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暁の街(メリアルサーレ)~ ダルモサーレ ~ リダンサーレ
43. 紅金連花の宿に案内してもらう
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元締めさんに手を振ってお別れする。親切な筋肉おじさん軍団に案内してもらえることになった。
ダルモサーレの街は昨日のメリアルサーレとよく似ていた。
似たような薄赤色の漆喰と、赤茶色の石畳。ここも『朝焼けの街』とか『朝靄の街』とか、朝シリーズな意味があるの?
≪ギリギリ赤石の産地の圏内じゃが、もう中央高地ではない。赤土の漆喰も使いだしてから日が浅い。
そもそも今の王朝になって出来た新しい街ゆえに、古い雅名は存在せん≫
ふーん。爺様、そういうのは詳しいよね。馬車代がいくらとか、実生活の知識はさっぱり皆無なのに。
――いや、ちょっと待て。
言語はともかく、土石の種類はなんで知ってるの?
自称『しがない教師』が、≪そりゃ街壁に仕込む新たな魔法陣を、うむ、何じゃったかの、むにゃむにゃ≫と誤魔化しだしたので、スルーしてあげますかねぇ。とっても大人だし、私。
≪じゃあダルモって意味は?≫
音節だけだと念話を通過したか判らないので、後半の『サーレ』は街って意味でしょ、と付け加える。
≪何か食べる用の物の名前じゃったかの≫
いきなりざっくりになった。やっぱり衣食住になってくると熊ペディアは怪しい。
周囲に植木鉢が乱立する、緑の宿に到着した。
ご亭主が園芸好きな様子。二階や三階のどの窓にも花壇があって、赤や黄色や橙色の花が沢山咲いている。
宿を示す六角形の看板がぶら下がっていて、そこにも赤色の花が描かれていた。
「イカしてるだろ? ここの亭主は顔に似合わず、花好きなんだ」
金髪山賊リーダーさん、顔関係ないと思うよ。おじさんたちも私も含めて。
そして横では空色の執事おじさんが、宿の窓を指さした。シュナウザー犬みたいな口髭のせいで、唇の動きがあまり読めない。
「あの花はご存じですか? ふふふ、金連花という『**』様ゆかりのお花なのですけれどね」
およ。こっちの世界にもありましたか。目が悪いから、色しか見えてなかったよ。
「カン、カ……?」
「金連花だ、き・ん・れ・ん・か」
「キ・ン・レ・ン・カ」
四人の中で一番眼光が鋭いおじさんの後に続いて発音練習。濃い紫のもみあげと左頬に走る斬り傷の痕は、なんだか追及してはいけないご職業な雰囲気。気にしちゃ駄目だ。
こっちの世界の『金連花』つまりカレンデュラに相当する語彙をゲットしたとして、一体なんの役に立つのかもよく判らないが、今は赤子のようなもの。この国の音とリズム感を吸収するのだ。
私が言葉を学びたがっているのをもう知っているので、皆先ほどから様々な単語を教えてくれる。『怪しまれるかな?』と思ったけど貴重な機会だし、私は手帳にそのつど書き込んでいった。
ただし何を書いているかは、出来るだけ見えない角度にしている。しかも出来るだけ小さな字で、詰め詰めで書く。
「勉強熱心じゃねぇか。金・連・花、だぞ」
御控えなすってさん、じゃない、紫おじさんが褒めてくれた。ちらちらと私の脳裏に8と9と3が浮かんでしょーがない。最初はなぜか距離を置かれたけど、めげずに笑顔を見せていたら、すっかり気さくに話しかけてくれる。
金連花って食べられるよね? と、手をお皿を掬うように動かし、口を開けてむしゃむしゃ、ごっくんしてみせた。
「そうです、食用でもありまして。『**』様がたいへん好まれた前菜が有名ですね」
空色執事おじさんが同意すると、「『**』様が! 知らなかったであるぞ」と赤ダリお洒落さんが大袈裟に驚いて、手配書顔の二人が「食べれんのか」「どんな味だよ」と騒ぎだす。また議論が始まった。
さっきから脳内翻訳されないのは、昔の偉い女性の名前らしい。
この人たち、話し込むと長いんだ。宿はもう目のまん前なのに。というか、そこ玄関ポーチだよね、おじさん軍団が占領したまんまじゃ邪魔だって。
「おめぇら、何してやがる」
あ、ご亭主らしき白髪老人が出て来た。この人もガタイがいい。
そりゃお庭好きなのに、大の大人が花齧ろうと窓によじ登りかけてたら怒るよね。止められなかった私をお許しくだせえ。
「おう。じーさん、クソ花食わせろ」
「一昨日来やがれっ」
御控えなすっておじさんは、話し方がナチュラルに喧嘩売ってる。すみませんすみません、この人たち悪気はないんです、と私が横で必死に頭を下げる。
「だけどこのチビが、あの花食えるって言うんだぜ?」
嫌ぁっ、私に振らないでくださいっ。
「ほう、金連花を知っているのか」
こくこくこく。おじいさん、怒ってるのかな、怒っているよね。
「じーさんの顔が怖いから、ビビってるだろーがっ」
いえあの、金髪山賊リーダーさん。会う人会う人、片っ端から怖い顔認定するのやめてください、とりあえず。私の心臓は鋼ではなく、子ガモの羽毛で出来てます。100%上から下までチキンなんです。
おじさんたちは宿の亭主と喧嘩しているのだかじゃれているのだか、豚と定かでない口調でひとしきり盛り上がっていた。
じっと待っていると、やっと私が今夜泊らせてほしいこと、片言しか話せないけど一生懸命学ぼうとしていること、青い馬の連峰に独りで行こうとしていること、明日朝の水の刻すぎの馬車に乗らないといけないこと、連れている犬は大人しくておじさんたちはまだ一度も吠えたのを聴いていないこと、などなど矢継ぎ早に説明してくれた。
「じゃあ、あんた一人でかい?」
こくこくこく。
「親御さんは心配してねぇのかい?」
うーん、どうだろ。あの人たちは多分本当の意味で私の心配はしないな、自分しか見えてないから。いやまぁ、何事も断言は出来ん、か?
「はっ、もしかして……親御さんはもう?」
あ、困り笑いしながら首傾げてたら誤解されちまった。いや、多分生きてるとは思うんだけど。でも異世界だしなぁ、どうなんだろう。むーん、説明に困ったクマった。
「な、なんてこった! こんな小さな子どもを遺して逝っちまったのかい? そりゃ可哀相に!
嗚呼、親を失い、家を失い、唯一残された形見の人形を首に掛け、流れ流れてその日暮らし。無情な世間に身も心も疲れ果て、お天道様を見上げりゃあ、そっと寄り添う野良の犬公ときたぁ。
解るよ解るよ、うんうん。涙なしでは語れねぇ話だなぁ、おい」
えーと。演歌か何かですか。誰かこの浪花節止めて。そして早急にカチューシャの首輪を買わなきゃ。
「よし、このおじいさんに任せなさい。明日の朝、ちゃんと馬車に乗せてやるからね」
……結果オーライとしますか。うん、今日も深くは考えまい。
私はにっこりと笑顔になって、「アリガト」と伝えた。今更遅いかもしれないが、後で木製葉書もちゃんと見せて修正しよう。
なぜか後ろでガチムチ四人組が
「そうか、そうだったのか、おチビ!」
「一人旅する年じゃねぇからおかしいたぁ思ってたんだが、そんなクソ悲しい話だったのかよ」
「まだこんなに小さい子どもであるのに、不憫なのである」
「あどけない笑顔の裏で、幼くとも必死に耐えていらしたのですねぇ」
とか言いながら泣いている。
いやだから、誤解だって。つか皆、『小さい』連呼するな。いい加減、怒るよ。
見た目よりもずっとずっと大人でエライ私は、へにょっとアヒル口になりそうなのを堪え、笑顔で四人組を見送ることにした。
「セイレ、イ! アリガト!」
玄関ポーチで爪先立ちして、方々へ去って行くおじさんたちに大きく手を振る。
「お、おう! 精霊の祝福を!」
きっと自分たちの用事を後回しにして、ここまで一緒に来てくれたんだよね。かなり寄り道させたんじゃないかな。何度もお辞儀するだけの自分が、ひどく不甲斐なく思えた。
「くぅっ、まだ小せえのに健気な少年だ。ちゃんと礼しろって亡き親の教えを今でも覚えているんだなっ。犬に育てられるようになっても、人の心を失っちゃあいねぇんだなっ」
ご亭主の脳内劇場が、寅さんからジャングル・ブックに移行している感じがする。私はターザンか。
どの演目になっても『小さい』が外れないのは、何故よ。
「部屋は三階にしようか。見晴らしのよい二人部屋が空いてるが、一人部屋料金でいいってことよ。その犬も一緒に、さあお入り」
それでしたら、文句はございません。ターザンでもシンバでもハクナ・マタタでも何とでも好きにお呼びくださいませ。
心優しき筋肉に幸あれ、なのです。
****************
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あなたの日々が幸せで満たされますように。
ダルモサーレの街は昨日のメリアルサーレとよく似ていた。
似たような薄赤色の漆喰と、赤茶色の石畳。ここも『朝焼けの街』とか『朝靄の街』とか、朝シリーズな意味があるの?
≪ギリギリ赤石の産地の圏内じゃが、もう中央高地ではない。赤土の漆喰も使いだしてから日が浅い。
そもそも今の王朝になって出来た新しい街ゆえに、古い雅名は存在せん≫
ふーん。爺様、そういうのは詳しいよね。馬車代がいくらとか、実生活の知識はさっぱり皆無なのに。
――いや、ちょっと待て。
言語はともかく、土石の種類はなんで知ってるの?
自称『しがない教師』が、≪そりゃ街壁に仕込む新たな魔法陣を、うむ、何じゃったかの、むにゃむにゃ≫と誤魔化しだしたので、スルーしてあげますかねぇ。とっても大人だし、私。
≪じゃあダルモって意味は?≫
音節だけだと念話を通過したか判らないので、後半の『サーレ』は街って意味でしょ、と付け加える。
≪何か食べる用の物の名前じゃったかの≫
いきなりざっくりになった。やっぱり衣食住になってくると熊ペディアは怪しい。
周囲に植木鉢が乱立する、緑の宿に到着した。
ご亭主が園芸好きな様子。二階や三階のどの窓にも花壇があって、赤や黄色や橙色の花が沢山咲いている。
宿を示す六角形の看板がぶら下がっていて、そこにも赤色の花が描かれていた。
「イカしてるだろ? ここの亭主は顔に似合わず、花好きなんだ」
金髪山賊リーダーさん、顔関係ないと思うよ。おじさんたちも私も含めて。
そして横では空色の執事おじさんが、宿の窓を指さした。シュナウザー犬みたいな口髭のせいで、唇の動きがあまり読めない。
「あの花はご存じですか? ふふふ、金連花という『**』様ゆかりのお花なのですけれどね」
およ。こっちの世界にもありましたか。目が悪いから、色しか見えてなかったよ。
「カン、カ……?」
「金連花だ、き・ん・れ・ん・か」
「キ・ン・レ・ン・カ」
四人の中で一番眼光が鋭いおじさんの後に続いて発音練習。濃い紫のもみあげと左頬に走る斬り傷の痕は、なんだか追及してはいけないご職業な雰囲気。気にしちゃ駄目だ。
こっちの世界の『金連花』つまりカレンデュラに相当する語彙をゲットしたとして、一体なんの役に立つのかもよく判らないが、今は赤子のようなもの。この国の音とリズム感を吸収するのだ。
私が言葉を学びたがっているのをもう知っているので、皆先ほどから様々な単語を教えてくれる。『怪しまれるかな?』と思ったけど貴重な機会だし、私は手帳にそのつど書き込んでいった。
ただし何を書いているかは、出来るだけ見えない角度にしている。しかも出来るだけ小さな字で、詰め詰めで書く。
「勉強熱心じゃねぇか。金・連・花、だぞ」
御控えなすってさん、じゃない、紫おじさんが褒めてくれた。ちらちらと私の脳裏に8と9と3が浮かんでしょーがない。最初はなぜか距離を置かれたけど、めげずに笑顔を見せていたら、すっかり気さくに話しかけてくれる。
金連花って食べられるよね? と、手をお皿を掬うように動かし、口を開けてむしゃむしゃ、ごっくんしてみせた。
「そうです、食用でもありまして。『**』様がたいへん好まれた前菜が有名ですね」
空色執事おじさんが同意すると、「『**』様が! 知らなかったであるぞ」と赤ダリお洒落さんが大袈裟に驚いて、手配書顔の二人が「食べれんのか」「どんな味だよ」と騒ぎだす。また議論が始まった。
さっきから脳内翻訳されないのは、昔の偉い女性の名前らしい。
この人たち、話し込むと長いんだ。宿はもう目のまん前なのに。というか、そこ玄関ポーチだよね、おじさん軍団が占領したまんまじゃ邪魔だって。
「おめぇら、何してやがる」
あ、ご亭主らしき白髪老人が出て来た。この人もガタイがいい。
そりゃお庭好きなのに、大の大人が花齧ろうと窓によじ登りかけてたら怒るよね。止められなかった私をお許しくだせえ。
「おう。じーさん、クソ花食わせろ」
「一昨日来やがれっ」
御控えなすっておじさんは、話し方がナチュラルに喧嘩売ってる。すみませんすみません、この人たち悪気はないんです、と私が横で必死に頭を下げる。
「だけどこのチビが、あの花食えるって言うんだぜ?」
嫌ぁっ、私に振らないでくださいっ。
「ほう、金連花を知っているのか」
こくこくこく。おじいさん、怒ってるのかな、怒っているよね。
「じーさんの顔が怖いから、ビビってるだろーがっ」
いえあの、金髪山賊リーダーさん。会う人会う人、片っ端から怖い顔認定するのやめてください、とりあえず。私の心臓は鋼ではなく、子ガモの羽毛で出来てます。100%上から下までチキンなんです。
おじさんたちは宿の亭主と喧嘩しているのだかじゃれているのだか、豚と定かでない口調でひとしきり盛り上がっていた。
じっと待っていると、やっと私が今夜泊らせてほしいこと、片言しか話せないけど一生懸命学ぼうとしていること、青い馬の連峰に独りで行こうとしていること、明日朝の水の刻すぎの馬車に乗らないといけないこと、連れている犬は大人しくておじさんたちはまだ一度も吠えたのを聴いていないこと、などなど矢継ぎ早に説明してくれた。
「じゃあ、あんた一人でかい?」
こくこくこく。
「親御さんは心配してねぇのかい?」
うーん、どうだろ。あの人たちは多分本当の意味で私の心配はしないな、自分しか見えてないから。いやまぁ、何事も断言は出来ん、か?
「はっ、もしかして……親御さんはもう?」
あ、困り笑いしながら首傾げてたら誤解されちまった。いや、多分生きてるとは思うんだけど。でも異世界だしなぁ、どうなんだろう。むーん、説明に困ったクマった。
「な、なんてこった! こんな小さな子どもを遺して逝っちまったのかい? そりゃ可哀相に!
嗚呼、親を失い、家を失い、唯一残された形見の人形を首に掛け、流れ流れてその日暮らし。無情な世間に身も心も疲れ果て、お天道様を見上げりゃあ、そっと寄り添う野良の犬公ときたぁ。
解るよ解るよ、うんうん。涙なしでは語れねぇ話だなぁ、おい」
えーと。演歌か何かですか。誰かこの浪花節止めて。そして早急にカチューシャの首輪を買わなきゃ。
「よし、このおじいさんに任せなさい。明日の朝、ちゃんと馬車に乗せてやるからね」
……結果オーライとしますか。うん、今日も深くは考えまい。
私はにっこりと笑顔になって、「アリガト」と伝えた。今更遅いかもしれないが、後で木製葉書もちゃんと見せて修正しよう。
なぜか後ろでガチムチ四人組が
「そうか、そうだったのか、おチビ!」
「一人旅する年じゃねぇからおかしいたぁ思ってたんだが、そんなクソ悲しい話だったのかよ」
「まだこんなに小さい子どもであるのに、不憫なのである」
「あどけない笑顔の裏で、幼くとも必死に耐えていらしたのですねぇ」
とか言いながら泣いている。
いやだから、誤解だって。つか皆、『小さい』連呼するな。いい加減、怒るよ。
見た目よりもずっとずっと大人でエライ私は、へにょっとアヒル口になりそうなのを堪え、笑顔で四人組を見送ることにした。
「セイレ、イ! アリガト!」
玄関ポーチで爪先立ちして、方々へ去って行くおじさんたちに大きく手を振る。
「お、おう! 精霊の祝福を!」
きっと自分たちの用事を後回しにして、ここまで一緒に来てくれたんだよね。かなり寄り道させたんじゃないかな。何度もお辞儀するだけの自分が、ひどく不甲斐なく思えた。
「くぅっ、まだ小せえのに健気な少年だ。ちゃんと礼しろって亡き親の教えを今でも覚えているんだなっ。犬に育てられるようになっても、人の心を失っちゃあいねぇんだなっ」
ご亭主の脳内劇場が、寅さんからジャングル・ブックに移行している感じがする。私はターザンか。
どの演目になっても『小さい』が外れないのは、何故よ。
「部屋は三階にしようか。見晴らしのよい二人部屋が空いてるが、一人部屋料金でいいってことよ。その犬も一緒に、さあお入り」
それでしたら、文句はございません。ターザンでもシンバでもハクナ・マタタでも何とでも好きにお呼びくださいませ。
心優しき筋肉に幸あれ、なのです。
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