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王都凱旋
82. 作戦会議する
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****************
選帝公二人に質問攻めにされながらの夕食後、しばらく休憩して深夜前。
冬の長いヴァーレッフェ王国では、各街に地下道が張り巡らされているのだけど、そことは繋がっていない地下室も存在する。シャイラさんの先導に従って階段を降りると、その一つ、淡い紫石で造られた広大な『独立地下室』の重い扉が開く。
中で待機していた顔見知りの竜騎士が一斉に敬礼した。初めて見る顔もちらほら。
――って、白いローブ! 神殿の魔導士だ!
「心配ご無用ですぞ。彼らは神殿内で不正を暴くために、魔導契約を互いに交わしていた者たちです。ヘスティアがこちらに伺うようにと」
そういう貴女は誰。
灰色ローブのお婆さんが頭を下げる。御伽噺の典型的な魔女みたいに腰が曲がっていて皺くちゃだ。青のグラデーションの髪は、ぐるぐる巻きの巨大な玉ねぎみたい。
「魔導士協会の会長を務めております、ラウィーニアです。聖なる極光よ、精霊と共にヴァーレッフェを遍く照らし給え」
正式な挨拶句で押し切られてしまったので、とりあえず私も深緑のスカートの裾を摘まむ。
≪カチューシャ、魔導士って信用しても大丈夫なの?≫
≪ラウィーニアはグウェンフォールと古い知り合いよ。でも神殿のほうは……二本線だから中級魔導士だと思うけど……あ、あの美少年って確か黄金倶楽部の幹部が可愛がってる秘書だわ! 灰色の街で芽芽に攻撃してきたヤツの部下!≫
――え゛。それって全然、大丈夫じゃないじゃない!
あからさまに顔がこわばってしまう。カチューシャに抱きついて、扉のほうへ後ずさった。
「聖獣様と念話が出来るとのことですが、確かなようですな」
玉ねぎお婆さんが、ひゃひゃひゃっと嗄れた笑い声を上げる。
何と言われましたか、と訊かれたので、手帳にすでに書かれた単語を私のすぐ後ろに控えていたディルムッドへ見せた。
「ええ。あそこにいるのは、黄金倶楽部の上級魔導士、ルキヌスの秘書ですよ」
「あの! 聖女様、噂は彼本人がワザと流していただけで、本当に複数の竜騎士や魔導士と付き合っているわけではないと思います。わたくしもきちんと話すようになったのは最近ですけれど、人となりは保障いたしますわ」
紫の二本線で縁取りされた白いローブの女性が、おずおずと発言した。
「というか僕、誰一人とも付き合ってないですし。ルキヌスが自分のすべき仕事まで押し付けるわ、他の上級の連中もこき使うわで、そんな時間もないですから!」
黄色の二本線の美少年が、吐き捨てるように弁明した。『ルキヌス』ってのは、足を引きずっていた茶毒蛾ホストだ。
カチューシャに確認すると、ダリアンと名乗った女顔の華奢な魔導士は、男を侍らせてることで有名らしい。別にそこまでは指摘していなかったのに……周囲の見る目が和らいだから、私への釈明をダシにされたっぽい。
仲間思いのコミーナという、いかにもお嬢様な雰囲気の魔導士は、ディルムッドの乳母の娘。その横で、ダリアン『美少年』(と皆が言うけど、そこそこのお歳だと思う)が不正調査の動機を説明してくれた。
「神殿では内輪でも、長らく賄賂や悪質な虐めが横行していて、耐え切れなくなった者が辞めていくか、自ら死を選ぶのです。口封じに殺された者もおります」
今では、大事な部下を何人か殺された水の師団長さんも仲間なんだって。腕を肘まで捲り、魔導契約とやらの刺青を見せてくれた。二人とも同じ模様だとしか解らん。
そして何やら覚悟した面持ちの『美少年』が、紙の束をこちらに寄越してきた。数十枚はある。
「ルルロッカ様の護衛隊長を務めるシャイラ殿のように、不当解雇された人間は他にもいます。閑職に追いやられた者もおります。我々のように、黄金倶楽部に協力したフリを装う過程で、やむなく犯罪の道連れにされた者もおります。
神殿長派を解体するだけでは、神殿は再興できません。
どうか聖女様のお慈悲を。もう一度だけ、たった一度だけでも、構いません。我々にやり直す機会を与えてください」
ダリアン君は、床に片膝を立ててしゃがむと、首を深く垂れた。少年のような高めの声と細い肩が震えていた。
とりあえず、魔紙をカチューシャに見せてみよう。
辞めさせられた表向きの理由と本当の理由とか、今も神殿や王都にいる人で信頼できそうな人物の評価とか、一人一人について丁寧に書かれてあるらしい。
「ガッテンショチ」
フィオを助けてくれるなら、私の権限は利用してくれて構わない。
あっさり認めすぎたのか、ダリアン君が弾かれたようにこちらを見上げる。
「でしたら、私もー! これ、神殿の自作の地図でーす! さらにですね、こちらの特製改造魔道具を使いますと立体的になりまーす!」
これまた年齢に似合わぬキャピったお声。一瞬で、シリアスな空気がふっ飛んだぞ。
奥の壁際。ガーロイドさんが座っている一人掛けソファの腕置き部分に腰掛けていた、妙齢の女性が元気に手を挙げた。
「ルルロッカ様! ガーロイド様との結婚を祝福してください! 神殿情報はがっつりあるんで、すべて献上いたします! なんなら変装術とか、侵入の手助けもドンと来いです!」
……アルンが通訳してくれるから、火の加護なのだと思う。そのせいか、えらく熱い。
「いやいやいや、ルルロッカ様。聞き入れなくていいですからね!? コイツは俺の親友の娘ですし、結婚とかないですから!!」
赤髪のパッション女性からベタベタ甘えまくられてたのに、土の師団長が延々しかめっ面だった原因はそこか。
≪そういや、火の師団長の娘がガーロイドにご執心だって噂があったわね≫
カチューシャも呆れて、目がチベットスナギツネ。
「~~~~一体何を考えているんだ! お前は王族の自覚を持て!」
「えーだって、騎士は手柄を立てたら王様が願いを叶えるのが鉄則じゃない。王命なら、お父様やガーロイドも受けざるをえないでしょ?」
一応、このお姫さん自身は騎士でも何でもない。それでも救国レベルの成果なら同程度の扱いを要求できるはずだと頑固に主張して、ガーロイドさんがとうとう頭を抱えた。
聖女命令でもいいのか確かめたら、師団長(※父親と未来の夫)二人が従うなら仔細は一切問わないとのこと。
魔紙に描かれた地図は、遺跡建築の専門家と自己紹介するだけあって緻密。建築家用の魔道具に組み込むと、立体的に浮かび上がる。
周囲の竜騎士たちがどよめき、焦りだしたから完成度もスゴいんだと思う。常時警備がされている場所には人の形、結界魔法や監視魔法の場所には菱形の印があって、色使いが異なる暗い場所は隠し通路て……これって忍びこむのが主目的の地図だ。
なんか変な点滅してる場所はガーロイドさんのよく行く場所。土の塔の師団長執務室はひときわ強く光っていた。土の竜舎の黄色印はニーアンというガーロイドさんの愛竜がいる場所。そいで矢印線は、ガーロイドさんの王都の家との往復経路。
――いろんな意味で犯罪臭が香ばしいが、まぁいいや。
「ガッテンショチ」
「ルルロッカ様!」
ぐだぐだ抵抗しているゴーレム筋肉男に対し、とびきりの笑顔を作る。神殿奥の一室、しかもその部屋の内部しか見たことがない私にとっては貴重な情報なのよ、解る?
「がぁろいど。ハラァ、ククレ」
竜舎で竜とまったりしていると、竜騎士たちの会話がよく聞こえてくる。それで覚えた。『覚悟を決める』という表現らしい。
そういえば、火の選帝公の娘とやらも、明日鉢合わせするんだろうか。
「火、セージョ、アラタシイ」
精霊四色の帯紐から、赤のリボンを摘まんで、ディルムッドに話しかける。
「新たな赤の聖女として名乗りを上た火の選定公家の三女ですね。おそらく明日のかぼちゃ祭りで、王都の南西側にある火の選帝公本家から、王宮と神殿を繋いでいる精霊大通りを東へこう、まっすぐ馬車で行進し、こちら、神殿の正門へとやって来ると思われます」
紫の竜騎士が、立体模型の一番大きな門を指していた。ふむ。私とかち合わせてくるのであれば。
「~~~~ルルロッカ様、その単語は綴り間違いでは?」
手帳に書いた文字をディルムッドに見せると、ちょっと凄まれてしまった。カチューシャが間違えるとは思えないんだけどなぁ。
背後に立っていたシャイラさんに確かめよう。
「え、『色仕掛けをしてこい』? 選定公家の三女に対してですか? 神殿の偽聖女に対してですか?」
「ロロホー」
「両方、ですね。もしかして……夕食前にオルラが、『ディルムッドを神殿の聖女と取り合ってるお嬢さんです』とご説明申し上げたせいで、そんな作戦を思いつかれたので?」
「ソウソウ。ソシテ、くうぃぃう゛ぃん、ト、すれいん」
他にも女性に大人気だという、青いマントと赤いマントの竜騎士をぴぴっと指す。
「ええ、彼らも神殿の侍女たちに大人気だとはお伝えしましたが――なるほど、『情報収集は大事』。その点は激しく同意いたします」
シャイラさんが真面目な顔のまま、しっかり頷いてくれた。立体模型の向こうでは、某温泉宿のドンみたいな玉ねぎ婆婆もニタリと不穏な笑みを浮かべている。
「明日は王都へ派手に乗り込むのですぞ。飾りとなる若手の花形騎士がごっそり抜けてしまってよろしいので?」
「ダイジョブ。ナゼナラバ、地、水、火、風」
玉ねぎお婆さんの問いを受け、先代の師団長さんを順に指すと、四人とも胸を張ってみせた。他の引退竜騎士さんたちも囃したてる。
「おお! 聖女様は我ら古株がお守りいたしましょう」
「王都のヒヨッコどもには、まだまだ負けませぬ故」
「年季の入った覇気を見せつけてやりましょうぞ」
クウィーヴィンとスレインがジジババの勢いに圧倒され、ディルムッドが悲鳴を上げた。
「どうか、ルルロッカ様と離れ離れになるのだけは!」
いやでも適任でしょ。色仕掛け、頑張ってね。
「セイレ!」
何よりついでにフィオの居場所も探ってこい。私は笑顔でバイバイした。
さっきから『森の女王』の蕾に擬態していたよん豆も、私の膝の上で景気よく開花した。リボンみたいに長い花びらが、ひらひらと床まで舞い降りる。前はこんなに花びらが豪華じゃなかったのに、成長してるわ。
いじけているディルムッドを無視して、ダリアンに私の召喚された場所を訊ねると、何故かビクつかれた。
「おそらくここでしょう」
って立体模型の一部分を指す。その裏の壁には、霊山から出入りできる扉が隠されているらしい。
そっちをブチ壊したら良くない? と提案したら、水の竜舎の貴重な扉だから、できれば元の場所に戻したいって、引退勢も含めた青マントの竜騎士さんたちに嘆願されてしまう。雪除けの特殊な木材で出来ているとか。
むーん。冬に青竜たちを凍えさせたくはない。でもアイラさんによると、王都側の地下に竜を匿うような洞窟なんて無いらしいし。って言うか、地下の勾配や土壌まで測量してるんだねぇ……引退勢も含めて、竜騎士の皆さんが天井を仰いで呻いている。
じゃあさ、とりあえずこの儀式の場をブチ壊そう! って提案したら、神殿で一番古い初代聖女ゆかりの場所だから駄目って皆が反対する。いやでも、子どもを生贄にして偽の光の柱を上げているような場所じゃない。
「ナラバ……ゼンブ、コワス?」
「ルルロッカ様、どこをどうしたら最終的にその結論になるのですか」
ダリアン君が肩を落とした。そんな残念そうにしなくても。……て、あれ? 他の人も何故に私から後ずさるの。別に破壊魔とかじゃないよ。でもさ、地下の洞窟を見つけるには、それが手っ取り早いじゃない。
よん玉は天井をくるくる。よん豆は今度は団栗になって地面をころころ。精霊系はこんなに賛成してくれるのに。
「つまり、虹竜以外はご興味がないと」
こくこくこく。大事なことなので、しっかり頷いておいた。あとね、前から気になっていたんだけど、とディルムッドに手帳を見せる。
「えっと、『虹竜ではなくフィオと呼べ』……つまり、同じ鱗の色だからといって、伝説の虹竜と同一視するな、と」
そうそう。この国を立ち上げた竜騎士姫の竜とは別竜格の別個体なのよ。
「今後は徹底いたしましょう、ですが……『明日のかぼちゃ祭りにフィオを救出し、年末までに奴隷契約を解除しなければ』という条件はですね、その、確約はできかねると申しますか……え、次のページですか? 『聖女は元日に、この国のすべての精霊や竜たちと竜の国へ旅立つ』!?」
最後のは精霊や竜全員の意思確認をしていないから、ハッタリである。
でもね、竜騎士なら私が念話で竜たちと会話ができるのを、よおおおっくご存知だ。自分の愛竜を連れて行かれると想像した竜騎士の皆さんが蒼褪める。
フィオを生きて助けなければ神殿は霊山ごと潰す、と宣言すると、玉ねぎ婆婆を含めた魔導士の皆さんも蒼褪めた。
「ハラァ、ククレ」
最後に地下室を丸っと見渡して、うんと可愛く笑ってあげる。チビねずを舐めんな。
ここに二人の選帝公はいない。ほぼ国王陛下みたいなもんだかしね。自分たちがいると、皆が遠慮して作戦が立てにくいだろうからって。
私も大枠を指示した後は、席を外したほうがよさそうだ。シャイラさんやガイアナさんたちを連れて自室へ戻ることにした。
****************
※「合点承知の助」と同様、「腹をくくる」に相当する言い回しがヴァーレッフェ語にも存在するようです。ただし、こちらではかなりの下町言葉。
皆さん、芽芽の前では丁寧に話していますが、竜舎で気を抜いていたりすると普段の話し方になってしまうようで。口の悪い引退竜騎士連中が一番の原因かと。
選帝公二人に質問攻めにされながらの夕食後、しばらく休憩して深夜前。
冬の長いヴァーレッフェ王国では、各街に地下道が張り巡らされているのだけど、そことは繋がっていない地下室も存在する。シャイラさんの先導に従って階段を降りると、その一つ、淡い紫石で造られた広大な『独立地下室』の重い扉が開く。
中で待機していた顔見知りの竜騎士が一斉に敬礼した。初めて見る顔もちらほら。
――って、白いローブ! 神殿の魔導士だ!
「心配ご無用ですぞ。彼らは神殿内で不正を暴くために、魔導契約を互いに交わしていた者たちです。ヘスティアがこちらに伺うようにと」
そういう貴女は誰。
灰色ローブのお婆さんが頭を下げる。御伽噺の典型的な魔女みたいに腰が曲がっていて皺くちゃだ。青のグラデーションの髪は、ぐるぐる巻きの巨大な玉ねぎみたい。
「魔導士協会の会長を務めております、ラウィーニアです。聖なる極光よ、精霊と共にヴァーレッフェを遍く照らし給え」
正式な挨拶句で押し切られてしまったので、とりあえず私も深緑のスカートの裾を摘まむ。
≪カチューシャ、魔導士って信用しても大丈夫なの?≫
≪ラウィーニアはグウェンフォールと古い知り合いよ。でも神殿のほうは……二本線だから中級魔導士だと思うけど……あ、あの美少年って確か黄金倶楽部の幹部が可愛がってる秘書だわ! 灰色の街で芽芽に攻撃してきたヤツの部下!≫
――え゛。それって全然、大丈夫じゃないじゃない!
あからさまに顔がこわばってしまう。カチューシャに抱きついて、扉のほうへ後ずさった。
「聖獣様と念話が出来るとのことですが、確かなようですな」
玉ねぎお婆さんが、ひゃひゃひゃっと嗄れた笑い声を上げる。
何と言われましたか、と訊かれたので、手帳にすでに書かれた単語を私のすぐ後ろに控えていたディルムッドへ見せた。
「ええ。あそこにいるのは、黄金倶楽部の上級魔導士、ルキヌスの秘書ですよ」
「あの! 聖女様、噂は彼本人がワザと流していただけで、本当に複数の竜騎士や魔導士と付き合っているわけではないと思います。わたくしもきちんと話すようになったのは最近ですけれど、人となりは保障いたしますわ」
紫の二本線で縁取りされた白いローブの女性が、おずおずと発言した。
「というか僕、誰一人とも付き合ってないですし。ルキヌスが自分のすべき仕事まで押し付けるわ、他の上級の連中もこき使うわで、そんな時間もないですから!」
黄色の二本線の美少年が、吐き捨てるように弁明した。『ルキヌス』ってのは、足を引きずっていた茶毒蛾ホストだ。
カチューシャに確認すると、ダリアンと名乗った女顔の華奢な魔導士は、男を侍らせてることで有名らしい。別にそこまでは指摘していなかったのに……周囲の見る目が和らいだから、私への釈明をダシにされたっぽい。
仲間思いのコミーナという、いかにもお嬢様な雰囲気の魔導士は、ディルムッドの乳母の娘。その横で、ダリアン『美少年』(と皆が言うけど、そこそこのお歳だと思う)が不正調査の動機を説明してくれた。
「神殿では内輪でも、長らく賄賂や悪質な虐めが横行していて、耐え切れなくなった者が辞めていくか、自ら死を選ぶのです。口封じに殺された者もおります」
今では、大事な部下を何人か殺された水の師団長さんも仲間なんだって。腕を肘まで捲り、魔導契約とやらの刺青を見せてくれた。二人とも同じ模様だとしか解らん。
そして何やら覚悟した面持ちの『美少年』が、紙の束をこちらに寄越してきた。数十枚はある。
「ルルロッカ様の護衛隊長を務めるシャイラ殿のように、不当解雇された人間は他にもいます。閑職に追いやられた者もおります。我々のように、黄金倶楽部に協力したフリを装う過程で、やむなく犯罪の道連れにされた者もおります。
神殿長派を解体するだけでは、神殿は再興できません。
どうか聖女様のお慈悲を。もう一度だけ、たった一度だけでも、構いません。我々にやり直す機会を与えてください」
ダリアン君は、床に片膝を立ててしゃがむと、首を深く垂れた。少年のような高めの声と細い肩が震えていた。
とりあえず、魔紙をカチューシャに見せてみよう。
辞めさせられた表向きの理由と本当の理由とか、今も神殿や王都にいる人で信頼できそうな人物の評価とか、一人一人について丁寧に書かれてあるらしい。
「ガッテンショチ」
フィオを助けてくれるなら、私の権限は利用してくれて構わない。
あっさり認めすぎたのか、ダリアン君が弾かれたようにこちらを見上げる。
「でしたら、私もー! これ、神殿の自作の地図でーす! さらにですね、こちらの特製改造魔道具を使いますと立体的になりまーす!」
これまた年齢に似合わぬキャピったお声。一瞬で、シリアスな空気がふっ飛んだぞ。
奥の壁際。ガーロイドさんが座っている一人掛けソファの腕置き部分に腰掛けていた、妙齢の女性が元気に手を挙げた。
「ルルロッカ様! ガーロイド様との結婚を祝福してください! 神殿情報はがっつりあるんで、すべて献上いたします! なんなら変装術とか、侵入の手助けもドンと来いです!」
……アルンが通訳してくれるから、火の加護なのだと思う。そのせいか、えらく熱い。
「いやいやいや、ルルロッカ様。聞き入れなくていいですからね!? コイツは俺の親友の娘ですし、結婚とかないですから!!」
赤髪のパッション女性からベタベタ甘えまくられてたのに、土の師団長が延々しかめっ面だった原因はそこか。
≪そういや、火の師団長の娘がガーロイドにご執心だって噂があったわね≫
カチューシャも呆れて、目がチベットスナギツネ。
「~~~~一体何を考えているんだ! お前は王族の自覚を持て!」
「えーだって、騎士は手柄を立てたら王様が願いを叶えるのが鉄則じゃない。王命なら、お父様やガーロイドも受けざるをえないでしょ?」
一応、このお姫さん自身は騎士でも何でもない。それでも救国レベルの成果なら同程度の扱いを要求できるはずだと頑固に主張して、ガーロイドさんがとうとう頭を抱えた。
聖女命令でもいいのか確かめたら、師団長(※父親と未来の夫)二人が従うなら仔細は一切問わないとのこと。
魔紙に描かれた地図は、遺跡建築の専門家と自己紹介するだけあって緻密。建築家用の魔道具に組み込むと、立体的に浮かび上がる。
周囲の竜騎士たちがどよめき、焦りだしたから完成度もスゴいんだと思う。常時警備がされている場所には人の形、結界魔法や監視魔法の場所には菱形の印があって、色使いが異なる暗い場所は隠し通路て……これって忍びこむのが主目的の地図だ。
なんか変な点滅してる場所はガーロイドさんのよく行く場所。土の塔の師団長執務室はひときわ強く光っていた。土の竜舎の黄色印はニーアンというガーロイドさんの愛竜がいる場所。そいで矢印線は、ガーロイドさんの王都の家との往復経路。
――いろんな意味で犯罪臭が香ばしいが、まぁいいや。
「ガッテンショチ」
「ルルロッカ様!」
ぐだぐだ抵抗しているゴーレム筋肉男に対し、とびきりの笑顔を作る。神殿奥の一室、しかもその部屋の内部しか見たことがない私にとっては貴重な情報なのよ、解る?
「がぁろいど。ハラァ、ククレ」
竜舎で竜とまったりしていると、竜騎士たちの会話がよく聞こえてくる。それで覚えた。『覚悟を決める』という表現らしい。
そういえば、火の選帝公の娘とやらも、明日鉢合わせするんだろうか。
「火、セージョ、アラタシイ」
精霊四色の帯紐から、赤のリボンを摘まんで、ディルムッドに話しかける。
「新たな赤の聖女として名乗りを上た火の選定公家の三女ですね。おそらく明日のかぼちゃ祭りで、王都の南西側にある火の選帝公本家から、王宮と神殿を繋いでいる精霊大通りを東へこう、まっすぐ馬車で行進し、こちら、神殿の正門へとやって来ると思われます」
紫の竜騎士が、立体模型の一番大きな門を指していた。ふむ。私とかち合わせてくるのであれば。
「~~~~ルルロッカ様、その単語は綴り間違いでは?」
手帳に書いた文字をディルムッドに見せると、ちょっと凄まれてしまった。カチューシャが間違えるとは思えないんだけどなぁ。
背後に立っていたシャイラさんに確かめよう。
「え、『色仕掛けをしてこい』? 選定公家の三女に対してですか? 神殿の偽聖女に対してですか?」
「ロロホー」
「両方、ですね。もしかして……夕食前にオルラが、『ディルムッドを神殿の聖女と取り合ってるお嬢さんです』とご説明申し上げたせいで、そんな作戦を思いつかれたので?」
「ソウソウ。ソシテ、くうぃぃう゛ぃん、ト、すれいん」
他にも女性に大人気だという、青いマントと赤いマントの竜騎士をぴぴっと指す。
「ええ、彼らも神殿の侍女たちに大人気だとはお伝えしましたが――なるほど、『情報収集は大事』。その点は激しく同意いたします」
シャイラさんが真面目な顔のまま、しっかり頷いてくれた。立体模型の向こうでは、某温泉宿のドンみたいな玉ねぎ婆婆もニタリと不穏な笑みを浮かべている。
「明日は王都へ派手に乗り込むのですぞ。飾りとなる若手の花形騎士がごっそり抜けてしまってよろしいので?」
「ダイジョブ。ナゼナラバ、地、水、火、風」
玉ねぎお婆さんの問いを受け、先代の師団長さんを順に指すと、四人とも胸を張ってみせた。他の引退竜騎士さんたちも囃したてる。
「おお! 聖女様は我ら古株がお守りいたしましょう」
「王都のヒヨッコどもには、まだまだ負けませぬ故」
「年季の入った覇気を見せつけてやりましょうぞ」
クウィーヴィンとスレインがジジババの勢いに圧倒され、ディルムッドが悲鳴を上げた。
「どうか、ルルロッカ様と離れ離れになるのだけは!」
いやでも適任でしょ。色仕掛け、頑張ってね。
「セイレ!」
何よりついでにフィオの居場所も探ってこい。私は笑顔でバイバイした。
さっきから『森の女王』の蕾に擬態していたよん豆も、私の膝の上で景気よく開花した。リボンみたいに長い花びらが、ひらひらと床まで舞い降りる。前はこんなに花びらが豪華じゃなかったのに、成長してるわ。
いじけているディルムッドを無視して、ダリアンに私の召喚された場所を訊ねると、何故かビクつかれた。
「おそらくここでしょう」
って立体模型の一部分を指す。その裏の壁には、霊山から出入りできる扉が隠されているらしい。
そっちをブチ壊したら良くない? と提案したら、水の竜舎の貴重な扉だから、できれば元の場所に戻したいって、引退勢も含めた青マントの竜騎士さんたちに嘆願されてしまう。雪除けの特殊な木材で出来ているとか。
むーん。冬に青竜たちを凍えさせたくはない。でもアイラさんによると、王都側の地下に竜を匿うような洞窟なんて無いらしいし。って言うか、地下の勾配や土壌まで測量してるんだねぇ……引退勢も含めて、竜騎士の皆さんが天井を仰いで呻いている。
じゃあさ、とりあえずこの儀式の場をブチ壊そう! って提案したら、神殿で一番古い初代聖女ゆかりの場所だから駄目って皆が反対する。いやでも、子どもを生贄にして偽の光の柱を上げているような場所じゃない。
「ナラバ……ゼンブ、コワス?」
「ルルロッカ様、どこをどうしたら最終的にその結論になるのですか」
ダリアン君が肩を落とした。そんな残念そうにしなくても。……て、あれ? 他の人も何故に私から後ずさるの。別に破壊魔とかじゃないよ。でもさ、地下の洞窟を見つけるには、それが手っ取り早いじゃない。
よん玉は天井をくるくる。よん豆は今度は団栗になって地面をころころ。精霊系はこんなに賛成してくれるのに。
「つまり、虹竜以外はご興味がないと」
こくこくこく。大事なことなので、しっかり頷いておいた。あとね、前から気になっていたんだけど、とディルムッドに手帳を見せる。
「えっと、『虹竜ではなくフィオと呼べ』……つまり、同じ鱗の色だからといって、伝説の虹竜と同一視するな、と」
そうそう。この国を立ち上げた竜騎士姫の竜とは別竜格の別個体なのよ。
「今後は徹底いたしましょう、ですが……『明日のかぼちゃ祭りにフィオを救出し、年末までに奴隷契約を解除しなければ』という条件はですね、その、確約はできかねると申しますか……え、次のページですか? 『聖女は元日に、この国のすべての精霊や竜たちと竜の国へ旅立つ』!?」
最後のは精霊や竜全員の意思確認をしていないから、ハッタリである。
でもね、竜騎士なら私が念話で竜たちと会話ができるのを、よおおおっくご存知だ。自分の愛竜を連れて行かれると想像した竜騎士の皆さんが蒼褪める。
フィオを生きて助けなければ神殿は霊山ごと潰す、と宣言すると、玉ねぎ婆婆を含めた魔導士の皆さんも蒼褪めた。
「ハラァ、ククレ」
最後に地下室を丸っと見渡して、うんと可愛く笑ってあげる。チビねずを舐めんな。
ここに二人の選帝公はいない。ほぼ国王陛下みたいなもんだかしね。自分たちがいると、皆が遠慮して作戦が立てにくいだろうからって。
私も大枠を指示した後は、席を外したほうがよさそうだ。シャイラさんやガイアナさんたちを連れて自室へ戻ることにした。
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※「合点承知の助」と同様、「腹をくくる」に相当する言い回しがヴァーレッフェ語にも存在するようです。ただし、こちらではかなりの下町言葉。
皆さん、芽芽の前では丁寧に話していますが、竜舎で気を抜いていたりすると普段の話し方になってしまうようで。口の悪い引退竜騎士連中が一番の原因かと。
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