳しく書いてくれている。
別紙には、食事の内容まであるぞ」
「旅慣れしている商人なら、宿は詳しいでもの」
カルヴィとジャンヌが、プリムローズが広げた地図を覗き込む。
「この宿は、新鮮な鶏肉が入ったスープが美味しいそうだよ!
どのような味付けをしているんだろう。
う~ん、楽しみだな」
行儀悪く唇を舌で舐めまわすロッタが、こう話していると宿の向こうから鶏の鳴き声がする。
「コケコッコー~!」
タイミングよすぎて苦笑いしながら、宿屋の明かりに吸い込まれるように中へ入って行った。
「お客様、申し訳ございません。
本日は満室になっております」
「おやまあ、そうなの。
これでも、貴方は満室とおっしゃるの!?」
いやらしい笑みを浮かべたプリムローズは、懐から一通の封筒を亭主の目前にチラつかせた。
「……、中身を確認させて頂きます。
タルモ・コルホネン様の手紙と部屋の許可証。
これは、大変失礼致しました」
「私たちを宿に泊めてくれる」
「言うまでもございません。
お部屋は2部屋で、男女別で宜しいでしょうか?」
「それでいいわ。
じゃあ、部屋を案内してくださいな」
亭主の態度が変わりすぎて、プリムローズ以外の4人はなんだあれと若干引きぎみになってしまう。
彼女は最初からこうなるのを分かっていて、亭主をあんなに焦らしていたのか。
最初から言えばいいのに、4人は同時にこう思う。
彼女は気まぐれな性格で、いささか問題があるようだ。
夕食は、宿自慢のよく煮込んだ鶏肉のスープが出された。
外で聞こえてしまった鶏の鳴き声を思うと、ちょっと罪悪感を感じてしまう。
「おっ!こりゃあ、見た目だけで旨そうだ」
「でも、鳴き声を聞いてしまったら複雑な気持ちになるわ」
「ジャンヌ様、気にしてはこれから何も口にできなくなるよ。
散々、いままで食べてきたくせにー。
オスモ様だって、普通に食べられますよね」
ロッタ、ジャンヌ、プリムローズ。
3人の性格をよく表している会話に、男たちは黙って聞いていた。
いきなり名前を呼ばれて、鶏肉入りスープを途中で飲むのを止めた。
「うん、生きているものを生きるために口にする。
すべてのものに、私たちは感謝しなくてはならない」
彼の話を聞いていたその他は、そうだなと賛同して頷き合う。
ただのボンボンの息子だと思っていたが、自身で生徒会長だと言うだけあって弁が立つようだ。
「スクード公爵令息、その言葉に共感する。
食べる前に、料理に感謝しようではないか」
カルヴィも食材や作ってくれた人へ、感謝の祈りをしてからにしようと皆を誘う。
料理が冷める前に、目を閉じ祈りを捧げる。
じっくりと時間をかけて煮込まれた鶏肉入りスープは、プリムローズたちの腹を満たし心を潤した。
食事後、汗を湯で洗い流すと倒れるようにベッドで横になる。
5人は時を同じくして、いつしか深い眠りへと落ちていく。
初日は、こうして夢の中で過ぎていった。
主人の仕事の疲れを癒せるように夫人ニーナは、テーブルの上には食べやすいように一口サイズにしたお菓子を並べる。
そんな妻の心づもりを感じて、彼はますます愛さずにはいられない。
スクード公爵家の夫婦仲は、仲のむつまじく仕えている者たちに落ち着きを与えていた。
しかし、今朝届いた2通の手紙から怪しくなるのである。
息子オスモとクラレンス公爵令嬢プリムローズから、同時に便りが手元に届き目を通している。
貰った手紙をひと通り読み終えると、ヘイズの重鎮スクード公爵は困った表情を浮かべて独り言を言ってきた。
「あの二人は、いったい何をする気なんじゃあ?」
「旦那様、どうかしたのですか?
オスモの手紙に、何が書かれていましたか。
寮生活で、便りを寄越すのは初めてではないかしら!?」
手紙など書かなくとも、急用があれば馬車で会いに来れるくらい近い場所にスクード公爵の屋敷は構えている。
どうして、こんなワザワザまどろっこしい事をしたのか。
そんな息子に公爵夫人ニーナは、怪訝な顔で夫の様子を見守っていた。
「ニーナ、手紙はオスモだけではないのだ。
クラレンス公爵令嬢からも、同じ頼みで儂に手紙を送ってきた」
「プリムローズ嬢からもですか!?」
刺繍の手を止めてニーナは、プリムローズが関わっているのを危惧する。
いい子なんだけど、彼女は面倒を引き寄せてしまう不思議な力があるように思うのだ。
「オレフ、嫌な予感がします。
彼女が悪いわけではありませんが…。
厄介事に息子が巻き込まれてしまう。
そんな予感がするの」
あの強烈な個性の塊を祖父母に持つ孫娘は、幼いながらもニーナには末恐ろしいさを感じさせていた。
これ以上の人物に化けるのではないかとー。
「はぁ~、ニーナ。
じつは、儂もおまえと同じ事を考えておったのじゃ~」
手紙の中には黒い森にある不思議な力を持つ泉に行って、最近知り合いになったブルムヘル伯爵令息の足を治したいと書かれている。
「友を助けるのは、良い心がけだと思っておる。
だからこそ、儂も2人を後押ししたい。
ブルムヘル伯爵には、この話は内密にしよう。我が領地へ、令息を招待させたいと手紙を書くつもりだ」
「ブルムヘル伯爵様に偽りをつくのですか?
正直に話すのは、難しいのは分かりますよ。
もっと、他に上手く話せないでしょうか?」
「ニーナ、この話を誰が信じる?!
儂の頭が狂ったのかと、ブルムヘル伯爵に誤解されてしまう」
夫人は確かにと、ついコロコロ鈴を鳴らすように笑う。
妻の笑い顔に、夫は不満げな様子だった。
時おり、子供ぽい夫にある言葉を言って励した。にわとりがなく
「【嘘も方便】です。
嘘をつくことは、本当はよくありません。
相手や将来のことを考えて、物事を円滑に運ぶためには時とばあい許されますわ」
「お前は、儂を慰めてくれるのか。
言っている意味は、儂も理解できるぞ。
嘘も方便か、うむっ。
これでブルムヘル伯爵の息子が治れば、嘘もよいではないか」
夫婦は見つめ合って、あのプリムローズなら本当に治せるかもと希望を持つのである。
スクード公爵は、息子と恩人であるプリムローズのためにブルムヘル伯爵へ手紙を書くことにする。
公私ともども忙しい彼は、忘れないようにやれる事は後回しにしない。
「やれやれ、嘘をついて書くのは疲れるのう。
ふぅ~、大仕事を終えたみたいだ」
腕を伸ばしてベルを手にして、誰か来るまで鳴らし続けた。
やがて扉の外からパタパタと足音がしてくる。
数秒の間静まり扉がゆっくりと開けられると、着衣の乱れが見られない執事が現れた。
「公爵様、お待たせして申し訳ございません。
お呼びでしょうか?」
「すまぬが、これをブルムヘル伯爵に届けよ」
一礼して側に寄ると、公爵から手紙が渡された。
ブルムヘル伯爵の家名を、主人から初めて聞かされて無意識に眉を挙げてしまった。
「ハハハ、オスモが伯爵の息子と顔見知りになったそうだ。
これからは、お前も覚えておいてくれ」
「はい、ブルムヘル伯爵家でございますね。
お手紙は、私が自ら届けに参ります」
察しのいい彼は、これからブルムヘル伯爵とは特別な関係を結ぶと勘づいた。
また部屋の中で一人になると、机上にはやらねばならぬ書類が山積みであった。
スクードはため息混じりに、先ずは至急の書簡から目を通すのである。
5人は各自、用意された馬に跨がった。
ロッタたちが騎乗していた馬は、プリムローズがゲラン侯爵ウィリアムに頼んで貸しだされたものである。
「プリムローズ嬢、聞いてくれないか。
ここに来る前に、ライラから一緒に行きたいとゴネられてしまった。
ダメだと言い聞かせ、納得させるのが一苦労だったよ」
スクード公爵嫡男は、婚約者ヘーディン侯爵令嬢に霹靂として出発前から疲労の色が顔に表れていた。
「それって、オスモ様の愚痴ですか。
何でもかんでも、ライラ様に話すからいけないのです。
私にも行きたいと仰ってきて、断るのが大変でしたのよ。
野宿し狩りをしたりするので、動物を解体出来るかとお訊きしました。
そうしたら、フフフ…。
急に顔を青くされて、倒れかけていましたわ」
とても貴族令嬢らしかぬ内容を、サラッと迷うことなく言い切った。
「動物の解体は、ライラには衝撃だっただろう。
それで、大人しくなってくれたのか。
機転を利かせた【嘘も方便】で、助かったありがとう」
「【嘘も方便】ではありません。
食べるものなかったら、現地で調達するから、嘘じゃないよ」
うげぇと吐きそうな顔のオスモは、平然としているプリムローズと自分の婚約者とを比べた。
『貴族の令嬢とは思えん。
私でさえ、魚を捌いたことはあるくらいだ。
話からすると、もしや動物解体して食べたのか!?』
気色悪いものでも見ているように、じろじろとオスモに見られ気分が悪くなる。
「婚約者に強く言えなくて、適当に濁していたのでしょう。
オスモ様、将来ライラ様と暮らすようになったら苦労しますよ」
プリムローズに追い詰められて、周りからしたらオスモが強く言われて押されていた。
「クラレンス公爵令嬢、そのくらいにされたらどうだい。
到着したら、オスモ殿が真っ先に泉の水を飲んだほうが良いかもしれませんね」
「話すとは申してませんでしたが、ブルムヘル伯爵令息に話されたのですか?!」
カルヴィ様の知ったような話ぶりに、プリムローズは驚き聞き返した。
泉の効能がバレて飲んでも、効目がなくなるのを恐れていた。
「ゴホン、ここで長話している時間が惜しい。
そろそろ、目的地の森を目指すことにしよう」
ロッタが先導する声に、プリムローズたちは気がついて我に戻る。
手綱で馬に合図して、早朝の日差しを浴びて走り出すのである。
走り出して太陽が真上になった時、先頭を走るプリムローズが右手を挙げて止まれらしき合図してきた。
「ねえねえ、みなさん~!
ちょっと、あそこら辺で休みませんか。
馬たちにも、休息を与えないとバテてしまう」
道は彼女しか知らないので、他の者たちは素直指示に従う。
「あのう、プリムローズ嬢。
方向音痴だと、風の噂で伺っている。
失礼な言い方だが、道案内は大丈夫なのか?」
公爵の息子オスモは、そう告げながら草むらに腰を下ろした。
ゴクリと唾を飲み込む音が、プリムローズの耳にまで聞こえた。
「誰に聞いたか知りませんけど。
案内人は、私だけではありませんから…。
この愛馬ヴァンブランと、上空にはピーちゃんたちがおります。
ご安心くださいませ」
馬や鷹に頼って向かっているのを知り、4人は白い鷹を心もとなげに見る。
「案外、野生の勘は優れています。
しかし、どんな病も治る泉があるって本当なのか?」
カルヴィは半信半疑で向かっているが、自分のために行動してくれている友人たちに心から感謝している。
それでも、いつか行ってみたいと思い続けていた。
あの伝説の黒い森に行けるのだ。
彼にとっては、心が踊るほどの冒険である。
「その昔、精霊がいて人間同士の争いを戒めた場所なんだよ。
他国から我がヘイズを救ったと、今でも語り繋いでいる」
「素敵なお話なんです。
ヘイズでは、子供用に絵本にもなっています」
「ジャンヌ様、絵本の題名はなんというのですか?」
他国出身の彼女が、その絵本の話題に飛びついてくる。
女性陣は話が盛り上がっていたが、休憩は終わりだとオスモが遮る。
「題名は、「光と闇が剣を捧げる」だよ。
さぁ、そろそろ行こう」
ヴァンブランの手綱を手にして、光と闇が戦う話かと想像する。
『うーん、なんか格好いい題名ね。
けれども、闇が私のご先祖様に当たるのよね。
ふ・く・ざ・つ、ですわ』
悪者になってしまうと聞いては、ちょっと嫌な感じになる。
戦記物は、善悪がハッキリ線引きされているからなぁと納得する。
「では、ミュルクヴィズへ参ろうか!」
「「「「おーっ!!」」」」
プリムローズの掛け声に、4人は勇ましく返事して馬に飛び乗るとまた疾走させる。
騎士の道を目指す者たちは、古の戦場にワクワクしていた。
日が傾き暮れる前に、泊まる予定の宿に無事に辿り着く。
「宿屋の場所まで、調べてくれて助かったよ」
スクード公爵令息オスモから褒められて、プリムローズはつい恥ずかしそうにする。
「オスモ様にお礼を言われて、なんか背中が痒くなりそう。
国中を仕事で旅している知り合いに、この件で宿屋を相談しましたの」
素直でない彼女は、たすき掛けにして体に巻き付けてあった筒を外した。
そして、中から地図を取り出して見せる。
「ヘイズ商人がお勧めする。
これが、飯が旨い格安宿屋の地図でーす!」
「なかなか、詳しく書いてくれている。
別紙には、食事の内容まであるぞ」
「旅慣れしている商人なら、宿は詳しいでもの」
カルヴィとジャンヌが、プリムローズが広げた地図を覗き込む。
「この宿は、新鮮な鶏肉が入ったスープが美味しいそうだよ!
どのような味付けをしているんだろう。
う~ん、楽しみだな」
行儀悪く唇を舌で舐めまわすロッタが、こう話していると宿の向こうから鶏の鳴き声がする。
「コケコッコー~!」
タイミングよすぎて苦笑いしながら、宿屋の明かりに吸い込まれるように中へ入って行った。
「お客様、申し訳ございません。
本日は満室になっております」
「おやまあ、そうなの。
これでも、貴方は満室とおっしゃるの!?」
いやらしい笑みを浮かべたプリムローズは、懐から一通の封筒を亭主の目前にチラつかせた。
「……、中身を確認させて頂きます。
タルモ・コルホネン様の手紙と部屋の許可証。
これは、大変失礼致しました」
「私たちを宿に泊めてくれる」
「言うまでもございません。
お部屋は2部屋で、男女別で宜しいでしょうか?」
「それでいいわ。
じゃあ、部屋を案内してくださいな」
亭主の態度が変わりすぎて、プリムローズ以外の4人はなんだあれと若干引きぎみになってしまう。
彼女は最初からこうなるのを分かっていて、亭主をあんなに焦らしていたのか。
最初から言えばいいのに、4人は同時にこう思う。
彼女は気まぐれな性格で、いささか問題があるようだ。
夕食は、宿自慢のよく煮込んだ鶏肉のスープが出された。
外で聞こえてしまった鶏の鳴き声を思うと、ちょっと罪悪感を感じてしまう。
「おっ!こりゃあ、見た目だけで旨そうだ」
「でも、鳴き声を聞いてしまったら複雑な気持ちになるわ」
「ジャンヌ様、気にしてはこれから何も口にできなくなるよ。
散々、いままで食べてきたくせにー。
オスモ様だって、普通に食べられますよね」
ロッタ、ジャンヌ、プリムローズ。
3人の性格をよく表している会話に、男たちは黙って聞いていた。
いきなり名前を呼ばれて、鶏肉入りスープを途中で飲むのを止めた。
「うん、生きているものを生きるために口にする。
すべてのものに、私たちは感謝しなくてはならない」
彼の話を聞いていたその他は、そうだなと賛同して頷き合う。
ただのボンボンの息子だと思っていたが、自身で生徒会長だと言うだけあって弁が立つようだ。
「スクード公爵令息、その言葉に共感する。
食べる前に、料理に感謝しようではないか」
カルヴィも食材や作ってくれた人へ、感謝の祈りをしてからにしようと皆を誘う。
料理が冷める前に、目を閉じ祈りを捧げる。
じっくりと時間をかけて煮込まれた鶏肉入りスープは、プリムローズたちの腹を満たし心を潤した。
食事後、汗を湯で洗い流すと倒れるようにベッドで横になる。
5人は時を同じくして、いつしか深い眠りへと落ちていく。
初日は、こうして夢の中で過ぎていった。
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