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火焔の章 鬼切部10
~小鏑山~ 4
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この季節の高原は、ようやく緑が芽吹き始めたばかりで、下草も少なく、それほど歩き辛いものではなかった。
しかし、鎧をつけて急な斜面を登り降りするのは、さすがにきついものがある。
ましてや、敵軍に悟られぬように、軍沢沿いを避けてより山側を選んでいるため、山は険しさを増すばかりであった。
「さ、三郎殿。ま、まだ着きませぬか?」
永衡が荒い息で、切れ切れに聞く。
前を行く経清も無言であるが、息は同じように荒い。
「もう少しのはずです。軍沢と枝沢の合流する所が、目的の場所です。」
答える宗任は、ほとんど息を切らせていない。
いつものように、爽やかに答える。
やがて木々が薄くなり、視界が開けると、沢が見えてきた。
十人ほどの兵たちが、忙しく立ち働いている。
「だいぶ出来上がっているな。だが急げよ。あまり時間がない。」
宗任は、指揮を任せていた兵に声をかけて、目の前のそれを見上げた。
「!!」
「!!!」
つられて、その視線の先を見上げた経清と永衡は、同時に息をのんだ。
登任の軍は色麻柵を発すると北上し、鳴瀬(成瀬)、荒雄の二川を越えた。
色麻郡から玉造郡にかけては、古くから拓け、多賀国府に先駆けて朝廷の出先として官衙舘が造営されていたほどであった。
はじめ丹取郡が設置され、丹取軍団が置かれた。
その後玉造軍団へと継承され、常時千人規模の軍団が駐屯した。
登任は、これらを加えて四千に迫る軍勢で池月の柵へと迫った。
「敵は、騎兵五十、その他百五十ほどと思われます。」
先行する偵騎からの報告を聞いて、うなずくと。
登任は、武官に命じた。
「雑魚を相手にしている暇はない。弓兵五百でもって、あの柵に俘囚を張り付けておけ。残りは、先へ進むぞ。」
そう言って、背後の名生法山から連なる峰の麓に見える、小さな柵を一瞥し、軍首を西へと向かわせた。
行く手には、小黒ヶ崎山が見える。
小黒ケ崎山は古より都にも知られた紅葉の名所であった。
勅撰和歌集の中の、和歌の歌枕にも登場する。
しかし、地元ではこの山を死人山と呼んでいる。
---どういうことか。
玉造郡は元々、貴金属や宝石等を加工し装身具を製造する技能集団が移り住んだ土地である。
したがって、周囲には様々な鉱山が点在する。
小黒ヶ崎山や名生法山は、金山でもあった。
---鉱山には落盤などの事故が付きものである。
この頃の採金方法では起きることはそう無いが、時代が下ること伊達氏の時代、度重なる事故に、いつしか人々は都人の憧れの山に、死人の名を付けたのであろう。
---そういえばここでも、金属と安倍氏、そして照井氏、あるいは物部氏が繋がっている。
さて・・・・。
照井の柵と登任軍の弓兵の攻防は、双方やる気の感じられない撃ち合いが続いている。
一方の登任軍本隊は、里宮を素通りし、右手から迫る小黒ケ崎山と荒雄川に挟まれた狭い段丘にさしかかっていた。
「隊列を長くするな。山からの矢に気をつけよ。」
登任は、周囲に注意をうながした。
登任軍は、登任や主だった武官が馬に乗っているものの、それ以外は殆ど全てが弓兵である。
矢が尽きれば、槍や刀をとるものの、戦といえば弓による交戦が基本であった。
先頭の登任たち主だった武官が狭隘部を抜けて、その先の視界が開けたところまで達した時、案の定、小黒ケ崎山の木々の間から軍の側面に向けて矢が降ってきた。
登任軍はこれに冷静に対応しつつ、軍を進める。
四千近い大軍勢は、散発的な攻撃をあしらいつつ、その過半が狭隘部を抜けた。
すると突然、最後尾が騒がしくなった。
先行する登任は、何が起きているか全く気づいていなかった。
しばらくののち、ようやくしんがりをつとめている武官からの伝令が、最前列に追いついて状況を報告する。
「俘囚の騎兵二十が現れ、後方部隊が壊滅しつつあります。」
里宮の杜に隠れていた照井の騎兵が、もう少しで危険な狭隘部を抜けられるという、緊張が一瞬やわらぐ頃合いを見計らって登任軍の後背を突いたのであった。
同時に、別の騎兵部隊が照井の柵を攻撃していた登任軍の弓兵部隊を後ろから攻め、それに呼応した柵側の守兵も攻勢に出たことにより、挟撃状態となって遂に殲滅に至った。
「国守様、お久しぶりでございます。お元気そうでなによりです。」
伝令の報告を歯ぎしりをして聞いていた登任は、聞き覚えのある声に振り向いた。
少し向こうのやや高くなった段丘の上に、朱い鎧の騎馬武者が佇んでいた。
騎乗する黒鹿毛の馬も鮮やかな緋色の馬具を付けている。
周りを五十騎ほどの騎馬部隊が囲んでいる。
いずれの者も全て朱---赤備えである。
「そなたは五郎・・・・正任ではないか!」
まさしく、かつてのお気に入り、安倍正任であった。
「をぐろさき みつのこじまの ひとならば みやこのつとに いざといはましを」
正任は、唐突に歌を詠み上げた。
「なっっ。」
登任が面食らう。
「国守様、左手を御覧ください。古今集に歌われた、美豆の小島はあちらにございますよ。都人ならば、このような無粋な真似はいたされぬほうが良いのでは?」
そう言って、正任は右手で荒雄川の河中に突き出た小島を指し、哄笑した。
つられて、周りの騎馬武者らも嘲笑う。
---それはまるで、陸奥国の松島や出羽国の象潟に浮かぶ小島のように美しかった。
(ちなみに、さきの歌の意味は、「小黒ヶ崎にある美豆の小島は、とても美しくて素晴らしいので、もしもあれが人であったならば、都へ呼ぶのだけれど。」といった感じである。)
「ふ、俘囚ごときに言われとうないわ!!。あやつらを射殺せ!」
登任は、右手に持った軍扇で正任を指した。
ようやく全軍が、狭隘部を抜けたところであった。
照井の騎馬部隊に喰い散らかされた後方部隊を含め、すでに千近くの兵が消えていた。
追撃はない。
照井の騎馬部隊は、役目は終わったとばかりに姿が消えていた。
登任軍は隊列を組み、長弓を射かけながら進む。
正任の部隊は、敵の矢の届かない距離を保ちながら後退し、射程の長い伏竹弓で応戦する。
登任軍はじりじりと、引きずられるようについて行く。
台地状の丘陵地帯を抜け、赤這沢に面する峡谷の端に達した。
正任の部隊は、谷に阻まれて追い詰められたような形となった。
登任軍が少しずつ距離を詰め、囲んでいく。
「正任よ、行き場はないぞ。観念せい。」
登任は少し哀れみを覚えたのか、哀しそうな目をしていった。
矢も尽きたのか、正任らは弓を捨てて刀を握っていた。
「捕らえよ。」
登任は撃ち方を止めさせ、囲いをせばめて正任らを捕獲するように命じた。
取り囲む登任軍が届くかと思われた時、正任が叫んだ。
「国守様、ではまたのちほどお会いしましょう。」
そう言って、正任ら騎馬部隊は一斉に身をひるがえし、谷への急崖を一気にくだり始めた。
一瞬の出来事に、登任軍の兵らは動きを止めてしまった。
「ば、馬鹿な・・・・。」
登任は目を見開き、絶句した。
視界から消えてしまった正任らを追うことも出来ず、しばしの間、登任軍はその場から動けなかった。
しかし、鎧をつけて急な斜面を登り降りするのは、さすがにきついものがある。
ましてや、敵軍に悟られぬように、軍沢沿いを避けてより山側を選んでいるため、山は険しさを増すばかりであった。
「さ、三郎殿。ま、まだ着きませぬか?」
永衡が荒い息で、切れ切れに聞く。
前を行く経清も無言であるが、息は同じように荒い。
「もう少しのはずです。軍沢と枝沢の合流する所が、目的の場所です。」
答える宗任は、ほとんど息を切らせていない。
いつものように、爽やかに答える。
やがて木々が薄くなり、視界が開けると、沢が見えてきた。
十人ほどの兵たちが、忙しく立ち働いている。
「だいぶ出来上がっているな。だが急げよ。あまり時間がない。」
宗任は、指揮を任せていた兵に声をかけて、目の前のそれを見上げた。
「!!」
「!!!」
つられて、その視線の先を見上げた経清と永衡は、同時に息をのんだ。
登任の軍は色麻柵を発すると北上し、鳴瀬(成瀬)、荒雄の二川を越えた。
色麻郡から玉造郡にかけては、古くから拓け、多賀国府に先駆けて朝廷の出先として官衙舘が造営されていたほどであった。
はじめ丹取郡が設置され、丹取軍団が置かれた。
その後玉造軍団へと継承され、常時千人規模の軍団が駐屯した。
登任は、これらを加えて四千に迫る軍勢で池月の柵へと迫った。
「敵は、騎兵五十、その他百五十ほどと思われます。」
先行する偵騎からの報告を聞いて、うなずくと。
登任は、武官に命じた。
「雑魚を相手にしている暇はない。弓兵五百でもって、あの柵に俘囚を張り付けておけ。残りは、先へ進むぞ。」
そう言って、背後の名生法山から連なる峰の麓に見える、小さな柵を一瞥し、軍首を西へと向かわせた。
行く手には、小黒ヶ崎山が見える。
小黒ケ崎山は古より都にも知られた紅葉の名所であった。
勅撰和歌集の中の、和歌の歌枕にも登場する。
しかし、地元ではこの山を死人山と呼んでいる。
---どういうことか。
玉造郡は元々、貴金属や宝石等を加工し装身具を製造する技能集団が移り住んだ土地である。
したがって、周囲には様々な鉱山が点在する。
小黒ヶ崎山や名生法山は、金山でもあった。
---鉱山には落盤などの事故が付きものである。
この頃の採金方法では起きることはそう無いが、時代が下ること伊達氏の時代、度重なる事故に、いつしか人々は都人の憧れの山に、死人の名を付けたのであろう。
---そういえばここでも、金属と安倍氏、そして照井氏、あるいは物部氏が繋がっている。
さて・・・・。
照井の柵と登任軍の弓兵の攻防は、双方やる気の感じられない撃ち合いが続いている。
一方の登任軍本隊は、里宮を素通りし、右手から迫る小黒ケ崎山と荒雄川に挟まれた狭い段丘にさしかかっていた。
「隊列を長くするな。山からの矢に気をつけよ。」
登任は、周囲に注意をうながした。
登任軍は、登任や主だった武官が馬に乗っているものの、それ以外は殆ど全てが弓兵である。
矢が尽きれば、槍や刀をとるものの、戦といえば弓による交戦が基本であった。
先頭の登任たち主だった武官が狭隘部を抜けて、その先の視界が開けたところまで達した時、案の定、小黒ケ崎山の木々の間から軍の側面に向けて矢が降ってきた。
登任軍はこれに冷静に対応しつつ、軍を進める。
四千近い大軍勢は、散発的な攻撃をあしらいつつ、その過半が狭隘部を抜けた。
すると突然、最後尾が騒がしくなった。
先行する登任は、何が起きているか全く気づいていなかった。
しばらくののち、ようやくしんがりをつとめている武官からの伝令が、最前列に追いついて状況を報告する。
「俘囚の騎兵二十が現れ、後方部隊が壊滅しつつあります。」
里宮の杜に隠れていた照井の騎兵が、もう少しで危険な狭隘部を抜けられるという、緊張が一瞬やわらぐ頃合いを見計らって登任軍の後背を突いたのであった。
同時に、別の騎兵部隊が照井の柵を攻撃していた登任軍の弓兵部隊を後ろから攻め、それに呼応した柵側の守兵も攻勢に出たことにより、挟撃状態となって遂に殲滅に至った。
「国守様、お久しぶりでございます。お元気そうでなによりです。」
伝令の報告を歯ぎしりをして聞いていた登任は、聞き覚えのある声に振り向いた。
少し向こうのやや高くなった段丘の上に、朱い鎧の騎馬武者が佇んでいた。
騎乗する黒鹿毛の馬も鮮やかな緋色の馬具を付けている。
周りを五十騎ほどの騎馬部隊が囲んでいる。
いずれの者も全て朱---赤備えである。
「そなたは五郎・・・・正任ではないか!」
まさしく、かつてのお気に入り、安倍正任であった。
「をぐろさき みつのこじまの ひとならば みやこのつとに いざといはましを」
正任は、唐突に歌を詠み上げた。
「なっっ。」
登任が面食らう。
「国守様、左手を御覧ください。古今集に歌われた、美豆の小島はあちらにございますよ。都人ならば、このような無粋な真似はいたされぬほうが良いのでは?」
そう言って、正任は右手で荒雄川の河中に突き出た小島を指し、哄笑した。
つられて、周りの騎馬武者らも嘲笑う。
---それはまるで、陸奥国の松島や出羽国の象潟に浮かぶ小島のように美しかった。
(ちなみに、さきの歌の意味は、「小黒ヶ崎にある美豆の小島は、とても美しくて素晴らしいので、もしもあれが人であったならば、都へ呼ぶのだけれど。」といった感じである。)
「ふ、俘囚ごときに言われとうないわ!!。あやつらを射殺せ!」
登任は、右手に持った軍扇で正任を指した。
ようやく全軍が、狭隘部を抜けたところであった。
照井の騎馬部隊に喰い散らかされた後方部隊を含め、すでに千近くの兵が消えていた。
追撃はない。
照井の騎馬部隊は、役目は終わったとばかりに姿が消えていた。
登任軍は隊列を組み、長弓を射かけながら進む。
正任の部隊は、敵の矢の届かない距離を保ちながら後退し、射程の長い伏竹弓で応戦する。
登任軍はじりじりと、引きずられるようについて行く。
台地状の丘陵地帯を抜け、赤這沢に面する峡谷の端に達した。
正任の部隊は、谷に阻まれて追い詰められたような形となった。
登任軍が少しずつ距離を詰め、囲んでいく。
「正任よ、行き場はないぞ。観念せい。」
登任は少し哀れみを覚えたのか、哀しそうな目をしていった。
矢も尽きたのか、正任らは弓を捨てて刀を握っていた。
「捕らえよ。」
登任は撃ち方を止めさせ、囲いをせばめて正任らを捕獲するように命じた。
取り囲む登任軍が届くかと思われた時、正任が叫んだ。
「国守様、ではまたのちほどお会いしましょう。」
そう言って、正任ら騎馬部隊は一斉に身をひるがえし、谷への急崖を一気にくだり始めた。
一瞬の出来事に、登任軍の兵らは動きを止めてしまった。
「ば、馬鹿な・・・・。」
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