弟子に負けた元師匠は最強へと至らん

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第四章 国難

その二十九 高位冒険者

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 翌日。
 テイルは、ラナティアとロベリアの服を買うため、宿を出た。
 当然、二人を伴って。

「……見られてるな」
「見られておるな」
「見られてますね」

 同調する二人の声に、ただ、と続ける。

「お前らが、な」
「……仕方なかろう」

 ロベリアの言葉は正しい。
 ただでさえ二人は絶世の美女だというのに、剣の世界から出たとき、二人が着ていたのはドレスの様な衣服だったのだ。
 ロベリアは黒、ラナティアは白を基調にしたもので、非常に目立つ。
 ちなみに、現在のロベリアは人族と何ら変わりない姿になっている。
 元魔王である彼女にとっては魔法で姿を偽ることなど容易かった。
 しかし、その美貌に一片の陰りも生まれてはいない。

「面白がってこんな服にしなければ良かったかもしれませんね……」

 苦笑するラナティアに、テイルは首を傾げた。
 その言はまるで自由に服を変えれたかのような――

「……待て。お前ら、あの世界なら服を変えれたのか?」
「はい。材質に制限はありますが、大抵の服なら再現可能です」
「……」

 それだけで言いたいことは察したのか、ラナは悪戯が成功した子供の様に愉快そうな笑みを浮かべた。
 幸い、国王アガラ―トから褒章の一部を前払いで頂戴している。
 金銭的には問題ない。
 問題ない……筈だ。

「……高すぎる物は買うなよ」
「勿論です、ご主人様」

 ラナが何気なく発したその言葉に、俺は「しまった」と額に手を当てた。
 魅了されたかのような周囲の視線が、奇異な目に変わる。
 つい溜息を漏らし、ラナを軽く睨むが返ってくるのは面白がるような視線だけ。

「あんまり目立つようなことをしないでくれよ……特にその呼び方」
「ご主人様はご主人様ですから」

 きっぱりと言い張るその様は、どう見ても俺を揶揄からかっている様にしか見えない。
 しかし……それは俺から見た場合であって、周囲の目は徐々に険悪なものになってきている。
 俺の格好がまるっきり平民なのに対して、ラナとロベリアは「お姫様」に見えるだろう。
 この反応はまぁ……当然だろう。
 何せダラン王国は、基本的に奴隷がいない。
 許可されているのは罪を犯して奴隷に落ちた『犯罪奴隷』のみ。

「せめて外では普通に呼んでくれ……」
「……しょうがないですね。ではテイル、と」

 ああ、それでいい。
 それでいんだが……

「名前を呼ぶだけで照れるなよ……」
「……照れてなどいませんが?」

 弁明の言葉も、頬から耳まで赤く染めたままでは説得力がない。
 本当に妙なところで子供だな、と思わず苦笑する。

「むぅ。主よ、少しは私にも構え」
「呼び名と口調が合ってないな……まぁいいか。ロベリアも普通に呼んでくれ。普通に」
「む?そうか……テ、テイル……」
「似た者同士か、お前らは」

 勇者と魔王、それは相反する存在……な筈なんだが。
 こうやって同じように顔を赤くしているところを見ると、どうも慣れない。
 今までは声だけだった分、まだはっきりとは分からなかった。
 だがこうやって顕現した今の状態だと……

「お前らって、仲良いよな」
「そう、ですね……特に意識したこともありませんでしたが、言われみれば」
「ふむぅ、認めるのも癪じゃな。……まぁ、仲が良いと言えなくもない」

 本当に仲がいいなぁ……
 苦笑しつつも、足は止めない。
 周囲から突き刺さる視線も慣れてしまえばどうと言うことは無い。
 ……だが、警戒はしておいた方が良さそうだ。
 羨望や嫉妬、なんて視線の中に真っ黒な憎悪が紛れている。


 ◇◇◇


 大通りの最中、しばらく進むと目的の店があった。
 店名は『美姫の服屋』。
 一言で言えば「値の張る女性服店」なのだが、勇者と魔王に安い服を着せる気にもなれないので……ここでいいだろう。

「ようこそいらっしゃいました!……これはこれは、お美しいお嬢様方ではないですか!!」

 店に入った途端。
 気障なセリフが妙に似合う、執事の様な恰好をした金髪碧眼の店員が口を開いた。
 俺には気付いていない様子なので、丁度いいとばかりに店内を見回す。
 男性客も多少はいるものの、やはりごく少数だった。
 その多くがやや疲れた様子だったのは気にせず、ラナとロベリアに声をかける。

「自由に選んでいいぞ。……女性服の流行りなんて分からないから」

 肩を竦めてそう告げると、二人ともがくすくすと笑う。
 その様子を見て、ようやく女性店員はやって来た客が女性二人組ではないことに気付いた様子だった。
 驚いた様子ながらも、やはりやり手なのか表情には出さずにこやかに頭を下げる。
 同じく礼を返す。
 あらためて店内を見回すと、予想通り多少お高い値段が服の値札に刻まれていた。


 ラナとロベリアが持ってきた服に努力して考えた感想を返し、その値段を見て思わず苦笑し、俺を迷子だと勘違いした女性客の対応をして……

 日差しの向きがはっきりと変わって見える頃、ようやく店を出た。
 ご満悦な様子の二人は、衣服を包んだ袋を抱えて微笑んでいる。
 その様子に笑みを浮かべながら、ついでにと冒険者ギルドへ向かった。


 ◇◇◇


「あっ、テイルさんこんにち、は……?」

 ギルドに入って早々。
 愛想よく挨拶をしようとして、出来なかった受付嬢は。
 ラナとロベリアを見て固まった。

「うむ。相変わらず面白い反応じゃな」
「一日で変わるわけないだろ。それとあんまり妙なことを言うなよ?」
「そうですよ」

 満足そうに頷くロベリアを諫める。
 しかしやはり、態度に関係なく外見のせいで目立ってしまう。
 今この場にいる者達は、ほとんどが硬直していた。

(まぁ原因は分かるが……どうしようもないな)

 現在のラナとロベリアは、少し身形の良い町娘、という言葉が似合う服装だった。
 だが絶世の美女と言う言葉が似合う相貌は隠していない。
 抜群の体形もあってか、周囲には頬を紅潮させている者が多い。

「この二人の登録をお願いします」
『うおおっしゃあああああああああああああああああああ!!』

 俺が受付嬢にそう言った瞬間。
 男性冒険者は吠えた。
 間違いなくギルドの外にまで響く音量で。

「やかましいのう」
「全くです」

 その原因二人は、呆れるように辺りを見回していた。

「あ、えっと、はい、分かりました。試験は……テイルさんがいるので大丈夫そうですね」

 受付嬢は慌て、答える。
 その答えにそれでいいのかと文句を言いたくなるが、抑えた。
 手間がかからないならその方がいいだろう。
 加えて二人――特にロベリア――は手加減が出来るか不安なので、やや安堵した。

「それでいいんですか?」
「ええ、まぁ……ローグさん、ギルドマスターから言われてますので」
「ギルドマスターから?」

 その言葉に首を傾げる。
 理由があるとすれば俺だが……

「はい。えーっと……こちらです」

 側にあった引き出しを漁った受付嬢は、銀色に輝くプレートを取り出した。
 そこには「Bランク冒険者 テイル」の文字が彫られている。

「……これは?」
「えっと……詳しくは知らないんですが、とある『高貴なお方』から打診があったとかで……」

 銀のプレートを覗き込むラナとロベリアを他所に、訝し気な目を受付嬢へ向ける。
 『高貴なお方』、と聞いて真っ先に浮かんだのは国王アガラ―トだ。
 しかしなぜそんなことをする必要があるのか、理解できなかった。

「説明すると長くなるんですが……冒険者ギルドのランクには『特別指定制』というものがありまして」
「特別指定、ですか」
「はい。本来は騎士や兵士の方を高位冒険者として活動させるためのものでして」

 言葉を整理するように口を閉じた受付嬢は、ややあって言葉を繋げた。

「高位の『ランク』はあるだけで便利な代物です。要は冒険者ギルドが身元を保証するものですから。入国時の身分保証にもなりますし、実力を証明するものでもあります。その為、国の……偉い方々が、高位ランクが必要になった時、冒険者ギルド側が認めれば特別にランクを引き上げる、というわけです」

 つまり、王国の権力がある誰かが、テイルのランクを引き上げる必要がある、と判断した。

「ギルドマスターがあっさり認めてとんとん拍子で話が進んだと……早すぎませんか?」
「ええ……私もそう思いますけど。とにかく、冒険者ギルドはテイルさんを『Bランク冒険者』として認めます」

 そして、と言葉を続けた。

「Bランク以上の冒険者が冒険者登録をさせたい、と言ったお二人は冒険者として活動させるに値する、というわけです」

 なるほど。
 そもそも高位ランク――Bランク以上――の冒険者は、冒険者ギルドに信用されない限りなることはできない。
 だからそんな人間が認めるなら、冒険者として活動させてもいい、というわけだ。

「便利な仕組みですね」
「まぁ……確かに便利ですが、あんまり推奨できるものじゃないですよ?諍いの原因になることもあるので……本来なら緊急用の措置ですし、その『高貴なお方』から後々何か言い渡されると思いますよ?」

 そう言って、受付嬢は困ったように微笑んだ。

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