弟子に負けた元師匠は最強へと至らん

Lizard

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第四章 国難

その三十八 氷神竜

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 魔獣の精神が表層に現れた時、人の精神は深層へ潜る。
 その影響か幾つかの記憶を辿り……最後には、必ずが消えた日を迎える。

 魔獣化を経験したのは英霊の島での三年間も含めて、これで四度目。
 村が消える、両親が居なくなる、その恐怖を感じたのはこれで五度目。
 何度経験しようとそれだけは消えず、色褪せない。

 何故こんなことになるのか、最初の時は疑問だった。
 しかしそれを見た瞬間、俺は全てを理解した。
 そして今回も、必ずそれは現れる。


「フフフ……また来たの? 懲りないわねぇ」


 透き通った青色のマント、同色の美しいドレス。
 月光が降り注ぎ、纏う衣装を煌めかせる。
 気品と恐ろしさ、両方を兼ね備えるその姿。
 肌に血の気は無く、雪の様に白い。
 若く美しい女の姿をしているものの、滲み出る『力の気配』は並の魔獣なら気絶する程。
 闇夜に浮かぶ瞳はこの世界にあってただ一つ、血の様に赤かった。
 大地を覆う分厚い氷と同じ、冷たい殺意が彼女からは伝わってくる。
 薄いピンク色の唇で、彼女は愉快そうに笑った。


「来たくて来たんじゃないさ」


 肩を竦めてそう返す。
 そんな仕草の最中も俺の胸中は穏やかではなかった。
 これでここに来るのも、此奴に出会うのも四度目。
 その姿を見るたびに怒りと恐怖、焦燥が溢れる。
 目の前の存在が、俺よりも強いと理解しているから。
 そして何より此奴が――氷神竜ニブルヘイムが、俺の村を氷山の下敷きしたことを知っているから。

 どれほど昔のことかは知らないが、氷神竜こいつと戦った勇者が敗北した、という記録が御伽噺となって残っている。
 その勇者は歴代でも最強とされた存在であり、敗北を経験したのは生涯でも氷神竜に対しての一度だけだったとか。当の氷神竜は勇者が再挑戦する前に姿を消したそうだがな。
 そんな話を子供の頃に聞いた時は、「勇者様が負けるなんて」と驚いたものだ。
 ちなみに、その勇者というのはラナの事なんだが……まぁ今は置いておこう。

 村を潰したのが氷神竜だと知ったのは、初めて魔獣化した時だった。
 今でこそ多少落ち着いてはいるものの、あの記憶を見た時は酷く取り乱した。
 村を破壊した魔獣を必死に探し、そして見つけた。

 気配を辿り、魔力を探し、見つけるのにはこの世界の中で一ヶ月以上の時間がかかった。
 当時現実の側では巨大な狼の魔獣に殺されかけていたが、そんなことも忘れて俺は奔走した。
 雲を突き破るほど高い山々が連なる、山脈の頂点。
 そこには、明らかに自然のものではない、超自然的とも言えるような巨大な氷の洞窟があった。
 大して進むこともなく、人の姿をした氷神竜こいつに出会った。
 今は既に氷の洞窟も無い。過去の戦闘で消し飛んでいるからだ。記憶の世界は酷く不安定で、今までの戦闘の傷跡が所々に見える。
 何故か氷神竜ニブルヘイムも今までの戦闘を覚えているようだしな。
 恐らく俺が覚えているからこの世界にも反映されているのだろう。

 だが彼女の圧倒的な力だけは、変わることは無い。『氷の世界』を意味するという『ニブルヘイム』という言葉は、本当に彼女に似合う。常人にとって神の如き力を持つ勇者を打ち倒した存在。名に"神"の文字がつけられることも頷ける。

 魔獣の力が使えるのなら、氷神竜ニブルヘイムはすぐに殺せるだろう。
 だが、ここにあるのは俺の意識がだからなのか、はたまた他に理由があるのか。理由こそ分からないが、ここでは魔獣の力は使えなかった。
 それが仇敵の捜索に時間がかかった理由。
 英霊の島で技術を磨いていたとはいえ、魔獣の力が無ければ身体能力も魔力もAランク冒険者未満。
 元々魔力は少なかった。そして使える属性は火の一つだけ。
 氷神竜はSランクの更に上。技術に秀でていようと圧倒的な力の差は埋められない。
 何より此奴は、数百年――あるいはそれ以上の――時を生きた竜だ。その頭脳は人族おれを上回る。しかも不思議なことに、氷神竜には武術の心得があった。
 当然、勝てる所のない俺は当時、あっさりと敗れ、殺された。
 その後強敵を殺し終えた魔獣の精神は再び深層へと沈み、俺の意識は表へと戻った。
 そしてそれ以来、魔獣化によって記憶を辿るたびに、こいつに挑んだ。

 結果は全敗。
 致命傷どころか、大した傷を与えられたことも無い。
 だが。


「あら? 今回は随分と余裕があるのね」
「ああ……今までとは、違うからな」

 変化に気づいたのだろう彼女は、僅かに驚いた様子でそういった。
 レベル99で停滞していたあの頃とは違う。
 100を超えたレベルにより、俺の人族としての身体能力、魔力も大幅に向上している。
 Aランク以上、Sランク未満といったところか。
 しかしそれでも――


「確かに、前回よりは強くなっているようだけれど。それでも私とはまだまだ差があるわね」


 そう。Sランク未満の力と、Sランクを超える力。
 五十年程度しか生きていない人族と、その十倍以上の時を生きる竜。
 どちらが強いか、なんてのは分かり切っている。


「でもな……勝たなきゃならないんだ。今回は、今までとは違う」


 そう、今までとは違う。
 それは俺の力が、というだけではなく。
 魔獣化の原因、強敵の存在。今回の場合は神々だが、今までとは違いすぎる。
 魔獣の力があれば勝てる、とは限らない。俺の見立てでは二人の大神には勝てる。だが、風神には勝てない。
 まだ、力が足りない。


「ふうん。それが、夢物語でも?」
「そうだ」
「私を殺せば何かが変わる、と?」
「――そうだ」


 一瞬の間をおいて、しかし俺は確信をもって答えた。
 何度も何度も、こんな記憶を見る理由は、俺はこう推測した。
 即ち、『心の傷トラウマを打ち砕くため』、と。
 幼い頃の恐怖、怒り。守れなかった大切なものの記憶。
 それは俺の心の奥深くに、薄れてはいても間違いなく残っている。
 何故そんなことをさせられるのか、それについてもある程度推測している。

 氷神竜ニブルヘイムは、俺の答えを聞いて目を細めた。


「そう……そうなの。残念」


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが、氷神竜ニブルヘイムの殺意が薄れた。
 しかし次の瞬間には元通り。溢れんばかりの殺気が襲い来る。


「――それなら、力の差を思い知らせてあげないと、ね」


 冷笑を浮かべ、彼女はその膨大な力を解き放った。
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感想 90

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みんなの感想(90件)

雪
2019.10.31

続き〜

解除
kai_kai_
2019.02.28 kai_kai_

更新を楽しみに待っております。

解除
こーゆ
2019.02.12 こーゆ

更新待ってます!頑張ってください…!!

解除

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