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27.遭遇
しおりを挟む「モレ、頭を上げるな!」
アテルイが、身をひそめていた地面の凹みから、少しはみ出していたモレの頭を押さえつけた。
「ゴメンよ。あいつが、どこまで来たか見ようと思ったんだ・・。」
「バカ、周りの大人が合図するまで隠れてないと駄目だって言われたろ。先に見つかっちゃったら、元も子もないぞ。」
「うん。」
今年の雪解けは、ことのほか早かった。
雪が解けて、地面が顔を出すと、もう春である。
生き物たちが、一斉に動き出す季節でもある。
・・・そう、いつもの年であればもう少し遅いはずの、あいつらの出現が突然知らされたのは、昨日のことだった。
「なあ、アテルイ兄。メスっていうことは、子グマも一緒かな?」
「ああ、この春に生まれたやつだろう。」
「じゃあ、母グマを狩っちゃったら、子グマはどうなるんだい?」
「まだ狩ると決まったわけではないだろう。これ以上村へ近づけば、そうなるけど、このまま何処かへ行ってくれるかもしれないし・・。」
いま二人は、村の大人たちと一緒に、昨日村の近くで見かけたというクマの動きを追っていた。
相手に気づかれないように取り囲みながら、一定の距離を保ちながら監視し続けていた。
冬眠明けのクマは、とにかく腹をすかせている。
とくに、子連れの母グマは要注意である。
警戒心と攻撃性が以上に高い。
はち合わせした場合、大怪我だけで終わらず、殺されることもある。
参加している男たちの中で、アテルイたちは最年少だった。
したがって、一番村に近い場所に配置されていた。
『ピィーー!!』
『カーン、カン、カン、カン、カン。』
「動いた!そっちへ行ったぞ!!」
「村に向かったぞー!」
突然、甲高い口笛の音と、板を叩く音が響き、大人たちが叫んだ。
モレのことをたしなめていたアテルイが、そっと凹みから顔を出す。
「!!!」
アテルイは、思わず息を飲んだ。
足元に二頭の子グマを連れた、巨大なクマが、目の前に立ちはだかっていた。
「アテル・・・。」
異変を感じて、モレが頭を上げようとするが、アテルイが無言で上から押さえつけた。
モレは、『何するんだ!』と文句を言おうとしているが、それも口をふさいで阻止する。
母グマとアテルイの目が合い、お互いに動けない。
子グマたちも、アテルイに気づき、キョトンと小首をかしげている。
アテルイはなぜか、恐怖を感じていなかった。
母グマの吸い込まれそうに透明な瞳に、ただ釘付けになっていた。
しばらくすると、なんとも言えない暖かな感情があふれてくる。
・・・・何分経ったのであろう、母グマはさっと身を翻すと、森の奥へと去っていった。
そのあとを、子グマたちがテトテトとついて行くのが見えた。
「はあ~~~っ。」
アテルイが、長い息を吐いた。
それと同時に、モレを押さえつけていた手の力が抜ける。
「ふ~~~~~っ!!なにすんだよ!アテルイ兄!!!」
「あ、ああ。すまん、すまん。クマに見つかっちゃってさ。」
「も~う!・・って、クマ!?クマがいたのか?」
「まあな。」
「で、それでどうしたんだ?クマは?」
「行っちゃった。」
「い、行っちゃったって・・。」
モレは絶句し、いつまでも呆けているアテルイに、それ以上は何も言えなくなってしまった。
「お~い、アテルーイ!」
村の大人たちが戻ってくるのが見えた。
「おう、大丈夫だったか?」
「は、はい。」
「こっちにクマが来たと思ったんだが?」
「森の方に行っちゃいました。」
「そうか、なにはともあれ無事で何よりだ。モレも、小便ちびんなかったか?」
「俺がちびるわけねえだろ!」
「ははは、そうだな!よし、帰るぞ。」
からかわれてふてくされながらも、村への帰途についた大人たちの背中を、二人はついてゆく。
しばらくすると、先ほどのことを思い返し、アテルイの歩く速度は段々と遅くなった。
一緒に歩くモレと共に、大人たちとは少し距離があいていた。
一瞬、茂みの向こうを何かが走り抜ける気配がした。
行き先は村の方である。
「アテルイ兄、今の・・。」
「うん、たぶん呰麻呂おじさんのシキ(いわゆる従魔的なもの、陰陽道でいう式神)だ。」
一瞬のことで、普通の人には見えないスピードだったが、アテルイたちには見えていた。
白銀の巨大な狼、その目は青く光り、鋭い牙の覗く口には何かをくわえていた。
「モレ、行こう!」
「うん!」
二人は駆け出した。
行き先は自分たちの村、日高見国の中心地。
その中央にある王城、アテルイの家へ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今回もお読みくださいまして、有難うございました。
次回もよろしくお願いします。
あと、感想などもよろしくお願いいたします。
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