弟子に負けた元師匠は最強へと至らん

Lizard

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第四章 国難

その三十七 人から魔獣へ

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 悲鳴。
 慟哭。
 凍り付いた瓦礫の山。
 子供達の叫びに応える者はいなかった。

 遊び仲間たちと村の外に出たのが、昼食をとってすぐのこと。
 日が沈み始め、赤く染まった空を見て彼らは村に戻ったのだ。

 そして彼らを迎えたのは、夕陽に赤く染められた
 幻想的で残酷な風景に、子供達は皆息を呑んだ。


『うっ、うわあああああああああああああああ!?』
『なんでっ、なんでこんな……!!』
『嘘だッ!! こんなっ、こんな……!』
『お母さんっ、お父さんっ!!』
『ちくしょおっ、親父ぃ!! 答えろよッ!! どこに行ったんだよぉ!?』


 口々に皆、姿の見えない家族へと叫びを投げかける。
 その氷山がある場所には、彼らの村があった筈なのだから。
 そしてそれを証明する様に。
 氷山の中には家屋の破片が埋め込まれ、周囲には凍り付いた瓦礫が散らばっている。
 無残に破壊し尽くされた村の柵がより恐怖心を煽る。
 最早生存は絶望的、幼いながらも彼らはそれを理解し、しかし認めることなどできなかった。
 故に彼らは家族の名を叫ぶ。
 しかし、誰の呼びかけにも返答はなかった。


『おっ、落ち着いて!! もしかしたら村の皆は既に逃げたのかも……!!』


 そんな中、黒髪の少年が声を張り上げた。
 叫び続けていた者達は、その言葉を聞いて動転していた胸中を落ち着かせた。


『そうだよっ! 皆逃げたんだよ、きっと!!』
『そうだ、そうだ!!』
『きっと父さん達が助けに来てくれるさ!』


 皆が、希望を取り戻す。
 必死に親しき者の生存を肯定する様はいっそ悲壮感すら漂っていたが、誰もそれを指摘することは無い。
 彼らは強かった。
 空元気ではあっても、それでも絶望しないだけの強さを持っていた。
 子供ではあっても、辺境の村で生きる者達だったからか。
 あるいは、それこそが未だ動転していることの証か。
 兎にも角にも声に明るさが戻ったその時。


『じゃあ……は、何なの?』


 一人の少女が、そんな疑問を口にした。
 あれとは当然、村を押しつぶしている氷山の事で。
 その問いに答えられる者などこの場には―――


『多分だけど、魔獣だと思う。僕たちが出かけてる間に攻めてきたんだよ。それでげきたい出来なかったから逃げて……魔獣は村で一通り暴れて……誰もいないから離れたんじゃないかな』


 否。
 一人だけいた。先ほど子供達に希望を取り戻させた黒髪の少年。
 彼は予想――あるいは願望――を述べた。


『そ、そうか……魔獣か』
『でも、こんな大きい氷を作れる魔獣なんているの……?』


 黒髪の少年は、その問いには答えられない。
 村とはいえど彼らが住んでいたのは百を超える家屋から構成された村だ。
 そのほとんどを覆いつくす氷山、それを生み出せる魔獣。
 少なくとも彼らの想像を遥かに超えていた。
 それこそ、昔話や御伽噺に出てくるような――


『――――』


 そして黒髪の少年は、思考を停止して言葉を失った。
 目を見開き、ややあって駆け出す。


『ッ――お、おいっ!? テイル!?』


 鬼気迫る少年の様子を見て周囲に居た友人が声をかけるものの、届かない。
 周囲の音が全て消え去るような感覚を味わいながら、少年は一軒の倒壊した家屋に近づいた。
 原型こそ留めてはいないが、半壊程度で済んでいる建物。
 他と同じく凍り付き、冷気が肌を舐める。

 そんなことは気にせず、少年はその家に近づき、残っている柱の一本に手を触れさせた。
 指先が凍える。
 外見以上の冷気を宿すそれは、少年の手から感覚と温かさを奪っていく。
 しかしそれでも、少年は気にしない。
 それどころではないから。そんなことは、どうでもいいのだから。


 ――崩れた屋根の下にある、"親しい人の体"に比べれば。


『あっ、あぁっ……あああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!??』


 錯乱した様に、叫び狂った。
 友人たちに希望を与えた少年が。
 親友に止められようと。
 喉が壊れそうになっても。

 理解してしまったから。
 木片が腹部と喉に突き刺さったその体。
 光を宿さぬ冷たい瞳を持つ、その体。
 肌が凍り付き、口から血を流し、その血すらも凍った、その体。
 自分テイルを優しく愛し、諭してくれた母が。
 、と。
 少年は、それを理解してなお生存を信じるほど子供ではなかった。

 少年にとって幸いだったのは、父親の死体がその場に無かった事だろう。
 もしも父の死に顔を見ていれば、少年は完全に狂ってしまっていただろうから。
 崩れた瓦礫の端から辛うじて片手が見えていたことから、既にどうにもならないことは察してしまっていたが。

 少年の耳には、友人たちの声は届かない。
 目に浮かぶのは"怒り"のみ。
 悲しみも、絶望も――いらない。


『何で……何で奪うッ!! 母さんを……父さんを……何でッ!!!! ふざけるなッ!!』


 其れは、慟哭と決意。
 その叫びに怯える子供達の表情など、眼中には無かった。


『殺させない……殺す……もう二度と、奪わせないッ!!』


 何も奪われないよう、強くなる。
 父を、母を殺した魔獣を殺せるくらいに。
 年に不相応な異常性を宿す少年は、怒りの形相で誓った。



「皮肉なもんだな……魔獣に親を殺された俺が、魔獣になるなんて」


 ――――まぁ、"奪われない"なら、何にでもなるさ――



 過去の悲劇を上空から見ていた少年――姿こそあまり変わっていないが、彼は、寂しげな笑みと共に呟きを落とした。
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