前代未聞の異能力者-自ら望んだ女体化だけど、もう無理!-

砂風

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第一章/葉月瑠衣

Episode010/友達(前)

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(.26)
 放課後を知らせるチャイムが校舎に響き渡る。
 とりあえず、僕はすぐトイレに向かって走り個室に入ってパンツを下ろした。
 ……やっぱり、少なくなりはするもののまだ出ている。
 僕は鞄から新しいナプキンを取り出して付け替えた。

 相変わらず血の臭いと見た目には慣れないから生理は許してほしいんだけど、まあ、無理な話か……。
 鎮痛剤は鞄に入れているからいいけど、ナプキンはこれが最後の一枚。
 瑠衣に言われた『一緒に帰ろう』の『に』と『帰ろう』の間に『遊んで』が入っていないことを祈るしかない。

 僕はトイレから出ると、急いで瑠衣の教室に向かった。
 瑠衣のことだ。少し遅れただけで『裏切られた』と勘違するんじゃないかと、なぜだか妙に焦ってしまうからだ。
 
 一年の教室に足を踏み入れる。
 相変わらず瑠衣に触れないようにしているのか、誰一人、瑠衣の近くにはひとがいない。
 肝心の瑠衣も寝てしまっている。

 瑠衣はうつ伏せになり、顔を横に向けて気持ち良さそうに居眠りしている。
 ほかに気になる点は、机によだれが垂れて付着していることくらいだ。

 少し汚い気もするけど、なんだろう……女の子だからか、よだれを垂らしている姿がなんともいえず可愛いと感じてしまう。
 瑠衣も容姿は瑠璃と同等なんだよなぁ。それなのに、異能力者になるまえから友達ができず中学三年生まで迎えたというのは、中身がそれだけ違うからなのだろうか?
 
 しばらく瑠衣の寝顔を観察してみる。
 
 よーく見ると、確かに姉の瑠璃よりも少しだけ幼い気がしなくもない。
 そういえば、この揉み上げに巻いてあるリボンはファッションだろうか?
 どうせならリボンらしいリボンにすればいいのに。
 いやまあ、これでもかなりかわいいけどさ。

 ……。
 …………。
 ………………。

 あっれ~?
 起きてくれないぞー?
 なんなんだ、この子。
 もう授業が終わってから30分は経つというのに、未だ起きる気配が感じられない。
 ああほら、新たな涎まで垂れてきたじゃないか。

「……ん……ぁえ?」

 ようやく起きてくれた。

「おはよう。もう授業終わってーー」
「すぅー……ぐぅ~……」
「そこでまた寝る!? 起きないと夜まで寝る勢いだってば!」

 僕は瑠衣の肩を揺さぶり無理やり起こす。

「……ん、んー? 姉さん?」
「無理やり当てはめるなら兄さんじゃないかな。個人的には先輩って呼ばれてみたいけど」
「豊花だ! ーーあれ、でも、なんで豊花? もう、授業終わったの?」
「とっくに終わっているよ……」

 瑠衣は僕が来てくれたのがわかると、急にパァっと笑顔を輝かせる。
 まだ寝惚け半分で状況が理解できていないみたいだけど。

「一緒に帰ろうって言ったのは瑠衣じゃないか」
「ごめん。……じゃあ、図書室に、行こう?」
「……理由を訊いてもいいかな?」

 唐突な予定変更だった。遊びですらない。
 図書室に帰宅するのか、新しいな~。

「私、図書委員だった。そして、きょう係」
「だった……?」なんて曖昧なんだ。「そうなんだ? なんか後半、『きょう係』のあと、『なの忘れてた~』とか普通はつづく気がするんだけど」
「ねぇ、だめ?」

 上目遣い!
 なんてずるいんだこの子は!

「それはズルいから次からやめてよね? いいよ。帰る約束したのは事実だし、一緒に行こうか」
「ありがとう。やっばり、豊花は、友達だね」

 かわいい女の子の武器、上目遣いは卑怯過ぎる。
 付き合うことにしただけで、瑠衣の顔は喜色に満たされた。

「うん、だから友達だって。何度も何度も確かめなくても大丈夫だよ」

 まあ、瑠璃に言われたから瑠衣に付き合っている節もあるかもしれないけど、とりあえずそう言っておくのがベストだろう。

「んっ、じゃあ、図書室へ、ゴー」
「へっ?」

 瑠衣は椅子から立ち上がり鞄を持つと、唐突に僕の手を握ってきた。

「なに?」
「いや、その」

 もしかして、瑠衣は僕が元は男だったって記憶がない?
 デリートされた? 誰に? 瑠衣本人しかいないだろ……。
 まあ元は男でも、今の外見はどこからどう見ても女の子。周りの目はあまり気にならないだろう。

「行こう?」
「あ、歩く歩く、超歩くから。さっさと行こう」

 超が付くほど歩きたくないけど、口からつい出てしまった。
 瑠衣と手を繋ぎながら図書室を目指す。

 図書室は授業で扱う部屋ばかり集まった第二棟にあるため、この第一棟から少し歩かなければいけない。
 というか、仲良く手を繋いで歩くのは、いくら女の子同士だからといって、やはり些か以上に恥ずかしい。
 緊張して手汗が滲み出てしまい、瑠衣に悟られないか心配になってくる。

「あっ、そうだ。ちょっと訊いてもいい?」
「ん? なに?」
「その、いざとなったら、あの、パンツの上にお着けになられている日用品を、ひとつお譲りいただけないでしょうか?」

 ナプキンが必要になった場合を考えて、僕は瑠衣にお願いした。
 うう……やはり言うのは恥ずかしい。
 これ元が女の子であっても、友達に頼むのは恥ずかしい行為なんじゃなかろうか?

「……パンティライナーのこと? 布製のだから……え? 豊花は、私のがほしいの?」

 な~に~そ~れ~?
 パンティライナーなんて、今までの話の中で出てきたっけ?
 多分造語だ。造語な気がする。葉月家専門用語に違いない。

「それってなにかな?」
「別の言い方だと、あれ、おりものシート」

 だから、なにそれ?
 葉月家に代々伝わる伝統じゃないの?
 おりものシートと書いてパンティライナーと読むその心はーーそんなものはない。
 そもそも、おりものとはいったい……?
 ナプキン以外にも、まーだ下着に敷くものがあるの?

 ちくしょう。
 こっちはな?
 ナプキンの昼用と夜用の違いを最近学んだばかりなんだぞ?
 羽の有る無しの違いすらわからないんだからな?
 だというのに、なんでこうも次から次へと新たな日用品が出てくるのさ?
 ……これ以上、新たな品は出てこないでいただきたい。

「姉さんは、使わないけど、私は使わなきゃダメ。でも、使い捨てじゃない。布だから。それでもいいの?」
「いえ、あの、瑠衣さま? 言いたい事が二つほどあります。ひとつめは、つまり、瑠衣さまが下着に敷いたことのあるヤツなのでしょう? いけません。おそらくそれを借りたら、瑠衣さまのお姉様にわたくしめは殺されかねません。あの御方は、ある一定のラインまではおおらかですけど、それ以上になると、酷く恐ろしくなりますゆえ」 

 いや、なんか興奮するから、そんな恥ずかしい事言わないでほしい。
 こんな身体でも、心は男なんだから。

「あっ、いいね。わたくし口調。そのままで、一週間、暮らしてみて?」
「すみません無理です。とりあえず、おりものシートという存在はきょう初めて知ったんだ。なんなのかご教示願えませんか?」
「わたくし、あとは、ですわますわで、完璧」
 
 話を聞いちゃくれなかった。

「……いいから教えてくれない?」

 わたくし、女の子走り、女の子座り、お花を摘みに行ってきますわーーって本気で奨めていたのか……。

「えっと、下りる物でおりもの。ひとによって、量が違う。けど、誰にでもある。汚くて、臭くて、液体で、染みになる、年中無休」

 ……ん?
 染み?
 
「それって、パンツに汚れが着いたりするの?」
「うん、クロッチに汚れが着く。すると、なかなか落ちない、消えない、手洗いになる。排卵期に、一番出る。私は着けないと、お母さんが、自分で洗うか、汚れを気にするな、って言ってくる」 
「へ、へ~、落ちないんだ。はははっ、そっかそっか落ちないのか~。はぁ……」

 あのときパンツに着いていたのは、ウンスジじゃなくてまさかのマ○スジだったのか!
 ええ~……なら、着けないとダメなやつ?
 いや、でも、瑠衣の姉さんーー瑠璃は着けないって言っていたし、でも瑠衣さんは布製のパンティライナーとやらを着けているっていうてるし……。

 そもそも、どうして生理だけで十分なのに、生理と生理の間に別の液が出てくるんだ?
 だいたい、まだ周期自体把握していないけど、あの日は絶対排卵期じゃなかった気がする。
 いや、年中無休で出るには出るらしいけど……うん、どうやら僕は多いみたいだ。ヤったねちくしょう!

「瑠璃は着けないの?」
「姉さんが、言うには、『別に着けなくても汚れないじゃない。瑠衣は気にしすぎなのよ、それとも汚れるの?』って」
「普段からじゃ考えられれないほどハキハキしている、その姉さんの物真似の精度の高さはいったい!?」 

 普段はしゃべり方が途切れ途切れの瑠衣から、いきなり瑠璃の声が発されたのだ。
 声色や口調、しゃべる速度まで瓜二つ。ボイスチェンジャーでも使っているんじゃなかろうな?

 これじゃ、本当にモミアゲのリボンが消えて、物真似されたら99%区別がつかなくなる。
 いや、今は95%つかなくなるくらいで済むかもしれないけどさ。

「普段からハキハキ喋ればいいじゃないか? どうして瑠衣は普段ブツ切れなの?」
「自分が考えた言葉、誰かが言った言葉、まったく違う。口に出す難度、跳ね上がる」
「そ、そうなんだ……いろいろと大変なんだね」

 いや、僕には違いがわからないけどね。
 とりあえず、オリモノライナーだかパンティシートだか知らないけど、裕希姉に頼んで買って貰えばいいや。


 そうこうしているうちに、僕たちは図書室に到着した。






(27.)
 ほかにも既に一人、図書委員の男子が居り、せっかく来たんだからと僕も手伝うことにした。
 ただし、三人いるのに二人での作業になってしまっているのだが……。

「瑠衣くん、きみはいったいなにがしたいのだ。小中学生を高校に連れてきて、なにがしたいのか自分には理解できぬ。サッパリわからぬよ」

 メガネを掛けた優等生キャラな見た目の無駄にイケメンな、乙女ゲームから出てきたキャラクターかもしれないと思える三年の先輩ーー音神奏太おとがみかなたは、僕を見るなり瑠衣に問い質したのだ。
 その答えを返さずに席に着いた瑠衣は、まさかのうつ伏せ寝をはじめてしまった。
 それに対してイライラしたのか、赤神先輩は瑠衣に質問をつづけている。

「あの、音神先輩……実は僕、16歳なんです」
「な、なに? そうか……それはすまぬ。自分はてっきり、瑠衣くんが幼い子に制服を着せて誘拐してきたのかと疑ってしまってな。勘違いをしてしまった。すまぬ」
「いえ、大丈夫ですよ。とりあえずせっかく来たので僕も手伝いますね。やることないので」
「それは助かる。礼を言おう」

 というか瑠衣ちゃ~ん?
 寝るくらいなら帰ってもよかったじゃん……。
 もしかして、とりあえず委員会の活動にはいきましたーって先生に認めてもらうためだけに所属しているの?

「では、返却された本を元あった場所に戻してほしい。場所は背表紙を開くと番号が書かれているから、それを見ながら頼む」
「わかりました。やっておきますね……なんだか悪いですし」

 毎回こうなのだろうか?
 瑠衣は楽そうだからと入ったものの放課後残る日があるなんて……みたいな流れで図書委員になったのかもしれない。
 とりあえず、僕は積まれた本を一冊一冊棚に戻していくことにした。

 しばらく時間が経った頃、漫画を読みに来ている生徒からある話を偶然耳にした。
 それは、最近あまり気にしていなかったひとに関係する話題。しかし、同時に僕にも関係のある話。

「おまえは行かねーのか? 金沢のヤツ、誰でもやりたきゃやらせてやるから来いって言ってたじゃん」
「あー、金沢の彼女(おんな)だろ? バカだろあの子、赤羽だっけ? 金か顔しかねーやつに騙されてよ、結局きょう、みんなにヤられるんだろ。金沢も酷ぇヤツだな。金があればなんだってしていいわきゃねーのに」

 ーーえ、赤羽?
 ーー金沢の彼女の赤羽って……まさか、赤羽裕璃のこと!?
 みんなにヤられるって、まさか、そんな……。

 気になってしまい、男たちの話に耳を傾ける。 

「そうそう。そろそろまわされている時間だろ。おー可哀想に、誰の子かわからねー赤ちゃん孕まされて。俺にゃ無理だね」
「俺も無理だわ。みんなしてあそこおっ立てている臭い部屋になんて入りたくねーわ」
「そっちかよ。ぎゃはは!」

 ーーま、まま、まわされる!?

 さすがに無視できない。
 いくらもう気にならなくなったからといって、幼なじみを無視することなんて不可能だ。
 だって、だって幼馴染みとして過ごしてきた記憶があるのだ。

 僕はいきなりの事態に混乱しながら、男たちの話に割って入った。

「すみません! それどこの部屋でやってるんですか!?」
「は? おまえも混ざりたいのーーって女子じゃねぇか」

 不良みたいな姿をした二人組の片方に問いかけてしまった。

「女は関係ねーだろ? ましてやおまえ、多分そのなりじゃ一年だろ」
「もしもヤりたいんだったら、俺たちとヤろうぜ? 金沢なんて親父と姉貴の腰巾着の金だけアマチャンだからさ」
「……いえ、違います。と、とにかく、教えてくれませんか?」教えてもらうには、やってみるしかしかない!「お願いします! お兄さん?」

 瑠衣みたく上目遣いで頼んだ。
 なるだけ可愛さを醸し出すように、低姿勢で。

「はぁ? 知らねーよ。あっちいけーー」
「知りたいならいいぜ。ほらあそこ、こっから上がって三階の端に第一特別室があるだろ? 普段使われてない部屋。あそこの鍵、金沢がパクって使ってるらしいからさ」片方の不良が僕の髪を弄る。「それよりきみ、かわいいね~、本当。今の彼女振って付き合いたいくらいかわいいや」
「ロリコンかよてめぇ。つか、金沢の野郎に言ったとバレたらウゼーことになるだろ?」
「ちっげぇよ。見た目ロリだけど、身体も心も実年齢は高校生だぜ? 失礼なのはそっちだろ? なぁハニーちゃん、今度デートしない?」

 やたらと不良の片方が熱心にアピールしてくる。でも、こちとら微塵も興味はない。

「あ、あはは……ありがとうございます。でもわたし、用事ができたので……」

 なにがハニーだ!
 ハニートーストでも頬張ってろ!
 あと、身体は高校生じゃないです。そこはすみません先輩Bさん。

 僕は苦笑いを浮かべて感謝を述べると、急いで三階へ向かうことにした。

「ん? なにかあったのかね?」

 音神先輩がなにか聞いてきたが……。

「すみません! ちょっと第一特別室に行ってきます! あっ、ここにある箒の柄が小さくなった棒みたいの借りますねっ!」

 僕は音神先輩の返事を待たずして、なにも考えずに図書室から飛び出し三階へと向かった。







(.28)
 第一特別室のなかには、既に裸にされたうえ手足を拘束されている裕璃が男に犯されそうになっている真っ只中だった。
 リーダーらしき男ーーおそらく金沢と、犯そうとしている不良A、そしてもう一人、不良Bの計三人がいた。
 裕璃は……泣いていた。口を縛られて涙を流して嫌がっている。

 僕はなんとかしなければと思い、開いていた隙間に手をかけ思い切り扉を開け放った。

「やめろ! 裕璃を離すんだ!」
「は? おまえ誰?」

 三人は一斉にこちらへと振り向いた。

「おっ、すっげぇ、ロリっ子美少女じゃん!」
「金沢先輩! 俺、この子待ちのあいだ、あの子とヤりたいンすけど!」

 ……え?
 そこで、どれだけバカなことを衝動的にやってしまったのか、僕はようやく理解した。
 ちんけな武器しか持たず、屈強なレイプ魔三人のいる教室に無謀にも突撃してしまったのだ!

「へっ、おまえも好きだなぁ? なになに? 混ぜてほしいわけ? いいぜ、裕璃なんかより数段上の上物の美少女だ。捕まえちまえ」
「よっしゃあ!」

 ヤバい、ヤバいヤバい!
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!
 ヤッバッーイ!
 普通なら先生呼びに行くのが先決だろ!?
 なにやってんだよ杉井豊花!
 このアホ?
 バカ! 

 慌てて思考が現状に追い付かず、あっさりと不良Bに手を捕まれてしまう。
 そして、抵抗するが敵わず引っ張られていきーー。

「豊花に、触れるな!」

 ーー瑠衣が、第一特別室の中へと入ってきたかと思うと、不良Bにタックルした。
 反動により、不良Bは仰け反り僕から手を離し後ろへと退いた。

「瑠衣!?」

 助けに来てくれたの!?
 そういえば焦って出てきたから、瑠衣が寝ているかどうかなんて確認していなかった。

 でも……瑠衣は武器を持っていないはず。
 まずい状況には変わりない。
 たしかに、これで三対三にはなったけど……男三人と女三人では全然違う。
 だいたい一人は拘束真っ只中。僕は使えない柔さそうな木の棒。RPGの初期装備より使えない武器というか、ゴミ的な何かを持つ格闘技未経験者の帰宅部という戦力外。

 実質、素手の瑠衣対不良三人組の構図だ。
 逃げようにも、不良Aがすぐ側にいて、逃げられるわけがない。

「瑠衣……どうしてここがわかったの?」
「豊花の声、聞いて起きたら、出ていくし、音神ってひとが、教えてくれた」

 音神ってひとって……同じ委員会の先輩だろうに、せめて名前くらい覚えてあげようよ。可哀想過ぎる。
 音神先輩には僕がどこに行くのかを告げてきたっけ……?

「あっ、あ、あああっ! あいつ、あいつはヤバいヤツっす! マジでキチガイっす! 逃げましょうよ先輩!」

 一年生の不良Aが裕璃から離れ、なぜか金沢に意見具申する。
 瑠衣を見て急に大声で騒ぎ出したのだ。
 
「瑠衣の知り合い?」
「うん、中三の頃の、クラスメート。足切った相手、申し訳ない」

 まさかの犯罪野郎のなかに、瑠衣の被害に遭ったやつが混ざっているとは思いもよらなかった。
 そりゃそうか。高校一年まで噂が広まるってことは、すなわち誰かしら同じ進学先だったってことだろう。

「はあ? おまっ、あんな女子になにびひってやがんだ? 犯せるヤツがひとり増えただけだろうが。目でもイカれてんじゃねーの? 早くそいつを捕まえて裕璃(こいつ)みたいにしろ」
「うす。やべぇ、俺も早くヤりてぇ!」
「お、お、おおお俺は絶対嫌ですからね!?」

 不良Bは金沢に返事すると、瑠衣を捕まえようとする。
 と、その時、拳でなにかを殴りつけたような大きな音が隣から発生した。
 瑠衣が近場の壁を殴り付けたらしい。
 そこには、半円形状の、指の関節ほどの小さな穴が掘られたかのように空いており、そこから亀裂が少しだけ広がっていた。
 不良Bは一瞬、音に身構え動作を止める。 

「へ!?」

 こんな柔そうな腕から、あんな破壊力のあるパンチを放ったの!?

「持っててよかった、スティンガー」

 いや、違うみたいだ。
 思わず『おまえナイフ持たないでも暴漢殴り殺せたじゃねーか!』と突っ込みそうになったけど、やめておいてよかった。

 瑠衣はたしかに拳をつくっている。しかし何かを握りしめていた。
 指と指の間から、数cmの長さの関節ほどのサイズをしている突起物が飛び出しているのだ。その先端部には、金属なのかなんなのか……とにかく、何かが付いている。

 メリケンサックの変種のような物かな?

「あばら骨、一本二本は、ごめん。怪我、するかも」
「なにか持ってますね、こいつ」

 不良に言われ、金沢は少し考えてから口を開いた。

「まえに親父が持っていたなぁそういや。素手で硬いものを破壊できるよう作られている道具だ。ガラスでも簡単に割れるくらいにな」

 金沢は余裕の笑みを浮かべ歩み寄ってくる。

「来るの? 豊花には、ぜったいに、触れさせない」

 瑠衣のやつ……カッターを出したら狂うかもしれないって自覚しているから、あえてカッター以外の暴漢対策を持っていたのか。
 やっぱり、瑠衣は実際、やさしい女の子なんだ。

 おかしくなる原因はーー聞いた話によると、急に自我を取り戻して後悔に悩まされたみたいだったしーー多分、異能力霊体のせい。
 というか、そこまで物騒な物を持ち歩いているとは……まあ、暴漢に遭った経験から仕方ないのかもしれない。

「こっちはこいつを使うけど、文句は言うなよ、お互い様だ。ほら、死んじゃうかもしれないけど、どうするつもりだ?」金沢はポケットからなにかを取り出す。「おとなしく言うことを聞いたほうが身のためだぞ、どうすんだ?」

 ーーあのっバカ!
 空気を読めよ!

 金沢は折り畳み式ナイフを取り出すと、開いて瑠衣へと歩み寄ったのである。
 ひらひらさせながら、ナイフを脅すように見せびらかす。
 ナイフを、見せやがったのだーー。

 瑠衣をそっと横目で見る。
 瑠衣のまぶたは大きく見開かれ、瞳孔が開いている。
 無言でナイフを見ながら身体を震わせていた。
 震えが恐怖を露にしていることからだと思い違いをしたからこそ、金沢は勝ったと勘違いしたのだろう。
 その恐怖の対象は、ナイフでも、金沢でもないと、僕は直感できた。
 瑠衣は違うことを察し、恐怖しているのだ。

 以前カッターを取り出したときは、僕が異能力はなんなのかと訊いてしまったから起きた。
 あのくらいの状況なら、奇行に走った瑠衣を瑠璃が叩いたくらいで収まったし、多分、毎回毎回ああなるわけではないのだろう。
 でも、さすがにこの状況下においてーー異能力霊体は気分がマイナスに揺さぶられて侵食するというのに……しかも、よりにもよって、ありすを連想させるような物(ナイフ)を出しやがって!

 金沢は、特に気にせずすたすた呑気に瑠衣に歩くと、脅すように腕を伸ばして瑠衣へとナイフの切っ先を向けた。

「まだやる気あんの? 無理っしょ? だよなぁ、さぁ、こっちに来い」
「ーーひひっ」
「はあ? なにがおかしいんだよ?」
「伸ばしきっても、ナイフが当たらない位置なのに、ナイフを向けるっていうことはーー」

 ああ、手遅れだ。
 瑠衣は瞳孔を散大させて、口の端を吊り上げている。

「なに言ってんだーーよ?」

 瑠衣はナイフを持つ金沢の腕を素手で掴む。

「そのナイフを私にーー」
「いいっいっ!?」

 瑠衣は、金沢の手首を外側へと回るように捻った。
 普通なら曲がらない方向に手首が回転したせいで、金沢は一瞬身をくねらせる。

「プレゼントしてくれるってーー」
「だぁあぁッ!?」

 瑠衣は、スティンガーとやらを握る拳を金沢の腕に殴り付けた。 
 痛みで緩んだ金沢の手から、意図も容易くナイフを奪い取ると、瑠衣はそれを手に取り握り締めると嗤った。

「ーーことだよねぇ!? ひひ、くひひひひっ! 真っ赤になりたかったのなら最初からそう言って素直に渡せば仲良く切って染めてあげるのに! 恥ずかしがり屋さん達だねっ! くひひひひっ!」
 
 まずい……話に聞いた状態そのものじゃないか!
 この事態を収拾しようにも、そんな容易な事ではない。
 ……どうする、どうするどうすればいいんだ!
 考えろ!
 
 金沢は骨にヒビが入ったのか、踞くまりながら手を腕で押さえて唸っている。
 トラウマがフラッシュバックしたらしく、不良Aが外へ逃げようと試みるが……入り口は、瑠衣の背後にしかない。
 この部屋の片側の扉は、机や椅子が詰められ並んでおり出入りすることは不可能になっている。

「くひひっ! 早く来い! 来いよ! 真っ赤になりたいんじゃないなら最初から逆らうなよバーッカ! けひひひひひっ!」

 瑠衣は出口への道を塞ぐようにナイフを振って、誰も扉に近寄らせないようにして嗤いつづける。
 不良Aは悲鳴を上げながら背後に逃げるが、不良Bは冗談だと思っているのか、瑠衣に手伸ばしてーー普通に、当たり前のように、常識と言わんばかりに、極々自然に……ナイフで切りつけられてしまった。

「はぁあぁ!? おい、おいマジかよ! 下手したら死ぬぞ!? 本気で切るか、普通!?」

 文句を吐く不良Bへ、瑠衣は更にナイフで切りつけ血を流させる。

「やめろって! マジで死ぬぞ!?」
「だから言ったじゃないっすか! だから言ったじゃないっすか! 俺まだ死にたくないのにぃっ!」

 不良ABは仲良く後退する。

「遠慮しなくていいんだよ? あっ、まだこっちのは白いシャツのまんまだぁ!」

 瑠衣は近場に踞る金沢にナイフで切りかかる。
 金沢は痛みに悶えながらも避けると、どうにか扉へと逃げようとした。

 しかし、瑠衣はナイフを持つ側の足を前へと大きく踏み出しながら、金沢を背後から一突きした。
 素人の僕から見ても、その威力の高さがわかるほどの刺突。下手したら死んでいる!

「がっ! ぐぅうう!」

 金沢は背後から刺されてしまった。
 幸い弱点からは逸れて脇腹をかするくらいだっらしく、どうやら命に別状はないで済んだようだ。
 地面へ倒れ込み血を滲ませながらも、痛みで声を上げることはできている。

「悪かったからやめてくれ! このままじゃ俺、死んじゃうかもしれない! そしたら捕まるぞ!? いやだろ? なっ、な? 落ち着けよ!」
「俺たち金沢先輩に誘われただけで悪気はないんだって! 謝るから許してよ! もうやめて! まだあのときのせいで足は痺れたままなんだ!」
「いいよいいよ、みんな遠慮は要らないから、死んでもいいから、真っ赤にしてあげるよぅ、ひひひひっ!」

 これは、本当に瑠衣か?
 いや、瑠衣じゃない。
 どう考えても……瑠衣とは思えない。
 なら、僕には止めようがない。

 …………いや、考えろよ!
 友達だと言ったばかりなのに見捨ててどうするんだ!
 考えてみるんだ……あんなになっても、瑠衣はまだ、僕や、拘束された裕璃は攻撃の対象に入れてはいない!
 だいたい、聞いた話じゃ切っているときも意識はあったらしいし、ほかにも気にかかる部分はある!

「瑠衣、もう十分だ! もう、相手にはなにもする気力はない! だから、だからもうーー」
「ゆ、た、か、ま、で、わ、た、し、の、邪、魔、す、る、の? なら、なら真っ赤になりたい? なりたい? 近寄れるもんなら来いよ! くひひひひっ!」

 瑠衣は不良Aに近寄る。

「お願いします! 片足が未だに麻痺していてーー」
「そうなんだ?」
「はい! だから」

 不良Aは一瞬希望を瞳に宿すが……。

「今度は反対の足に後遺症残させてあげるねぇ! やったじゃんっ! 死んだらごめんね? くひひひひ! いっくぞぉ~?」
「いやぁああああ!」
  
 不良Aは足を再び切られてしまった。
 教室に血飛沫が飛び散る。

「いだだだだぁああ!」 

 不良Aは泣きながら、痺れていなかったほうの足の血が止まらないのを必死で押さえる。
 それを見て悲鳴を上げた不良Bは、呆然としながら壁に背を当てて座り込み、半笑いを浮かべ現実逃避をしている状態になってしまった。
 涙を流しながらもーー上手く歩けなくなったのだろうか?ーーよたよたと歩く不良Aは、しかしすぐに地面に倒れてしまう。だが、死にたくない一心で出口へとひたすら這いずりつづける。

「おっ、自ら身を差し出すなんて二人とも好きだねぇ! 顔も身体もぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐっちゃぐちゃにしてあげるから感謝してね!?」
「瑠衣!」

 僕は覚悟を決めて瑠衣に立ち向かった。
 大丈夫、切られても構わない。
 それに、今まで聞いたことを踏まえれば大丈夫なはずだ!

「来るな! 豊花は来ないで! 来ないでよ! 切られたくないなら来るな!」

 それでも駆け寄る。覚悟は決めた。

 瑠衣を信じる気持ちは既にある。
 信じられる材料も頭に揃った。
 このままでは、このままでは今度こそ、殺害で刑務所行きだ。
 昔はそれで悲しむ相手がいなかったんだろうけど、今はいるじゃないか。

「瑠衣だってありすという友達が消えて悲しかったんだろ!? 僕の友達である瑠衣が消えたら、ありすってひとを責める資格なんてないからな!」
「く、くるなぁあぁああぁああああッッッ!」

 僕は両手を広げたまま駆け寄る。
 さあ、自由に切れ。友達を切れるものなら切ればいいだろう!
 僕はいくら切られてもやめないからな!
 裕璃を衝動的に助けにいったバカ野郎を助けに来てくれた、やさしい友達を見捨てることなんて僕にはできない!
 こうなったのは僕のアホさ加減が原因だ。
 なら、なんとかしないといけないのは僕だろう!

「友達を無くしたいなら切れよ、瑠衣!」
「やめて来ないで! 切るから! 切っちゃうから! もう嫌なの! 友達がいなくなるのは嫌なの! 来たら切っちゃうだからやめてよあぁああああっ!」

 幼く華奢なからだでは、止めるまえに切られてしまうのが普通だ。
 ナイフを構えながら戸惑いはじめる瑠衣に向って、僕は跳んだ。
 瑠衣の身体に飛び込み、動作を止めるために瑠衣に抱きついた。

 瑠衣はーー僕を、切らなかった。

 ナイフを直前で、止めてくれた。

「……ああっ……ぁ……あ……ゆ、豊花……」
「落ち着いて? もうここに友達はいるんだから、悲しむ必要はないだろう? 今の瑠衣は瑠衣じゃない、自分だと勘違いしてるだけで、目に見えないヤツに支配されかけてただけだ」

 瑠衣は手から、ナイフを落とした。

 成功したようだ。
 よかった。
 ここで止められなかったら、最悪な事態に発展したかもしれない。
 信じきれてよかった。
 でも、瑠衣は友達を裏切らないだろうし、それに。

「……ゆ、ゆた、豊花、にッ! 友達なのにッなんで、いなくなるの、もう嫌だぁよぉおお!」
 
 瑠衣は嗚咽を漏らしたかと思うと、僕に抱きつきながら号泣した。
 恥ずかしいけど、考えてみれば僕から抱きついたんだった。

 瑠衣は、ナイフを異能力で強化する素振りを見せなかった。
 つまり、ああはなっても、心のどこかでは殺しを是としない瑠衣の意志があるんだと、最初に気づいた。

「今度は友達をなくさなかった。その証に、僕はまだ死んでいない。もちろん、瑠衣の前から居なくなったりもしないよ」

 瑠衣が今まで傷付けた相手は、いじめをする加害者、自分のことは助けなかったのにいじめっ子は助けようとする生徒や教師、そして、友達になにかしようとする強姦魔ーー必ず、自分や友に対してなにかをする、非を見いだした相手のみなのだ。

「でも、でも切っちゃうとこだった! ごめん、ごめん……もう嫌だよ、もう、こんなの……」

 まえに僕が見た、はじめて豹変したときの瑠衣は、机に穴を空けただけで瑠璃や僕には切りかからなかった。豹変したとしても、きっと根には瑠衣が残っていると信じていた。

「でも、瑠衣は切らなかった。それが全てだよ」

 なにより、瑠衣に会えなくなると思った瞬間、足が前に出た。
 なんとしてでも止めなければ、“この瑠衣”には二度と会えなくなる気がして、“違う瑠衣”にしか会えなくなる気がしたんだ。

「ぁあぁああぁあッ! ぁあぁああ……ぁぁ……ぁあ…………」

 そう思ったから助けたのかは、自分でもわからない。
 でも、切られてでも瑠衣を止めないと、二度と会えないという勘が過ったのは事実だし、心配性の姉ーー瑠璃も悲しむだろう。
 それに、僕がバカしたせいでそうなったと知ったら、瑠璃にはもう二度と口を聞いてもらえなくなるのが容易にイメージできる。
 ナイフで切られて怪我するよりも、せっかく仲良くなれた二人の女の子に嫌われるほうが、僕からしたらよっぽど怖い。 

 ……本当にそれだけか?

 女の子だからといって、仲が良いだけで助けたのか?
 友達だから助ける? 友達のままでいいの?
 瑠衣や瑠璃がもし彼氏を作ったら、それを素直に喜べるか?

 それをイメージした僕は、凄い嫌な気持ちになってしまった。
 それは、裕璃に彼氏ができたと知ったときに抱いた気持ちと似ている。
 もしかしたら……もっと嫌かも知れない。
 つまり……?

「……おまえ、許さないからな!? 俺のオヤジはヤクザと繋がってんだぞ! 知ってるか、殺し屋ってマジでいるんだ! せいぜい後悔しろよバカ野郎がッ!」

 と、いきなり金沢は子どもみたいな捨て台詞を吐くと教室から出ていった。 

 うん、アイツはやっぱりクズだ。
 後輩置いてけぼりで逃げやがったし。
 しかも『僕のパパはパイロットなんだぞ!』みたいな捨て台詞を恥ずかしがりもせずよく言うやつだなぁ……。

 瑠衣はようやく泣き止むと、静かに喋りはじめた。 
  
「私、ありすと、もっと遊びたかった。くだらない、話をするのも、練習するのも、ありすといれば、何だって、生き甲斐だった」
「……うん」
「初めてできた、友達。ありすは、やさしくて、友達みたいに接してくれて、大好きだった」
「瑠衣がありすって子のことが好きだったんだなって、話を聞いていたらわかるよ」
「また、会いたいけど、もう無理。ありすは、きっと、私が嫌いになった。たがら居なくなったんだ」

 なにかが気になった。
 もし本当にそうだったとしても、普通ならメールでもいいから別れくらい告げるだろう。
 だいたい、聞いた限りでは、ありすは結構瑠衣のことを気に入っているような気がする。
 嫌いなら、二、三回会えばもう会わないと思うんだけど。 

「多分、なにか会えなくなる事情でもあったんだけだよ。地球のどこかにはいるだろうし、また会えるよ、きっと」
「ん……豊花は、あんな私を見ても、友達で、いてくれる?」
「今さっき友達だし、消えないって言ったじゃん」
「……うん!」

 たとえ異能力霊体に当てられて狂ったとしても、友達という事実に変わりはない。
 きっとありすだって、事情があって会えなくなっただけだ。
 何にしろ、こうも戦えるようになるまで丁寧に教えた相手なんだから……。

 と、裕璃が拘束されたままなことを思い出した。

「ごめん、裕璃。瑠衣、ちょっと外すから、手伝ってくれない。ごめんね」
「うん」

 瑠衣に一言告げると、裸の裕璃をなるべく視界に入れないように、瑠衣と共に近寄った。

「ごめん瑠衣、僕は男だからちょっと、ほどいてあげてくれないかな?」
「ん」

 瑠衣が裕璃に手を伸ばす。

「んーっ!?」
「へ?」

 思わず裕璃を見ると、瑠衣を見ながら恐怖していた。
 まるで、まるで連続殺人鬼に出くわしたような、そんな瞳を、よりにもよって助けてくれた張本人に向かってーーッ!

 僕は手を引いた瑠衣を後ろに下げると、無言で裕璃の拘束を解いた。
 そして、未だに震えながら瑠衣に目が行く裕璃を見て、僕はなんだか、我慢できなかった。

「裕璃、今回、誰が裕璃を助けたか言ってみてよ……」
「ぁ、ゆ、豊花?」

 話しかけられて、裕璃はようやく僕へと目を向けた。
 だから、たまたまそう言ったのかもしれない。
 でもーー許せなかった。
 
「誰が……誰が助けたのかわからないの? そこまでバカなの?」
「え、その、あ、ありがとう……豊花」
「僕に言ってどうするんだよ! 僕はなにもできなかっただろ! だれが助けてくれたかくらいわかるでしょ! だから、だからそんな目で瑠衣を見るなよ! 助けないほうがよかったわけ!?」
「え、あ、そんな……なんで」

 裕璃は畏怖するような視線を瑠衣に向けつつ、相も変わらず戸惑ったままだ。

「次にすることぐらいわかるはずだよ裕璃……」
「だ、だから、ありがとうって……」

 ダメだった。裕璃はお礼を僕に向けて述べている。
 言う相手を間違えている。
 瑠衣は、助けてくれた相手(ありす)に自ら友達になろうとしたくらいなのに……裕璃はむしろ、早く瑠衣から離れたがっていた。

「もういいよ……懲りた。バカをしたと思ってたら、大バカだったみたいだ。ごめん瑠衣、迷惑かけて。そして、凄く助かったよ、ありがとう」

 僕は瑠衣に謝罪と礼を述べてみせる。
 なにを言いたいのか、裕璃はこれでもわからないらしい。
 急いで服で肌を隠すが、その瞳に瑠衣は映っていない。
 
 裕璃は、僕が怒鳴った理由がまるでわからないらしい。
 そりゃそうだ。あんな男に騙された挙げ句、こんな目に遭うまで気づけなかったのだから……。

「裕璃……いや、赤羽さん。もう二度と、僕には話しかけないで」
「……ど、どうして、そんな……私、酷いことされたばかりなのに、そんな酷いこと、どうして言うの?」
「話しかけるなって言ってるだろ! 助けてくれたひとを怖がる奴だとは思わなかったよ! 早く帰れよ!」
「だから、豊花、ありがとうって……」
「裕璃を助けたのは僕じゃないでしょ!?」

 裕璃はからだをビクッと揺らした。
 瑠衣に視線を向けるが、まるで殺人鬼を見るかのような目線しか送っていない。

 瑠衣のことを、まさか、まさか裕璃までそんな目で見るとは思わなかった。
 別に道端で見かけたとかなら、誰だって怖いだろうけど。
 だけど、今回の裕璃は強姦の被害者で、救助者は瑠衣だろうに……。

「豊花、どうしたの? なにか、された?」
「ごめんね、瑠衣……我慢できなかっただけ。さあ、図書室に戻ろう」
「うん!」

 ーーどうして、僕は裕璃が好きだったんだろう……。
 ーーどうして、僕はあんなに我慢ならなかったんだろう……。

 それは多分、好きだった相手だからこそ、ほかの人たちとは違うと信じていた。それが裏切られたからこそ、こんなに怒ってしまったのかもしれない。
 それに、裕璃がああいう目を向けた相手が……うん、そうらしい、向けた相手が、僕の大切な友達だったからだろう。

 瑠衣を連れて部屋から出ていく。
 
 なにが理由だったのかはわからない。
 助けてくれたからか、なついてくれているからか、かわいいからか、やさしいと知れたからか、それは、自分でもわからない。

 だけどこの日、瑠衣は、僕にとって大切な友達のひとりになったのであったーー。
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