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 リン、シャン、リーン……。

≪えーと、コレ、ふつうによくあること?≫

≪は、はじめて! こんなのはじめて!≫

 少女と少年の声が聴こえる。誰かが歩く度に、様々な鈴の音がこだました。

 シャン・シャラン・シャララン。リン・リリリン・リーン。カラン・コロン・ガラン。

 やがてこちらの周囲をぐるぐる歩き出す。先ほどまで動かせなかった視界が少しだけ自由になる。
 そこに入って来たのは、奇妙な格好をした少女らしき黒髪の人物と、人の背丈ほどしかない緑の仔竜こりゅうの姿だった。

 頭の中に少女の話し声が響く度、全身を浸食していた禍々しい呪詛じゅそ残滓ざんしが、徐々に消えていく気がする。おどおどしているが、透明でりんとした声だ。
 そして全てを包み込むように深く、優しい。

≪あの、おじいさん。えと、ですね……≫

 少女は少し離れた場所にしゃがみ込んだ。そろえた膝を地面に付け、さらに腰を落とすという、奇妙なすわり方だ。
 そういえば、南でこんな坐り方をする国々があったな。あちらの出か?

≪私、昨夜、異世界から召喚されてしまった者です。隣にいるのは、この霊山の結界に囚われている竜です≫

 ――内容を咀嚼そしゃくするのにしばらく掛かった。笑いのツボが意味不明なのを考慮するに、南の漫談芸か何かか?

≪私たち、外に脱出したいんです。どうしてかと言いますと、って、わああっ! 大丈夫?!≫

 仔竜が見事に地面へと横倒しになった。攻撃された様子は全くない。どうやら少女の真似をしたせいで、勝手に姿勢を崩して転倒したようだ。
 訓練された騎竜とは随分雰囲気が異なる。おまけになんだ、あの水玉模様は。尻尾には黒いしままで入っているし、こんなに珍妙な竜は初めて見るぞ。

 そこから少女が語った内容には、かなり驚かされた。
 神殿の奥で生贄いけにえ儀式だと。争いを回避するどころか、竜を使って開戦するだと。『隣国』はアヴィガーフェのことだろう。神殿の魔導士たちが通じているもう一つの国とやらは……シャスドゥーゼンフェ帝国しかあるまいな。

 今回は内側から腐敗させる作戦か。凝りもせずに、いつもの権力争いか。こんな小国を欲しがるのはシャンレイ様の魔杖や魔術書のせいだろう。

 ――なんだ、大して驚く話でも無かったかもしれん。

≪あ、でもせめて、お弔いさせてください≫

 話を聞けば、かなり危険な状況に陥っていると思われるが、それでも死者の荷物を奪うのは良心がとがめるらしい。そしてそれすらただの自己満足だと謝られてしまった。
 ぺこぺこ頭を動かし、隣の荷物袋から何やらがさごそと探し出す。

 様々な花の形をした小さな布袋はどれも平気で地面に置いたくせに、その横に優しい色合いの布を広げ、奇妙な人形を叮嚀ていねいすわらせていた。頭をでて、何やら言い聞かせている。
 神殿の奴らめ、こんな幼い子供を異世界の母親から取り上げ、竜に食わせる気だったのか。あきれて物が言えん。

 それにしても実に変わった人形だ。あれは丸々太った人間……ではないな。
 犬でもない。猫でもない。動かす度に内部から繊細な鈴の音がして、酷く興味をそそられる。

 リイイイイン……。

 これまでとは一風異なる鈴の音がした。先ほど話していた浄化の道具だな。ふむ、悪くはない。

 リイイイイン……。

 それにしてもこの人形、動物だとは思うのだが、人間のような上着を羽織り、胸元には首飾りのようなものまで掛けているぞ。何故に足の裏なんぞに花の刺繍ししゅうがしてあるのだ。
 異世界とやらの感覚は全くもってよく分からぬ。

 リイイイイン……。

 中は――ほお。魔力とは少々異質なものが混じっているようだが、何かの力が充満しておる。少女の雰囲気に近いな。
 物も大事にすれば精霊が宿ると言うが、これは余程可愛がっていると見える。

 リイイイイン……。

 ふむ。気に入った。ここは居心地が良い。かつての丸太小屋のようじゃ。なあ? アルリーネ……。

≪あ、ほんとだ。灰色になってきた!≫

 少女が興奮しておる。どうやらディラヌーの方で色々しておるようだな。
 霊山の結界をくぐり抜けた夜、今までに対峙たいじしたことのない強力な呪いが襲ってきた。一時はどうなるかと案じたが、やはり聖獣だけあって無事だったようだ。

≪ひとつ確かめたいのだけど。貴女は魔導士よね?≫

 先ほどからディラヌーそっくりの声が聴こえる。高飛車だが艶のある女の声。妙だな。聖獣はこんなに流暢りゅうちょうに話せぬはずだが。

≪いえ、違います。魔法のない世界から昨日参りましたので、こちらの世界では無職に加えて無学歴無戸籍です≫

 なんじゃと。『魔法のない世界』とはいかなる世界だ。果たしてそんなものが成立可能なのか?

≪あ、でも『--』、火の魔法使えます! あと、光の玉も出せます! 『--』凄いですっ≫

 仔竜こりゅうの話は、あの少女を差しているとは思うのだが、若干聞き取りにくい箇所があった。

≪あと『--』、念話も完璧です! 神殿の魔導士みたく、片言じゃありません!≫

 念話……さっきから聴こえていたのは念話か! これが?! いや、これでは普通の会話と変わらぬではないか!

 少女の方は、こちらの世界の『念話』が片言なのに逆に驚いているようだ。
 何者だ、この娘。尋常ならざる魔力の持ち主ということか。それを利用した異世界の高等魔術――いや、『魔法のない世界』のはずだよな? 魔導士ではない、と今申したよな?



≪ってことみたいだけど、ねぇどうする? グウェンフォール?≫

 ディラヌーがこちらに話し掛けてきた。あたかも普通の人間のように。

 こんな念話もあったのか。死んで新たな魔術の世界を発見するとは思わなんだ。老いた肉体から抜け出たせいか、なんと身軽であろう。
 死後の世界でもこんなにもはっきりと意識は残っている。そうか、魂とやらは本当に存在していたのだ!

 嗚呼ああそれなら、アルリーネを探しに行きたい。

 今度こそアルリーネに……いや、駄目だ。神殿の魔導士たちは考えていた以上に悪に染まっておる。そのきっかけを作ったのはこのワシに他ならぬ。

≪まぁ、虚言を弄しているようではないな。この結界はそこいらの魔導士では破れぬシロモノじゃし、異世界人であれば所持品や服装の奇抜さも説明がつく。
 にしても竜を捕獲して開戦なぞ、あやつら更に悪事を重ねて月へ旅立つつもりか≫

 これ以上の好き勝手は許さん。少なくとも、ワシが撒いた種は刈り取らせてもらおう。

≪今話したの、一体誰!?≫

≪ワシはこっちじゃ、お前さんの荷物袋のすぐ横じゃ≫

 きょろきょろと忙しげに頭を動かす少女を呼び寄せてみよう。

 おお、やはり相当な魔力をたたえているではないか。肉体があったときは複雑な術で調べるしかなかったが、今では何も詠唱せずして、手に取るようにはっきりと感じ取れる。
 これは……人間というよりも魔獣に近い。人の形をした、異世界の変種ということか。

≪もももしかして、この中、とかじゃないですよね?!≫

 こちらに向かって、指をびしりと差された。瞬時に一発で当ておったわい。

≪当たり、じゃ。そなたはすじがいいな。魔導士になれるぞ≫

 この娘は使える。念話をこんなに自在に操ってみせるのだ。他にも様々な技を持っているに違いない。
 是非とも神殿に連れて行かねば。何しろようやく発見したのだ。穴だらけの古代魔術が成功した原因を。

≪いぃぃ~~~やぁぁ~~~っ!!!≫

 いきなり少女の絶叫が響いた。まぁ人形を抱えて動くような年頃だ、おいおい誘導するしかあるまいな。

 どう持ち掛けようと思案していたら、がしっと両手で持ち上げられ、少女の顔が至近距離になった。
 瞳の色が……アルリーネと同じだ。全ての色を溶かし込んだ、魔石のような目。

 アルリーネ、あと少しで会いに行ける。ほんのしばし待っていてはくれぬだろうか。

 どこか遠くで、久しぶりに無邪気な笑い声が聴こえた気がした。
 これまた幻かもしれぬが、吉兆である聖風蝶がふわりと舞う。なんと気持ちの良い晴天であろうか。

 無我夢中で歩き続け、ひたすら歩き続け、手探りで歩き続け、終わりの見えぬ夜が今やっと明けた。



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 以上、爺様じじさま目線の番外編でした。最新話まで読んでくださり、ありがとうございます。もしちょっとでも、

 異世界少女、仔竜、マッドサイエンティスト系爺、スプラッタ猫(※現在はスプラッタ犬)という凸凹家族の応援をしてやってもいいぞ!

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 幾つかの謎は解明しておりませんが、それは本編『四大精霊の愛し子 ~自慢の家族はドラゴン・テディベア・もふもふ犬!~』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/954271435/276632074)の方で。アルリーネ婆様もおいおい登場予定です。
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