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第四章 国難
その二十八 英霊顕現
しおりを挟む月が真上に昇る深夜。
安宿の一室で、テイルは勇者と魔王の意思が宿った剣を手に持ち、佇んでいた。
「それで……どうすればいいんだ?」
(『そうですね……感覚でしか伝えようがないのですが……』)
(『剣に魔力を流し、それと一緒に意識を流す感じじゃな』)
言われた通り、魔力を流す。
それと共に、意識が溶け込むような感覚で剣を握る。
すると……徐々に、意識が分かたれるような気分を覚えた。
(『そうです……そのまま、もっと深く……』)
(『ズズズッと押し込むように!こう、ダーッと!!』)
魔王は説明が下手だという新たな発見をしながら、意識を流し込む。
この剣でしか出来ないことだ、当然誰かに教えを乞うことも出来ない。
何よりラナやロベリアにさえ、『何となく』しか分からないそうだ。
――深く
――もっと深く、潜り込むように
――意識の全てを、溶かすように……
次第に、意識が身体から離れていくことが分かった。
奇妙な感覚だが、不思議と恐ろしさはない。
知己と出会うような、安心感さえ覚えた。
そして、開始から暫く経った頃。
俺の意識は、掻き消えた。
◇◇◇
次に目覚めたのは、不思議な空間だった。
周囲は木々に囲まれ、しかし鳥の鳴き声も、風の騒めきすら聞こえない。
空は青く、どこまでも澄み渡っている。
森の中にある、開けた草原のような空間。
そこに俺は立っていた。
ふと気になって、俺は背後を振り返った。
「ッ――ラナと……ロベリア、か?」
その静けさを破ったのは、驚愕する俺の声。
そこにいたのは、怪物だらけの島で過ごし並大抵のことでは驚かなくなった自負がある俺でも、呆けてしまう美女だった。
「うむうむ。成功したようじゃの」
「ええ。これでようやく逢瀬を楽しめるというものです」
「何が逢瀬じゃ」
再度言おう、美女だった。
整った顔は、森の妖精にも引けを取らない。
それどころか、上回っているだろう。
実際エルフの女性など見たことがないが、この二人以上の『美』があるなら見てみたい。
一人は透き通るように艶やかな水色の髪と、同色の瞳。
肌は白磁のように白く、それでいて不気味さも冷たさも無い。
明るさと知性を兼ね備えた美。
それでいて強者の雰囲気を纏っているのだから、不思議なものだ。
手と手を豊満な双丘の前で合わせ、ころころと笑っている。
一人は白銀の髪と、怪しげに光る金色の瞳。
褐色の肌は黒き妖精を思わせるが、耳はこれといって長くも、尖ってもいない。
しかし、特徴的な角を頭から生やしている。
捻じれた灰褐色の角は彼女が人族ではないことを示していた。
妖艶さと長く生きた賢者の様な雰囲気を持つ彼女は、腰に手を当てて呆れを含んだ笑みを浮かべていた。
その様は、酷く美しい。体形も水色の髪の美女に負けず劣らず。
先ほどの声と、口調からも、彼女たちが俺の知る勇者と魔王、ラナとロベリアであることは明白だった。
しかし、想像していた以上の美人だった。
やはり声だけで相手の全てを知ることなど出来ないらしい。
「どうじゃ?見惚れたか?麗しい私の姿に」
「……ああ。悔しいが、とんでもない美人だな」
「ふふん。そうじゃろう?」
「あらあら。ご主人様、ロベリアだけですか?」
「ラナも、だよ」
「ふふ。ありがとうございます」
二人ともが整った容姿と体形だった。
そのせいで子供並みの身長しかない俺が情けなさを感じてしまうのだが……まぁそれは気にしないでおこう。
「それで……どうすればいいんだ?」
俺は、『剣の中の世界』に入る前と同じ質問を、繰り返した。
この世界に来るのは目的の一つだが、全てじゃない。
「恐らくですが、ご主人様から魔力を直接受け取ることで、顕現出来るかと」
「なんじゃつまらんのう。もう少し私を鑑賞して見惚れてもよいというのに」
「はいはい。外に出てから存分に見惚れてやるよ」
俺の言葉が気に食わなかったのか、ロベリアは不満げな表情になった。
しかしそれでも絵になるなぁ、と俺は場違いなことを思った。
いや場違いでもないのか?
「ま、とりあえずやってみよう。二人分の魔力が俺にあればいいけどな」
「……悔しいですが、間違いなくあると思いますよ?」
「うむ。まぁやれば分かるじゃろう」
「そうか?じゃあやってみるか」
首を傾げながら、俺は二人の手を握った。
しかし、美女の手を握ったことなどなかったので、顔を赤くしてしまった。
頬に熱が集うのを感じ、まぁ美少女ならあるけどな、と苦笑した。
「……何故だか、そんな顔をされるとこちらまで恥ずかしくなります」
「う、うむ」
二人も似たようなものだったらしい。
俺は笑い、魔力を流した。
「ッ――!むぅ……!やはり凄まじい……!!」
「ええ……!これでもまだ余裕がありそうで悔しいですね」
そんなことを言う二人を他所に、俺は魔力を流し続けた。
様子を見て、魔力を更に流す、ということを数度繰り返し、全体の一割ほど魔力を流したところで動作を終えた。
「……意外と何とかなったな」
「先に言ったでしょう……」
「ちなみに、どれくらい消費したんじゃ?」
「一割くらいか?」
「この魔力馬鹿め……!!」
失礼な、と言い返し、俺が笑った時。
二人の体が輝き、俺は意識が離れていくのを理解した。
何が起こったのかも。
◇◇◇
目を覚ました場所は、宿の一室。
窓から覗く月光を見るに、然程時間は経っていないらしい。
そして、部屋の中には俺以外に、前にはなかった人影があった。
「……とりあえず、部屋を変えてもらわないとな」
苦笑する俺を見て、剣の世界から出た二人はにこやかに首を振った。
横に。
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