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第四章 国難
その三十二 囚われの愚者
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風が吹いた。
不思議な景色だった。
周囲には幾つかの島が浮かんでいる。
大きさは様々。
岩程度の物もあれば、並の街より巨大な物も。
どうやら今立っている岩塊も、そんな中の一つの様だ。
端に立って見下ろしてみると、どれだけ目を凝らしても大地は見えない。
そして、この妙な空気。
まるで『あの島』の様な……
「……ここは、どこだ?」
それは当然の疑問だ。
俺はアガラ―トと諸々の話をした後、「今日はこの城に泊っていけ」という娘に言わされた父親の言葉で、王城の一室に居たはずだ。
だというのに、何故俺はこんな所に――
「へぇ~、キミかぁ。妙な人族っていうのは」
唐突に。
軽快に。
そんな言葉が聞こえた。
気配が感じ取れなかった。
「ふーん、なるほどねぇ……」
「……何だお前は」
振り向いてみれば、そこにいたのは俺よりやや背丈の高い少年だった。
若葉色の髪と水色の瞳。奇妙なまでに造形の整った顔立ち。
服装は髪と同じ若葉色の、軽装だった。
冒険者が着るような、動きを重視した軽装。
そして、その少年は宙に浮かんでいた。
「そうだねぇ、い・ち・お・う・は! 名乗っておこうか。僕は大気を司る神の一柱、キミたちに『風神』なんて呼ばれてる存在だよ」
その言葉に、眉をひそめた。
一応は。目の前の『神』は、そう言った。
「……用は何だ?」
「う~ん、長引かせるのも面倒だから、要点だけ言おうか。えーっと、名前も知らないキミは、力をつけすぎたんだよ」
「……だから、なんだ」
いや。
もう言いたいことは分かっている。
あの島に、英霊の島の中心に居た存在が『龍神』だと知ってから。
その可能性を考えていなかったわけじゃない。
「分かんないのぉ?それともとぼけてるだけ?どっちでもいいけどね。驚いたことにキミは、僕ら主神ほどじゃなくても、他の下級神を超える力を持ってる。これがマズイってことくらい、分かるんじゃないかな?」
「……ああ。お前らにとってはそうだろうな」
『神』とは、この世界の事象を司る存在。
この世界を管理する存在。
本当の所がどうかは知らないが、少なくとも下界に『神を超える存在』がいることは、確かにマズいんだろうな。
こいつらにとっては。
「……不愉快だねぇ、その言い方。まぁ間違っちゃいないんだけどね。僕ら神様は、キミたちが思ってるような存在じゃない」
キミたち。
察するに、下界で生きる神を認識する生物全てのことか。
「人族がどうなろうと、僕たちにはどうだっていい。世界そのものさえ無事なら」
「……じゃあなんで勇者なんて代物を造った?」
「仮にも勇者を信仰する人族がしていい言い方じゃないねぇ。まぁいいけどさ。『魔王』っていうのは、僕らにとっても邪魔な存在だからね。まぁそれはこっちの話だから、話すつもりはないけど」
まるで虫を見るような。
いや。
生物ではない石ころ、物体を見るような。
その『神』の目は、無価値な存在を見る目だった。
「さっきも言った通り、世界そのものが無事な僕たちは、それ以外はどうでもいいんだ」
「それは、全ての神がそうなのか?」
少なくとも龍神、ハクという名のアイツは、そんな様子ではなかった。
ラナとロベリアを気にかけていたことからも、間違いないだろう。
「いいや?少なくとも僕の様に"概念"から生まれた存在以外は違う。例えば龍神みたいに、例外もあるんだ。武神や魔神、精霊神なんかもそうだけど」
……例外多いな。
「"概念"から生まれた神には、性格は違っても必ず絶対の『理』が存在する。それが――」
「――世界を守ること、か」
「その通り。だけど会話を遮ることは感心しないよ?」
「それで、世界を壊せる力を持った存在は要らないって?」
「無視か。全くこれだから」
ずっと俺を殺す気の奴にそんなことを言われたくないな。
「まぁキミの言う通りだねぇ。他の神達には『そんなことをする気は無さそうだから放っておこう』なんて言ってる奴もいるけどね。僕はさっさと消しちゃえばいいのに、って思うんだけどなぁ。そう考える神も結構多いし」
なるほど。
神も意見が纏まってるわけじゃないようだ。
「ちなみに、俺をどうやってここへ?」
「キミは龍神の『神域』に訪れたみたいだからねぇ。その繋がりを辿って強制的に呼び寄せたんだよ」
『神域』とやらは気になるが、今は置いておこう。
要は俺を転移させたわけか。
ってことは、別に意識だけを呼んでるわけじゃなさそうだな。
「それって何度も使えるのか?」
「……いや?神にもさっき言った『理』以外に規則があってねぇ。今回僕がやったことは軽く違反してるから、もう無理だろうねぇ。『下界には基本干渉しない』ってヤツ。でも君がそんなことを聞いてどうするの?」
「決まってるだろ?何度も出来るなら――」
聞けて良かった、心底そう思う。
もしその事を聞けなかったら――面倒なことになる。
「――お前をぶちのめして戻ってからも、ずっと警戒する必要があるからな」
「……そう。どの道ここで消えるんだから、意味はないと思うけ、どっ!!」
風神が俺に向けて手を翳す。
それを察知した瞬間、俺は飛び退いた。
その瞬間、足場にしていた岩塊が砕け散りった。
魔法じゃない。
まるで周囲から押しつぶされたような――
「……そういうことか」
俺は魔法を用いて空中に立った。
空気を圧縮し、人間程度なら支えられるようにした足場。
考えてみれば、至極当然のことだった。
相手は冗談抜きで『神』だ。
魔法なんてものを使うとは限らない。
いや、そもそも『魔力』の概念すら存在していないかもしれない。
つまり相手が使ったのは――
「『大気』、か」
小声でそう呟いた。
それは先ほど風神自身が言った言葉。
『大気を司る』。
そもそもあの風神は、『大気そのもの』だと言っていい。
辺りにある『大気』――空気自体が敵。
……なるほど。
「あれだけの自信も頷けるな」
「僕の権能の分析は終わったかな?それじゃあ、消させてもらうよ?」
腹が立つほどの笑みで、目の前の少年は言い切った。
だが。
「こっちだって負けるつもりは無いんだよ……」
求めていた強敵。
不謹慎かもしれないが、俺は自身が高揚するのを感じていた。
――【動作遅延】――――【動作阻害】――――【膂力削減】――――【膂力封印】――
解除、と。
俺は小さく呟いた。
日常生活の為に自分に何重にも掛けていた魔法。
全てが負の効果を発揮する魔法。
空中を歩む。
偉大な『大気』の内で。
その瞬間。
「――ッ!!」
俺の周囲に在った『大気』が、消滅した。
光が妙な形で屈折し、俺の周囲だけが暗い。
叫びも届かない。
呼吸が出来ない。
体が内から外へ、破裂しようとする。
だが――
「生物っていうのはねぇ……『大気』が無いとなーんにも出来ないんだよ。活動出来なくなるんだ。それはどれだけ力があろうと、おな、じ……!?」
だから、なんだ?
『大気』が無くなった?
それがどうした。
悠々と語っていた風神は、唖然とした表情で見ていた。
ぽっかりと『大気』が消滅していた筈の空間が、徐々に元の色を取り戻す。
それと同時に消えたはずの音が、少年の耳に届いた。
「……お前は、どうやら俺の事を詳しく知ってるわけじゃないみたいだな」
「なっ、何で!?ぼ、僕の権能が何で届かない……!!」
呆然と呟く風神を一瞥し、俺の口角は軽く笑みを象った。
「創れないとは、言ってないぞ?」
「は、はぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!??う、嘘だっ!?」
『神』の力は絶大な様だが、分野だけなら俺の方が幅広い。
大気を自在に操るなんて真似はまだ出来ないが、創り出すなら可能だ。
まぁ魔力をかなり消耗するから、戦いを長引かせたくはない。
「【身体強化】」
一言。
だが、効果自体は、幾つもの魔法を合わせた俺の特製だ。
「『形状変化』、『完全再現――竜の翼』」
俺の背から竜が持つ蝙蝠の様な翼が生える。
服は破れるが、気にしている場合ではない。
魔獣から得た特性。
『形状変化』――体そのものの形を変える。
『完全再現』――取り込んだ魔獣の力を再現する。
この場合は『竜の翼』。
色は特に意味はないが、血の様な赤にしている。
初めて発動した時がこれだったから、気に入っている。
「ちょっ!? もう滅茶苦茶だなぁっ!!これでも、くらえっ!!」
風神が手を翳すと、無色の球体が現れた。
直径は俺の背丈の十倍ほどだろうか。
一瞬で途轍もない量を圧縮したのだろう、光が屈折してはっきりと視認できる。
放たれると同時に空を蹴り、翼を羽ばたかせる。
『竜の翼』の特性は、魔力を消費して翼の下に力を発生させること。
加速に加速を重ね、宙を移動する。
超大型空気弾の表面を滑るようにして回避する。
あれは流石に、直撃は不味い。
彼方へ去った空気弾は、そこかしこに在った浮遊島の一つに衝突し、爆ぜた。
――轟音。
街一つほどの大きさの浮遊島が木端微塵に砕け散った。
不思議なことに砕けた後も浮力は失わず、辺りに漂っている。
弾丸の様に飛んできた家屋程もある岩塊が、防御用の『結界』に触れて砕けた。
「いつまで大気を創っていられるかな?」
既に冷静さを取り戻したらしい風神が、嗤った。
今現在も俺の周囲は大気が消え去っている。
『大気を創る』ことに意識を割かなければならないのは、厄介だろう。
普通の人間なら。
「生憎、この程度で無くなる様な魔力はしてないんだ」
この程度、造作もない。
『英霊の島』で過ごした日々は、何も常に魔獣と戦っていたわけじゃない。
常に修練を積んだ。
空いた時間を見つけては、取り込んだ魔獣の力を十全に扱えるように。
魔法もそうだ。
魔法を組み、撃つ。
――【炎の槍】
放たれた炎の槍は、轟音と共に風神の体へ直撃した。
Sランク程度の魔獣ならば、焼き尽くされる一撃。
だが。
「まさか、この程度で倒せるなんて思ってないよねぇ」
「……やっぱりか」
唇を噛み締めた。
炎の槍は、風神を突き抜けて飛んだ。
しかし、風神は灯の如く揺らめき、次の瞬間には元通り。
服すらも焼けていない。
『神』相手に、この程度の魔法が、いやただの魔法が通じる筈が無かった。
そもそも相手は、巨大な『概念』そのもの。
『大気』を司る『神』。
ただの物理、魔法攻撃は通じないということか。
「キミは僕を傷つけることすら出来ない。『神』とは、そういうものだよ」
確かにそうだろう。
普通に考えれば、『人』が『神』に敵う筈はない。
実体が無く、相手は一方的に攻撃出来るんだからな。
――だけどな。
「その程度のことが出来なきゃ、あの島じゃ生きていけねぇんだよ!!」
言葉が荒くなるのを自覚した。
半分は虚勢、半分は事実だ。
これから使う魔法が効かない可能性もある。
だが俺は、効かないとは思わなかった。
「《全てを消し去る力を我が手に》――【全付与・消滅】」
瞬間、俺の全身に淡い光が奔る。
そしてすぐに光は消えた。
が、何も効果は消えていない。
俺の全身、いや『俺』と言う存在には。
先程までには無かった力が宿っている。
この力は、実体を持たない相手にも通じる。
何せ『英霊の島』の中央付近にはそんな敵がごろごろいた。
そしてそれを見た風神は、目を丸くして呆然と呟いた。
「それ、『概念魔法』の一種じゃ……ッ!!」
「その様子なら、効果アリってことか?」
俺は、不敵な笑みを浮かべた。
それを見た風神が頬を引き攣らせ、掻き消えた。
見えない速度で移動したわけではなく、どうやら文字通り空気に成ったらしい。
当然だな。
相手が有効な攻撃を持ってるってのに、人の形に為る必要はない。
だが。
【全付与】は、言葉通りに俺が行う全ての行動に効果を付与する。
「【衝撃波浪】」
パチンッ、と指を鳴らした音が響いた。
あたかもその音を増幅させるかのように――事実間違っていない――膨大な衝撃の波が『風神の神域』を駆け抜けた。
全方位破壊魔法。
衝撃の波が直撃した浮遊島は砕け、掏り潰される様に潰える。
広大な効果範囲内には、最早膨大な量の小石が漂うのみ。
思わず笑みを浮かべる。
嬉しかったのは魔法の結果じゃない。
視界の端に人型に戻って圧縮空気の防御壁を張る風神が写ったことだ。
確定。
これなら、『神』を殺せる。
【消滅】効果の付与中は馬鹿げた量消費するが……幸いなことにこの世界、『神域』か?に在る魔力は、非常に吸収しやすい。
元から魔力の回復速度が速い俺なら、大して痛手でもない。
「……確かに、ふざけた力だ」
思考を巡らせていると、目前まで風神が戻ってきていた。
翼も音も無く空中を移動することが可能なのは、素直に羨ましいな。
苦虫を噛み潰した様な表情で言葉を投げかけてくる。
「本当に、保険をかけておいてよかった。まぁ実際は、こいつらが来たがってただけなんだけど」
「……何を言ってる?」
俺の言葉に、風神は口角を上げた。
一瞬、最悪の可能性が浮かんだ。
頬が引き攣り、冷や汗が流れる。
そして、そういった予想は――
瞬間、『風神の神域』に百を超える数の存在が現れた。
「簡単な話だよ?言ったじゃないか。君を消しちゃえば良いって考える神達は結構多いって」
その存在達は、間違いなく『神』だった。
「総勢、『167柱』。さて、どれくらい凌げるかな?」
黒い笑みを浮かべる風神は、『邪神』にしか見えない。
神に囲まれているというのに、まるで地獄に落とされたような気分だった。
――最悪の予想は、往々にして当たるもんだ
『神に非ざる人』、そして『167柱の神々』の戦いが始まった。
不思議な景色だった。
周囲には幾つかの島が浮かんでいる。
大きさは様々。
岩程度の物もあれば、並の街より巨大な物も。
どうやら今立っている岩塊も、そんな中の一つの様だ。
端に立って見下ろしてみると、どれだけ目を凝らしても大地は見えない。
そして、この妙な空気。
まるで『あの島』の様な……
「……ここは、どこだ?」
それは当然の疑問だ。
俺はアガラ―トと諸々の話をした後、「今日はこの城に泊っていけ」という娘に言わされた父親の言葉で、王城の一室に居たはずだ。
だというのに、何故俺はこんな所に――
「へぇ~、キミかぁ。妙な人族っていうのは」
唐突に。
軽快に。
そんな言葉が聞こえた。
気配が感じ取れなかった。
「ふーん、なるほどねぇ……」
「……何だお前は」
振り向いてみれば、そこにいたのは俺よりやや背丈の高い少年だった。
若葉色の髪と水色の瞳。奇妙なまでに造形の整った顔立ち。
服装は髪と同じ若葉色の、軽装だった。
冒険者が着るような、動きを重視した軽装。
そして、その少年は宙に浮かんでいた。
「そうだねぇ、い・ち・お・う・は! 名乗っておこうか。僕は大気を司る神の一柱、キミたちに『風神』なんて呼ばれてる存在だよ」
その言葉に、眉をひそめた。
一応は。目の前の『神』は、そう言った。
「……用は何だ?」
「う~ん、長引かせるのも面倒だから、要点だけ言おうか。えーっと、名前も知らないキミは、力をつけすぎたんだよ」
「……だから、なんだ」
いや。
もう言いたいことは分かっている。
あの島に、英霊の島の中心に居た存在が『龍神』だと知ってから。
その可能性を考えていなかったわけじゃない。
「分かんないのぉ?それともとぼけてるだけ?どっちでもいいけどね。驚いたことにキミは、僕ら主神ほどじゃなくても、他の下級神を超える力を持ってる。これがマズイってことくらい、分かるんじゃないかな?」
「……ああ。お前らにとってはそうだろうな」
『神』とは、この世界の事象を司る存在。
この世界を管理する存在。
本当の所がどうかは知らないが、少なくとも下界に『神を超える存在』がいることは、確かにマズいんだろうな。
こいつらにとっては。
「……不愉快だねぇ、その言い方。まぁ間違っちゃいないんだけどね。僕ら神様は、キミたちが思ってるような存在じゃない」
キミたち。
察するに、下界で生きる神を認識する生物全てのことか。
「人族がどうなろうと、僕たちにはどうだっていい。世界そのものさえ無事なら」
「……じゃあなんで勇者なんて代物を造った?」
「仮にも勇者を信仰する人族がしていい言い方じゃないねぇ。まぁいいけどさ。『魔王』っていうのは、僕らにとっても邪魔な存在だからね。まぁそれはこっちの話だから、話すつもりはないけど」
まるで虫を見るような。
いや。
生物ではない石ころ、物体を見るような。
その『神』の目は、無価値な存在を見る目だった。
「さっきも言った通り、世界そのものが無事な僕たちは、それ以外はどうでもいいんだ」
「それは、全ての神がそうなのか?」
少なくとも龍神、ハクという名のアイツは、そんな様子ではなかった。
ラナとロベリアを気にかけていたことからも、間違いないだろう。
「いいや?少なくとも僕の様に"概念"から生まれた存在以外は違う。例えば龍神みたいに、例外もあるんだ。武神や魔神、精霊神なんかもそうだけど」
……例外多いな。
「"概念"から生まれた神には、性格は違っても必ず絶対の『理』が存在する。それが――」
「――世界を守ること、か」
「その通り。だけど会話を遮ることは感心しないよ?」
「それで、世界を壊せる力を持った存在は要らないって?」
「無視か。全くこれだから」
ずっと俺を殺す気の奴にそんなことを言われたくないな。
「まぁキミの言う通りだねぇ。他の神達には『そんなことをする気は無さそうだから放っておこう』なんて言ってる奴もいるけどね。僕はさっさと消しちゃえばいいのに、って思うんだけどなぁ。そう考える神も結構多いし」
なるほど。
神も意見が纏まってるわけじゃないようだ。
「ちなみに、俺をどうやってここへ?」
「キミは龍神の『神域』に訪れたみたいだからねぇ。その繋がりを辿って強制的に呼び寄せたんだよ」
『神域』とやらは気になるが、今は置いておこう。
要は俺を転移させたわけか。
ってことは、別に意識だけを呼んでるわけじゃなさそうだな。
「それって何度も使えるのか?」
「……いや?神にもさっき言った『理』以外に規則があってねぇ。今回僕がやったことは軽く違反してるから、もう無理だろうねぇ。『下界には基本干渉しない』ってヤツ。でも君がそんなことを聞いてどうするの?」
「決まってるだろ?何度も出来るなら――」
聞けて良かった、心底そう思う。
もしその事を聞けなかったら――面倒なことになる。
「――お前をぶちのめして戻ってからも、ずっと警戒する必要があるからな」
「……そう。どの道ここで消えるんだから、意味はないと思うけ、どっ!!」
風神が俺に向けて手を翳す。
それを察知した瞬間、俺は飛び退いた。
その瞬間、足場にしていた岩塊が砕け散りった。
魔法じゃない。
まるで周囲から押しつぶされたような――
「……そういうことか」
俺は魔法を用いて空中に立った。
空気を圧縮し、人間程度なら支えられるようにした足場。
考えてみれば、至極当然のことだった。
相手は冗談抜きで『神』だ。
魔法なんてものを使うとは限らない。
いや、そもそも『魔力』の概念すら存在していないかもしれない。
つまり相手が使ったのは――
「『大気』、か」
小声でそう呟いた。
それは先ほど風神自身が言った言葉。
『大気を司る』。
そもそもあの風神は、『大気そのもの』だと言っていい。
辺りにある『大気』――空気自体が敵。
……なるほど。
「あれだけの自信も頷けるな」
「僕の権能の分析は終わったかな?それじゃあ、消させてもらうよ?」
腹が立つほどの笑みで、目の前の少年は言い切った。
だが。
「こっちだって負けるつもりは無いんだよ……」
求めていた強敵。
不謹慎かもしれないが、俺は自身が高揚するのを感じていた。
――【動作遅延】――――【動作阻害】――――【膂力削減】――――【膂力封印】――
解除、と。
俺は小さく呟いた。
日常生活の為に自分に何重にも掛けていた魔法。
全てが負の効果を発揮する魔法。
空中を歩む。
偉大な『大気』の内で。
その瞬間。
「――ッ!!」
俺の周囲に在った『大気』が、消滅した。
光が妙な形で屈折し、俺の周囲だけが暗い。
叫びも届かない。
呼吸が出来ない。
体が内から外へ、破裂しようとする。
だが――
「生物っていうのはねぇ……『大気』が無いとなーんにも出来ないんだよ。活動出来なくなるんだ。それはどれだけ力があろうと、おな、じ……!?」
だから、なんだ?
『大気』が無くなった?
それがどうした。
悠々と語っていた風神は、唖然とした表情で見ていた。
ぽっかりと『大気』が消滅していた筈の空間が、徐々に元の色を取り戻す。
それと同時に消えたはずの音が、少年の耳に届いた。
「……お前は、どうやら俺の事を詳しく知ってるわけじゃないみたいだな」
「なっ、何で!?ぼ、僕の権能が何で届かない……!!」
呆然と呟く風神を一瞥し、俺の口角は軽く笑みを象った。
「創れないとは、言ってないぞ?」
「は、はぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!??う、嘘だっ!?」
『神』の力は絶大な様だが、分野だけなら俺の方が幅広い。
大気を自在に操るなんて真似はまだ出来ないが、創り出すなら可能だ。
まぁ魔力をかなり消耗するから、戦いを長引かせたくはない。
「【身体強化】」
一言。
だが、効果自体は、幾つもの魔法を合わせた俺の特製だ。
「『形状変化』、『完全再現――竜の翼』」
俺の背から竜が持つ蝙蝠の様な翼が生える。
服は破れるが、気にしている場合ではない。
魔獣から得た特性。
『形状変化』――体そのものの形を変える。
『完全再現』――取り込んだ魔獣の力を再現する。
この場合は『竜の翼』。
色は特に意味はないが、血の様な赤にしている。
初めて発動した時がこれだったから、気に入っている。
「ちょっ!? もう滅茶苦茶だなぁっ!!これでも、くらえっ!!」
風神が手を翳すと、無色の球体が現れた。
直径は俺の背丈の十倍ほどだろうか。
一瞬で途轍もない量を圧縮したのだろう、光が屈折してはっきりと視認できる。
放たれると同時に空を蹴り、翼を羽ばたかせる。
『竜の翼』の特性は、魔力を消費して翼の下に力を発生させること。
加速に加速を重ね、宙を移動する。
超大型空気弾の表面を滑るようにして回避する。
あれは流石に、直撃は不味い。
彼方へ去った空気弾は、そこかしこに在った浮遊島の一つに衝突し、爆ぜた。
――轟音。
街一つほどの大きさの浮遊島が木端微塵に砕け散った。
不思議なことに砕けた後も浮力は失わず、辺りに漂っている。
弾丸の様に飛んできた家屋程もある岩塊が、防御用の『結界』に触れて砕けた。
「いつまで大気を創っていられるかな?」
既に冷静さを取り戻したらしい風神が、嗤った。
今現在も俺の周囲は大気が消え去っている。
『大気を創る』ことに意識を割かなければならないのは、厄介だろう。
普通の人間なら。
「生憎、この程度で無くなる様な魔力はしてないんだ」
この程度、造作もない。
『英霊の島』で過ごした日々は、何も常に魔獣と戦っていたわけじゃない。
常に修練を積んだ。
空いた時間を見つけては、取り込んだ魔獣の力を十全に扱えるように。
魔法もそうだ。
魔法を組み、撃つ。
――【炎の槍】
放たれた炎の槍は、轟音と共に風神の体へ直撃した。
Sランク程度の魔獣ならば、焼き尽くされる一撃。
だが。
「まさか、この程度で倒せるなんて思ってないよねぇ」
「……やっぱりか」
唇を噛み締めた。
炎の槍は、風神を突き抜けて飛んだ。
しかし、風神は灯の如く揺らめき、次の瞬間には元通り。
服すらも焼けていない。
『神』相手に、この程度の魔法が、いやただの魔法が通じる筈が無かった。
そもそも相手は、巨大な『概念』そのもの。
『大気』を司る『神』。
ただの物理、魔法攻撃は通じないということか。
「キミは僕を傷つけることすら出来ない。『神』とは、そういうものだよ」
確かにそうだろう。
普通に考えれば、『人』が『神』に敵う筈はない。
実体が無く、相手は一方的に攻撃出来るんだからな。
――だけどな。
「その程度のことが出来なきゃ、あの島じゃ生きていけねぇんだよ!!」
言葉が荒くなるのを自覚した。
半分は虚勢、半分は事実だ。
これから使う魔法が効かない可能性もある。
だが俺は、効かないとは思わなかった。
「《全てを消し去る力を我が手に》――【全付与・消滅】」
瞬間、俺の全身に淡い光が奔る。
そしてすぐに光は消えた。
が、何も効果は消えていない。
俺の全身、いや『俺』と言う存在には。
先程までには無かった力が宿っている。
この力は、実体を持たない相手にも通じる。
何せ『英霊の島』の中央付近にはそんな敵がごろごろいた。
そしてそれを見た風神は、目を丸くして呆然と呟いた。
「それ、『概念魔法』の一種じゃ……ッ!!」
「その様子なら、効果アリってことか?」
俺は、不敵な笑みを浮かべた。
それを見た風神が頬を引き攣らせ、掻き消えた。
見えない速度で移動したわけではなく、どうやら文字通り空気に成ったらしい。
当然だな。
相手が有効な攻撃を持ってるってのに、人の形に為る必要はない。
だが。
【全付与】は、言葉通りに俺が行う全ての行動に効果を付与する。
「【衝撃波浪】」
パチンッ、と指を鳴らした音が響いた。
あたかもその音を増幅させるかのように――事実間違っていない――膨大な衝撃の波が『風神の神域』を駆け抜けた。
全方位破壊魔法。
衝撃の波が直撃した浮遊島は砕け、掏り潰される様に潰える。
広大な効果範囲内には、最早膨大な量の小石が漂うのみ。
思わず笑みを浮かべる。
嬉しかったのは魔法の結果じゃない。
視界の端に人型に戻って圧縮空気の防御壁を張る風神が写ったことだ。
確定。
これなら、『神』を殺せる。
【消滅】効果の付与中は馬鹿げた量消費するが……幸いなことにこの世界、『神域』か?に在る魔力は、非常に吸収しやすい。
元から魔力の回復速度が速い俺なら、大して痛手でもない。
「……確かに、ふざけた力だ」
思考を巡らせていると、目前まで風神が戻ってきていた。
翼も音も無く空中を移動することが可能なのは、素直に羨ましいな。
苦虫を噛み潰した様な表情で言葉を投げかけてくる。
「本当に、保険をかけておいてよかった。まぁ実際は、こいつらが来たがってただけなんだけど」
「……何を言ってる?」
俺の言葉に、風神は口角を上げた。
一瞬、最悪の可能性が浮かんだ。
頬が引き攣り、冷や汗が流れる。
そして、そういった予想は――
瞬間、『風神の神域』に百を超える数の存在が現れた。
「簡単な話だよ?言ったじゃないか。君を消しちゃえば良いって考える神達は結構多いって」
その存在達は、間違いなく『神』だった。
「総勢、『167柱』。さて、どれくらい凌げるかな?」
黒い笑みを浮かべる風神は、『邪神』にしか見えない。
神に囲まれているというのに、まるで地獄に落とされたような気分だった。
――最悪の予想は、往々にして当たるもんだ
『神に非ざる人』、そして『167柱の神々』の戦いが始まった。
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