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朝焼けの街 (カハルサーレ)
20. 朝、街に出る(3日目)
しおりを挟む※芽芽視点に戻ります。
****************
翌朝、異世界人らしさを精一杯消そうとした私は、その引き換えに怪しさ満載のいでたちとなって、高さ3メートルほどの街壁の前に立っていた。
フィオは小さくなって背中に背負った私のリュックの中で待機。顔は出せないけれど、内側に開けた覗き穴から外が見えるのは確かめた。
熊のぬいぐるみの中に入ったままの爺様は、首から掛けたネックストラップでぶら下がっている。
鈴系は穴にティッシュを詰めて全て音消しした。ミーシュカから取り出したガムラン心臓は、穴がないからタオルでくるんだだけ。走ったりジャンプしたりしなければ、そこまで鳴ったりしないから大丈夫。
いざという時はポケットの中で風の補助具を握りしめ、私が消音魔法を展開していく予定。
うねうねした蛇杖は、森との境界線に建つちびピラミッド裏手に隠すしかなかった。拾い物だから、たとえ戻ってこれなくても諦められ……るだろうか、自信ない。
七福神の寿老人や福禄寿が持ってそうな貫録たっぷりのレア物なんだもん。
そういや南極寿星ってあったよねって、さっき命名したところ。太陽やシリウスに次いで明るいはずなのに、地平線すれすれだから見えにくい恒星だ。平和な時代になると見えるとか、見えたらラッキーだと言われている。
ちなみにサンスクリット語で猿はカピ。カノープスの愛称にぴったりである。
「カピちゃん、良い子でお留守番しててね」
日本語でそう呼びかけて、なでなでした。我が魔王軍の一員として、是非とも隠密活動を完遂してほしい。森の神様にも手を合わせておいた。
私自身は、爺様の布巻き靴を自分の登山靴の上に被せているから、足元が亀さん大魔王。
全身を覆い隠す爺様の勝色のローブは私の身長よりも長かった。裏側から安全ピンで多少は裾上げしてみたものの、足元を隠すために地面すれすれだ。
≪まさか髪をばっさり切るとは思わなかったわ≫
足元の白い犬が溜め息をついている。
旅の安全を考えると、極力男の子っぽくしたほうがいいに決まってる。さっき森を出る直前、ピラミッドを見てはたと思い至った。
隣国ならば男も長く伸ばして、後ろでまとめるのが伝統なんだって。でも、戦争するかもしれない相手国の髪形はまずいだろう。おまけに、隣国でもこの国でも黒い地毛自体が珍しい。
ただし、表向きのみ友好国の帝国で、短髪を黒く染めるのが流行中。この国や隣国の首都圏でも、それに追従している人が一定数いる。髪の色が簡単に変えられないなら、長さを模倣するほうが手っ取り早いじゃないか。
鳥さん型の糸切鋏でショートにした。裁縫セットに最初から付属していたのは小指サイズで使い辛いからと、だいぶ前に交換しておいて良かった。
≪そんなに変かな?≫
≪ごめんね、芽芽ちゃん。ボクと一緒にいるせいで……≫
後ろのリュックでまた竜が凹んでいる。
≪フィオ、私は一緒にいたくているから大丈夫。
あとね、髪にこだわりないから。今まで長めに伸ばしていたのは、そのほうがしょっちゅう切らなくて済むからだもん≫
母親も父親も、美容院に行くときはお一人様を満喫する時間とでも思っていた節がある。私を一緒に連れて行くという発想が、まるっと欠如した人たちだった。
昔はおじいちゃんが気づいて揃えてくれたけど、やがて自分でも風呂場で切れるようになった。前髪も長くしておけば、毛先の長さがプロ並みにぴったりでなくても、そこまで目立ちゃしない。
≪女の子なんだから、もうちょっと拘りなさいよ≫
カチューシャの目が細くなる。
≪目のやり場に困るような露出してなくて、息出来ないような悪臭漂わせなかったらいいんじゃない?≫
≪あんた、判断基準がおかしいからね!≫
そうかな。五感に訴える不快感さえ与えなければ、本人が好きな格好したらいいと思う。
≪どんな世界で生活していたのよ≫
≪うーん。どこも男が支配しているからね。黒い布で全身隠すよう命じられた女の人と、そんなん関係ねぇーってパレードで裸で練り歩く女の人と、どちらもいる世界≫
個人的には白い布で通学が楽そうでいいな、と思っていたりする。朝ギリギリまで寝れて、下はパジャマのまま着替えなくていいなら被るんだけど。
≪要するに、普段から男装せねば自由に外に出れぬ、荒んだ世界なのじゃな! 道理で竜すら恐れぬ訣じゃ≫
爺様がなんか誤解している。ズボンは単に動きやすいからだってば。
≪ま、怪しいのは怪しいけど、一般人ならまさか異世界から来たとは思わないわ。帝国よりも南のどこか聞いたこともない土地から一人旅している半端者って感じよ≫
カチューシャには、私の故郷はこれ以上追及してはいけない話題だと判断されたようだ。『自信持ちなさい』と励ましてくれているみたいなのだが、字面的にまったく励まされた気がしないのはなぜだろう。
≪まぁなんじゃ。異国の旅芸人のフリをしていれば、少々怪しくても誤魔化せるじゃろ≫
爺様、その若干投げやりなコメントは何。
独り落ち込むことしばし。
……底は到達したから、後は上昇するのみ。荷物は多いが、浮遊石のおかげで軽いしね。
≪表向きは流離の旅芸人、実は最強の魔王でした、というテイで行きます!≫
意を決して、街への扉に手を伸ばしかけた。
あ、でも不安で仕方ないから、街の守護をきっと担っているであろう天界神界もろもろ界隈のお偉い方々に祈っておこう。
職質かけられませんよーに。しょっぴかれませんよーに。石投げられませんよーに。タールぶっかけられて市中引き回しになりませんよーに。あと、鉄の檻に閉じ込められたまま川に沈められませんよーに。
≪……なんなの、それ≫
途中から思わず念話になっちまったらしい。カチューシャにドン引きされてしまった。
≪むこうの世界ですっごくポピュラーだった昔の処刑方法≫
投石は聖書の時代から婦女子も含めた市民に人気の娯楽だ。『タールに羽毛に市中引き擦り回し』は、アメリカなら南北戦争後も人々がこぞって熱狂した。『繰り返し川に沈めて最後に火炙り』は、中世ヨーロッパの魔女裁判で定番コースである。
一般人は異端に情け容赦ないのだ。
≪ま、まぁいいわ。えっと……そう。わたしはここからは魔術で、人間からは余り見えないようにするから≫
およ、透明人間ならぬ透明犬?
≪違うわよ、人間の意識から外れるの。ほら、人混みの中で、そこにいるのに全く注目を集めない人間っているでしょ、視界には入っている筈なのに関心を持たれない存在≫
見えてはいるらしいから、目の前に飛び出たり、大きな声で威嚇したりするとばっちし認識されてしまう。でも少し経つと、『なんか犬がウロウロしているなー……あれ、何考えてたっけ』で、終わるらしい。え゛ー、私もそっちがいい。
≪それだと、街で交渉し辛いわ。質屋がなかったら、市場で物々交換するつもりなんでしょ。誰も気に留めないわよ≫
そりゃ困る。
≪それにこの技は相当熟練してないと難しいの。常時駆使しながら買いたい物なんか選んでられる? 会計できると思う?≫
慣れないことを、あっちこっち同時並行で意識するなんて、無理無理無理! 私、基本すべてネット通販なんだよ? 街中で洋服買い出しショッピングなんて最後は何年前にしたのか、記憶すら朧げだ。
≪ううう゛。異国の旅芸人で魔王、がんばります……≫
≪芽芽ちゃん、がんばってー! きっとちゃんとタビゲイニンでマオーだよ、『旅して芸をする人』で『魔獣の味方の王様』なんだよね!≫
≪……フィオ、ありがとう。多分、ちゃんとものすごく『旅芸人』で『魔王』してるから大丈夫≫
私は悪足掻きを諦め、街へ入ることにした。
****************
※この起きがけ部分が、2話目の「プロローグ(ヴァーレッフェ国)」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/954271435/276632074/episode/5744620)となります。
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