前代未聞の異能力者-自ら望んだ女体化だけど、もう無理!-

砂風

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第一章/葉月瑠衣

Episode011/葉月家

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(29.)
 図書室での作業を終えて帰宅することになった僕は、なんと葉月宅にお邪魔することになったのであった。
 ……そう、葉月宅に行くことになってしまっていた。
 まだ夕暮れには染まっていない空の下、僕は瑠衣と一緒に歩いている。
 瑠衣は真顔で隣を歩いているが、最初に会ったときの真顔とすらいえない気だるい雰囲気までは感じないようになっている。

 僕はというと、なにゆえ瑠衣の家に向かうことに決まったのかが未だに理解できず、さらにいえば、ナプキンが大変な事態に陥るのではないかというのが気がかりだった。

「あの、瑠衣さん? どうして瑠衣さんのお宅に行くことになったのでしたっけ?」
「一緒に帰る、約束した」

 瑠衣は真顔のまま言った。

「ああ……なるほど……なる……ほど?」

『一緒に帰ろう』の『一緒に』と『帰ろう』の間に『遊んで』は入っていなかった。
 代わりに『私のお家に』が入っていたらしい。
 うん。僕には行間を読む力がどうやらないみたいだ、やったね!

「あのさ、親に許可は取ったの? いきなり邪魔したら嫌がられない?」
「どうして?」
「いや、まあ、いいならいいんだけど」

 そういう親もいるという話なんだけど、どうやら葉月家には関係ない様子。

 瑠衣の家は、僕の自宅へ真っ直ぐ向かう道を途中で曲がる必要があった。
 人気がやたら少ないーー今なんて、僕と瑠衣以外誰もいないーー細道を歩く。草が生い茂った空き地が視界に入る。なにか建つ予定とかがあるのだろうか?
 夜は危なそうな細い道を通り過ぎた先には、マンションやアパート、コンビニなどが立ち並ぶ道路に出た。

「ここ、真っ直ぐ行く」
「へ? ここ?」

 瑠衣が指差した場所は、マンションとマンションの間にある、またもや幅が狭い道だった。
 幅2メートルあるかないかの細い私道。さっきの道より狭いかもしれない道の前には、『この先行き止まり』と書かれた立看板が置かれている。
 つまり、ここを進んだら袋小路に着いてしまうだけじゃないの?

「300メートル先に、ある」
「なっが!?」

 真っ直ぐ歩いて100メートル進むと、少し曲がりくねって再び真っ直ぐ歩くーーどうしてこんな構造になっているんだ?
 そもそも表情ひとつ変えずに言い切るってことは、この奇妙な構造に対して瑠衣はなんにも疑問を持っていないってことだ。慣れてしまっているのだろう。

「というかさ、もしかして瑠衣の家って、あの高いマンション?」
「ん」

 この道に入る前から、ほかの建物群から頭ひとつ抜け出ているマンションが見えていた。
 どうやら、そのマンションの一室が葉月家の在処らしい。
 あの広さーーうちの二倍以上はありそうじゃないか。

 歩きに歩いて袋小路に辿り着くと、そこには、やはり我が家の二倍以上の面積を誇るマンションが待ち構えていた。
 自動ドアを潜るとエントランスホールが広がる。右手側に管理人室から誰かが見ており、左手にはソファー、目の前には再び扉があった。
 入ったらすぐに共用通路である自分のマンションとはまるっきり違う。
 なにか扉の前の機械を弄る瑠衣を横目に、瑠衣や瑠璃って金持ちなのかな? などと考えてしまう。

「来て」

 気がつくと扉は開いており、瑠衣に袖を引っ張られ中へと入った。

「この公園みたいなのは?」
「ん? 多分、公園」

 瑠衣は首を傾げながらも質問に答える。
 つまり、自分でもわからない、普段は気にしていない、と。
 左右に広がる通路、そして、真っ直ぐ目の前にあるのは、遊具が少ない小さな公園みたいなエリアが存在しているのだ。
 公園といっても、花や草が整っており、遊歩道らしきものとベンチが置かれているだけなので、実際には公園とまではいえないのかもしれない。
 電灯で照らされているだけで、上には天井があるため、陽射しは所々に用意されている隙間からしか入ってきていない。これでよく植物は育つなぁ……。

「こっち」
「あ、うん」

 瑠衣に手を引かれ左通路に連れていかれると、通路をさらにすぐに曲がる。
 すると、そこにはエレベーターが配置されていた。
 エレベーターに入りボタンを見てみて階層を調べてみる……どれどれ……どうやら15階まであるみたいだ。うちの三倍高くて二倍広いマンション、なんて豪華な事だ。

 瑠衣はそのボタンのなかのーー。

「え、15階!?」

 ーー最上階のボタンを押したのだ。

「一番上、じゃないよ? 屋上が、あるから」
「いやいやいやいや! 屋上に行くボタンなんかないじゃん!」

 いや、待てよ? 屋上というだけでつい反応してしまった。
 単に高層に部屋があるというだけじゃないか。わが校みたいな平凡な高校に通うヤツがブルジョアなわけないだろう。

 チンッーーとありがちな音が鳴り、エレベーターの扉が開く。
 外に出ると、なにか違和感を抱いた。
 その違和は、まあ、視界に入った景色を認識すれば即効わかるんだけれども……。

「え!? この階のエリア、ぜんぶ瑠衣ん家なの!?」

 驚愕を隠せず、思わず大声をあげてしまった。

「ん? そうだけど?」

 エレベーターから出ると短い通路があり、その先には玄関前広場とでもいうのか、なにもない空間があった。
 その空間には『葉月大輝』と書かれた表札。その下には、『瑠美』『瑠璃』『瑠衣』と書かれている。その隣には立派な玄関の入り口がある。
 もう最低でも小金持ち以上としか考えられない。
 葉月家、なんて恐るべし……。

「って、瑠衣、あの、まだこころの準備が!」
「え?」

 瑠衣は間をおかずに玄関にカードキーを差し込むと、おそらく僕がいないときと同じような感覚で扉を開けたのであった。

「入って」

 なにが嬉しいのか、瑠衣の頬は少し緩んでいた。

「お、お邪魔します」

 綺麗な玄関、そして先に見える何畳あるのかが目算ではわからないくらい広いリビング。
 そして美人の若奥様……奥様?

「あっ、その、す、すみません」
「ふふっ、いらっしゃい」

 いろいろ言いたいこともあるが、それよりも、その美しさに見惚れてしまった。
 瑠衣や瑠璃が成長したらこうなるのではなかろうか、という姿をした、顔を笑みで満たしたままでいる美しい女性がそこには居た。

 あまりに瑠衣がぐいぐい腕を引っ張るから目が行かず、瑠美さんの存在にすぐ気づけなかったじゃないか。
 多分表札から察するに瑠衣や瑠璃の母親ーー瑠美さんなのだろう。

「す、すみません、いきなりお邪魔してしまって……」

 つい畏まった言い方をしてしまう。

「遠慮しなくていいのよ? 豊花くんって呼ばせてもらうから、豊花くんも私のこと、瑠美(るみ)姉さんって呼んでね? うふふっ」

 小悪魔的に笑いながら、瑠美さんはそう言ってきた。
 姉さんはさすがに……いや、まあ、若いけど。姉さんはさすがに欲張りすぎだ。熟女とはいえないくらい綺麗な肌や身だしなみをしているけど……いや、でも、お姉さん以外の呼び方だとおばさんになってしまう。そっちのほうが似合わないか。
 瑠衣、瑠璃、瑠美ーーって、名前を揃えすぎだろう。父親はたしか、大輝だった気がする。
 父親だけハブられていて可哀想な気がする。
 あれーーえ?

「あ、あの、僕の名前をどうして知っているんですか? ……あと、その……“くん”って?」

 今の僕の姿は中学二年の女の子だ。普通なら“豊花ちゃん”と“ちゃん”を付けるはず。それか“さん”だ。
 なのに瑠美さんは、初対面から僕を“くん”と呼んできた。
 瑠璃から聞いていたのだろうか?
 しかも名前まで知られていたし……。

「あらあら、うふふ、そうね~……うん。娘たちから聞いていたから、知っていただけよ」
「お母さん、私、豊花のこと、言ってないよ?」
「そうね、うん。瑠衣じゃなくて瑠璃から聞いたの。さあさ、そんなところに立っていないで、リビングででもお話しましょう。うふふ」

 な、なんだろう。
 瑠美さん、常に笑っているけど、瑠衣や瑠璃の見せる笑顔のような心地よさが感じられない。
 なにか、なにか裏があるような、隠しているような、そんな気がしてならない。
 ……単なる勘でしかないけど。

「ダメ。豊花、私の部屋で、遊ぶ」

 部屋に二人きりですとぉ!?
 まさか瑠衣から二人きりになる提案をしてくるなんて!
 ……いや、だから待てよ。だから、今の僕は思春期の女の子でしかないだろうが!

 うう、くそ~……。
 女子のガードが弱まる対価として、友達以上になるハードルーーつまりは恋愛対象に見られるためのハードルが高くなりすぎじゃないか?
 ハードルの真下を潜り抜けても誰も文句を言わないレベルだろう。

「あらあら、まあ、男の子と二人きりだなんて、ねぇ? お姉ちゃんよりも瑠衣のほうが進んでいるのね、意外だわ~」
「え、男の? ーーってことは、やっぱり瑠璃からいろいろ聞いているんですね」

 くん付けだけならまだしも「男の子」と断じるということは、瑠璃から話を聞いている以外にあり得ないだろう。

「うふふっ、そうねぇ、そうしておきましょう。さあ、ジュースでも持っていくから、お部屋で遊んでいらっしゃい」

 瑠美さんは、まるで逃げるように立ち去りキッチンへと向かった。

「こっちが、わたしの部屋」

 しかし、瑠衣に手を握られて引っ張られたほうに意識が向き、瑠美さんについての考えは後回しになるのであった。



 リビングから通じる廊下には、瑠衣の部屋のドアと、瑠衣から聞いた過去の話を踏まえると、その隣に瑠璃の部屋らしき扉が並んでいた。
 その片方、要するに瑠衣の部屋へと招待されて中へと入った。

「質素な部屋……だと思ってたら、な、なにこれ?」

 僕の個室の二倍はありそうな瑠衣の部屋の壁には、なぜかスチールで出来ているナイフのレプリカが飾ってあった。
 ほかには気にかかる部分はない。ベッドにテレビ、ゲームやテーブルに座布団、本棚やら……本棚や……本棚ーーなに、この女の子らしからぬタイトルの本?

「豊花、座れば?」
「それよりさ、この『例え散る定めとしても、彼女は少女を愛し続ける』って漫画はなーー」
「ダメーッ!」

 瑠衣は珍しく焦った表情を浮かべるなり、僕からその本を引ったくる。
 狂ったとき以外でもそんな大声出せるのね。

「これは、秘密……」
「わ、わかった。ごめん、勝手に漁っちゃって。……あの、その直後で悪いんだけどさ、この本の裏になにか薄い本が見えちゃってるんだけど……」

 よくよく見ると、本棚の一部の本だけ前に数ミリ出ていた。同じタイトルの漫画の三巻と四巻の幅の長さが数ミリ違っているように見えてしまっているのだ。

「あ、う、そ、それは……女の子の本」

 うわぁ、こんな戸惑っている瑠衣を見るなんてはじめてだ。
 おりものシートだとかナプキンだとか言うときは真顔のままなのに、まるでエロ本が親にバレたときの僕みたいな焦りかたをしている。

「何の本か聞いてもいい?」
「ゆ、ゆ……」

 まさかの、ゆたか?

「百合……18禁の……豊花は、見たらダメ」
「エロ本かーい!」 

 僕みたいな焦りかたをするはずだわ。
 エロ本ばれたときは女子でも戸惑うのか。興味深い。

「え、エロ本、じゃない。ちゃんとした、純愛もの」
「本当に?」
「んっ、読んでみたら、わかる。わかるから、読んでみて?」

 読んでいいんかーい!
 そして、狂ったとき以外はあんなにポーカーフェイスだった瑠衣の表情が、家ではコロコロ変わり面白い。今なんてムスッとした、少し怒った目でこちらを睨みながら、百合系エロ漫画を押し付けてきている。
 仕方なく受け取りパラパラと捲ってみた。

 主人公はどこにでもいる普通の女子高生。
 ヤンキーに絡まれたところをサイドテールの少女が颯爽と現れ救出。
 そこから始まる恋愛、愛情、性欲、肉欲ーー。

「やっぱりエロ本じゃん! しかも、話を聞いてたかぎり、その殺し屋ってサイドテールだったんだよね!? ありすのこと好き過ぎない!?」
「エロはおまけ、たまたまありすに、似ていただけ」

 エロゲを知らないひとに向かって「エロはおまけで物語がメインだから!」と押し付ける際の言い訳と大差ない気がする。
 いや、僕も有名なエロゲはやったことあるし、そう言いたくなる気持ちはわかるんだけど、説明される側になると、こうも言い訳染みて聞こえるのか。
 だってさ、この同人誌にしては厚い本さ?
  男でいうところの兜合わせ……俗にいう貝合わせもしているし、手や口でゴニョゴニョしあったり、やたら愛撫に時間かけていたりーーん?

「ちょっと待って」
「?」

 この同人誌では、まえに僕が自慰したときみたく強く摘まんでいない。成年コミックみたいな出会って五分で合体みたいなイメージではない。
 めちゃくちゃやさしく触りはじめて、焦らして、焦らして、焦らしてからの、次第に強めに移行していき、最終的に激しいプレイになっていた。
 それに、『開発してあげる』というヒロインの台詞も気になる……つまり、あのやり方は、そもそも間違っていたのかもしれない。頭がこんがらがってくる。

「瑠衣、ちょっと聞きたいんだけヴォめん何でもない」
「?」

 直接『オナニーってどうやるんですか?』なんて聞けるわけねーだろボケナス豊花ッ!
 一歩間違えればセクハラだ、てかセクハラだ!
 もしもいま、僕が身も心も高校生男子だったら完全にアウトだった!
 超、危なかった!
 ……これについては、後々自分で調べることにしよう。そうしよう。

 そんなことより、そろそろ股が湿りはじめてきた。
 気になって気になってしょうがなくなってくる。

「瑠衣、ごめん。ナプキンくれないかな?」
「ん、いいよ。はい」

 瑠衣は赤らめた顔を戻すと、棚からナプキンを取り出し手渡してくれた。
 ナプキンは真顔で平然と渡せるのに、百合エロ本に関しては焦るのか……。
 今一基準がわからない。
 これもセクハラな気がするけど、背に腹は変えられないし致し方ない。

「トイレは、姉さんの部屋、奥」
「瑠璃の部屋を通りすぎた奥にあるのね? わかった、ありがとう」

 普通なら瑠璃の部屋の中の奥にあると解釈してしまうだろうが、今の僕は鍛えられてきた。
 段々、わからなかった瑠衣の言葉が理解できるようになってきたのだ。これは、喜んでいいんだろうか?
 さすがに『一緒に帰ろう』の台詞から現状に至ることは予測不可能だったけどさ……。

 僕は部屋から急いで出ると、廊下を歩き、ナプキンを変えるためにトイレへと入るのであった。

 




(30.)
「ぶーっ! ゆ、豊花!? なんでいるのよ?」

 僕を見た瞬間、瑠璃は盛大に吹き出した。
 そう、帰宅そうそうに唾を飛ばしてぶつけてきたのだ。

 夕飯を食べていくよう瑠美さんから勧められた僕は、お言葉に甘えてご馳走になることに決め自宅にも連絡を入れていた。
 あれから少しだけ瑠衣と他愛のない話を交え、もう少しで夕飯が出来るからとリビングで談話をしていたら、瑠璃が帰宅したのだ。
 そして、リビングにあるテーブルの椅子に座る僕を見て唾を吹き出したわけだった。
 
「いや、瑠衣に呼ばれたからだけど」
「私が、呼んだから、なんだけど」
「私が歓迎したから、なんだけど。な~んてね? うふふっ、おかえりなさい、瑠璃」

 僕、瑠衣、瑠美さんと続いて瑠璃に返答した。

「ただいま……まあ、先生がいいならいいけど」
「先生?」

 今この場には瑠トリオと僕しかいないはず……。

「こら。いい加減、お母さんかママって呼んでよ。ママ悲しいわ、しくしく」
「……ごめんなさい。癖が抜けないのよ、許して」

 僕はスルーなのですか?

「あの、先生……とは?」
「同業だった頃の癖なの。気にしないでちょうだい。はぁ~、きょうは疲れた。聞いてよ? どうして異能力特殊捜査官二級の私が異能力犯罪者を捕まえる指揮取らされるのよ? 現場に行くのはいいけど捕まえるのは普通、一級ライセンス持ちがするものなの、わかる?」
「いや、あの、愚痴られても全然わからない。二級やら一級やら理解していない人間に言われてもサッパリだよ」

 なんのことだかまったくわからなかった。
 そもそも、ここ最近、異能力者による犯罪ってニュースになったりしたことあるっけ?
 最後に見たのは、たしか一年前の異能力者保護団体密着24時とかいう特番でだから、それから知るかぎり異能力犯罪なんて一度も起きていないんじゃない?

「特殊指定異能力犯罪組織、自称しているグループ名は『愛のある我が家』、構成メンバーは全員で七人、準構成員含めるともっといると思う」
「はい?」

 あ、愛のある我が家?

「メンバー全員異能力者かつ女のみで構成された犯罪組織よ。覚醒剤の密売、未成年の売春斡旋、争い事に介入して暴力で強制解決、非合法な金貸し要は闇金、特殊指定暴力団“総白会”への献金ーー把握しているだけでこんな種類の犯罪を何年も何年もつづけているのに、ひとりも逮捕者がでない異常な奴らなの」瑠璃はつづけた。「メンバーのうち二人を見つけたからって私がリーダーになり三人ぽっちで緊急取締捜査を執行して強制連行してこいなんて無茶言われたの。もちろん逃げられたうえ説教。あのバカ上司、いつか覚えときなさい……まったく、もう……」 

「私が所属していた時からあったわね、懐かしいわ~。あまり手は出さないようにしてよね、瑠璃? あのグループのひとりを捕まえて、一時保護、というより監禁していたことがあるのだけれど、すぐに建物の壁に大きな穴を空けられて、捕まえたメンバーはいなくなったの。それだけならいいのだけど、ほら、瑠璃は覚えてるかしら? 私の同期の青海(あおみ)風香(ふうか)さん、死体で発見されたらしいからね」
「極悪犯の担当を私に押し付けたわけじゃない! 普段カウンターで子どものフリしてアイツ……もう退職届突きだして脅してみようかな……」
 
 ぶつぶつ愚痴を吐き続ける瑠璃はお怒りの様子だし、返事する瑠美さんの言う大事件なんて僕の記憶にはない。話に混ざれぬ!
 ここは瑠衣に話を振ろう。
 なんだか瑠璃と長話しただけで、眉が少しずつ顰めはじめているし……。

「る、瑠衣、そういえば父親は?」

 テーブルにシチューを並べはじめる瑠美さんを横目で見ながら、瑠衣に問いかけた。
 夕飯時にするという割には、父親の帰ってくる気配がない。

「お父さん、いつも残業、遅い」
「じゃあ食事は別なんだ」
「ん」

 こうも良い場所に住めるくらい稼ぎのいい仕事というのは、単なるサラリーマンではなさそうだけど……なにをしているひとなんだろう?

「なにしてるのか聞きたいんでしょ? パパはそこそこ大きな企業の社長をしてるわ」
「へぇ、すごい」

 瑠璃って父親のことパパって呼ぶんだ?
 なんか意外。
 瑠美さんが一瞬、大企業の社長という単語を聴いた瞬間、気のせいレベルで眉をピクリと上げた気がした。

「違う。お父さん、ヤクザの親分」
「へぇ、ヤバいね」

 そして瑠衣はお父さん呼びーー以前の問題発言したよね今!?

「瑠衣……あのさ、よく考えなさいよ? もしもそうなら、ずいぶん甘やかしが酷いやさし過ぎるヤクザがいるものね? あんだけやらかしたこと処理してもらっておいて、どの口が言うのよ」
「恐い。主に、顔が」

 酷い言いがかりだった。
 女の子になるまえの僕の顔を見たらオタクだと思われていたかもしれない。
 暗いし、格好よくないし……。
 
「はい、みんなお喋りはいったんやめにして、夕飯にするわよ?」

 瑠美さんはテーブルに夕飯を並べ終えると、自身も椅子に腰を下ろしてみんなにそう言った。
 言われたとおりに皆『いただきます』と食べ始め、『ごちそうさま』と食べ終え、ようやく僕は帰宅する時間になった。

 結局、夕飯の時間帯に父親が帰って来ることはなかった。



「それじゃ、ごちそうになりました」
「いいえ、またいつでもいらしてね。うふふ」
「また、明日」

 玄関から瑠美さんと瑠衣に見送られながら、僕はマンションの一階まで降りた。
 すでに外は暗くなり太陽は姿を消し、替わりに月が現れている。
 そんな月明かりに照らされるなか、マンションにつづいていた細道を歩いて帰っていると、背後から急に肩を叩かれた。
 驚いて振り向くと、そこには柔らかな笑みを浮かべている瑠璃がいた。

「あれ、どうしたの、瑠璃」
「リボンで判断したでしょ? まあいいけど。ちょっとコンビニに行きたいから、少し送ってあげる。訊きたいことも、少しあるからね」
「訊きたいこと?」

 なんだろう?
 また異能力云々の話題を振られてもなにも返答できないんだけど……。

「瑠衣と、友達になれそう?」
「へ?」

 僕にとって、それは今さら過ぎる問いかけ。
 答えを迷う時間なんて不要の、当然の回答しかない質問。

「なれそう、じゃなくて、瑠衣とはもう友達だよ」

 昨日までなら、おそらく答えに逡巡しただろう。
 だけど今は、自信を持って宣言できた。
 瑠衣は大切な友達である、と……。

「そっか、友達になれたのね? ……本当に、本当によかった」

 瑠璃は心から喜んでいるのか、まぶたを閉じ胸に手を当てながら微笑む。
 本当に妹のことを考えているのが、それを見ただけで痛いほど伝わってきた。

「それにしても、瑠衣がひとを家に呼ぶなんて……豊花、相当あの子に気に入られてるわよ」

 冗談混じりに笑いながら瑠璃に目を向けられ、なぜか恥ずかしくなり視線を逸らしてしまう。
 とりあえず、なにか話題を変えよう。

「瑠璃が瑠美さんに予め僕のこと言っておいてくれたから、わりとすんなり歓迎されて助かった「待って」よ……え?」

 急に話に割り込み「待った」をかけられてしまった。

「どうして、私が先せ……ママに豊花の話をしたと思ったの?」
「……え? だって、僕が元は男だって瑠美さん知っていたから……」

 最初からくん付けで呼んできた。
 僕が元々男だと知っていた。
 顔を見ただけで豊花という名を呼んだ。
 ……それら全て、瑠璃から聞いたと告げられたのだ。

 なのに? 

「私、ママに豊花のこと何一つ言っていないわよ? 異能力云々以前に、名前さえ教えてない。だってそうでしょ? 妹と友達になってほしい人物がいたとして、それを親に言うメリットってなにかある? 私、今日はたまたま豊花がいたから調子狂って愚痴っちゃったけど、普段は仕事や学校の話、ほとんど交わさないの。それなのに、どうして?」
「いや、待って待って。いやいやいや僕のほうが訊きたいんだけど? 瑠璃が瑠美さんに言った。そうじゃなきゃ辻褄が合わない」
「辻褄云々の話じゃなくて、現に起こってる事態を考えてよ。まあ、どうしても私がママに言ったと思うなら、無理に否定はしないわ。別に、ママが豊花のこと知ってるからって、なにかがあるわけじゃないしね?」
「……」 

 あの笑顔に違和感を覚えた理由は、それ?
 あの笑みに裏があるという勘は当たっていたのか?
 でも、たしかに瑠璃の言うとおり、それを知ってるからといって不利益を被るわけじゃない。
 ……気にしすぎか。

「それじゃ、私はそこ寄って帰るから、幼女性愛者(ロリコン)に襲われないように気をつけてねー! また明日ー」

 細道を抜けた道を曲がったところにあるコンビニに向かいながら、こちらを振り向きおちょくるように笑いながら手を振る瑠璃。
 ……なんでかな?
 これだけ瑠衣は大切な友達だと思っているのに、瑠衣に感じるドキドキより、瑠璃に抱く胸の高鳴りのほうが数段強い。

「うん、さようなら」

 とにかく返事して自宅へ進もうと一歩足を踏み出したときーーそれに気づいた。
 瑠衣の住むマンションへの細道に、片側に髪を纏めている未成年らしき女のひとが入っていくのが、視界に入ったのだ。

 まさか、話に出てきた、ありすって殺し屋?
 一年前で瑠衣から見たら二歳ほど歳上だったらしいから、今は17、8歳あたり。ドンピシャだ。サイドテールで幼い雰囲気も纏っている。そして、いつでも隠した得物を取り出すためのような短めのスカート。

 ーー瑠衣から聞いた話と一致している。

 いや、僕は実際に見たわけではない。
 だいたい、今さら再会するくらいなら、もっと早く会いに来ているだろう。
 瑠衣ん家に行く理由はなにも!?


『俺のオヤジはヤクザと繋がってんだぞ! 知ってるか、殺し屋ってマジでいるんだ! せいぜい後悔しろよバカ野郎!』

 
 ……まさか。
 まさかまさかまさか!?
 
 脳裏に金沢の戯言がリピートしてしまう。急に冷や汗が湧いて出る。
 もし、もしもの話、ありすが瑠衣を殺しに来たのだとしたら……瑠衣は確実に無防備を晒すに決まっている!

 コンビニに入り瑠璃にありすのことを含め全ての事情を説明するか。
 今すぐマンションに後戻りして、瑠衣に直接注意喚起を促すか。
 無用な心配だと断じて気にせず帰宅するか。

 いきなり選択を迫られたせいで思考が混濁しまともにものを考えられない!

 考えろ、瑠璃なら自宅か瑠衣の電話番号を知っているから、事情を話せば全て解決する。でも、瑠衣と交わした約束を反故にしてしまう!

 マンションに舞い戻り、僕が勝手にありすと決めつけたひとに『殺人はダメ、ゼッタイ!』とでも言うつもりか!?
 あの道は一本道、行けば必ず対峙してしまう……そして、自分の身の安全が保証できない。

 ……さすがに、親にも瑠璃にも内緒にしている相手が急に会いに来ても、相手の素性を隠したままマンションの外まで会いに行くのは不可能だ。
 きっとそうだ……明日、明日の朝。瑠衣が登校するときから下校する時間まで同行して、周りに異変があれば伝える。それでいこう。

 大丈夫。だいたい、金沢が殺し屋と繋がっているかも怪しいし、それがピンポイントでありすとやらにぶち当たるなんて出来すぎだ。

 僕は、自身に言い訳をしながら、重い足取りで帰路に着くのであった。




 帰宅したのち布団に倒れ込み、いろいろ考えても意味のないことを考えてしまっていた。その思考をやめて纏めていく。やることを固めていく。

 ……命をさらけ出す勇気さえあれば、約束を破り暴露する勇気さえあれば……そんな後悔はもう無意味。

 とにかく明日、朝早く起きる。
 そして、瑠衣のマンション前で待機しておけば、相手が本当にありすとやらでも、迂闊に手は出せないはず……。

 ……。
 …………。
 ………………。 
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剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

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