15 / 123
霊山
9. 死体を説得する
しおりを挟む
恐る恐る近づいてみると、がっしりした北欧白人系の顔立ちや骨格をしている。でも肌は青黒く変色していた。
裾まで伸びた濃い紺色のローブが中世の修道僧みたい。フードとケープ付きで……神殿の魔導士と似たような形状だ。
服装で職業とか、どこのどんな団体に所属しているのか判るかもしれない。
と思ったのだけど、フィオに訊ねると項垂れてしまう。少なくとも神殿の魔導士の制服は全員が白一色らしい……洗濯、大変だな。
靴はくるぶしの上までを革で覆ったモカシンのようなもの。足底部分も厚手の革だった。ゴム底は存在しないのかな……私の地球製登山靴、もしかして要注意?
傍らで微動だにしない黒い猫は、彼が飼っていたのだろうか。私たちが周りを歩いているのに目線すら向けない。鳴きもしないから、リアルなお人形かもしれない。なんか奇妙な猫だ。
≪…………フィオのご飯? 魔獣食べてくれないから、とうとう人間を置いてったとか?≫
≪えええっ。やだよ、いらない≫
≪私みたく、生贄?≫
≪ボク? ボクまた変なこと言っちゃったのかな? ボクのせい?≫
途端にフィオが落ち込む。でも悪いのはそんなことまでして戦争したい人間だからね、気にする必要ないよ、と慰めた。
≪ねぇ、あそこに袋が落ちてるけど、この人の持ち物かな?≫
あんまり思い悩んでほしくないので、とりあえず意識を逸らしてみる。私の指さした方向には、遺体から少し離れた道端に、肩から掛ける細長い肩掛け袋がぽつんと転がっていた。フィオを誘って近づいてみよう。
≪これ、結構いい縫製のバックだね≫
素材は帆布なのかな、厚手のがっしりした暗い薄青色の布。
中央にこぶし大の模様が薄緑のグラデーションで刺繍してある。枝を大きく広げた菩提樹のようなモチーフだ。
留め具は金属。ベルトなんかと同じピン式バックルやリング式バックルが付いている。ちょっと動かして地面に隠れていた部分を覗き込むと、肩掛け部分の太紐は一本しかないから、片方の肩に引っ掛けるか斜め掛けするのだろう。
染色技術といい、現代社会でも普通に商品化されていそうなシロモノである。
良かった、これなら私のリュックも変じゃないかも?
登山用の蛍光色や極採色じゃなく、地味な藍色一色だし。中はファスナーだけど、同じくピン式バックルで上から蓋をするようになっている。
ショルダー部分の紐調整がプラスチックなのが気になるが、暗めの藍色だし見逃してくれないかな、うーん。
≪中、見せてもらってもいいですか? ダメかな……≫
私は真っ黒い猫をちろりと見て、お伺いを立ててみる。
いや、持ち主の老人のほうに一声かけるべきよね。解ってはいるのだけど、口からダラリと零れて固まっている血の塊や、カッと見開かれたままの眼球が不気味すぎて、思わず顔を逸らしそうになる。
≪あの、おじいさん。えと、ですね……≫
魔導士たちの仲間かも知れないし、悪人かもしれない。でも、だから荷物を漁っていいなんて道理はないと思う。
私は背負っていたリュックを置いて正座した。若干距離は置きつつ、老人も猫も見える場所から、念話でフィオと自分の自己紹介をする。
同じ体勢を試みた緑竜が真横に倒れるというハプニングを挟み、結界に閉じ込められて困っていること、脱出しようと試行錯誤していること、外の世界がよく解らないので出来るだけ情報を集めたいこと、を懇々と説明した。
そして大変失礼ながら、お金に換えられるものがあるのなら譲ってほしいともお願いする。……ぶっちゃけ、占有離脱物横領罪です。遺体に話しかけたって、犯罪が軽くなるわけでもなく、単なる自己満足です。最低です、すみません。
私は老人と猫に向かって深々と頭を下げた。正座を断念したフィオが、横で一緒にぺこりと頭を動かしてくれる。
≪あ、でもせめて、お弔いさせてください≫
昨日は頂上の神社に寄った直後に小豆の豆腐な展開になってしまったが、本来ならあの後、山を途中まで下りて、おじいちゃんの遺灰を撒いた辺りで一休みするつもりだったのだ。
ごそごそごそ、とリュックを探す。あちこちに鈴が付いているものだから、少しでも動かすたびに、リンリンシャンシャンカラコロと音が鳴る。
どこいったかな。リュックの一番上にいた熊のミーシュカには、ちょっと外の空気を味わっていただこう。教育的配慮ということで、遺体とは逆方向につぶらな瞳を向けて、広げた縮緬風呂敷の上に座らせる。
大きめの巾着袋もいくつか取り出して、乾いた地面の上へ。あちこち引っ掻き回すと、底のほうに潜む小さなビロード袋をやっと発掘できた。
≪音叉と申しまして、こちらの水晶の塊をこの金属の先で叩きますと、周囲を浄化する音が出るとのもっぱらの評判なのです≫
……なんかお商売人の売り口上みたくなってきた。普通はお線香するのだろうけど、山火事になったら怖いから火の出るものは避けたのですよ。プラス故人の趣味と相なりまして、こういう厄除け浄化グッズに落ちついたのです、はい。
私は先端の尖った水晶原石に中指くらいの長さの音叉を当て、辺りに倍音を響かせる。りぃぃぃんっと澄んだ音色がいつも以上に大きく広がった。
……神殿は反対側だし魔導士たちに聴かれてないよね? どうしよう、流石にやばかった?
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もしお手隙でしたら、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、嬉しいです!
すでに押してくださった皆様、感謝・感激・感無量です。
あなたの日々が生き生きと輝きますように。
裾まで伸びた濃い紺色のローブが中世の修道僧みたい。フードとケープ付きで……神殿の魔導士と似たような形状だ。
服装で職業とか、どこのどんな団体に所属しているのか判るかもしれない。
と思ったのだけど、フィオに訊ねると項垂れてしまう。少なくとも神殿の魔導士の制服は全員が白一色らしい……洗濯、大変だな。
靴はくるぶしの上までを革で覆ったモカシンのようなもの。足底部分も厚手の革だった。ゴム底は存在しないのかな……私の地球製登山靴、もしかして要注意?
傍らで微動だにしない黒い猫は、彼が飼っていたのだろうか。私たちが周りを歩いているのに目線すら向けない。鳴きもしないから、リアルなお人形かもしれない。なんか奇妙な猫だ。
≪…………フィオのご飯? 魔獣食べてくれないから、とうとう人間を置いてったとか?≫
≪えええっ。やだよ、いらない≫
≪私みたく、生贄?≫
≪ボク? ボクまた変なこと言っちゃったのかな? ボクのせい?≫
途端にフィオが落ち込む。でも悪いのはそんなことまでして戦争したい人間だからね、気にする必要ないよ、と慰めた。
≪ねぇ、あそこに袋が落ちてるけど、この人の持ち物かな?≫
あんまり思い悩んでほしくないので、とりあえず意識を逸らしてみる。私の指さした方向には、遺体から少し離れた道端に、肩から掛ける細長い肩掛け袋がぽつんと転がっていた。フィオを誘って近づいてみよう。
≪これ、結構いい縫製のバックだね≫
素材は帆布なのかな、厚手のがっしりした暗い薄青色の布。
中央にこぶし大の模様が薄緑のグラデーションで刺繍してある。枝を大きく広げた菩提樹のようなモチーフだ。
留め具は金属。ベルトなんかと同じピン式バックルやリング式バックルが付いている。ちょっと動かして地面に隠れていた部分を覗き込むと、肩掛け部分の太紐は一本しかないから、片方の肩に引っ掛けるか斜め掛けするのだろう。
染色技術といい、現代社会でも普通に商品化されていそうなシロモノである。
良かった、これなら私のリュックも変じゃないかも?
登山用の蛍光色や極採色じゃなく、地味な藍色一色だし。中はファスナーだけど、同じくピン式バックルで上から蓋をするようになっている。
ショルダー部分の紐調整がプラスチックなのが気になるが、暗めの藍色だし見逃してくれないかな、うーん。
≪中、見せてもらってもいいですか? ダメかな……≫
私は真っ黒い猫をちろりと見て、お伺いを立ててみる。
いや、持ち主の老人のほうに一声かけるべきよね。解ってはいるのだけど、口からダラリと零れて固まっている血の塊や、カッと見開かれたままの眼球が不気味すぎて、思わず顔を逸らしそうになる。
≪あの、おじいさん。えと、ですね……≫
魔導士たちの仲間かも知れないし、悪人かもしれない。でも、だから荷物を漁っていいなんて道理はないと思う。
私は背負っていたリュックを置いて正座した。若干距離は置きつつ、老人も猫も見える場所から、念話でフィオと自分の自己紹介をする。
同じ体勢を試みた緑竜が真横に倒れるというハプニングを挟み、結界に閉じ込められて困っていること、脱出しようと試行錯誤していること、外の世界がよく解らないので出来るだけ情報を集めたいこと、を懇々と説明した。
そして大変失礼ながら、お金に換えられるものがあるのなら譲ってほしいともお願いする。……ぶっちゃけ、占有離脱物横領罪です。遺体に話しかけたって、犯罪が軽くなるわけでもなく、単なる自己満足です。最低です、すみません。
私は老人と猫に向かって深々と頭を下げた。正座を断念したフィオが、横で一緒にぺこりと頭を動かしてくれる。
≪あ、でもせめて、お弔いさせてください≫
昨日は頂上の神社に寄った直後に小豆の豆腐な展開になってしまったが、本来ならあの後、山を途中まで下りて、おじいちゃんの遺灰を撒いた辺りで一休みするつもりだったのだ。
ごそごそごそ、とリュックを探す。あちこちに鈴が付いているものだから、少しでも動かすたびに、リンリンシャンシャンカラコロと音が鳴る。
どこいったかな。リュックの一番上にいた熊のミーシュカには、ちょっと外の空気を味わっていただこう。教育的配慮ということで、遺体とは逆方向につぶらな瞳を向けて、広げた縮緬風呂敷の上に座らせる。
大きめの巾着袋もいくつか取り出して、乾いた地面の上へ。あちこち引っ掻き回すと、底のほうに潜む小さなビロード袋をやっと発掘できた。
≪音叉と申しまして、こちらの水晶の塊をこの金属の先で叩きますと、周囲を浄化する音が出るとのもっぱらの評判なのです≫
……なんかお商売人の売り口上みたくなってきた。普通はお線香するのだろうけど、山火事になったら怖いから火の出るものは避けたのですよ。プラス故人の趣味と相なりまして、こういう厄除け浄化グッズに落ちついたのです、はい。
私は先端の尖った水晶原石に中指くらいの長さの音叉を当て、辺りに倍音を響かせる。りぃぃぃんっと澄んだ音色がいつも以上に大きく広がった。
……神殿は反対側だし魔導士たちに聴かれてないよね? どうしよう、流石にやばかった?
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もしお手隙でしたら、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、嬉しいです!
すでに押してくださった皆様、感謝・感激・感無量です。
あなたの日々が生き生きと輝きますように。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
69
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる