無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! ーヘイズ留学 過去から未来編ー

愚者 (フール)

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第4章 騎士道を学べ

第30話 惚れた病に薬なし

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    腹を空かした若い学生たちは、旺盛な食欲を満たそうと食べることに忙しい。
欲求が満たされたら、今度は友人達と語らい始めてよう。

プリムローズたちが会話を中断している時、隣から楽しげな会話が聞こえてきてしまった。

「なぁ、バザールにお前たちも行くだろう?!
俺、中古の剣を買おうと決めているんだ」

普段の彼女たちなら、気に止めない学生たちの団らんだった。 
しかし、男子学生たちの声は先生(上官)に返事でもする声で喋りだす。
すなわち、かなりの腹に力を込めて気合が入っていた。
大きな声で、自然に聞こえてしまうのだ。

「骨董を売る行商だろう。
お前、気を付けないと変なモノを掴まされるぞ」

友人想いの他の学生が忠告していたら、もう一人が不機嫌に反応してくる。
騎士を目指す者たちは、制約だらけの学園生活に精神的に疲れているのだろうか。
友人達との語らいでは、こうして緊張から解放されているようだ。

「なんだよ。
俺のことを言っているのか。
値引きしてくれたから買ってみれば、数回使っただけで折れてしまった」

「バカな奴、いいカモにされたんだ。
もうさぁ~、露店なんかでホイホイ買うなよ」

「てめえなんか、当たり屋に財布をスラられたくせによ!」

「ふざけんな、俺じゃない。
アニキ、だよ!
それも3年前の話だぞ」

仲間同士で殴り合いにでもなりそうなくらいに、過激な会話に熱くなっていった。

「いい加減にしろ」って、周りから仲裁が入ると落ち着きを取り戻すのだ。
驚かなくてもいい、これが軍学校では日常生活の一部。

わざわざバザールの話題を避けようとして、自分の家族の恥まで晒したのにムダになってしまったようだ。
喧嘩腰きなる男子学生たちを、プリムローズは恨めしそうに眺めていた。
彼らは冷たい視線に耐えられないようで、焦り足早に食堂から去っていく。

静かになった隣の空間をやれやれと見ていたジャンヌが、横顔を正面に戻して話しかけてきた。

「隣の学生たちが話されてましたが、週末にバザールが開催かいさいされます。
用事がなかったら、3人で出かけませんか!?」

いきなり誘われて動揺して、していた動作を止めてしまう。
入れたばかりのソーセージが、プリムローズの口から飛び出しそうになる。
頭の中と口内が、同時に混乱してしまう。

『アッ、危なかった。
肉の塊が、喉に引っ掛かりそうになった』

ひとり顔色を変えていたが、ジャンヌからしてみれば普通にバザールの誘いをしただけだ。
大きく見開く紫の瞳に写るのは、ジャンヌとロッタの楽しげな笑顔だけだった。
喋れないプリムローズだけが、必死に肉を噛ん砕いていた。

「バザールではなく、彼が目当てに会いに行きたいのだろう?
この警備には、憲兵隊けんぺいたい配属はいぞくされるからな」

分かりきっていたとはいえ、ロッタに指摘されて新たに思うプリムローズ。
すぐ曇りがちになる表情に、ふたりは気づいていない。

『彼が捕まる姿を、ジャンヌ様はわざわざ見に行くつもりなの。
可能性がないとは言えない。
どうやって、ジャンヌたちを行かせないようにするのか。
もう瞬時に思い浮かばない!』

そう頭の中で考えて、浮かんだ無難なことを言ってみる。

「人混みのせいで、もしも怪我けがでもしたらどうするの。
実技試験に影響がでるかもしれないわ。
バザールを行くのは、今回はやめたら如何ですか!?」

彼女の消極的な意見に、ロッタとジャンヌは口を動かして不満げな顔をみせた。

「どうしちゃったんだ。
毎日、こうしてランチセットを奪い合っているじゃないか。
こっちの方が、よっぽど危険だと思うぞ」

「横に座っていた男子学生たちが、スリに財布を盗まれたって話していたわ。
そんな場所へ行くのは、よくないと思います」

「ハハハ、王都は国の中心だ。
スリくらいは、何処にだって居るものさ」

「人が多くて込み合っていても、バザールは秩序いいですよ。
問題が起きても、憲兵隊が市民を守ってくれるわ」

「ふたり揃って笑って、危機感が無さすぎです!」

ジャンヌ様の好きな男のせいで、安心できないと知らせてあげたいが……。
これは何言っても、ムダだと説得を諦めた。

「やはり、ジャンヌは憲兵の彼に会いたんだ」

「しつこいわよ、ロッタ。
バザールを楽しんで、ついでに会えたらラッキーくらいよ。
あくまでも、ついでですからね」

「素直じゃないな。
まさに、【れたやまいに薬なし】だよ」

恋患こいわずらいは、病気のようなもの。
治す薬はなくて、他人にはどうしようもできない。
そんな意味でしたっけ、ロッタ先輩」

プリムローズは両腕を軽く広げて、ジャンヌに向けて片目を閉じてみせた。
口を尖られて不満を表す姿は、恥じらう恋する乙女。

「言葉は知っていたが、意味は知らなかった。
君は、かなり賢いな。
それよりもさぁ~。
美味しいものでも食べに行こう。
ジャンヌに付き合ってあげよう」

ロッタは言葉遣いからして、男装が似合っていて令嬢たちから人気があった。
そんな彼女にお願いされては、プリムローズもダメだと言いづらい。

「しょうがありませんね。
バザールへ行きましょう」

最悪なのは、ジャンヌ様の前で想い人御用ごようになったらと思うと…。
これを想像してみたら、急に食欲がなくなりそうだった。

「もう~、ロッタったら!
彼に惚れてません。
それに仕事中は、会ってもお喋りできないわ」

恋する乙女は真っ赤な顔で、親友の肩をビシバシ叩いていた。
この状況で、行かせないとは言えない。
せめて2人が鉢合はちあわせしないように、私がどうあってもここは頑張らなければ…。

「前から、訊きたかったんですがー。
憲兵の兄妹は、お名前は何と仰るのですか!?」

偽造兄妹の企みを手紙で書いていて、プリムローズはその時にはじめて知らなかったことに気づいた。
外見の特徴は細かくは書いたが、肝心な名前を知らなくてはあちらも困るだろう。

「……、それがね。
守秘義務があって、教えられないと言われてしまったの。
仲間内でも、あだ名や番号で呼びあっているんですって」

「治安を守る憲兵が、実名を明かさないの?
それって、おかしくありませんか?」

憲兵の立場で、隠れて悪いことをしているのだ。
ジャンヌたちに名乗って、顔と名前を覚えて欲しくないのかもしれない。

「変ではないだろう。
決まり事なら、無理に教えてくれって言えないだろう。
悪いやつらに覚えられてしまったら、逆に狙われてしまう危険性もある」

近衛入りを目指しているロッタは、任務遂行にはこれくらいは当然だとプリムローズを諭す。

「そうですがー。
ジャンヌ様だけでも教えてもいいと思います」

「プリムローズ嬢、いいのよ。
会えた時、話すだけで満足なの。
週末はバザールに出掛けて、気分転換して楽しみましょう」

健気なジャンヌにそう言われて、プリムローズは言葉をつまらせた。
もちろん行く予定だったけど、ジャンヌ様だけはバザールに行って欲しくない。
悲しませる事になりそうだから…。

「珍しい食べ物や品物が、国中のいたるところから集まってくる。
買ったものをその場で食べたり、食べ歩きもできるんだ」

「ロッタはお小遣いを貯めて、毎年楽しみにしているものね」

繰り広げられる青春の一幕のような会話に、声も出せない叫びをあげていた。

『うまく説得するには、どう納得させればいいの。
誰か教えて~~!!』

パニック一歩手前で、口から飛び出すのはヘンテコな言葉ばかり。

「不思議に外で食べると、なんでも美味しくなります。
ですが、衛生的には気になりませんか?」

「お上品な御令嬢は、市中で食べ歩きはしないよな。
しかし、泉に行った時は野宿で食べていたよね。どうしたんだい?」

「それなら、お腹壊さないようにすればいいじゃない。
先に予防のつもりで、煎じ薬を飲めば問題ないわ」

「えっ、薬??
あのう、そこまでしなくても」

真面目に心配されて、どうしたらいいか分からなくなる。
自分等と野宿した彼女が、今回はどうしてこんな不満を言うのか疑問だった。
交わされる会話が、口に出す度に変な流れになっていく。

『まずい、怪しまれてしまう』

ジャンヌとロッタに、無意味な矛盾だけを脳内に残してしまった。
バザールまでには、まだ数日時間が残っている。
部屋でじっくりと対策を考えようと、プリムローズは心を落ち着かせようとする。

『でも、ジャンヌ様に見せたくないわ。
……、あっ!
これ、いけるんじゃない』

ジャンヌには気の毒だが、こんな卑劣ひれつ手口てぐちを閃いてしまったのだ。
食事や飲み物に、寝込むくらいの薬でもってみよう。

「ごめんね。
ごめんなさい。
ジャンヌ様」

聞こえないように、声を出さずに唇だけ動かして謝罪した。
ヘイズ留学も、もうじき終わってしまう。
この国でバザールに行きたいのは、彼女が1番思い入れが深いかもしれない。

目的を達成するために、犠牲にしても突き進む。
自分勝手な考えだったのは分かっていたが、これしか方法が浮かばなかったからだ。
一人でこれを行うには、いささか不安を感じている。
彼女の短絡的な思考は、まだまだ未熟で成長途中であった。
望み通りに、ジャンヌを果たして悲しませないですむのだろうか。

外へ出た時、月が陰ったのは何かの暗示だったのかもしれない。




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