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33.反乱

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<呰麻呂サイド>


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 宝亀十一(780)年3月22日。

 陸奥国守兼陸奥按察使の紀広純が率いる1000の兵は、日高見川と砂鉄川が合流する、覚べつ城造営予定地に到着した。

 日高見川の南岸から、舟で対岸に渡りその地に上陸すると、灌木が伐採され、葦が刈り取られただけの状態で、木杭の一本も打ち込まれていない状況であった。

 真綱と呰麻呂が率いる、新たに徴集した庸夫2000は、南岸に留まっている。


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 ちなみに、この頃の日本列島の人口は500万人程度であり、陸奥国の人口は18万人くらいしかいなかった。
 
 男女比が半々だとすれば、この時広純が率いた兵数1000というのは、男子人口の1%に達する(年齢は考慮してません)。

 現代の自衛隊の場合、女性隊員がいることを考えなければ、0.4%ほど、アメリカ軍で1%である。

 参考までに北朝鮮は、5.5%。

 何を言いたいかというと、当時1000人の兵力というのは、人口からすれば、かなりのものだということです。

 だって、アメリカ軍が全軍で攻めたりしないでしょう。

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「なんだこの有様は!呰麻呂め、やる気がないにも程がある!」


 あたりを見まわした大楯が怒声をあげた。


「参議さま、直ちに集めた庸夫を使って、工事を開始させますが、伊治公の失態であるのは明白です。この処分、どのようにいたしましょう?」


 大楯は、広純のもとに駆け寄ると、判断を即した。


「道嶋宿禰どの、なにもそのように大事にせずとも、このように整地は済んでおりますし、伊治公どののご努力で、ああして2000もの庸夫が集まったのです。ここは、穏便に・・。」


 浄足が困惑顔で、隣からとりなした。


「陸奥掾どの、それでも申し開きを聞く必要があろう。伊治公をこれへ。」


 広純は、無表情で浄足のとりなしを制し、大楯へ命じた。




 その時、背後で歓声が上がり、後方の峰の木立の中から蹄の音ともに、広純たちの周囲に矢が飛んできた。

 地面に突き刺さる無数の矢を見て、その場にいた誰もが咄嗟に動くことが出来ずに、立ちすくんでいた。


「敵襲ぞ!盾を持って防げ!!」


 喚声が近づいて、周りの兵たちが矢を受けて、バタバタと倒れる様を見て、ようやく自分の命の危機に気がついた広純は、大声を上げた。


「参議さま、ここは身を隠す場所がございません。兵が防いでいるうちに、舟にて対岸へお逃れください。」


 広純の声で、我に返った大楯が、剣を抜いて飛来する矢を叩き落としながら叫んだ。

 肥え太って、動きに鈍さがあるものの、そこは俘囚の出、戦いとなれば自然と体が動き出していた。

 果敢にも指示を出そうとした広純に比べて、戦闘など無縁の浄足は、その場でうずくまって頭を抱えていた。


「舟をこれへ!」


 一応、自分の剣を抜いた広純は、それを振り回しながら、大楯と兵たちの囲まれ、徐々に川岸の方へと戻っていく。

 それを見た浄足は、慌てて四つん這いのまま、そのあとを這ってついて行くのだった。

 1000もいた兵たちは、すでに半分以下まで減っていた。



 ようやく岸辺にたどり着いた広純たちが見た光景は、目を疑うものだった。

 それは、対岸にずらりと並ぶ、弓兵の姿だった。


「構え~~~!」


 その兵たちが、岸辺に浮かべた舟の上から発せられた呰麻呂の号令で、一斉に矢を弓につがえて、広純たちの方へと向けてきた。


「放てえ~~~!」


 川面の上空を、弧を描いて飛翔した数百の矢は、広純たちのすぐ足元の水面に、凄まじい音をさせて着水した。

 顔面を蒼白にした大楯が、背後の陸側へ戻ろうと、振り向いた。

 だがそこは、100騎ほどの騎馬兵に叩き伏せられている、自分たちの兵の無残な姿があるだけで、とても戻れるような場所ではなかった。


『ズシャ!』


 大楯の足元に、はね飛ばされ倭国兵の首が転がった。

 飛んできた先にいたのは、騎馬軍団の真ん中で、刀を振るう、一際大柄な男は、アテルイの父、エカシであった。


「ヒィィィ。」


 四つん這いの顔の目の前に、生首が飛んできて、ご対面状態となった浄足が、情けない悲鳴を上げる。

 広純も、浄足の上げた奇妙な悲鳴に、そちらを向いたあと、その場で固まってしまう。


「広純さま、あれに御わすは、日高見国の王、エカシさまでありますぞ。」


 背後からした声に、広純と大楯が振り返った。

 川の中ほどに浮かんだ舟の上に、呰麻呂が弓を構えて立っている。


「ア、呰麻呂!この様な無法、ゆ、赦されると思っておるのか!!」

 
 大楯が、精一杯の虚勢を張って、声を上げた。


「無法を為すのは、倭国の方であろう!日高見国われらの地を侵し続け、講和の約定を破り続けた。」


 呰麻呂が、矢の切っ先を大楯に向けて応える。


「貴公はすでに位階を受け、大領に封じられ、帝の臣であるのだぞ!その矢先を宿禰たる我に向けるは、帝に弓することと同義となるのだぞ。」


 大楯は震えながらも、時折、隣の広純の表情をうかがいなら声を出し続ける。

 だがその声は、呰麻呂の元には届いてはいなかった。


「よかろう、ではこの矢とともに、その位階と官職を返してしんぜよう!」


 言い放った言葉と同時に、矢が放たれ、一瞬ののち、大楯の首にそれが突き刺さった。

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