31 / 44
朝焼けの街 (カハルサーレ)
21. 色が色々違う
しおりを挟む
悪徳魔道士に待ち伏せされていないか、カチューシャが気配を探ってくれる。
現代の馬車が通れない『旧街道』は、狩猟採集するときしか使用されなくなって久しい。大半が森に呑み込まれてしまった。その『四つ足の道』側からだと、野原や耕作地帯を挟んで、街の背面と繋がることが多いそうだ。
どの街も周囲をぐるりと高い壁で囲んである。戦時中でもあるまいし、農作業用の裏口は自警団が冬だけ魔獣を警戒すればすむ。
石造りの壁に嵌め込まれた小さな木の扉。横手には古い鉄鍵が無造作にかけてある。四つ葉のクローバーみたいな形の鍵だ。
垂れ下がった飾り房はお守りなんだって。赤・黄・青・紫の四色の糸で編んだもの。やはり四つの月と同じ配色だ。
でも施錠もされていない。軽く押しただけでそのまま開いた。
ぽかぽか陽気のおかげか、すぐ隣の見張り塔は閑古鳥が鳴いている。その先も果樹がわんさと生い茂り、遠方からの視界を遮ってくれた。
≪ってぇ、実も葉っぱもお月さま四色!≫
細長い葉っぱが羽状の複葉、小さい実が房状に垂れ下がっている。これってエルダーベリーだよね? 地球でもスタンダードな白い小花に緑い葉じゃなくて、ピンクの小花に黒い銅葉の品種があったっけ。あのダークな感じで、紺色の葉の樹は紺色の実が。紅色の葉の樹には紅色の実が。黄金色の樹もあるし、濃い紫の樹もある。
≪壁面には、よく群生しているじゃない。
まぁ確かに、普通は扉の前くらい剪定しておくものよね。たとえ魔獣の季節には落葉しているとしても怠慢だわ≫
≪ここの領主は骨董狂いじゃ。街の美化衛生に回せる金なぞあるものか。背後に帝国がいるせいで、国王陛下でも迂闊には譴責できぬ≫
サモエド犬と爺様がそろって溜め息をつく。今朝、腐敗した神殿派だと説明されたっけ。この街自体には領主館はないし、ド田舎だから代官すら常駐していない。貴族やエリート魔道士なんてロクに寄りつかないって。
とりあえず、セイヨウニワトコの葉っぱをちぎって、靴下と素足の間に挟む。森の王様の葉っぱも道端に落ちていたのを拾って、寝ている間中くっつけておいた。幸いどれもかぶれていない。
雑草だらけの農道の左右には畑が広がる。街の外はイネ科の穀物畑だった。内側は芋っぽい葉や人参っぽい葉と……豆かな。そしてやっぱり月の四色。野菜の種類ではなく、色で畑が分かれている。
魔獣が侵入してきた時の緩衝地帯かつ戦闘空間なんだって。居住区域は、壁と畑で縁取られた中央部分に密集していた。もっと豊かな街なら、居住区域の手前にもう一つの防御壁。州都や王都の規模になれば、何重もの壁を設置するらしい。
≪今って初秋なんでしょ。みんな、まだ夏のバカンスでお出かけ中なの?≫
≪いや、昨日今日のような快晴は稀じゃぞ。夏の間も陰気な雨続きでな、雹まで時折降るしのう≫
爺様に言わせると、近年は天候に恵まれず、畑の手入れや冬の備えで忙しい時期なのだそう。なのになぜか今日はガランとしていた。
居住区域は御伽話に出てきそうな美しい街並みだけど、やはり人気がない。遠くからウィンドチャイムのような音を微風が運んできた。妖精が通り過ぎたみたいな、キラキラと繊細な音。
西洋中世風の家壁は、焦げ茶色の分厚い木骨に、少し赤みのある漆喰が塗り込んであった。この地方で採れる土の色らしい。
どこも四階建て構造で、その上には妖精のとんがり帽子みたいな急勾配の真っ赤な屋根が乗っかっている。
≪ここってかなりの積雪量なの?≫
≪恐らくは、普通と思うぞ?≫
爺様、この国の『普通』量の雪って何。
抗議すると、≪王都と同じくらいじゃろ。まぁ霊山の裏手ゆえ、少しくらいは増えるかもしれんが≫という、さらに想像のつかない比較対象を出された。
どの軒先にも小さい庭があって、花や香草が植えられている。洗濯物は表から見えない。側溝はあるけれど、汚物臭はしない。薄赤色の石畳は掃き清められ、やはり文化度は高そうだ。
≪ここら辺で雪の被害は聞かないわね。霊山のすぐそばだし≫
霊山があると雪は増えるのか減るのか。カチューシャの補足で余計にややこしやぁ――って天を仰いだら、いきなり誰かが左側の家から出てきた!
男性の髪が真っ青! 女性のは真っ黄っき! 二人とも二十代前半っぽい。これって反逆の象徴?
男性のほうは、肌も薄っすらペイントしたみたいに、ほんのり青みがかっていた。女性は白色人種の顔立ちなのに、蜜柑を食べ過ぎたかのような黄色肌。
なのに二人とも露出度の低い、かちっとしたお洋服というチグハグっぷり。
「っ痛!」
女王様気質の凶暴犬が、私の足に尻尾をバンバン当ててきている。あ、念話で何か言ってくれてたのね。びっくりしすぎて固まってたわ。
「******!」
あれ、向こうも焦ってる。手を繋いでるから恋人だろうか。男性は、なぜだか弁明するような口調だ。女性はおろおろしている。どちらも自分の髪色をダークにした色合いの手袋にロングコート姿。大きな荷物まで抱えている。
≪むむっ、地震じゃと? 珍しいな。住民は正門近くの壁の補修工事へ……その隙に駆け落ちしようとしていたらしい。
男は貴族階級の役者かぶれかのう。仰々しい言い回しを並べて悦に入っておるが、こりゃ相当、精霊に蹴り散らかされとる。女はその使用人といったところかの≫
爺様がすこぶる呆れていた。『精霊に蹴られる』は、おバカってこと。目の前の古民家は、女性のご実家っぽい。漆喰にひびが入っていないから、大地震ではなさそうだ。
最初は「叔父上の寄こした追手か! マイスイートハニーをどうするつもりだっ」と警戒されて、そいで今は「でも身なりが外国人だから、はっ、もしかして幸運の前兆?!」と盛大に勘違いされてる最中。正確には、『精霊のことほぎ』って表現するんだって。
私、これをどう対処したらいいの?
≪もう! だから隠れなさいって言ったのに!≫
あのさカチューシャ、私は忍者適性ゼロだから。ドアが開く瞬間に言われたって、ロクに聞こえてもいなかったよ。あと、月にお送りするという物騒な提案も止めて。
≪旅の精霊らしく、祝福を寄こせと言うとるぞ≫
爺様によると、この国では旅立つときに『お達者で』的な声掛けを先導してくれる人を『旅の精霊』と呼ぶ。本来は見送る人が一堂に会して行うから、手締めみたいなものかな。とはいえ、私はこの国の言葉で「さぁさ、お手を拝借~、いよ~っ」なんて定型文は知らないわけで。
≪時代劇の中でしかお目にかからんような、今は廃れた風習じゃ。無視しても――は、ちとマズイの。こいつ、ここの領主の縁戚じゃ≫
めっさヤバイやん。愛想笑いのまま、フリーズしてしまう。
≪『叔父上』がどうのって慌ててたものね。帝国風の貴族服じゃないってことは、傍系かしら≫
≪主人公が行商人に変装する、例の陳腐な恋愛古典劇になぞらえておるのよ。なぁにがそれでも隠しきれぬ気品じゃ、田舎もんが≫
都会のネズミどんよ、問題はそこじゃねぇ。えっと……コノ国ノコトバ、私ヨクワカリマセンってどう言うんだ? 通報されて荷物検査されたらフィオが! うわぁ、落ち着け! 何か捻りだすんだ、魔王メメ!
≪芽芽ちゃん、大丈夫? タビゲイニンしたらいいよ、きっと≫
リュックの中から緑竜が助言してくれた。そっか。『旅して芸する人』だ。こっちではお月様の数である四がラッキーナンバーなんだよね。そいで幸運でしょ。短くまとまってて、とにかく明るい曲調で……裏扉の鍵の形だ!
命がかかっているのに、恥ずかしいとか言ってらんない。両手で交互にワン・ツー・スリー・フォーっと大袈裟な動きでフィンガースナップを鳴らす。こういうのは音を外そうが、ノリノリで歌えば何とかなる!
「(四つ葉のクローバーを見てるとこなの、
これまでは見逃しちゃってたけどねぇ。
葉っぱの一つ目はお日様さんさん、
二つ目は雨、三つ目は小道に咲くバラ。
説明なんて不要よ、
最後の一枚は私の愛する誰かさん。
四つ葉のクローバーを見てるとこなの、
これまでは見逃しちゃってたけどねぇ)」
古い英語の歌を満面の笑顔で締めて、右足をすっと斜め後ろに引く。そのまま下に両膝を軽く曲げてカーテシー。イメージはバレリーナの優雅なプリエだ。フィオを背負っているから、お辞儀で前のめりになるのは避けたかったのさ。
「******!」
興奮したお兄さんが、劇場カーテンコール並みの熱烈な拍手。お姉さんもそばかす顔をくしゃっとさせて喜んでくれた。
何か言いながら、硬貨を何枚か渡してくる。チップってこと? もらっちゃっていいの?
よく解らないけど、私たちが通った街壁の裏扉へと続く道を二人勇んで歩きだした。営業スマイルを張り付けたまま、手を振って見送る。
≪見直したわ牙娘。こんなにすぐ金を稼ぐだなんて≫
カチューシャが唖然としている。
≪聞いておらんぞ。本当に芸人じゃったのか?!≫
≪だって芽芽ちゃん、お歌は得意だも~ん≫
爺様まで驚いている。フィオがなぜか得意げだ。そういえば、脱皮を手伝った時に糸巻きの歌を披露したね。
にしても、これって何円くらいなんだろう。カチューシャの鼻先に持っていって確認してもらう。
≪あら、林檎だわ≫
大樹のシンボルが浮き彫りになった八角形の硬貨。林檎の樹よりも幹が立派だけど、通称は『林檎』なんだって。どちらかというと、爺様の斜め掛け袋の刺繍を彷彿とさせる。
≪これで何がどれくらい買えるの? たとえば本物の林檎の果実なら、何個分?≫
……ここまでお喋りだった爺様とカチューシャがいきなり黙りこんだぞ。この国の平均月給とか、貴族じゃない役人の初任給とか、話をいくら振っても梨のつぶて。
もしかして、爺様も貴族階級なのかな。少なくとも高給取りだろうし――お金の管理は秘書さんに丸投げなご身分だったりする?
≪そ、そんなことはない! ワシとて年度末の決算くらいは目を通す!≫
年に一回なんて、庶民じゃないじゃん。しかも、お付きの存在を否定しないよ、この老人。
カチューシャが、≪わたしは犬だもの!≫と言い訳するのは仕方ないけどさ。ん? いや待てアナタ、つい昨日まで猫だったじゃん。
≪……硬貨は……4とか8とか16の倍数の筈だわっ≫
カチューシャよ、掛け算は元になる数と答えの両方が虫食いだと解けないんだよ。掛けるほうも4か16かで、答えが大いに変わるし!
怪しさ極まれりの王都ネズミ組だけど、時間が勿体ない。市場というのは、早朝がメインとなるのが基本。尋問は切り上げて、街の中心部を目指すことにした。硬貨を入手したことだし、質屋を探すよりも先に市場へ直接行ってみよう。
駆け落ちする若いカップルとはいえ、B級グルメなら一食分はいける金額なんじゃないかな。モノは試しだ。
****************
※爺様:神殿の反対側斜面なので、王都に比べたら雪は多いかも。
カチューシャ:まだ王都近郊なので、北部の州に比べたら雪は少ないかも。
……地球で言えば、北欧三国の首都あたりの緯度。ただし積雪量は日本の豪雪地帯並みです。
※芽芽が唄ったのは、“I'm Looking Over a Four Leaf Clover”という4ビートの歌謡曲。「( )」内に作者訳で、日本語の意味を表記しました。
ちなみに街鍵が実際に模しているのは四大精霊の菱形の一種であって、四つ葉のクローバーではありません。
現代の馬車が通れない『旧街道』は、狩猟採集するときしか使用されなくなって久しい。大半が森に呑み込まれてしまった。その『四つ足の道』側からだと、野原や耕作地帯を挟んで、街の背面と繋がることが多いそうだ。
どの街も周囲をぐるりと高い壁で囲んである。戦時中でもあるまいし、農作業用の裏口は自警団が冬だけ魔獣を警戒すればすむ。
石造りの壁に嵌め込まれた小さな木の扉。横手には古い鉄鍵が無造作にかけてある。四つ葉のクローバーみたいな形の鍵だ。
垂れ下がった飾り房はお守りなんだって。赤・黄・青・紫の四色の糸で編んだもの。やはり四つの月と同じ配色だ。
でも施錠もされていない。軽く押しただけでそのまま開いた。
ぽかぽか陽気のおかげか、すぐ隣の見張り塔は閑古鳥が鳴いている。その先も果樹がわんさと生い茂り、遠方からの視界を遮ってくれた。
≪ってぇ、実も葉っぱもお月さま四色!≫
細長い葉っぱが羽状の複葉、小さい実が房状に垂れ下がっている。これってエルダーベリーだよね? 地球でもスタンダードな白い小花に緑い葉じゃなくて、ピンクの小花に黒い銅葉の品種があったっけ。あのダークな感じで、紺色の葉の樹は紺色の実が。紅色の葉の樹には紅色の実が。黄金色の樹もあるし、濃い紫の樹もある。
≪壁面には、よく群生しているじゃない。
まぁ確かに、普通は扉の前くらい剪定しておくものよね。たとえ魔獣の季節には落葉しているとしても怠慢だわ≫
≪ここの領主は骨董狂いじゃ。街の美化衛生に回せる金なぞあるものか。背後に帝国がいるせいで、国王陛下でも迂闊には譴責できぬ≫
サモエド犬と爺様がそろって溜め息をつく。今朝、腐敗した神殿派だと説明されたっけ。この街自体には領主館はないし、ド田舎だから代官すら常駐していない。貴族やエリート魔道士なんてロクに寄りつかないって。
とりあえず、セイヨウニワトコの葉っぱをちぎって、靴下と素足の間に挟む。森の王様の葉っぱも道端に落ちていたのを拾って、寝ている間中くっつけておいた。幸いどれもかぶれていない。
雑草だらけの農道の左右には畑が広がる。街の外はイネ科の穀物畑だった。内側は芋っぽい葉や人参っぽい葉と……豆かな。そしてやっぱり月の四色。野菜の種類ではなく、色で畑が分かれている。
魔獣が侵入してきた時の緩衝地帯かつ戦闘空間なんだって。居住区域は、壁と畑で縁取られた中央部分に密集していた。もっと豊かな街なら、居住区域の手前にもう一つの防御壁。州都や王都の規模になれば、何重もの壁を設置するらしい。
≪今って初秋なんでしょ。みんな、まだ夏のバカンスでお出かけ中なの?≫
≪いや、昨日今日のような快晴は稀じゃぞ。夏の間も陰気な雨続きでな、雹まで時折降るしのう≫
爺様に言わせると、近年は天候に恵まれず、畑の手入れや冬の備えで忙しい時期なのだそう。なのになぜか今日はガランとしていた。
居住区域は御伽話に出てきそうな美しい街並みだけど、やはり人気がない。遠くからウィンドチャイムのような音を微風が運んできた。妖精が通り過ぎたみたいな、キラキラと繊細な音。
西洋中世風の家壁は、焦げ茶色の分厚い木骨に、少し赤みのある漆喰が塗り込んであった。この地方で採れる土の色らしい。
どこも四階建て構造で、その上には妖精のとんがり帽子みたいな急勾配の真っ赤な屋根が乗っかっている。
≪ここってかなりの積雪量なの?≫
≪恐らくは、普通と思うぞ?≫
爺様、この国の『普通』量の雪って何。
抗議すると、≪王都と同じくらいじゃろ。まぁ霊山の裏手ゆえ、少しくらいは増えるかもしれんが≫という、さらに想像のつかない比較対象を出された。
どの軒先にも小さい庭があって、花や香草が植えられている。洗濯物は表から見えない。側溝はあるけれど、汚物臭はしない。薄赤色の石畳は掃き清められ、やはり文化度は高そうだ。
≪ここら辺で雪の被害は聞かないわね。霊山のすぐそばだし≫
霊山があると雪は増えるのか減るのか。カチューシャの補足で余計にややこしやぁ――って天を仰いだら、いきなり誰かが左側の家から出てきた!
男性の髪が真っ青! 女性のは真っ黄っき! 二人とも二十代前半っぽい。これって反逆の象徴?
男性のほうは、肌も薄っすらペイントしたみたいに、ほんのり青みがかっていた。女性は白色人種の顔立ちなのに、蜜柑を食べ過ぎたかのような黄色肌。
なのに二人とも露出度の低い、かちっとしたお洋服というチグハグっぷり。
「っ痛!」
女王様気質の凶暴犬が、私の足に尻尾をバンバン当ててきている。あ、念話で何か言ってくれてたのね。びっくりしすぎて固まってたわ。
「******!」
あれ、向こうも焦ってる。手を繋いでるから恋人だろうか。男性は、なぜだか弁明するような口調だ。女性はおろおろしている。どちらも自分の髪色をダークにした色合いの手袋にロングコート姿。大きな荷物まで抱えている。
≪むむっ、地震じゃと? 珍しいな。住民は正門近くの壁の補修工事へ……その隙に駆け落ちしようとしていたらしい。
男は貴族階級の役者かぶれかのう。仰々しい言い回しを並べて悦に入っておるが、こりゃ相当、精霊に蹴り散らかされとる。女はその使用人といったところかの≫
爺様がすこぶる呆れていた。『精霊に蹴られる』は、おバカってこと。目の前の古民家は、女性のご実家っぽい。漆喰にひびが入っていないから、大地震ではなさそうだ。
最初は「叔父上の寄こした追手か! マイスイートハニーをどうするつもりだっ」と警戒されて、そいで今は「でも身なりが外国人だから、はっ、もしかして幸運の前兆?!」と盛大に勘違いされてる最中。正確には、『精霊のことほぎ』って表現するんだって。
私、これをどう対処したらいいの?
≪もう! だから隠れなさいって言ったのに!≫
あのさカチューシャ、私は忍者適性ゼロだから。ドアが開く瞬間に言われたって、ロクに聞こえてもいなかったよ。あと、月にお送りするという物騒な提案も止めて。
≪旅の精霊らしく、祝福を寄こせと言うとるぞ≫
爺様によると、この国では旅立つときに『お達者で』的な声掛けを先導してくれる人を『旅の精霊』と呼ぶ。本来は見送る人が一堂に会して行うから、手締めみたいなものかな。とはいえ、私はこの国の言葉で「さぁさ、お手を拝借~、いよ~っ」なんて定型文は知らないわけで。
≪時代劇の中でしかお目にかからんような、今は廃れた風習じゃ。無視しても――は、ちとマズイの。こいつ、ここの領主の縁戚じゃ≫
めっさヤバイやん。愛想笑いのまま、フリーズしてしまう。
≪『叔父上』がどうのって慌ててたものね。帝国風の貴族服じゃないってことは、傍系かしら≫
≪主人公が行商人に変装する、例の陳腐な恋愛古典劇になぞらえておるのよ。なぁにがそれでも隠しきれぬ気品じゃ、田舎もんが≫
都会のネズミどんよ、問題はそこじゃねぇ。えっと……コノ国ノコトバ、私ヨクワカリマセンってどう言うんだ? 通報されて荷物検査されたらフィオが! うわぁ、落ち着け! 何か捻りだすんだ、魔王メメ!
≪芽芽ちゃん、大丈夫? タビゲイニンしたらいいよ、きっと≫
リュックの中から緑竜が助言してくれた。そっか。『旅して芸する人』だ。こっちではお月様の数である四がラッキーナンバーなんだよね。そいで幸運でしょ。短くまとまってて、とにかく明るい曲調で……裏扉の鍵の形だ!
命がかかっているのに、恥ずかしいとか言ってらんない。両手で交互にワン・ツー・スリー・フォーっと大袈裟な動きでフィンガースナップを鳴らす。こういうのは音を外そうが、ノリノリで歌えば何とかなる!
「(四つ葉のクローバーを見てるとこなの、
これまでは見逃しちゃってたけどねぇ。
葉っぱの一つ目はお日様さんさん、
二つ目は雨、三つ目は小道に咲くバラ。
説明なんて不要よ、
最後の一枚は私の愛する誰かさん。
四つ葉のクローバーを見てるとこなの、
これまでは見逃しちゃってたけどねぇ)」
古い英語の歌を満面の笑顔で締めて、右足をすっと斜め後ろに引く。そのまま下に両膝を軽く曲げてカーテシー。イメージはバレリーナの優雅なプリエだ。フィオを背負っているから、お辞儀で前のめりになるのは避けたかったのさ。
「******!」
興奮したお兄さんが、劇場カーテンコール並みの熱烈な拍手。お姉さんもそばかす顔をくしゃっとさせて喜んでくれた。
何か言いながら、硬貨を何枚か渡してくる。チップってこと? もらっちゃっていいの?
よく解らないけど、私たちが通った街壁の裏扉へと続く道を二人勇んで歩きだした。営業スマイルを張り付けたまま、手を振って見送る。
≪見直したわ牙娘。こんなにすぐ金を稼ぐだなんて≫
カチューシャが唖然としている。
≪聞いておらんぞ。本当に芸人じゃったのか?!≫
≪だって芽芽ちゃん、お歌は得意だも~ん≫
爺様まで驚いている。フィオがなぜか得意げだ。そういえば、脱皮を手伝った時に糸巻きの歌を披露したね。
にしても、これって何円くらいなんだろう。カチューシャの鼻先に持っていって確認してもらう。
≪あら、林檎だわ≫
大樹のシンボルが浮き彫りになった八角形の硬貨。林檎の樹よりも幹が立派だけど、通称は『林檎』なんだって。どちらかというと、爺様の斜め掛け袋の刺繍を彷彿とさせる。
≪これで何がどれくらい買えるの? たとえば本物の林檎の果実なら、何個分?≫
……ここまでお喋りだった爺様とカチューシャがいきなり黙りこんだぞ。この国の平均月給とか、貴族じゃない役人の初任給とか、話をいくら振っても梨のつぶて。
もしかして、爺様も貴族階級なのかな。少なくとも高給取りだろうし――お金の管理は秘書さんに丸投げなご身分だったりする?
≪そ、そんなことはない! ワシとて年度末の決算くらいは目を通す!≫
年に一回なんて、庶民じゃないじゃん。しかも、お付きの存在を否定しないよ、この老人。
カチューシャが、≪わたしは犬だもの!≫と言い訳するのは仕方ないけどさ。ん? いや待てアナタ、つい昨日まで猫だったじゃん。
≪……硬貨は……4とか8とか16の倍数の筈だわっ≫
カチューシャよ、掛け算は元になる数と答えの両方が虫食いだと解けないんだよ。掛けるほうも4か16かで、答えが大いに変わるし!
怪しさ極まれりの王都ネズミ組だけど、時間が勿体ない。市場というのは、早朝がメインとなるのが基本。尋問は切り上げて、街の中心部を目指すことにした。硬貨を入手したことだし、質屋を探すよりも先に市場へ直接行ってみよう。
駆け落ちする若いカップルとはいえ、B級グルメなら一食分はいける金額なんじゃないかな。モノは試しだ。
****************
※爺様:神殿の反対側斜面なので、王都に比べたら雪は多いかも。
カチューシャ:まだ王都近郊なので、北部の州に比べたら雪は少ないかも。
……地球で言えば、北欧三国の首都あたりの緯度。ただし積雪量は日本の豪雪地帯並みです。
※芽芽が唄ったのは、“I'm Looking Over a Four Leaf Clover”という4ビートの歌謡曲。「( )」内に作者訳で、日本語の意味を表記しました。
ちなみに街鍵が実際に模しているのは四大精霊の菱形の一種であって、四つ葉のクローバーではありません。
0
あなたにおすすめの小説
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。
西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ?
なぜです、お父様?
彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。
「じゃあ、家を出ていきます」
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
冤罪で追放された令嬢〜周囲の人間達は追放した大国に激怒しました〜
影茸
恋愛
王国アレスターレが強国となった立役者とされる公爵令嬢マーセリア・ラスレリア。
けれどもマーセリアはその知名度を危険視され、国王に冤罪をかけられ王国から追放されることになってしまう。
そしてアレスターレを強国にするため、必死に動き回っていたマーセリアは休暇気分で抵抗せず王国を去る。
ーーー だが、マーセリアの追放を周囲の人間は許さなかった。
※一人称ですが、視点はころころ変わる予定です。視点が変わる時には題名にその人物の名前を書かせていただきます。
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる