前代未聞の異能力者-自ら望んだ女体化だけど、もう無理!-

砂風

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第四章/杉井豊花(破)

Episode052/決別

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(83.)
 僕がまぶたを開くと、そこには異世界に旅立った地点ーー古アパートのやや薄汚れた壁が目にはいった。どうやら異世界から無事、帰還できたらしい。
 ただし、行くときのメンバーからひとりーー裕璃だけはいない。あちらの世界に置いてきてしまった。それに対して、仕方なかったとはいえ、なんだか複雑な気分になる。

 窓の外を見ると、すっかり夕焼け空は消え失せ、既に星空が広がっていた。

 ……ベッドで半裸の状態で眠っている瑠奈とアリーシャさんは、この際無視しよう。こちらの気も知らないで、なんて心地良さそうに眠っているんだ。

 赤羽さんを見ると、僕と同様、なんとも言えない苦い表情を顔に浮かべている。裕璃を助けられたとはいえ、会うためにはいちいち朱音の協力が必要になる。そのうえ、異世界でやるのは覚醒剤の密造の片棒を担ぐこと。親として心配になるのも当然だろう。

「さて、とりあえず赤羽さんと豊花は、もう帰っていいよ。とはいえ、沙鳥さんからは伝言を受けているから、豊花にはそれを伝えるね」
「僕に、伝言?」
「そう、きみがこれからやるべき事をまとめて訊いておいたんだよ」

 朱音が説明するには、どうやら僕は、今から従事していた異能力者保護団体に赴き、やめる際の手続きや、異能力者保護団体従事証明書などの返却をしなくてはならないらしい。
 元々異能力者保護団体には一度、挨拶に行くつもりだったから特段問題ではないけれど……。

 そっと時計を見ると、既に夜の七時を回っていた。

「で、きみは明日、学校に行かなくちゃいけないだろう? だから、きょうのところは異能力者保護団体と別れを告げたら自宅に帰ってくれて構わない」
「きょうはーーってことは、明日もなにかしなくちゃいけないんですか?」
「もちろん。きみは既に愛のある我が家の正規メンバーになったんだからね」

 特殊指定異能力犯罪組織ーー通称、愛のある我が家。そんな凶悪と思われている団体に、僕は加入してしまったのだと強く実感する。

「で、明日からは普通に登校していいんだけど、毎日学校帰りに寄り道はしないで、愛のある我が家に来てほしい」
「ま、毎日!?」

 異能力者保護団体のときとはまるで違う。
 あっちに属していたときは、たしかに準構成員だったからだろうけど、週に一回、あっても二回ほどしか赴かなかった。
 が、愛のある我が家は毎日出勤しろと言うのである。

「大丈夫。きみはまだ学生ってことで、日曜日だけはきちんと休ませてあげると沙鳥さんは言っていたし、あくまで毎日来てもらうのは、まだなんの仕事をしてもらうか決めかねているからさ」朱音はつづけて説明する。「どの仕事がきみに合うか、きみにできるか、それを判断するためにも、来週ーーいや、きょうは日曜日だから今週か。今週は月曜日から土曜日までフルに来てもらうってことだよ」
「……どの仕事に合うか……か」

 薬物の運搬および売買。

 闇金の金貸しと回収作業。

 未成年が集まっている裏風俗。

 風俗店等で困った客の鎮圧。

 危ない暴れている異能力者の殺害。

 どれもこれも自分には務まりそうにない。

「さ、赤羽さんも大海さんに報告することがあるんだよね? 豊花も異能力者保護団体に早く行かないと、帰りが遅くなるよ」朱音は僕たちを急かすと。「アリーシャ、起きて! 早く能力で玄関を出現させてくれよ」と裸のアリーシャの肩を揺さぶった。
「ふぁ~、あれ? もうこんな時間ですか……眠いです~」
「ぼくたちが帰ったらいくら寝ててもいいから、今だけきちんと力を発揮してくれよ……」
「ふぁ~い」

 アリーシャさんは生まれたばかりの姿で布団から這い出ると、裸を見られるのをまるで気にしていないかのように口を開いた。

「素敵(すてき)な夢(ゆめ)を ありがとう 永久(とわ)に終(お)わらぬ幻(まぼろし)は ついに終(お)わりの刻(とき)を迎(むか)えるーードリーミー」

 アリーシャさんが瑠奈のような謎の詠唱を詠った直後、アリーシャさんの周囲にどろどろした灰色のスライムのような動く物体が現れた。

「ドリーミー、幻の解除をお願いします」

 アリーシャさんがスライム? に告げると、スライムは玄関のあった壁の位置にへばりつき、へばりつくなり離れて消えた。
 スライムらしき物体が離れた直後、そこには、入ってきたときと同じ玄関が現れていた。
 まるで、スライムがクリーム色の壁の幻覚を掻き消したかのように……。
 これも精霊かなにかなのだろうか?
 それにしても……。

「アリーシャさん……その、衣服を着たらどうですか?」

 最近は女体に対して興奮しなくなっているとはいえ、綺麗な少女が、こうも堂々と全裸を晒しているのを見ていると恥ずかしくなってくる。

「ふぁーい……」とアリーシャはあくびをしながら床に散らばっている衣服や下着を手に取り、のんびりと着衣を始めた。
「ほら、瑠奈も帰るよ?」
「えー……」瑠奈は掛け布団を頭まで被せる。「きょうはアリスと一緒に一晩を明かしたい」
「わざまま言わない。もしかしたら明日、豊花が最初にやる作業は瑠奈の手伝いかもしれないんだから」
「ちぇっ……わかったよ。またね、アリス」と、瑠奈は下着姿で布団から出ると、アリーシャの唇に自分の唇を重ねた。
「本当に瑠奈はキスが好きなのですね……ふぁ~……眠いです」

 生々しいレズビアンの会話は聞いていたくない。
 アリーシャさんが裸で、瑠奈が下着姿という時点で、なにをしていたのかが想像に難くない。あまり考えないようにしよう。
 僕、朱音、瑠奈、赤羽さんと帰る準備が済んだところで、朱音はアリーシャさんに「また近々来るから、連絡にはちゃんと出るように」と忠告した。

「ふぁ~い……またなのです……」

 それを最後に、僕たちは部屋から出た。
 玄関から外に出て数秒、僕たちが出てきた扉は跡形もなく単なる壁へと姿を戻した。
 これが、アリーシャさんの魔法? いや、精霊操術師とか言っていたっけ? の力なのだろう。

 赤羽さんは大海さんのもとへ、朱音と瑠奈は愛のある我が家へ、そして僕は異能力者保護団体へ……それぞれの目的地へと向かうのであった。






(84.)
 川崎から横浜まで電車を乗りたどり着き、建物の前に佇んでいた。
 さすがにこの季節になると、昼間は暑くても、夜は少々涼しい。普段なら涼しさに心地よさを覚えるところだが、今の僕は緊張でそれどころではない。

 ーー今から異能力者保護団体に別れを告げに行くんだ……。

 前以て沙鳥が連絡を入れてくれているのはわかっていても、やっぱり緊張してしまう。
 犯罪者を捕まえる正義側の異能力者保護団体に入ったというのに、数日で辞めるどころか、真逆の罪を犯す側の組織ーー愛のある我が家に入るだなんて、普通の感性をしているひとなら憤怒を通り越して唖然としてしまうだろう。

 勇気を出して、僕は異能力者保護団体の中に、一歩足を踏み入れる。
 内装は相変わらず、いつものように大学病院のようなソファーの数、そして目の前に立ち塞がるのはカウンター……と、少女の姿を解きおばさんの姿に戻っている未来さんの姿。
 カウンターの前に立つ。しばらく無言の時が過ぎる。

 数分ーーいや、実際には数秒の間しか空いていないだろう時間が過ぎたあとに、未来さんは僕を見据えながら口を開いた。

「よくもまあ、ひとりで来れたものだな。まったく……」未来さんは髪をガシガシ掻きむしる。「杉井、おまえがはじめてだよ。入って一月も経たずにやめる奴は」
「……すみません」

 僕はただただ陳謝した。

「しかも、ある種うちらと敵対している犯罪者集団の一員になるときた。笑い話にもならん」
「……」

 なにも言えなかった。
 未来さんが言っているとおりのことを僕はしたのだから。

「本来なら即、捕まえて教育部併設異能力者研究所へ送りたいところだが、愛のある我が家とうちらは裏で繋がっているから手出しできない。歯がゆいよ……ほら」未来さんはこちらに手を差し伸べた。「異能力者保護団体従事証明書を出せ。もうおまえは、異能力者保護団体の準構成員でもなくなったんだからな」
「はい、すみません……」

 僕は財布を取り出し、一番奥にしまっておいた異能力者保護団体従事証明書を未来さんに手渡した。

「やめる際の書類は一通り準備しておいた。おまえはそれらに署名するだけでいい。だが、本当にやめるのか? おまえは瑠璃と共に行動したいがために異能力者保護団体に属したんだろう?」
「……」バレていたか。「はい、そのとおりです。ですが、どうしても、納得できないことが多々ありました。今でも瑠璃のことは好きですが、異能力者保護団体ならびに教育部併設異能力者研究所の行っていることに対して、僕は目をそらすことはできません」
「犯罪者に罰を与えてなにが悪い?」

 未来さんに睨まれる。
 しかし、僕はその瞳をしっかりと見つめ返す。

「罰の与え方に納得いきませんし、その他にも見過ごせないことが山ほどあります」

 裕璃の為だけじゃない。たしかにきっかけは裕璃を助けるためだったし、愛のある我が家のメンバーになるハメになったのは裕璃を助け出すのに必要だったからだ。
 でも、裕璃を救出する際に見た教育部併設異能力者研究所の現状、夢で見たユタカの元宿主のされていたこと、裏で暴力団と繋がっていること、国の命令で殺し屋を異能力犯罪死刑執行代理人として雇い殺人を正当化していることーーいずれも正義の行いだとは僕には思えない。
 裕璃のことがなくても、おそらく僕は異能力者保護団体を辞めていただろう。そのときが早く来るか遅くなるかの違いだけだ。

「ちっ……ほら、書類だ。サインしてさっさと立ち去れ。それでもう、異能力者保護団体とおまえの繋がりはなくなる」
「はい」

 僕は差し渡された数枚の書類をざっと目を遠し、一枚一枚丁寧にサインした。すべてに杉井豊花と署名していく。
 これで……これで異能力者保護団体との繋がりはなくなった。
 僕には悪の組織で働く以外に道はなくなったのだ。

「ほら、もう帰れ。ガミョや葉月姉にはもう伝えてある。言い訳するなら、明日学校でするんだな」
「はい……今まで、お世話になりました」

 僕は深く頭を下げたあと、カウンターに背を向ける。
 そのまま異能力者保護団体の外へと僕は出た。
 異能力者保護団体、第4級異能力特殊捜査官の僕は、今しがたいなくなったのだーー。






(85.)
 帰宅して抗不安薬(マイナートランキライザー)を服用し、明日、瑠璃に対してどのような態度で接しようと考えながらも、抗不安薬による催眠作用で、僕は浅い眠りに落ちていった……。



 翌日、時は待つことを知らず、登校日である月曜日はやってきた。

ーーあまり気負いしないほうがいいであろう? 自分自身で決めた道だ。きみは素直に答えるべきだと思うがな。ーー

 そのようなことわかっている。
 着なれた肢体のサイズに合ったーー少々ぶかぶかで萌え袖みたくなっているがーー女子用の学校制服にパジャマから着替えると、僕は朝ごはんにも手を付けず玄関に向かった。

「ちょっと豊花ー? 朝ごはん食べていかないのー?」

 母親の心配する声がリビングから聴こえてくる。

「ごめん……ちょっと食欲なくて……行ってきます」

 事実食欲が皆無だった僕は、母親に謝罪をしながら自宅を出た。

 見慣れた通学路の細道に入ったところで、背後から肩をつつかれた。
 なんだろう? と振り向くと、そこには「おはよう、豊花」と挨拶をしてくる瑠衣が近寄ってきていた。
 少し離れた位置には瑠璃もいる。途端に緊張してきてしまい、ついつい生唾を飲み込んだ。

「豊花、顔色悪い。どうした、の?」
「瑠衣、おはよう。いや……ちょっと、いろいろあってね。はは……」

 瑠衣に苦笑いを返したあと、チラリと瑠璃の方を向く。
 瑠璃は、怒りと悲しげな瞳を浮かべて、こちらを睨むように、ただただ見つめていた。やがて、瑠璃は決心したように口を開いた。

「豊花……どうして異能力者保護団体を辞めちゃったの? どうして、裕璃の脱獄に手を貸したの? どうして……特殊指定されている異能力犯罪組織である愛のある我が家なんかの一員になんてなったの?」

 瑠璃は、すべてがすべて納得できないといった様子だ。普段のように明るかったり怒っていたりする喜怒哀楽が激しい顔を見せてはくれず、見たことのないような暗い表情で訊いてきた。

「それは……だって、裕璃は悪くないから……」
「私、言ったよね? 裕璃は自分自身で殺人を犯して捕まった自業自得な奴だって。私、お願いしたよね? 彼女である私のためにも、危険な行為はしないでねーーって」瑠璃は僕をキッと睨み付けた。「彼女の言うことが聞けないの? 私、豊花の恋人じゃなかったの? 罪悪感だけで、彼女のお願いを反故にしてまでしなくちゃいけないことだったの!?」
「……たしかに」僕は罪悪感で動いていた。でも……。「でも、それだけじゃない。異能力者保護団体や教育部併設異能力者研究所の内情を見て、なにかがおかしいって思ったんだ」

 瑠衣はピリピリした空気を漂わせる僕と瑠璃を交互に見つつ、ただ成り行きを見守っていた。瑠衣は何があったのか、いまいち理解していないのだろう。
 僕たちは会話をつづけながら学校へと歩みを進める。

「瑠璃はさ? 本当に、異能力者保護団体が善の組織、正義側の団体だと思っている?」
「それは……そうよ。当たり前じゃない。犯罪を犯した異能力犯罪者を捕まえたり調査したり、保護したりするのが信条なんだから。裕璃が捕まって連行されたのも、犯罪者だからにちがいないじゃない」

「なら瑠璃は、犯罪者側が被害に遭っていたとしても、その結果、異能力者になって罪を犯したとしても、すべて本人が悪いと思う?」
「……たしかに聞いた話によれば、異能力者は心の弱い人間が発症するって話は知っている。でも、犯罪者になれば罪を償うのは当然じゃない」

 たしかに、罪は償うべきに相違ない。
 その罪の度合いによっては、瑠璃の言い分は正論だ。

「じゃあさ、犯罪者なら誰でも拷問紛いな事を強要して、死よりも辛い実験台にされ続けてもいいって言いたいの?」
「そんなこと、異能力者保護団体はしていなーー」

「してるんだよ!」僕はしかとこの目で見た。「僕は、裕璃が残酷な実験装置の一部にされている姿をこの目で直接確認したんだ! 心身ともに苦しめて強制的に異能力を発動させられていた! 他人でも異能力が行使できるようにする玩具のような実験道具になっていたんだ!」

 瑠璃は僕の真剣な眼差しを見据えて、暫し黙る。

「でも、そんなわけ……」
「そんなわけがあるんだよ! 犯罪者なら、拷問して廃人に変え異能力霊体のステージFに簡単にされた挙げ句、壊されてもいいっていうの!? それはもう、法律の範疇を越えているじゃないか!」
「……でも」

 だからって、愛のある我が家に入る必要はなかったのではないか?
 瑠璃の目はそう言っていた。

「異能力者保護団体だって、裏で元殺し屋を罪には問わず、果てには異能力犯罪死刑執行代理人として正式に国が雇って裏で繋がっている! 教育部併設異能力者研究所の副所長である大輝さんだって、ヤクザの赤羽さんと繋がっていたじゃないか! これが正義だって、瑠璃は言えるの?」

 ついつい熱く語ってしまった。
 瑠璃は普段見せたことのない僕の怒りの混ざった指摘を受けて、困惑した表情を顔に浮かべている。

「異能力犯罪死刑執行代理人……? なんなのよ、それ……元、殺し屋?」

 そういえば瑠璃は知らなかった。勢いで言ってしまったが……もうそれはどうでもいいか。どうせ僕はもう、異能力者保護団体の一員ではなく、愛のある我が家のメンバーなのだから。

「わからないならありすに訊けばいいよ。きっと、異能力者保護団体の闇の部分も教えてくれるはず」
「……」
「異能力者保護団体は、正直、今の僕の視点から見ると、異能力者になったというだけで犯罪者予備軍と危惧し、被害が出るまえに束縛するための団体にしか思えないよ……」

 しばらく、お互い無言で歩みをつづける。
 瑠衣は相変わらず蚊屋の外といった感じで、話に割り込もうにも割り込めないでいる。

「それじゃ……なんのために、私は豊花の恋人になったのよ……?」
「は……?」

 ピシャリ、となにかにヒビが入る音が聴こえた。

 今の話の流れで、どうして恋人云々の話に繋がるんだ。

 思考ーーと脳内で唱える。

 ーーなるほど、ね。

 やっぱり、瑠璃は彼氏としてではない。純粋な恋愛を楽しむためとしてではなく、単に僕を束縛したいが為に、恋人になるという手段を取っただけなのだろう。
 途端に虚しくなってくる。これではもう、僕の望むような恋愛関係には一生なれない。そうに決まっている。
 瑠璃が恋人として僕が好きだったわけではないことに気付き、がらがらと僕の心の中のなにかが崩れ落ちる音が脳裏に響き渡った。

「……瑠璃、無理させてごめん」
「い、いきなりなに?」

 瑠璃はなにを言われるのか気にしながらも、表情は苦悩に満ちていた。先ほどの事実が真実なのか考えているのだろう。
 でも、今の僕にはそんなこと、どうだっていい。

「短いあいだだったけど、瑠璃と付き合えて嬉しかったよ」
「え、ちょっと、いきなりなにを言って……」

 瑠璃は考えるのをやめて、僕の唐突な言葉に焦りを見せる。

「でも、それは恋愛関係じゃなかったんだね。対等な……付き合いではなかったんだね」困惑する瑠璃をよそに僕はつづけた。「単に僕を束縛して、彼女という立場を利用して言いなりにしたかっただけだったんだね……気づけなくてごめん」
「ちょっとちょっと、いきなりどうしてそうなるのよ!?」

 ああ、虚しい。瑠璃は自覚をしていないだけで、さっきの言葉に解はすべて詰め込まれていたのに。『それじゃ、付き合った意味がないじゃない』という呪詛に。

「そんなの恋人同士だとは、僕は思えないや。瑠璃のこと、異性として、恋愛対象として好きだったけど……瑠璃は僕の事を恋愛対象として見ていない。だから、ごめん」そして僕は、校門が見えてきた地点で最後の言葉を口にした。「……別れよう」
「………………えっ……?」

 瑠璃はその場に立ち止まり、目を大きく見開き驚愕と混乱を露にしていた。

「瑠璃、瑠衣。じゃあまた、あとで……」

 僕は最後にそう告げると、校門をくぐり校舎に入った。
 未練がましく、僕はふと、背後を見てしまう。

 そこには……涙を流し、それを制服の袖で拭っている瑠璃の姿があった。

 もしかして、僕に本当に恋をしていた?
 ……いや、それはないだろう。あの台詞を聞くかぎり、そんなはずがあるわけない。
 きっと、なにかの見間違いだ。
 僕は再び確認することなくーー振り向くことなく、自身の所属する教室へと、足早に向かった。





(86.)
 学校では、裕璃は異能力者となった衝動で殺人罪を犯したが、無事に捕まったということになっていた。

「裕璃があんなことやる奴だったなんて……豊花ちゃんもびっくりだよな……」

 宮下は、僕に同意を求めてきた。

「う、うん。まさか、裕璃があんなことするなんて、微塵も思わなかったよ」

 嘘だ。たしかに初日に見たときは驚きのあまり膝を崩したが、異能力者になる条件や異能力の知識、異霊との合体事故、裕璃が金沢たちにやられたこと、そして、僕が裕璃に対してしてしまったことを考えると、宮下ほどの衝撃は受けていない。
 教育部併設異能力者研究所から愛のある我が家が奪還して逃亡させたことは公にされていないのか、教師も生徒も皆、裕璃が捕まったままだという前提で噂話やらに興じていた。

「人は見かけに寄らないよなー。まあ、そう落ち込むなよ、豊花ちゃん」落ち込む?「元気出せ。裕璃以外にもきっと好きになれる女子は現れるさ」

 宮下に検討違いな励ましをされた。そうか、宮下はいまだに僕が裕璃の事をすきだと思っているのか。

「こら~、宮下くん、豊花ちゃん。ホームルームの時間ですよ~」

 ぶーっ! と、思わず唾を吹き出しそうになってしまった。
 宮下はともかく、なぜなにどうして雪見先生まで『豊花ちゃん』なんて呼ぶようになっているんだよ!?

「豊花ちゃーん、先生がうるさいってよー?」
「豊花ちゃん相変わらずかわいいねー」

 クラスメートの名前すら覚えていない男女すら、豊花ちゃん豊花ちゃんと呼んできている……?

ーー豊花ちゃん。広まってよかったではないか。ーー

 ユタカが微笑するのが聴こえた気がした。

「宮下……まさかおまえのせいで……」
「豊花ちゃん、ホームルームだからお静かにってな?」

 宮下はウィンクしながら口元に人差し指をあてがい、シーっというジェスチャーを僕に送ってくる。

 なんてこった……豊花ちゃんが、豊花ちゃんが、あろうことか豊花ちゃんがクラスメート全員(担任含む)にまで拡散してしまっただと!?

ーーそう落ち込むではない。豊花ちゃんーー

 わざと言っているでしょ……それ。
 ひと波乱を巻き起こしながら、無事にホームルームが終わり授業がはじまる。
 しかし、勉強に身が入らない。
 裕璃の問題は解決した。では何で悩んでいるのかというと、愛のある我が家の事と、瑠璃を……振ってしまったことだ。



 昼休み、僕は迷っていた。
 裕璃はいなくなった以上、瑠衣の教室に行くべきなんだろうけど……そこには瑠璃もいる。それは気まずい。
 さっき振ってきた人間がのこのこ昼飯を食べに教室に入ってきたら、どう思うだろう?

 僕が瑠璃の立場だったら、気まずすぎて飯の味がわからなくなる。
 でも、別に僕は、瑠璃のことが嫌いになったわけじゃない。むしろ……いまだに好きなままだ。
 ただ、瑠璃の考える恋人役と、僕が考えていた恋人関係に、大きな齟齬があっただけだ。
 意を決して、僕は弁当を持ち、瑠衣の教室へと向かった。



そこには瑠璃もいた。当然といえば当然だろう。瑠衣は毎回、瑠璃と共にお昼を食べているのだから……。
 気まずい空気が流れる。

「あ、豊花、来てくれたんだ?」

 瑠衣は嬉しそうな笑顔で僕を迎え入れてくれる。
 それに対して瑠璃は、端から見てもつくり笑いだとわかる、ぎこちない笑顔をこちらに向けながら「早く座れば?」と提案してきた。
 僕たちは昼御飯を食べていく。本当に一緒に食べる意味はあるのだろうか? と疑問を抱きたくなるくらい無心にもくもくと食べ続ける。

「姉さん、豊花、なにか、あった?」

 瑠衣は気まずい空気を読んだのか、はたまたなにも考えていないのか、僕たちの顔を交互に見たあと訊いてきた。

「べつに、なんでもないわよ」

 瑠璃は答える。

 僕も、「そうだよ。瑠衣が気にしすぎているだけだよ」と答えた。
 そう返すのだけで精一杯だった。
 やがて昼休み時間が終わりそうになり、僕たちはそれぞれ同時に瑠衣の教室から外へと出た。

「……豊花…………」

 今まで話しかけてこなかった瑠璃が、唐突に僕に対して声をかけ足取りを止めた。

「な、なに?」

 瑠璃の方を向くとーーその瞳は潤んでいた。

「振られるのって……こんなにも、心が痛むことだったのね……」
「……瑠璃」

 瑠璃は、明らかにショックを受けている様子だった。
 その様子を鑑みるに、ただ単に僕を縛るために恋人になっていたわけじゃないーー純粋に好きなひとに振られてしまったかのような悲しみを表情に浮かべていた。

「ごめん、忘れて。じゃ、またあとで」
「あ、瑠璃」

 急ぎばやに自分の教室に向かおうとする瑠璃に声をかけて一旦止まってもらう。

「今日からしばらく、一緒には帰れないんだ。ごめん」

 愛のある我が家の、仕事があるからーー。

「……わかった。ありがとう、伝えてくれて。それじゃ……」

 瑠璃は自身の教室へと入っていった。
 本当にこれでよかったのだろうか?

ーー豊花は瑠璃と恋仲になりたかったのではないか? なのになぜ、みずからそれを引き裂くようなことをする。瑠璃には飽きてしまった、というわけではないのであろう?ーー

 ああ。飽きてなんていない。
 いまだって、瑠璃のことは恋愛感情として好きなままだ。

ーーなら……。ーー

 でも、今の関係は違う。なにかが違う。
 これからが、僕の再スタートだ。
 瑠衣の友達だから、大切な人だから束縛するために恋人になった。言うことを聞かせるために彼女になったーーそんなこと、もう瑠璃には言わせないし、思わせない。

 僕は自身の力で、純粋に瑠璃に好きになってもらう。
 瑠璃に、僕という単体を好きになってもらう。
 それができたら、改めてーー恋人関係になるんだ。

 それがささやかな、僕の目標だ。
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