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霊山

16. 管理小屋を突破する

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 白い犬になった元灰色猫が、女王様のむちのごとく尻尾をぴしゃりと振り下ろした。

≪で、その色仕掛け作戦だけど≫

 う、うんんん゛? そういう位置づけ?

昏睡こんすい強盗の手口か。寝首をいて時間を稼ぐのじゃな≫

 えーと……熊後屋えちごやよ、「お主も悪よのう」とでも返すべき展開を迎えているの?
 二人とも、ハニートラップいろじかけトラップ部分がR指定ホラー化してるよ、どおしよお。

 夜まで待ったほうが、崖が点灯される。しかも管理小屋の手前で結界が掛かってしまう。うんと昔から夜間だけ作動するらしい。
 フィオを閉じ込める結界を外部にバレずに新設できたのは、それを取り巻くように警備用の古い結界が霊山の出入り口に存在していたせいなのだ。

 老人なら破れそうか確かめたら、魔杖まじょうを使っての非常に複雑な手順となるので『現状がくま ? )ハテナつき』な時点で無理とのこと。

 ~~~どっからどう見ても立派な熊だってば、ミーシュカは!

 やはり昼間のうちに突破するしかない。一回深呼吸して、私と同じ身長の緑竜を見る。

≪ごめん、フィオ。こっからいろいろとお願いしてもいい?≫

≪いいよぉ?≫

 崖下に生えているトウヒの陰を通って、麓の道まで私の荷物だけ先に持っていってもらうことにした。老人のローブやリュックが背負えるギリギリの小ささになって、と頼むと、様々なサイズを試して私の腰までの高さに縮んだ。
 出来るだけ高速で、と頼むと、カーブの手前からステルス戦闘機みたいに崖下へと一気にダイブして……え゛、もう見えない。どこ行った。

≪芽芽ちゃん、置いてきたよ~≫

 うわぁ、びっくりした! 早っ!

 道のわきに落ちていた松ぼっくり、まだ一個しか回収してない。フィオを待っている間に拾っておく計画は断念しよう。二人で一緒に集めることにした。
 私のパーカーとタオルを地面に拡げて、松傘が閉じた湿っぽいのだけ積み上げていく。
 褐色だけど、やっぱり赤っぽかったり、黄色っぽかったり、青っぽかったり、紫っぽいのまで。栗鼠さんの食べ残しもりのエビフライも結構あった。

≪うん。このくらいあれば大丈夫かな。カチューシャ、出番だよ!≫

≪やっと色仕掛けの時間ね!≫

 なんか含みのある言い方だな。癒しのもふもふパラダイスだってば。

 サモエド犬が小屋へと向かうべく、やはり崖下へ鼻先を向けてのぞき込んでいる。こっちの世界の移動って、崖はダイビングが基本なのだろうか。私、もろもろ自信がなくなってきた。

≪……そういえば、犬ってどんなだったかしら?≫

 もっと根本的なとこで、大丈夫じゃないのがいた!

 尻尾だよ、尻尾を盛大に振るのだよ。ついでにお尻まで振るのもよい。口元は開けて、はっはっはっと元気に息して興奮度を伝えるのだよ。つぶらな瞳で輝くお星様を見上げて、きゅうううんっと鳴くのだよ。
 身振り手振りを交えながら念話で力説すると、ものすごく嫌そうに顔をしかめられてしまう。
 
 白犬はめ息をつくと、無言で崖に飛び込んだ。超高速で崖下の巨木の間を滑空したフィオとは違い、崖の側面を斜め蹴りして高速で突っきる。途中から強引に駆け上がって、小屋の高さまで戻ったよ。なんつー大技だ。
 ドアをカリカリする頃には尻尾を振りはじめたから、アドバイスは聞き入れていただけたようで何よりである。

 私の祈りが通じたのか、可憐かれん ? )ハテナつきなサモエド犬はすぐさまアイドルと化した。
 若い兵士たちが笑顔でカチューシャを部屋に招き入れ、ドアが閉じられる。その瞬間、今度はフィオが松ぼっくり満載のタオルとパーカーを抱えて、やはりステルス飛行で小屋前まで移動した。
 屋根の上へ松ぼっくりをぶちまけると同時に本来の大きさになって、お腹で窓をピッタリ塞ぐ。

 今だ! 私は右手に子熊を抱え、左手の中に紫石の指輪を握りしめながら走り出す。全速力でもかなり遅いほうなのは仕方ない。
 だけど向こうの小屋の上で、老人の遺体を焼いたときみたいな風の玉をぐるぐる回すのだけは、絶対に途切れないよう頑張る。

≪もっと風をらんか! そうじゃ、頭で回転を描きつづけよ≫

 ところどころで、鬼熊コーチが叱咤しった激励を容赦なく浴びせてきた。

 風の大車輪に巻き込まれた松ぼっくりが、小屋の上でポコポコと音を奏でてくれている。老人によると、この地域は何日か前にもひょうが降ったらしい。
 突然辺りが暗くなって、ざーっと天井から音がするのだ。どうか雹だと勘違いしてくれますように。

 ~~~でないと、室内に侵入した阿鼻叫喚あびきょうかん犬がスプラッタ地獄を作り出してしまう。頼むから最後まで、ゆめかわ路線を歩んで! カワイイは最強なんだよ!

 走って、走って、ゼーゼー言って。超久しぶりの全力疾走に横っ腹も痛くなってくるけど、それでも走って。なんかもう足がつりそう、というところでやっとフィオの尻尾前まで来れた。白いオパールみたいなうろこがまぶしい。

≪芽芽ちゃん、頑張って! あとちょっとだよ!≫

≪フィオ! ありがとうっ≫

 両手を一杯に伸ばして小屋にしがみついている。万が一、霊山側以外にも窓があったら、タオルやパーカーで塞ぐように頼んでいたのだ。
 フィオが荷物を置いて戻るときに確認してもらった。麓方面にはドアの小窓が一つあるだけ。うんと伸ばした右足で、斜めりながらも覆い隠してくれている。

≪カチューシャも見えないけど、ありがとうっ≫

 小屋を横切りながら念話を飛ばしてみたが、しばらく返事がない。壁があると届かないのかな。

≪…………さっさとしなさい! ひょう如きでビビる軟弱兵士をなんで始末しちゃいけないのよ!≫

≪もうちょっとだけ我慢してっ≫

 突然なんか大きそうなのが上から降ってきたら怖いよ、普通は。人間心理なんだよ、天候には勝てないもん。

 手の平よりも長い立派な松ぼっくりを、屋根にばっこんばっこん打ちつけている犯人は私なのだけど。兵士の皆さん、なめ栗鼠ヤンキーりすの悪戯だと思って許して。

 丁字路はすぐに緩い下り坂になった。小屋が見えない位置にやっと到達。鬼熊コーチの許可が出て、フィオとカチューシャにふたたび念話で報告した。
 でも兵士が確認のために下まで出てきたらアウトだ。風の指輪の効く範囲なのか、トンと判らないけど握りしめる。もう走るのは限界で、早歩き――な気分のウォーキングになっていたけど、それでも移動しつづけた。

≪もうダメ≫

 足がもつれて、これ以上は私が地面にダイブしそう。大きな岩陰に回り込んで、こけの上に転がった。深呼吸しようとするけど、喘息ぜんそくになりかけている。ヤバイ。

≪芽芽ちゃ~ん≫

 私の腰までのサイズになったフィオが、荷物を抱えながらステルス飛行してきた。ごめん、ちょっと動けない。熊老人がさっきから大丈夫か確認してくるけど、それすらわずかにうなずくだけなんだってば。

 一面の苔絨毯こけじゅうたん。ひんやりふわふわで気持ちいい。

牙娘きばむすめ!≫

 まだ息を切らしていると、カチューシャも猛ダッシュでやってくる。兵士たちを勘違いさせるために、丁字路を上へといったん移動してからの、こっちの下り道という遠回りをしてくれたのだ。

≪走るのはいーのよ。戦闘皆無の貧相な作戦なんて、もう絶っ対にやらないんだから!≫

 寝転がったままお礼を伝えると、予想外の部分でお怒りだった。

≪カチューシャ、兵士さんの喉は……≫

っ切ってないわよ! このわたしが! 一人も殺さないってどこが色仕掛けなの!≫

 ……うん、今度一回さ、『色仕掛け』の定義について語り合ってもいーかな。

≪松ぼっくりは?≫

≪子竜が去った少し後に、突風が吹いて大半が吹き飛んだわ。あんた、何かした?≫

 おびえたフィオが人間みたいに首をぶんぶん振った。風を起こせるのかいたら、多少は出来ると思うけどやっていない、と答える。

≪――だって、カチューシャ。何にせよ、小屋の周りに松ぼっくりが散乱した状態でなくて良かったってことで≫

 取りなそうとしたけれど、ストレスめまくった凶悪犬が牙き出しで竜を威嚇してる。いい加減、『牙大娘ダーニャン』の称号を進呈するぞ。

 とうとう竜が私の背後に逃げ込んだ。……この世界、ホントなんかあちこちおかしい。竜族よ、もちっと踏ん張ろう。私は応援するよ。

 身体を起こし、フィオの緑に戻ったうろこさすっていたら、私の息もやっとこさ整いはじめた。若干ヒューヒュー言っているけど、胸の締めつけ感は抜けてきている。

 兵士がこちら方面に駆けてくる様子はない。見つかったら、某白犬がシリアルキラーに豹変ひょうへんするのを覚悟していたので、ほっとした。

 私たち、かなり運がいい。

 小屋はフィオが覆いかぶされる大きさで、わずかな小窓しかなかった。兵士たちが小屋内にそろっていた。犬好きだったのか、お人好しだったのか、カチューシャが大歓迎された。ひょうが降るような音がしても外に飛び出してこなかった。出来るだけ乾燥していない松ぼっくりを選んだとはいえ、数回打ちつけたくらいじゃ粉砕されなかった。
 日頃とりわけ目立った善行を積んできた記憶はないから、フィオのおかげかな?

 何はともあれ、霊山の神様方と精霊その他もろもろの皆様方に大感謝である。
 私は霊山に向かって両手を合わせて拝んだ。

≪何をやっとるんじゃ≫

≪え? 山の神様にお礼。
 魔導士からも兵士からも守っていただいたし、結界も奇跡的に通していただいたし、もっと言ったらおじいさんとカチューシャにも出会わせていただいたし≫

≪礼を言うならわたしにでしょ。どんだけでくりまわされたと思っているのよ。おまけに狩人からはぐれた迷子のバカ犬扱いされるわ、わーきゃーひょうだと騒ぐついでに抱きつかれて!≫

 そりゃ申しわけない。カチューシャにも感謝してます、と頭を下げる。確かに見知らぬ人に断りもなく触られるって嫌だわ。本当にごめん。

≪なっ! 気持ち悪いわよっ。まだ変態兵士のほうがマシ!≫

 ひどい。この猫、犬になっても女王様街道を猪突猛進してる。
 女帝イェカチェリーナという命名は失敗したかもしれない。尊大不遜な猫を見てたら、何となく思い浮かんだのよね。






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