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霊山
8. 朝になって山を下りる (2日目)
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※芽芽視点に戻ります。
****************
シャン・シャラン・シャララン
リン・リリリン・リーン
カラン・コロン・ガラン
歩くたびに、リュックの大中小さまざまな鈴が鳴る。ミーシュカの心臓のガムラン音もする。
どれも繊細な音色だし、さほど五月蠅くはないよ……多分。フィオは好きって言ってくれてるし、魔除けだし。
草があまり生えていない砂場はフィオの寝床の一つだったらしく、魔導士たちに居所がバレてしまうので、太陽が昇ると同時に移動を開始した。
もしかしたら魔法ですぐに探索できるのかもしれない。不安要素はいくつもあるけど、じっと待機したって四面楚歌は変わらないもの。
朝焼けの空は青や桃や橙色の雲が幾重にもたなびいて、山には靄がうっすらとかかる。鳥の歌声が少しずつにぎやかになり、樹々の緑が夜の陰を落として太陽に身を任せる。
光と暖かさを引き連れ、辺りを包み込む朝日の美しさと壮大さに、私は思わず手を合わせて拝んでしまった。
≪どうか、フィオと私をお守りください。この結界から私たちを逃がしてください≫
フィオも横で、無器用な手先をなんとか合わせようと四苦八苦している。竜のやり方でいいんだよ、と労わると、知らないので真似したいのだそうだ。
今の私たちには、頼れそうなコネやお金や権力は一切ない。
フィオは竜なので多少の戦闘能力は見込めるかもしれないけど、死骸が気持ち悪くて草食になってしまった子を戦わせることは、極力避けたかった。
そもそも戦争に駆り出したくないのだから、フィオの能力は人間にバレないほうがいい。
ということで、残されたものは運しかないのだ。
どうやったらラッキーになれるのか、ミジンコも解らないのだけど、私は出会う樹々や岩、もしかしたらいるのかもしれない精霊、神々、考えられるありとあらゆるものに祈ることにした。
念話が出来るようになったのだ。ひょっとしたら見えない誰かが気紛れで手を差し伸べてくれるかもしれないじゃないか。
「うにょ!」
道の真ん中に艶々した青蛙を発見。緑色じゃなくて、濃い瑠璃色。
なんて可愛い! としゃがみ込むと、ぴょんぴょん跳ねていってしまう。でも少し先でまたこちらを待つかのように、じっと蹲っている。
これはさ、『ついて来い』ってことだよね? え、チガウ?
フィオと目配せして、蛙さんを驚かせないように、出来るだけ音を立てずに近づく。道を外れて落ち葉の上になるとちょっと難しい。
怖がらせたかな? と蛙さんを窺うと、またぴょんぴょんと跳ねて移動し、またじっと蹲る。私たちもそろりそろりと後をつける。
しばしこのパターンを繰り返していると、すぐ向こうに小さな泉が見えた。地面から清らかな水が滾々と湧き出ている。
お、ここで水の補充をしよう。
私は背負っていたリュックを濡らさないよう、フィオに持ってもらい、中から水筒を取り出す。
瑠璃蛙さんありがとう、と伝えるべく振り返ったら、もうどこにもいなかった。これは、あれだ。やはり見えないどなたかのお導きでせう。
あな、かたじけなし。
柏手を打って、しっかり手を合わせてから、お水を頂くことにした。フィオが直接口を付けて水分補給している横で、私も両手に掬って一口飲ませていただく。
山奥の湧水は何ともまろやかで、身体に染み渡る美味しさだった。
≪じゃあ、フィオのお母さんは、完全に闇夜になる日を基準として、人間はひと月って数えるって言ってたのね。
そいで、あの部屋にいた魔導士連中は徒党を組んで、毎月一度くらいの頻度で山に来るのね。手下は半月毎ってこと?≫
私たちは砂利道に戻り、下山を再開。いつになったら結界に到達するんだか。私のトロい歩みでは相当かかりそうだが、かの老子様も『千里之行、始於足下』とおっしゃたではないか。
千里の道は一歩から! それがどんなに小幅だろーが、沒問題!
≪そう。でも近づくとボクに攻撃されると思ってるから、みんな神殿の奥の出口からちょこっと顔出すだけ≫
『魔獣』という魔力を有する獣の死骸は、魔導士の下働きと思しき人物が運んできては、フィオの寝床の近くに放り出していくらしい。そして偉そうな魔導士たちが来るときまでに食べていないと、『調教』と称して痛めつけられるのだ。
フィオがしゅん、となってしまった。話題を少し逸らそう。
えーとつまりは、魔獣が狩るほどうじゃうじゃいるってこと? ふーん、竜がいたら寄ってこないんだ? 魔獣って凶暴なの? 可愛い? 仲良くなる道はない?
私は緑竜と歩きながら、思いつく質問をどんどんしていく。情報収集は大事。
フィオの母君が人間社会の仕組みに明るくて助かった。肝心の息子の名前を教えそこねてたけど。竜の大陸についての知識をロクに伝えてないみたいだけど。
≪神殿って、王様とグルなの? 王様も魔法使えるの? 竜騎士も魔導士とグル?≫
≪え……わかんない≫
フィオが母親に聞かされていたのは、この辺りの国々がどこも王制であること。
ふつうは王様を竜騎士と魔導士が守っていること。
この国はちょっと変わっていて、王様に加えて神殿という場所も竜騎士と魔導士が守っていること。
でも王宮や神殿にいる竜騎士と魔導士が、それぞれ仲間なのか、対立しているのかまではよく解らない。魔力は個人差があって、王様がどのくらい魔法を使えるのかもついぞ不明。
≪……少なくとも、魔力で一番の実力者が国を統治するって決まりではないのね。じゃあ竜騎士とか魔導士は? 実力主義? 縁故採用?≫
≪実力……かなぁ? 魔導士はすっごい強いよ。竜騎士は遠くから見たことしかないけど強そうだったよ。でも前に若い魔導士が、お年寄りの魔導士に『平民ごときが!』って怒ってた≫
どうやら魔導士は貴族が多いらしい。階級社会は面倒だわ。敵対派閥に逃げ込んでも、私が平民だというだけで忌避されるかもしれない。いや、その前に肌の色で差別されるかも。
長年の西洋社会暮らしで、階級差別や人種間トラブルは嫌というほど見聞きしている。『皆同じ人間なのだから』という正論がまったく通用しないこともよく知っている。
≪あ! 奴隷は?≫
≪ボクが生まれる前はたくさんいたけど、今はそんなにいないって聞いた≫
……てことは、ゼロじゃないんかい。
私、捕まったら奴隷にされる可能性も入れないといけないのね。ま、現代社会も形を変えた奴隷は、先進国にすら社畜やシープルとして大量に存在するから、ここも地球とさして変わりないか。
≪芽芽ちゃん、あのね≫
お、どーした?
≪奴隷には絶対ならないように気をつけてね≫
うん。そらそーだ。あったりめぇよ、と自分の胸元を軽く叩いて見せる。
フィオがあんまりにも儚げに微笑むものだから、奴隷になるくらいなら死を選ぶもん、と続けるのは遠慮した。
フィオと私はさらに山を下りていく。神聖な霊山は、登山道がそこそこ整備されていた。ただの砂利道だって、本来は細い獣道があるかないかの山中では非常にありがたい。
魔導士もロクに入ってこないのによく草が生い茂らないよね、と思ったら、各地方には何らかの古い魔力が残っている場所がちらほらあるらしい。植物に浸食されることのない道もその一つ。
だから『霊山』扱いなのかな、とフィオが自説を語ってくれた。不思議な世界だ。
ところどころ道が分岐していて、どっちに行ったらいいのか二人で迷っていると、いつの間にか紫色のアゲハ蝶が先導役を務めてくれるようになった。ひらひらひら、と私たちをまるで道案内するかのように、少し前をずっと飛んでいる。
優美な蝶々の後を追って、山の斜面に沿った緩いカーブを曲がる。
「ふへっ!?」
もうちょっと先が結界の張られている地点、というところで私たちは思わず立ち止まった。せっかくの紫アゲハさんも驚いたのか、横の木立に消えていってしまう。
≪えーと、コレ、ふつうによくあること?≫
≪は、はじめて! こんなのはじめて!≫
フィオが慌てて否定する。だよね、人間は霊山に入りたがらないんだもの。なんでこんな所に老人の死体が横たわっているのだ。しかも黒猫がその隣にじっと座ってる。
混乱したフィオと私は二人揃って、しばし首を傾げていた。
****************
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すでに押してくださった皆様、心より感謝いたします。
笑顔に満ちた実り多き日々となりますように。
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シャン・シャラン・シャララン
リン・リリリン・リーン
カラン・コロン・ガラン
歩くたびに、リュックの大中小さまざまな鈴が鳴る。ミーシュカの心臓のガムラン音もする。
どれも繊細な音色だし、さほど五月蠅くはないよ……多分。フィオは好きって言ってくれてるし、魔除けだし。
草があまり生えていない砂場はフィオの寝床の一つだったらしく、魔導士たちに居所がバレてしまうので、太陽が昇ると同時に移動を開始した。
もしかしたら魔法ですぐに探索できるのかもしれない。不安要素はいくつもあるけど、じっと待機したって四面楚歌は変わらないもの。
朝焼けの空は青や桃や橙色の雲が幾重にもたなびいて、山には靄がうっすらとかかる。鳥の歌声が少しずつにぎやかになり、樹々の緑が夜の陰を落として太陽に身を任せる。
光と暖かさを引き連れ、辺りを包み込む朝日の美しさと壮大さに、私は思わず手を合わせて拝んでしまった。
≪どうか、フィオと私をお守りください。この結界から私たちを逃がしてください≫
フィオも横で、無器用な手先をなんとか合わせようと四苦八苦している。竜のやり方でいいんだよ、と労わると、知らないので真似したいのだそうだ。
今の私たちには、頼れそうなコネやお金や権力は一切ない。
フィオは竜なので多少の戦闘能力は見込めるかもしれないけど、死骸が気持ち悪くて草食になってしまった子を戦わせることは、極力避けたかった。
そもそも戦争に駆り出したくないのだから、フィオの能力は人間にバレないほうがいい。
ということで、残されたものは運しかないのだ。
どうやったらラッキーになれるのか、ミジンコも解らないのだけど、私は出会う樹々や岩、もしかしたらいるのかもしれない精霊、神々、考えられるありとあらゆるものに祈ることにした。
念話が出来るようになったのだ。ひょっとしたら見えない誰かが気紛れで手を差し伸べてくれるかもしれないじゃないか。
「うにょ!」
道の真ん中に艶々した青蛙を発見。緑色じゃなくて、濃い瑠璃色。
なんて可愛い! としゃがみ込むと、ぴょんぴょん跳ねていってしまう。でも少し先でまたこちらを待つかのように、じっと蹲っている。
これはさ、『ついて来い』ってことだよね? え、チガウ?
フィオと目配せして、蛙さんを驚かせないように、出来るだけ音を立てずに近づく。道を外れて落ち葉の上になるとちょっと難しい。
怖がらせたかな? と蛙さんを窺うと、またぴょんぴょんと跳ねて移動し、またじっと蹲る。私たちもそろりそろりと後をつける。
しばしこのパターンを繰り返していると、すぐ向こうに小さな泉が見えた。地面から清らかな水が滾々と湧き出ている。
お、ここで水の補充をしよう。
私は背負っていたリュックを濡らさないよう、フィオに持ってもらい、中から水筒を取り出す。
瑠璃蛙さんありがとう、と伝えるべく振り返ったら、もうどこにもいなかった。これは、あれだ。やはり見えないどなたかのお導きでせう。
あな、かたじけなし。
柏手を打って、しっかり手を合わせてから、お水を頂くことにした。フィオが直接口を付けて水分補給している横で、私も両手に掬って一口飲ませていただく。
山奥の湧水は何ともまろやかで、身体に染み渡る美味しさだった。
≪じゃあ、フィオのお母さんは、完全に闇夜になる日を基準として、人間はひと月って数えるって言ってたのね。
そいで、あの部屋にいた魔導士連中は徒党を組んで、毎月一度くらいの頻度で山に来るのね。手下は半月毎ってこと?≫
私たちは砂利道に戻り、下山を再開。いつになったら結界に到達するんだか。私のトロい歩みでは相当かかりそうだが、かの老子様も『千里之行、始於足下』とおっしゃたではないか。
千里の道は一歩から! それがどんなに小幅だろーが、沒問題!
≪そう。でも近づくとボクに攻撃されると思ってるから、みんな神殿の奥の出口からちょこっと顔出すだけ≫
『魔獣』という魔力を有する獣の死骸は、魔導士の下働きと思しき人物が運んできては、フィオの寝床の近くに放り出していくらしい。そして偉そうな魔導士たちが来るときまでに食べていないと、『調教』と称して痛めつけられるのだ。
フィオがしゅん、となってしまった。話題を少し逸らそう。
えーとつまりは、魔獣が狩るほどうじゃうじゃいるってこと? ふーん、竜がいたら寄ってこないんだ? 魔獣って凶暴なの? 可愛い? 仲良くなる道はない?
私は緑竜と歩きながら、思いつく質問をどんどんしていく。情報収集は大事。
フィオの母君が人間社会の仕組みに明るくて助かった。肝心の息子の名前を教えそこねてたけど。竜の大陸についての知識をロクに伝えてないみたいだけど。
≪神殿って、王様とグルなの? 王様も魔法使えるの? 竜騎士も魔導士とグル?≫
≪え……わかんない≫
フィオが母親に聞かされていたのは、この辺りの国々がどこも王制であること。
ふつうは王様を竜騎士と魔導士が守っていること。
この国はちょっと変わっていて、王様に加えて神殿という場所も竜騎士と魔導士が守っていること。
でも王宮や神殿にいる竜騎士と魔導士が、それぞれ仲間なのか、対立しているのかまではよく解らない。魔力は個人差があって、王様がどのくらい魔法を使えるのかもついぞ不明。
≪……少なくとも、魔力で一番の実力者が国を統治するって決まりではないのね。じゃあ竜騎士とか魔導士は? 実力主義? 縁故採用?≫
≪実力……かなぁ? 魔導士はすっごい強いよ。竜騎士は遠くから見たことしかないけど強そうだったよ。でも前に若い魔導士が、お年寄りの魔導士に『平民ごときが!』って怒ってた≫
どうやら魔導士は貴族が多いらしい。階級社会は面倒だわ。敵対派閥に逃げ込んでも、私が平民だというだけで忌避されるかもしれない。いや、その前に肌の色で差別されるかも。
長年の西洋社会暮らしで、階級差別や人種間トラブルは嫌というほど見聞きしている。『皆同じ人間なのだから』という正論がまったく通用しないこともよく知っている。
≪あ! 奴隷は?≫
≪ボクが生まれる前はたくさんいたけど、今はそんなにいないって聞いた≫
……てことは、ゼロじゃないんかい。
私、捕まったら奴隷にされる可能性も入れないといけないのね。ま、現代社会も形を変えた奴隷は、先進国にすら社畜やシープルとして大量に存在するから、ここも地球とさして変わりないか。
≪芽芽ちゃん、あのね≫
お、どーした?
≪奴隷には絶対ならないように気をつけてね≫
うん。そらそーだ。あったりめぇよ、と自分の胸元を軽く叩いて見せる。
フィオがあんまりにも儚げに微笑むものだから、奴隷になるくらいなら死を選ぶもん、と続けるのは遠慮した。
フィオと私はさらに山を下りていく。神聖な霊山は、登山道がそこそこ整備されていた。ただの砂利道だって、本来は細い獣道があるかないかの山中では非常にありがたい。
魔導士もロクに入ってこないのによく草が生い茂らないよね、と思ったら、各地方には何らかの古い魔力が残っている場所がちらほらあるらしい。植物に浸食されることのない道もその一つ。
だから『霊山』扱いなのかな、とフィオが自説を語ってくれた。不思議な世界だ。
ところどころ道が分岐していて、どっちに行ったらいいのか二人で迷っていると、いつの間にか紫色のアゲハ蝶が先導役を務めてくれるようになった。ひらひらひら、と私たちをまるで道案内するかのように、少し前をずっと飛んでいる。
優美な蝶々の後を追って、山の斜面に沿った緩いカーブを曲がる。
「ふへっ!?」
もうちょっと先が結界の張られている地点、というところで私たちは思わず立ち止まった。せっかくの紫アゲハさんも驚いたのか、横の木立に消えていってしまう。
≪えーと、コレ、ふつうによくあること?≫
≪は、はじめて! こんなのはじめて!≫
フィオが慌てて否定する。だよね、人間は霊山に入りたがらないんだもの。なんでこんな所に老人の死体が横たわっているのだ。しかも黒猫がその隣にじっと座ってる。
混乱したフィオと私は二人揃って、しばし首を傾げていた。
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