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王都凱旋
80. ハロウィーンする (30日目)
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****************
足元に広げられていくのは、グリンチ色やらレプラコーン色やらに強引に染め直した布地。
「聖女様! 故郷ラリア・ルァ・ガルーフェの古着を!
不肖私めがお持ちしました!
チッペランツェ族以外のものもございますが!
そこはまぁ許容範囲内ってことで!」
私の目の前には、やたらテンションの高い吸血鬼(?)お兄さん。ゼンマイ仕掛けの玩具みたく、宮廷風の優雅なお辞儀を一文章ごとに繰り返してしている。
多分、霊山から最初に下りた街で、私に古着を売ってくれた紫エリマキトカゲ氏だ。だって肌は薄紫だし、頭は濃い紫のもじゃもじゃ爆発ドレッドヘアー。マントとスーツの上下も、葡萄の精かと確認したくなるくらいには真紫である。
あの頃は背が高いと思ったけど、横にも縦にもガタイのいい竜騎士勢に囲まれる今となっては、この国の平均身長にしか見えない。師団長クラスのガーロイドさんや魔熊さんや死神さんなんて、巨人族の領域だもの。
「靴はどないしましょかね。本来はもっとお時間いただかんとあかんのですが、南国風の刺繍を入れた室内靴の延長ってことなら、当座は凌げるんとちゃいまっか」
すぐ横手には、中年太りのコロコロした男性。小さな目をしばたいて、困ったように薄くなった頭をかく。
黄色い肌の大きなもっさり鼻。市場で私に、格安の靴と精霊守りを売ってくれたウォンバットおじさんだ。
今回は靴型をちゃんと取って、革を縫ってくださるらしい。ただし装飾までは間に合わないので、どの既製靴を解体してパーツを組み合わせるかで思案中。
オレンジ色の上下を纏い、並べた靴の前でしゃがみ込んでいるその姿は、まさにお化けかぼちゃ。
って、なぜこの二人と再会できたのか、豚と解らない。
スーパーキャリアウーマンのヘスティアさんに、緑のコートと焦げ茶の靴を買った時のことを話しただけなんだけどな。流れの露天商をそんな簡単に特定して連れてこられるもんかねぇ。
「はぁん。皆、元気そうで何よりだわぁ」
今日、私をこの二人に引き合わせたのは、ここ数日どっかに行ったままのヘスティアさんではなく、年齢不詳の美魔女さん。最初に泊まったあの『藤百合の宿』の女将だ。
くびれた腰に手を当て微笑むたび、お色気フェロモンが危険水位を突破して部屋中に氾濫する。そして私の護衛を勤める引退竜騎士じいちゃんたちが、軒並み骨抜き流されていく。
「おシゴト!」
お説教係のシャイラさんが休憩中は、私が代わりに目を光らせねばならない。しかし壁際のジジイどもは、ぬらりひょん化して緩みきってる。
ちびネズでは、魔メロンがたふたふ揺蕩うアダルトな波には歯が立たなかった。私はシャイラさんの真似をして、深―い溜め息をつく。
昨日やっと、王都目前まで辿り着いた。私が通った霊山裏手を一直線に目指せばもっと早く行けたのだけど、竜騎士たちは正門から王都入場させたいみたい。穀倉地帯の主要街道を通り、ぐるりと東側へ大回りする羽目になった。
北西方向を眺めれば、背の高い樹々の合間にも霊山の頂きがはっきり見える。手前の大小の湖の岸辺には貴族の別荘が散らばる保養地。
その中で、ひときわ立派なお家にお邪魔させてもらってる。ディルムッドの伯父さんの別荘なんだって。
ヨーロッパの川岸に建っている石造りの古城に似ていた。マルボルグ城を紫の石で造ったらこんな感じ。
ディルムッドのお兄さんの子どもが夏から行方不明となり、今週末の収穫祭も自粛ムード。部屋を地方の親族に貸し出すこともなく閑散としていたので、近くの宿泊施設からスタッフや食料を回してもらってる。
その手配を全部引き受けてくれたのが、美魔女な女将さんだ。私がお邪魔した最初の民宿が生家なんだけど、普段あそこは親戚に任せ、温泉が出るという超高級エステ兼ホテルをこの近くで経営している。
しかも実のお兄さんは、現在の風の師団長(つまりディルムッドの所属する第四師団のボス)と結婚してる。つまりは神殿と対立する竜騎士さんたち側の人。
≪だけどさ、この三人とまた会えるなんて、偶然が過ぎない?≫
≪宿の女主人は、神殿長を調べていたガーロイドたちに密会場所を提供していたし、風の現師団長の親戚だからいいとして……残りの二人は、何かしら。
足音をほとんど立てない歩き方なのよね。一般人にしては身のこなしも隙がないというか……行商人なんて流れ者が多いから喧嘩もそこそこ出来る輩が多いのは確かだけど……≫
隣のカチューシャも困惑していた。
ルキアノス領地伯のお屋敷にいた頃からお願いしていた見た目改善対策のため、服飾業者を呼んでくれたと言うから応接室まで来たのに。
エリマキトカゲ氏とウォンバットさんは例として出しただけで、まさか当人を見つけてくるとは思わなかった。
「王都って、一流店になるほど帝国の後追いなんです。この国独自の意匠は田舎に行けば残っているのですが、流行遅れの印象が強くなってしまいますし……それ以外となると、帝国よりも南側から仕入れている貿易業者にお願いするしかなくて」
お洒落に目のないオルラさんが、すまなさそうに解説してくれた。
ここは大陸の北端。広大な帝国領を越えるとなると、大型船で買い付けに行くほうが早いから、輸入業を営むのは大きな商家。
なのに、だ。王都近辺でも寂れているとみなされる霊山の裏手の、青空市場で安価な商品を並べてたって変。
しかも今日は荷物の箱にもカバーにも、商業ギルドの紋章があちこち描かれている。あの時はどこにもなかったぞ。天道虫と蛙と栗鼠と蝶々をデフォルメしたブサ可愛デザインなんて、絶対注目したもん。
「いやそのあれは在庫処分ってやつでしてねぇ。時にはお客さんの声を直に聴かせてもろて、初心に返るんも大事というか。領主の逮捕と日にちが重のうたんは、ワシらもびっくりいうか。ほんま物騒ですなぁ」
カチューシャに教えてもらった単語を手帳に書いてはウォンバットさんに確認すると、へらへら笑いながら逃げ切ろうとした。
「へすてぃあ、トモッチ?」
「あーえっと。ははは、聖女様は騙せまへんなぁ。まぁ、そないなとこですわ」
両眉を寄せてジトッと睨んでみても、一反木綿のようにノラリクラリと誤魔化しつづける。
≪人畜無害の極地みたいな顔と体型だからって油断しちゃ駄目よ、コイツ。やっぱり『闇夜の烏』か、その関係者なのよ!≫
カチューシャが警戒を強めた。セクション31みたく、表向きは存在しないことになってる王様直属のスパイ部隊らしい。ようするに御庭番だ。
「別にどこぞ上から探ってこいて、命じられたわけやあらしまへんで。ドレスは女の戦闘服でっしゃろ。うちとこの素材、存分に利用したってください」
ウォンバットさんは困り顔のまま、大きな鼻の上をポリポリと掻いた。
――金額を確かめると、無料だと答える。やっぱり怪しい。
「いやや、怖い顔せんといて。うちでぎょうさん買い物したことにして、荷物運びの下男として連れてってくだされば恩にきますよってに」
神殿へ入り込む口実を提供するのがお代だった。聖女様の私物は細かく調べようとしないだろうって。箱の中に爆弾でも仕込むつもりだろうか。
ま、フィオを探す間に騒ぎを起こしてくれるのは大歓迎である。
それにしても……『戦闘服』ねぇ。しばし考え、地球製リュックの奥に隠したスマホを久々に取り出す。
「なるほど、シルエットからして変えると!
ルルロッカ様は、どのお色も似合っておいでで!
帝国風でもなければ、南国風でもなく、大変斬新です!」
道中、紙に描きためていたデザイン画を補うため、スマホ画面で希望を説明するたび、吸血鬼がヨイショしてくる。単におじいちゃんと行った台湾や上海で、古装劇コスプレした写真なのに、ゼンマイ仕掛けのくるりんダンスで絶賛してくれた。
ちなみに、スマホ電池の無駄遣いという批判は受けつけない。切実な事情があるのだ。
聖女を東洋風にしたら仙女だろうってことで、唐代の「斉胸襦裙」を作ってもらうことにした。胸の上で襦裙を結ぶスタイルである。西洋にもリージェンシースタイルと呼ばれる似たヤツがあるが、胸のすぐ下で絞るため断固拒否。
「ルルロッカ様の妖精のような繊細な雰囲気がよく伝わりますわ」
――女将さんよ、私はあなたの魔メロンが羨ましい。
こっちの女性の正装は、シンデレラが舞踏会で着ていそうな床ギリギリまでAラインのドレス。パニエは大して広がってないけど、腰を絞っているからその上に見事な膨らみがぼよよんとね……泣いてないもん、泣くもんか。
寒い地域だし、帝国みたいに胸元を出したりはしない。レースふりふりの立て襟に、大きなリボンを結び、大きなブローチをつける。だから一応誤魔化すことは可能なんだよ。
王都に向かう旅で、晩餐会になるとオルラさんが頑張ってくれるんだけどさ。
腰帯にも帯留めとして大きなブローチ。そいでスカートにもリボンやレースや宝石類がてんこ盛り。髪にも、ゴテゴテと宝石の簪が加わるから、歩く凶器市かなってくらい重量感があって。
気分は特大モンブランの上の大ぶりマロングラッセちゃん。
首の骨が折れそうだし、お腹いっぱい食べれないし、座ったらお尻痛いし、歩いたら足元が見えない。
地球のワイヤー入りブラジャーですら放棄した(※硬さが苦手だったのであって、寄せて上げるモノが足りなかったせいでは断固ない)私に、命懸けのファッション筋トレは無理って思った。
「ルルロッカ様の、その独特な髪型にも似合うこと請け合いですね!」
くるりんエリマキトカゲ氏が、両手の親指と人差し指をくっつけて決めポーズをかました。人差し指を曲げたらハート形のゲッチューになりそうなジェスチャーだが、菱形は四大精霊を尊ぶこの国の『いいね!』サインなのだ。
そして中華ガールの雰囲気を嗅ぎとるとは、流石プロだ。
こちらの女性は頭の上か首元で、一つ大きなお団子を作っている。でも私はここ最近、月下美人風の四つの花を二つずつ束ねて、両耳の上に乗っけていた。
聖女新聞では、某ネズミーランドちっくに「氷緑鼠耳」と命名されてしまう。どーせチビネズですよーだ。
ちなみに、本場中国ではツインテールをお団子二つにするのは幼い子用の髪型である。そんなの丸っと気になんか……してないもん、するもんか。
「緑が基調なのは譲れませんわ」
「裾には『森の女王』の花の紋様を」
「両横に垂らすリボンも精霊四色で」
お針子さんたちまで布を手に持ち、紋様集を開き、あーでもないこーでもないとお洒落トーク。どんどん盛り上がる装飾品の山に囲まれ、皆さんの熱が冷めるまで待っていたら、全身白い毛だらけのカチューシャに同情された。
≪自分の毛皮が足りないって大変ね≫
≪とっくの昔に採寸し終わったんだから、竜舎に行きたいよ……≫
二つ足のハダカデバネズミは、ぬらりひょん護衛の魔メロンの呪いを解かない限りお外に出してもらえない。
手持ち無沙汰なので、余ったリボンを分けてもらう。スマホと一緒に隠していた鈴一つ一つに通して、精霊よん卵の首元に飾るのだ。
しゃんしゃんしゃん、と涼やかな音がする。
≪五月蠅くない? やっぱり外す?≫
≪ううん。この音色、とっても好きーっ≫
タウが新体操ダンスみたいに紫のリボンをくるくる振り回しながら、嬉しそうに羽ばたいた。他の子も気に入ってくれたみたいで何より。
精霊の眷属は気配が読めないらしく、竜騎士たちが急な動きにびくっと身構えることがあった。これで居場所がちゃんと判ってもらえるだろう。
その後は、温かくした甘い青汁をちびちび飲んだ。塩味の精霊果と精霊四色の甘納豆もどきもあったので、大きい平皿の上でおはじきみたく弾いては、当たったのだけ細々と齧る。
そいで『どんぐりころころ』を歌いながら、団栗化したよん豆とお遊戯する。精霊よん玉とは、余った毛糸で綾取りする。
お話し相手であるはずの精霊学者は、とっくの昔に逃げ出した。本の山に囲まれるほうが性に合ってるとかで、このお屋敷の図書室に昨夜から籠もったっきり音沙汰ない。
「シタ、イク。ワタシ、おシゴト」
日が落ちてきた頃、天井から吊り下げた時計の音が鳴り響き、私はやっと階下を指せたのだった。
今日はまだ光の柱を上げていない。
偽の聖女に「柱を上げるのは年に一度が精一杯で……」なんて言い訳はさせるもんか。どれだけ疲れていても、毎日上げられるって証明するのだ!
そして神殿に乗り込む。破壊かフィオか、選ばせてやろうじゃないの。
****************
※このところ更新が滞り申し訳ございません。
中級魔導士ダリアンの神殿リポートを途中に追加していました。
「+ 中級魔導士: 美しさは〇」
というタイトルで8話、あちこちに挿しこんでおりますので、是非ご一読ください。
足元に広げられていくのは、グリンチ色やらレプラコーン色やらに強引に染め直した布地。
「聖女様! 故郷ラリア・ルァ・ガルーフェの古着を!
不肖私めがお持ちしました!
チッペランツェ族以外のものもございますが!
そこはまぁ許容範囲内ってことで!」
私の目の前には、やたらテンションの高い吸血鬼(?)お兄さん。ゼンマイ仕掛けの玩具みたく、宮廷風の優雅なお辞儀を一文章ごとに繰り返してしている。
多分、霊山から最初に下りた街で、私に古着を売ってくれた紫エリマキトカゲ氏だ。だって肌は薄紫だし、頭は濃い紫のもじゃもじゃ爆発ドレッドヘアー。マントとスーツの上下も、葡萄の精かと確認したくなるくらいには真紫である。
あの頃は背が高いと思ったけど、横にも縦にもガタイのいい竜騎士勢に囲まれる今となっては、この国の平均身長にしか見えない。師団長クラスのガーロイドさんや魔熊さんや死神さんなんて、巨人族の領域だもの。
「靴はどないしましょかね。本来はもっとお時間いただかんとあかんのですが、南国風の刺繍を入れた室内靴の延長ってことなら、当座は凌げるんとちゃいまっか」
すぐ横手には、中年太りのコロコロした男性。小さな目をしばたいて、困ったように薄くなった頭をかく。
黄色い肌の大きなもっさり鼻。市場で私に、格安の靴と精霊守りを売ってくれたウォンバットおじさんだ。
今回は靴型をちゃんと取って、革を縫ってくださるらしい。ただし装飾までは間に合わないので、どの既製靴を解体してパーツを組み合わせるかで思案中。
オレンジ色の上下を纏い、並べた靴の前でしゃがみ込んでいるその姿は、まさにお化けかぼちゃ。
って、なぜこの二人と再会できたのか、豚と解らない。
スーパーキャリアウーマンのヘスティアさんに、緑のコートと焦げ茶の靴を買った時のことを話しただけなんだけどな。流れの露天商をそんな簡単に特定して連れてこられるもんかねぇ。
「はぁん。皆、元気そうで何よりだわぁ」
今日、私をこの二人に引き合わせたのは、ここ数日どっかに行ったままのヘスティアさんではなく、年齢不詳の美魔女さん。最初に泊まったあの『藤百合の宿』の女将だ。
くびれた腰に手を当て微笑むたび、お色気フェロモンが危険水位を突破して部屋中に氾濫する。そして私の護衛を勤める引退竜騎士じいちゃんたちが、軒並み骨抜き流されていく。
「おシゴト!」
お説教係のシャイラさんが休憩中は、私が代わりに目を光らせねばならない。しかし壁際のジジイどもは、ぬらりひょん化して緩みきってる。
ちびネズでは、魔メロンがたふたふ揺蕩うアダルトな波には歯が立たなかった。私はシャイラさんの真似をして、深―い溜め息をつく。
昨日やっと、王都目前まで辿り着いた。私が通った霊山裏手を一直線に目指せばもっと早く行けたのだけど、竜騎士たちは正門から王都入場させたいみたい。穀倉地帯の主要街道を通り、ぐるりと東側へ大回りする羽目になった。
北西方向を眺めれば、背の高い樹々の合間にも霊山の頂きがはっきり見える。手前の大小の湖の岸辺には貴族の別荘が散らばる保養地。
その中で、ひときわ立派なお家にお邪魔させてもらってる。ディルムッドの伯父さんの別荘なんだって。
ヨーロッパの川岸に建っている石造りの古城に似ていた。マルボルグ城を紫の石で造ったらこんな感じ。
ディルムッドのお兄さんの子どもが夏から行方不明となり、今週末の収穫祭も自粛ムード。部屋を地方の親族に貸し出すこともなく閑散としていたので、近くの宿泊施設からスタッフや食料を回してもらってる。
その手配を全部引き受けてくれたのが、美魔女な女将さんだ。私がお邪魔した最初の民宿が生家なんだけど、普段あそこは親戚に任せ、温泉が出るという超高級エステ兼ホテルをこの近くで経営している。
しかも実のお兄さんは、現在の風の師団長(つまりディルムッドの所属する第四師団のボス)と結婚してる。つまりは神殿と対立する竜騎士さんたち側の人。
≪だけどさ、この三人とまた会えるなんて、偶然が過ぎない?≫
≪宿の女主人は、神殿長を調べていたガーロイドたちに密会場所を提供していたし、風の現師団長の親戚だからいいとして……残りの二人は、何かしら。
足音をほとんど立てない歩き方なのよね。一般人にしては身のこなしも隙がないというか……行商人なんて流れ者が多いから喧嘩もそこそこ出来る輩が多いのは確かだけど……≫
隣のカチューシャも困惑していた。
ルキアノス領地伯のお屋敷にいた頃からお願いしていた見た目改善対策のため、服飾業者を呼んでくれたと言うから応接室まで来たのに。
エリマキトカゲ氏とウォンバットさんは例として出しただけで、まさか当人を見つけてくるとは思わなかった。
「王都って、一流店になるほど帝国の後追いなんです。この国独自の意匠は田舎に行けば残っているのですが、流行遅れの印象が強くなってしまいますし……それ以外となると、帝国よりも南側から仕入れている貿易業者にお願いするしかなくて」
お洒落に目のないオルラさんが、すまなさそうに解説してくれた。
ここは大陸の北端。広大な帝国領を越えるとなると、大型船で買い付けに行くほうが早いから、輸入業を営むのは大きな商家。
なのに、だ。王都近辺でも寂れているとみなされる霊山の裏手の、青空市場で安価な商品を並べてたって変。
しかも今日は荷物の箱にもカバーにも、商業ギルドの紋章があちこち描かれている。あの時はどこにもなかったぞ。天道虫と蛙と栗鼠と蝶々をデフォルメしたブサ可愛デザインなんて、絶対注目したもん。
「いやそのあれは在庫処分ってやつでしてねぇ。時にはお客さんの声を直に聴かせてもろて、初心に返るんも大事というか。領主の逮捕と日にちが重のうたんは、ワシらもびっくりいうか。ほんま物騒ですなぁ」
カチューシャに教えてもらった単語を手帳に書いてはウォンバットさんに確認すると、へらへら笑いながら逃げ切ろうとした。
「へすてぃあ、トモッチ?」
「あーえっと。ははは、聖女様は騙せまへんなぁ。まぁ、そないなとこですわ」
両眉を寄せてジトッと睨んでみても、一反木綿のようにノラリクラリと誤魔化しつづける。
≪人畜無害の極地みたいな顔と体型だからって油断しちゃ駄目よ、コイツ。やっぱり『闇夜の烏』か、その関係者なのよ!≫
カチューシャが警戒を強めた。セクション31みたく、表向きは存在しないことになってる王様直属のスパイ部隊らしい。ようするに御庭番だ。
「別にどこぞ上から探ってこいて、命じられたわけやあらしまへんで。ドレスは女の戦闘服でっしゃろ。うちとこの素材、存分に利用したってください」
ウォンバットさんは困り顔のまま、大きな鼻の上をポリポリと掻いた。
――金額を確かめると、無料だと答える。やっぱり怪しい。
「いやや、怖い顔せんといて。うちでぎょうさん買い物したことにして、荷物運びの下男として連れてってくだされば恩にきますよってに」
神殿へ入り込む口実を提供するのがお代だった。聖女様の私物は細かく調べようとしないだろうって。箱の中に爆弾でも仕込むつもりだろうか。
ま、フィオを探す間に騒ぎを起こしてくれるのは大歓迎である。
それにしても……『戦闘服』ねぇ。しばし考え、地球製リュックの奥に隠したスマホを久々に取り出す。
「なるほど、シルエットからして変えると!
ルルロッカ様は、どのお色も似合っておいでで!
帝国風でもなければ、南国風でもなく、大変斬新です!」
道中、紙に描きためていたデザイン画を補うため、スマホ画面で希望を説明するたび、吸血鬼がヨイショしてくる。単におじいちゃんと行った台湾や上海で、古装劇コスプレした写真なのに、ゼンマイ仕掛けのくるりんダンスで絶賛してくれた。
ちなみに、スマホ電池の無駄遣いという批判は受けつけない。切実な事情があるのだ。
聖女を東洋風にしたら仙女だろうってことで、唐代の「斉胸襦裙」を作ってもらうことにした。胸の上で襦裙を結ぶスタイルである。西洋にもリージェンシースタイルと呼ばれる似たヤツがあるが、胸のすぐ下で絞るため断固拒否。
「ルルロッカ様の妖精のような繊細な雰囲気がよく伝わりますわ」
――女将さんよ、私はあなたの魔メロンが羨ましい。
こっちの女性の正装は、シンデレラが舞踏会で着ていそうな床ギリギリまでAラインのドレス。パニエは大して広がってないけど、腰を絞っているからその上に見事な膨らみがぼよよんとね……泣いてないもん、泣くもんか。
寒い地域だし、帝国みたいに胸元を出したりはしない。レースふりふりの立て襟に、大きなリボンを結び、大きなブローチをつける。だから一応誤魔化すことは可能なんだよ。
王都に向かう旅で、晩餐会になるとオルラさんが頑張ってくれるんだけどさ。
腰帯にも帯留めとして大きなブローチ。そいでスカートにもリボンやレースや宝石類がてんこ盛り。髪にも、ゴテゴテと宝石の簪が加わるから、歩く凶器市かなってくらい重量感があって。
気分は特大モンブランの上の大ぶりマロングラッセちゃん。
首の骨が折れそうだし、お腹いっぱい食べれないし、座ったらお尻痛いし、歩いたら足元が見えない。
地球のワイヤー入りブラジャーですら放棄した(※硬さが苦手だったのであって、寄せて上げるモノが足りなかったせいでは断固ない)私に、命懸けのファッション筋トレは無理って思った。
「ルルロッカ様の、その独特な髪型にも似合うこと請け合いですね!」
くるりんエリマキトカゲ氏が、両手の親指と人差し指をくっつけて決めポーズをかました。人差し指を曲げたらハート形のゲッチューになりそうなジェスチャーだが、菱形は四大精霊を尊ぶこの国の『いいね!』サインなのだ。
そして中華ガールの雰囲気を嗅ぎとるとは、流石プロだ。
こちらの女性は頭の上か首元で、一つ大きなお団子を作っている。でも私はここ最近、月下美人風の四つの花を二つずつ束ねて、両耳の上に乗っけていた。
聖女新聞では、某ネズミーランドちっくに「氷緑鼠耳」と命名されてしまう。どーせチビネズですよーだ。
ちなみに、本場中国ではツインテールをお団子二つにするのは幼い子用の髪型である。そんなの丸っと気になんか……してないもん、するもんか。
「緑が基調なのは譲れませんわ」
「裾には『森の女王』の花の紋様を」
「両横に垂らすリボンも精霊四色で」
お針子さんたちまで布を手に持ち、紋様集を開き、あーでもないこーでもないとお洒落トーク。どんどん盛り上がる装飾品の山に囲まれ、皆さんの熱が冷めるまで待っていたら、全身白い毛だらけのカチューシャに同情された。
≪自分の毛皮が足りないって大変ね≫
≪とっくの昔に採寸し終わったんだから、竜舎に行きたいよ……≫
二つ足のハダカデバネズミは、ぬらりひょん護衛の魔メロンの呪いを解かない限りお外に出してもらえない。
手持ち無沙汰なので、余ったリボンを分けてもらう。スマホと一緒に隠していた鈴一つ一つに通して、精霊よん卵の首元に飾るのだ。
しゃんしゃんしゃん、と涼やかな音がする。
≪五月蠅くない? やっぱり外す?≫
≪ううん。この音色、とっても好きーっ≫
タウが新体操ダンスみたいに紫のリボンをくるくる振り回しながら、嬉しそうに羽ばたいた。他の子も気に入ってくれたみたいで何より。
精霊の眷属は気配が読めないらしく、竜騎士たちが急な動きにびくっと身構えることがあった。これで居場所がちゃんと判ってもらえるだろう。
その後は、温かくした甘い青汁をちびちび飲んだ。塩味の精霊果と精霊四色の甘納豆もどきもあったので、大きい平皿の上でおはじきみたく弾いては、当たったのだけ細々と齧る。
そいで『どんぐりころころ』を歌いながら、団栗化したよん豆とお遊戯する。精霊よん玉とは、余った毛糸で綾取りする。
お話し相手であるはずの精霊学者は、とっくの昔に逃げ出した。本の山に囲まれるほうが性に合ってるとかで、このお屋敷の図書室に昨夜から籠もったっきり音沙汰ない。
「シタ、イク。ワタシ、おシゴト」
日が落ちてきた頃、天井から吊り下げた時計の音が鳴り響き、私はやっと階下を指せたのだった。
今日はまだ光の柱を上げていない。
偽の聖女に「柱を上げるのは年に一度が精一杯で……」なんて言い訳はさせるもんか。どれだけ疲れていても、毎日上げられるって証明するのだ!
そして神殿に乗り込む。破壊かフィオか、選ばせてやろうじゃないの。
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※このところ更新が滞り申し訳ございません。
中級魔導士ダリアンの神殿リポートを途中に追加していました。
「+ 中級魔導士: 美しさは〇」
というタイトルで8話、あちこちに挿しこんでおりますので、是非ご一読ください。
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