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霊山

12. 扱いが雑すぎる

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 言ってる意味わかんないよ、と冷ややかに答えると、共犯の猫がさっき死体から外した指輪の一つを持ってくる。

≪風の指輪よ。これを媒介にして、あの死体の周りに風の膜を作るの≫

 私の足元へ、紫色の透明な宝石がめ込まれた指輪を無造作に転がした。台座部分はプラチナシルバー……にしては、紫がかった銀系の金属だな。
 猫に言われてもピンと来なかったので、困惑したままじっと眺めていたら、指輪を拾えだの、膜をイメージしろだの、老人が細かく誘導しはじめる。

 二人とも当たり前のように『風の指輪』って呼んでるけど、そもそも論としてコレ何よ。
 と問い詰めたかったが、急かされるので仕方なく握りしめる。前の所有者が向こうで燃え盛っている火ダルマだとか、その前は道端でこと切れていたホトケさんだったとか、余計なことは考えまい。
 うん、私は出来る子だ。こんなの朝飯前よ、簡単アップルパイよ。

 風を司る神様、諸々の皆様、山に燃え移らないよう、他の人に見つからないよう、どうか火を包んでください、と祈ってみる。

 大きなシャボン玉みたいな膜の内部で遺体が焼かれるイメージ。風のバリアみたいな?
 風さんが繭みたいに包んでくれるとありがたい。というか、火の勢いがシャレにならないから、そうなってくれないと本当に困る!

 焦りはじめたところで目の前を紫のちょうがすーっと横ぎり、遺体がふわっと浮き上がった。炎がその周囲を取り巻いて、そこだけ強烈に燃え出す。火柱も外に出ないし、燃える音もしない。まるで真空のシャボン玉。
 って、真空だと燃えないから、ぐるぐると風で中に巻き込んでは換気しているのかな。アゲハちょうさんは……風の玉の向こうへ、すいすいーっと優雅に去っていく。

≪すごいすごーい!≫

 フィオ、無邪気にはしゃぐ前にこの状況を疑問に思おう。なんか変だよ、この世界。

≪ほぉ、期待以上の魔力じゃ、異世界人。まさか呪いを凌駕りょうがするとはな≫

≪そうね、呪いを焼ききれなきゃ、魔導士たちが嗅ぎ付けてくるところだったわ≫

 ん? 老人と猫の会話がちょっとおかしい。ちょいと君たち、説明したまえ。私は隣にいた猫の両肩をがしっとつかみ、上から抑え込んだ。

≪呪いの魔力を超える火じゃないと、死体は焼けないのよ。逆に呪いを放った魔導士に居場所を知らせることになるの≫

 つまり何かい? だましたの?

≪最初に教えると、火の魔法使わないかもしれなかったでしょ。ま、失敗しても、予備の計画はあったから≫

 その予備の計画、け。まさかフィオと私をおとりにしてどーのこーのって策じゃないよね? あ、この猫、目をそらした!

≪もー、ちゃんと燃えたんだから問題ないでしょ≫

 ある! 絶対ある! なんなの、この人たち。魂、真っ黒けだっ! フィオの純粋さを見習えっ。

 ……いや、でも向こうからしたら、私のほうが追いぎか。文句言えない立場だ。

≪どうせならもっと火力を上げろ。さっさと焼ききれ≫

≪やっぱり性質タチ悪い! 熊乗っ取り犯のくせに注文多い!≫

≪急がぬと魔導士たちが来るぞ≫

 それは避けたい。どおしよう。でも火力の上げ方なんて解らないよ。と、悩んでいる途中でふと気がついた。

うそだ。だって『呪い』とかっての、焼けてるもん≫

≪ちっ、バレたか。知恵をつけおってからに≫

 じつは半分ハッタリだったのだけど、この反応だと魔導士たちが押し寄せてくる危険性は低そうだ。良かった。

 シャボン玉の中で火だるまになった遺体は、ぬいぐるみと猫とフィオと私の目の前で燃上中。おじいちゃんのお葬式には帰国できなかったから知らなかったけど、火葬って時間かかるのね。

 焼き尽すのを待っている間に、フィオに頼んで飛び上がってもらい、木の上まで巻きついたつたを数メートル分ほどいてもらう。
 スイスナイフで大体同じくらいの長さに三等分。葉を落とし、先端を合わせて留め結びして、フィオに握ってもらい、三つ編みして強度を高める。畳んで丸めたローブを蔓でぐるぐる巻きにすると、リュックの上にくくりつけた。

 その後はフィオと分けっこしながら水筒の水を飲んだり、登山直前に購入したドライフルーツをかじってピクニック。ついでに老人と猫にいろいろ質問する。本当のこと言ってるのかイマイチ確信持てないけど、貴重な情報源だ。

 ちなみに猫は、水もドライフルーツも興味ないらしい。老人には≪食事の仕方が解らん≫と言われた。ある日いきなりぬいぐるみだもんね。
 こちらの世界じゃ幽霊ってポピュラーな種族なのかと思ったら、前代未聞の完全想定外という答えが返ってきた。物盗りの私はいいけどさ、だったらちゃんとミーシュカには感謝してほしいものだ。

≪外に出るなら、まずはその鈴だな。さっきの風の膜を荷物に張れ≫

 簡単に言わないでよ、もう忘れちゃったよ、と愚痴ったら、意外と忍耐強くコツを教えてくれた。

 紫の『風の指輪』をまず握る。自分の中にある魔力を集めて、荷物に流して、更に用途に応じたものに変化させる。瞑想めいそうで気を練る感じに近い、かな?
 私の中のエネルギーの動きをちゃんと把握して、次はこう、今度はこう、と誘導してくれる。案外教え方もうまかった。

≪おじいさん、何者?≫

≪…………ワシは、しがない学校のしがない教師じゃ≫

≪念話できる猫は?≫

≪…………わたしは、ただの猫よ≫

 今、双方からすんごく判りやすいうそつかれた気がするんだけど。さっきこの猫、自分で『魔獣』って宣言してたはず。 
 あ、フィオ、この二人の言うこと全部にふんふんとうなずかない。しがない教師とただの猫はこんな所に普通来ないから! この人たち、きみが出られなかった結界かいくぐってるからね!

≪いち教師が調査するの? 神殿の魔導士を? そいで、呪われる?≫

 いくら特殊な世界でも学校教員に神殿の調査権限、そもそもないと思うのだけど。それなら私の脳内辞書は『教師』とは訳さないと思うんだな。だって私の『教師』の定義に激しく該当しない。

≪…………遺体が焼けきったぞ。今教えた方法であの風の膜を解除してみよ≫

 今、老人にすんごく判りやすく話を逸らされた。もはや『そんな気がする』んじゃなくて、絶対した、しやがった。
 猫も老人も、整合性のなさを取り繕おうともしない。私たちなんて、どうとでもなるという自信があるのだろう。



 風の膜を消滅させると、骨が辺りにバラバラと散乱した。

≪人骨が残っているのはまずい。粉々に砕け≫

≪人使い荒い!≫

≪ならばそこの竜、お前の腕力なら出来るじゃろ≫

 竜使いが荒いのはもっと却下! つかフィオに命令するなっ。で、フィオは素直に言うこと聞いちゃダメ! あーもう。まずは骨の温度が下がるのを待つべきでしょ。
 要するに、遺灰にして周囲にくのね。うちのおじいちゃんと同じことしてほしいのね。そんなことを考えていると、だんだん可哀相になってきた。
 
 この人は遺族に骨拾ってもらえないわけで。

 遺品を渡してほしい人とかいるのか確かめたら、老人は≪おらん!≫と偉そうに答えた。本当かどうかは判らないけど、それはそれで寂しいよ。

≪あのさフィオ、素手だと手が痛くならないかな? 骨刺さったら危ないから、しんどかったらこうしてみるのも手だと思う≫

 近くに転がっていた手の平大の石をつかみ、目の前の細い骨に打ちつける。私がやってみせると、フィオもすぐに道のわきに転がっていた石を持ってきたので、二人並んで仲良くかんこんかんこん骨をたたき出す。
 よいせっ、こらせっ、ラッコの貝殻割りでございっ。

≪なんかキリないわね≫

 高級ペルシャ猫が私たちの頑張りを冷ややかにぶった切る。こっちは指示どおりにやってるのに、何が不満なのよ?
 と、反論しようとしたら、自分の尻尾で散らばる骨をみるみるうちに道の真ん中に集めていく。何この猫、手際いい。

 ていうか、猫の尻尾ってそんなに強かった? 自分よりも大きめの骨をざざざーっと動かせたっけ?

≪見てなさい。こーするのよっ≫

 びしっと宣言した猫が、集めた骨めがけて見事なジャンプをする。当然、落下地点は骨の山で、肉球が頭蓋骨にヒットする。硬そうな頭部が派手な音を立てて割れた。
 その後も繰り広げられる華麗なジャンプと全体重こめまくった肉球パンチ。すごいぞ、骨が粉々になっていく。

 ……確かに見事だけどさ、なんなんだろう。この猫、若干微笑んでる感じがするんですけど。
 あ、ほら。今、≪うふふ≫的な声が私の脳裏にもこだましたぞ。口元緩くカーブしてるよね、目がらんらんと輝いてるよね? 主人の骨ぶった割って、楽しんでるよっ。

 やだ何この猫コワイ。

 フィオと私は、密かにドン引きしつつ、無言のまま周囲の細かな骨を石でカンコンたたいていた。



 地面に散らばる骨の欠片をじっと見つめていたら、一年前に裏山の頂上まで登った日のことを思い出してしまった。
 おじいちゃんが亡くなって少しして、骨壺こつつぼ抱えて登って、神社の奥宮でお参りしたら、なんだか隣で一緒に立ってくれている気がして。
 その後、山の中腹まで下山して、野紫陽花が群生している一帯で散骨した。一応、山の主には一言断ったしね。灰って土壌改良してくれるしね。

 この老人の灰も、この山が美しくなる一助となりますように。

 そんな願いを込めて灰がそこかしこの樹々の根元に行き渡るイメージをしてみる。
 すると、優しげな風がふわっと巻き起こる。陽の光に照らされてキラキラと舞い上がった灰粉が、砂利道の両わきにさーっと散っていった。

≪ふむ。見事じゃな≫

 ……本人にご満足していただけて何よりである。散骨シーンで本人のコメント聴けるのって貴重だわ。いや、あんま繰り返し体験したくないけどさ。

≪芽芽ちゃん! きれーっ! すごいすごいっ≫

 フィオにも喜んでもらえた。良かった良かった。私はワザとおどけて、Vサインを決める。もう片方の腕は腰に手を当て、自慢げな雰囲気を作って決めポーズ。

≪……ふん。このくらい、出来て当り前よ≫

 うぐっ。片耳へにょぺたんな猫にダメ出しされた。なんだろう、この高飛車なあねさんは。

≪ていうか、出来るんなら最初からやんなさいよ≫

 お祈りしたと同時に風が吹いてくれただけなんですけど、と告白しようとしたら、スパルタ猫がふさふさの尻尾をぴしゃりと振り下ろした。むちを持った女王様なのかな。



 老人が倒れていた痕跡を消し、散らばった荷物をき集める。全部背負おうとしたら、結構かさばって重たくなっていた。

≪芽芽ちゃん、手伝うよ≫

≪ごめん。じゃあ老人の袋持って≫

 私が背負い袋を渡そうとすると、老人本人の≪待った≫が掛かる。

≪重たいのは、お前さんの袋のほうだろ≫

≪んーでも……≫

≪竜と人間の体力は違う。特にお前さんは弱そうじゃ、倒れられたらまだ困る≫

 フィオが慌てて私のリュックを持とうとしてくれたから突っ込まなかったけど、『まだ』って言ったよね? いずれ倒れても困らない日が来るってこと?
 じとーんと目を細めて、リュックからはみ出た珈琲コーヒー牛乳色の熊頭を見つめる。
 
 ちなみにフィオは背中に厚めのクレストが隆起してるから、リュックをぽってりしたお腹側に回していた。う、可愛い。






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