無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! ーヘイズ留学 過去から未来編ー

愚者 (フール)

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第4章 騎士道を学べ

第16話 馬が合う

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   草木の葉が風に吹かれ揺れ、静かな空間に重なりあう音がする。
そんな静寂な森の中で、空気すら引き裂く若い男の声。

「どうして、ここに人がー。
うん?人とは、どうやら違うようだ。
くう……、くっーくーくく……」

プリムローズを介抱していて、カルヴィの変化に誰も気づかなかった。
震え声で変な声を出していたカルヴィに、ロッタが小走りに近づく。

「どうかされたのか。
ブルムヘル伯爵令息、顔色が良くない。
具合が悪くなったのか?」

「コートン子爵令嬢か!
こちらに来るな!
そこから、静かにあちらを見てくれ!」

さんざん大声で騒いでいるのに、何を言っているのやらとカルヴィの言葉を聞いていた。
彼の震える指先が、ブルブル震えてぶれて見える。
ロッタは顔を向けて、こちらへ歩いてくる物体を見定めようとしていた。

「なんだろう?
人が歩いて来ている。
森に人が住んでいたのか。 
ん?違う、あれはー」

小さくうごめくものが、徐々に明確になってくる。
ロッタは思っていたことを、素直に言葉にして叫んだ。
カルヴィが続けて声を張り上げて、ロッタの腕を掴んでぐいぐい引っ張りながら逃げる。

「熊、熊が近くいる!
みんな、熊から離れろ」

「急げ、早く近くの木に登るんだ」

カルヴィとロッタは共に走り、3人に大声で指示する。
いきなり逃げろと言われても、素直に反応出来るわけはない。

「熊ですって?!
いきなり木に登れって、どうしたらいいのよ」

「木を探すより死んだふりした方が、よっぽど生存率高いんじゃないか」

必死にこちらへ走ってくるロッタたちの姿を目の当たりにして、ジャンヌは動揺して聞き返している。
この場を落ち着かせ冷静にさせようと、オスモがもっともらしいことを言う。

『こんな場所に熊が!?でも、なんか引っ掛かるわ。
クマ、クマっていえば…』

ほぼ一年前に遡る記憶。
ある日、黒い森の中で熊とプリムローズは出会った。

『空気がほんわかしている。
私たちに、この熊は危害を与えないと思う』

逃げる者たちを無視して、熊のいる危険な方向へ走り出す。

「プリムローズ嬢、そちらに行ってはダメよ!」

「バカ、なにしているんだ!
そっちじゃない!」

ジャンヌ、オスモはプリムローズの無謀な行為を止めようとする。

『ああー、間に合わない。
もう、助けようがない』

怖くてプリムローズを見ていられなくなり、4人は同時に目を瞑ってしまうのだ。

「熊ちゃん~!!」

「クワッ!クーウ~ン」

熊の声が聞こえるとパッと瞼を開いて、恐怖の光景を全員が目にした。

「プリムローズ嬢、近寄ってはならん!
今すぐ、熊から離れろ」

剣を手に取りオスモは、彼女を助けようと身構える。
しかし、シッカリと抱き合う熊と彼女がそこにいた。

「待って!
どう見てもあれはー。
喜びあっている様に、私には見えるんですけど…」

「それより増えている。
体格からして、メスっぽいな」

ジャンヌとロッタは、腰の剣をさわり話し合っていた。
プリムローズの顔を、熊が舌でなめ回したりしていた。
相手に対して、強い愛情を示している。

「みんなー、聞いて聞いて!
熊ちゃんとお嫁ちゃんが、道案内してくれるってさぁ」

右手を挙げ大きく振って、熊たちは危険がないよと付け加えている。

「どうやって、熊たちと意志疎通いしそつうしているんだ?」

「クマ語は、人間が理解するのが不可能だ。
気持ちと野生の勘で、心が通じ合っているんだろう」

だが、野生の動物は突然気性が荒くなるかもしれない。
カルヴィとオスモは話していても、剣を腰に付けたまま緊張感を保つ。

「人を襲う熊と、熊に襲われる少女の図しか見えない。
巨大な熊に抱きつかれても、押し潰されないでいるな」

「日々の成果で、体幹を鍛えぬかれているからね。
彼女は細そうに見えるけど、腹筋とか筋肉が良質そうですもの」

一緒にお風呂に入っている彼女たちは、同じ釜の飯を食べる裸の仲。
この可愛いやり取りに、女性たちは悶絶していた。
しかし、公爵令嬢と熊の奇妙な関係を知りたがっていた。
ジャンヌとロッタは、怖さがあるが近寄りたくてウズウズしてしまう。

    
    プリムローズたちは、熊たちの後ろをひたすらついて行く。
見覚えのある景観が広がり、彼女が話した通り黄金の剣が光輝いていた。

「あれが、クラレンス公爵令嬢が話してくれていた黄金の剣か。
太陽の陽を浴びて、眩しいくらい輝いている」

「そうだな。
遠目からみても、素晴らしい剣だと分かる。
父上に差し上げたら、大喜びするだろうな」

父スクード公爵が、嬉しそうに黄金の剣を手入れしている。
こんな姿が、頭の中に浮かび上がる。

『こっそり、これを持ち帰れないだろうか』

「オスモ殿、どうされましたか?
さぁ、私たちも参りましょう」

ブルムヘル伯爵令息カルヴィの呼び掛けに、悪事を働く前に人としての理性が甦る。

「ありがとう。
君は命の恩人だ!」

「大袈裟ですよ。
熊の件を言っているのですか」

『カルヴィ殿から、声をかけてくれて救われた。
そんなことをしてバレたら、ボコボコにされ森の中に捨てられるところだった』

黄金の剣を盗んでしまって、プリムローズ嬢に知られてしまったらー。
スクード公爵だけでなく、一族全員がギロチン行きになるところだった。
前を歩いているカルヴィの背中を追い、自分の愚かさは洒落にならないと考える。

「ここ、ここよ!
この洞窟の中に、長寿ちょうじゅの泉があるの」
 
入口の穴は広がっていて、洞窟の中が深いようだ。
熊たちとプリムローズは、躊躇なくズンズン奥へ歩く。

「彼女を信じているが、この中へ入るのは怖じ気づくな」

「ブルムヘル伯爵令息とスクード公爵令息は、私たちの後から来てください」

「コートン子爵令嬢。
それは、ちょっと……。
私のためなんだし、君たちこそ私の後から来てくれ。
安全が分かるまでは、洞窟の外で待ってくれてもいいよ」

伯爵令息の彼から先に言われ、否定できない公爵令息オスモの立場。

「カルヴィ殿、偶然だな。
私も同じことを、いま言おうと思っていたんだ」

彼の右肩をポンポンと叩き、彼女らに余裕の笑みでこう言ってしまった。

『なに偉そうに、自分から言っているんだ?!
本当は洞窟に入りたくない。
彼だけ中に入って、水を飲めばいいじゃないか』
  
身分が高さの矜持が邪魔し、公爵令息オスモはカッコつけてしまう。
外でこんな風になっているのを知らないプリムローズは、泉の近くで箱から何かを出して熊たちに渡す。

「うふふ……。
熊ちゃんたちは、お行儀いいのよねぇ~」

「「クウゥ~!!」」

器用に爪でカップの取っ手を持ち、泉の水をすくって飲み始める。

「たしかに、上品だな。
野生の動物では、普通は見られない」

「ブルムヘル伯爵令息!
さあさあ、泉の水を飲んでみてください」

カップに水を汲んで手に持ち、彼の前にぐいっと前に出してくる。

「あ……、うーん。
そう……、そうだね」

用心深い性格なのか。
手にしたが警戒して、なかなか口をつけて飲もうとしない。

「毒など入っておりませんわ。
ほら、熊ちゃんたちも飲んでますでしょう?!」

プッはぁ~って、耳元へ聞こえてきそうな見事な飲みっぷり。
つぶらな瞳と紫の目でガンをつけられ、カップを握る手と指に力が入る。

「美味しそうに、飲んでいるね。
大丈夫そうだ。
飲んでみようかなぁ?
うん、飲んでみるよ」

覚悟したカルヴィは、ごくごくとのどを鳴らし飲みす。
不思議な感覚になっていた。

『ええ。なんだろうか。
体内に流れていくのを感じると、体が軽くなるようだ。
元気が出てきて、活力かつりょくが沸いてくる』

「どんな感じですか?
体になにか変化ありますか!?」

ロッタは心配そうに視線を向けて、心配そうに問いかける。

「コートン子爵令嬢。
飲んだ瞬間に体が軽くなって、疲労があっという間にとれた気がしたよ」

「あの……、足の具合はどうですか?」

古傷の左足を触ると、痛みは感じない。
だが、治った自覚もない。

「軽く動かしてみたけど、足に力を入れてみないと分からないな」

「それなら、外で軽く手合わせしてみないか?
足の具合がどうか分かるだろう」

オスモはカルヴィを誘って、洞窟の外へ出て行こうとする。
熊たちも彼らと一緒に、外へ向かってトコトコ歩いて行く。
ロッタは不安げな顔で、彼らの後ろ姿を目で追っていた。
そんな友にジャンヌは、プリムローズが用意してくれているカップを見て話しかける。

「私たちも泉の水を飲みましょうよ。
カルヴィ様は、体調は悪くはないって話していたでしょう」

「そうだけど、足の具合が気になる。
半信半疑で来たけど、結構私の中で期待が大きくてさ。
治らなかったらと思うとー」

ジャンヌとロッタは、水がこんこんと涌き続ける泉の水面が洞窟の壁に反射する。
神秘的に美しいと、ふたりは暫し心を休めた。
そして、揺れ動く光を眺めていた。

「はいはい、お二人も早く飲んでみてよ!」

泉の淵に手を置いて、カップに澄んだ水を満たす。
同時に二人は、口につけて喉へ流し込んだ。

「美味しかった。
なんだか、水が甘く感じる」

「えっ、そう!?
スッキリした味わいだったわよ」

やはり、人それぞれ味覚みかくが違うみたい。
おそらくは、自分の好きな味を水に感じてるんだ。

「プリムローズ嬢、その熊さんたちともお友達ですか?!」

ジャンヌの愉快ゆかいそうに問いかけに、熊たちは目を合わせてから返事する。

「あちらはどう思っているかは知りませんけど、私は友達だと思っております。
【馬が合う】じゃあなくって、
そうそう【熊が合う】ですね」

「フフフ、似ている。
うまにくま、たった一文字しか違っていない」

「冗談みたいに言っているが、意味はこんな感じかな。
互いに気持ちがよく合って、相性がいいってことだろう」

「よくご存知で、ロッタ先輩。熊ちゃんの声色で想像して、目を合わせるとなんとなく通じるの。
熊ちゃんたちも、私と同じ考えだと嬉しいわ」

互いに理解しようと、努力し成り立っている。
プリムローズと熊たちを見ていて、そうだったのかと納得できた。

会話している途中で、打ち合うような力強い音がする。
オスモとカルヴィが剣術の稽古を始めたようで、洞窟の中で反響はんきょうして聞こえてきた。

「私たちも洞窟から出て、泉の効能が効いているか。
そろそろ、行きましょう。
本人に伺ってみないとね」

「……、行こうか」

「打ち合う音がしているわ。
きっと、彼の足は治っているわ」

出るように促すと、先に出入り口へ向かう。
プリムローズが足が完治していると確信したのは、熊から逃げている走りを見たからだ。
あんなに走っていたら、古傷をかばうか痛さで立ち止まるはず。

『並んで走っていたのに、ロッタ先輩は気づかなかったのか。
熊ちゃんに襲われたと勘違いして、怖くて考えられなかったことにしよう』

あえて、プリムローズはこの事を教えないつもりでいた。
自分の発言で、ロッタとカルヴィの感動場面を台無になる。
それは無粋だと思うからだ。
昔の彼女からしたら、かなり成長している。
エテルネルの友人たちからしたら、信じられないほど大人の対応だった。

確信を胸に抱く、プリムローズ。
重大な審判が下される人のような、ロッタ。
そんな友を無言で寄り添う、ジャンヌ。

薄暗い洞窟から出ると、日差しが強く感じ顔をしかめる。
彼女らが目映いのは、太陽のせいだけじゃないようだった。





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