前代未聞の異能力者-自ら望んだ女体化だけど、もう無理!-

砂風

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第四章/杉井豊花(破)

Episode053/愛のある我が家(前)

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(87.)
 僕は瑠璃たちに別れを告げると、その足で帰宅するまえに愛のある我が家に向かった。
 今日から愛のある我が家に赴き、正規メンバーとして加入した僕は、裏稼業の仕事を手伝うことになったのだ。しかも、今週は毎日、学校帰りに行かなくてはならないハメになってしまっている。

 電車に乗り、数駅離れた川崎市の街に降り立った僕は、迷わず例のコンビニに入った。
 迷わず「299番」とレジで店員に告げると、特になにも言われることなくカウンターの中へと通される。
 以前よりも店員はさらに無表情のままだったのが気になるが、おそらく三回目になる僕の顔を見慣れたから、特別気にならなくなったのだろう。と、自己完結した。

 201号室のチャイムを鳴らすと、数秒足らずで玄関が開く。

「お待ちしておりました、豊花さん」

 沙鳥が玄関を開き僕を招き入れた。

「ど、どうも……」
「これ、渡しておきますね」

 と、なにやらこの部屋の鍵らしき物を手渡された。これからは自由に出入りしてくれということらしい。
 沙鳥は心中を読んだのか、こくりと頷き「一部の部屋以外はすべてその鍵で開くようになっておりますので、なくさないように注意してくださいね」と注釈した。

「あ、可愛い娘ちゃんーー豊花ちゃんじゃん。今日からわたしたちの仲間なんだってね! 仲良くしよう!」

 両の手のひらをわきわきさせながら、瑠奈は楽しげに言った。
 室内には、今のところ瑠奈と沙鳥しかいない。他のひとは何処かへ出かけているんだろうか?

「舞香さんは貸し金の回収、翠月さんは売春倶楽部の運営、澄さんは遠征しており不在、ゆきさんはソープで不祥事を働いたお客様を懲らしめに行っています。で、朱音さんは裕璃さんの様子を見に行ってもらっています。どうやら薬が切れると同時に激しく唸り錯乱したとのこと。頓服ではなく現在は常用薬を渡すためにも席を離れています」

 なるほど。皆それぞれ担当する仕事があるのだから当然といえば当然か。
 それにしても、やはり裕璃が落ち着いていられたのは、薬ーー抗不安薬(セルシン)のおかげであって、薬効が失せたら激しく錯乱する程の状態なのか……。

「さて、早速ですが、豊花さんには今日、瑠奈さんの仕事に付き添い、どのような活動をしているか見学してきてください。もちろん、協力できそうなら手を貸してもらってもかまいませんよ?」
「瑠奈の仕事……」

 覚醒剤の密売だっけ?
 早速、如何にも危険な初仕事がまわってきたものだ。
 とはいえ、暴力沙汰には一番ならなそうな仕事が初仕事だというのは、ある種ラッキーなのかもしれない。

「瑠奈さん、先ほど言ったとおり、きょうは不祥事を働いた売人の制裁と、いつもの半グレの売人のお客様に100gの覚醒剤を売りに向かってくださいね?」
「わかってるってばー。さとりんは心配性だなぁ。小さなおっぱい揉んじゃうよ?」
「……おっぱいがない貴女にだけは言われたくありませんね。さあ、もう時刻もとっくに四時を過ぎていますので、急いでください」

 ん……?

 なんか、今さっき不祥事を働いた売人への制裁とか聞こえなかったか?

 いやいや、最初に不祥事を働く客への制裁はゆきの仕事だと言っていたばかりじゃないか。きっと、なにかの聞き間違えだ。

「何時待ち合わせだっけ?」
「五時半、です」
「そんじゃ、先に売人へ違反した行為の罰を与えに行っても間に合うね! それじゃ早速行こう、豊花ちゃん」
「う、うん……」
「ちょっとお待ちください」と、玄関に向かおうとした僕を沙鳥が引き留める。「そのままの格好ではいろいろな意味で危険です。貴女の学校に犯罪者がいるなんて噂が立つかもしれませんし、写真でも撮られたら大変でしょう」

 沙鳥は言いながら、部屋の隅にある箪笥をごそごそ漁り、中からドレスのようにきらびやかなワンピースを取り出した。それをそのまま僕に投げ渡す。

「え? ええ!?」

 これを着て作業しろと?
 きらきら輝く美少女にしか似合わないような、漫画に出てくるかもしれないレベルの衣装に着替えろと!?

「はい、そのとおりです。さあ、ここには女性しかいません。気にせずさっさと着替えてください」
「…………はい」
「あと、こちらもお持ちください。護身具です」

 と、沙鳥からナイフも手渡された。なんだか最近、僕=ナイフの図式ができているようにしか思えない。とにかく万が一という可能性もある。僕は沙鳥からそれを受け取った。

 問題は……このファンシーなワンピース。

 着るのに抵抗を覚えるが、たしかに制服のまま行くのはまずい。とはいえ、既に急かされている最中、別の衣服の要求なんてする度胸、自分は持ち得ていない。
 だからしぶしぶ承諾し、瑠奈と沙鳥に見られながらも、僕は制服からきらびやかなワンピースに着替えたのであった。







(88.)
「まず最初の仕事は、覚醒剤に混ぜ物した挙げ句、愛のある我が家産だって謳って密売した奴のお仕置きーーって豊花ちゃん豊花ちゃん、聞いてる?」
「う、うん。聞いてるけど……」

 思った以上に恥ずかしい。心なしか、周囲のひとがたまに振り返り、こちらを二度見してくる頻度がいつもの五割増し以上に思える。
 おそらく原因は僕だけじゃないーー瑠奈も相当可愛い美少女だーーけど、そんな二人が仲良く歩いているからこそ、余計目立っているんじゃないだろうか。
 というか……。

「あのさ……空飛べば一瞬でつくんじゃないの?」

 愛のある我が家を出てから気になっていた事柄を僕は訊いた。

「まあ、そりゃそうなんだけど……さとりんから無造作に空を飛ぶなって言われてるんだよね。あまり空を飛んで移動しまくると目立つでしょう、ってさ。さとりんたら頭固いよね~」
「あはは……」

 たしかに、普段から上空を少女があっちへこっちへ飛んで移動していたら、一般市民の目にも、警察にも、異能力者保護団体にも、あれはなんだと疑われてしまうだろう。
 それにしても……やっぱり聞き間違えじゃなかった。
 まずはヘマした売人への制裁らしい。

 それから歩くこと十分弱、意外と近場にあるアパートのチャイムを瑠奈は鳴らした。
 しかし、チャイムを鳴らしても、一向に誰も出てくる気配がない。しかし中から男性が、なにかをぶつぶつ呟く声は聴こえている。誰かがいるのはたしかだ。
 居留守?
 それとも、瑠奈だとわかってあえて出ないつもりなのだろうか?

「はぁ……出てこい糞野郎!」

 瑠奈がいきなり怒鳴ったかと思うや否や、瑠奈は手刀をつくり、それを玄関にぶつける。左右上下に手刀を叩きつけたと思っていたら、それはガラガラと崩れ落ちた。いきなり玄関が左右上下に切り裂かれたのだ。
 部屋の中には、見知らぬ小汚ないおっさんがひとり。覚醒剤らしき物を小型のチャック付きビニル袋ーー通称パケに詰めている真っ只中だった。
 瑠奈はその男性を睨み付ける。

「な、なにをするんだ!?」

 男性は突然の出来事に怒り狂い、瑠奈を睨み返しつつ怒鳴り声をあげた。

「なにって、わたしたちの商品にふざけた真似をした奴を罰しに来たんだよ」

 瑠奈はキレ気味の口調で、男性にそう告げた。

「ふ、ふざけた真似……?」

 男性はなにを言われているのかわからないといった顔を数秒浮かべたあと、ハッとしたかのように顔色を青くする。

「苦情がこっちにまで来てるってわけ。てめぇ、許可なくうちのブランド名出した挙げ句、混ぜ物なんてつまらない真似しやがって。ケジメ付けなきゃいけないよな? ね、豊花ちゃん?」

 キレ気味の瑠奈に対して、僕は何と返事をすればいいのか困り、戸惑ったまま固まってしまう。
 これからいったいなにをするのだろうか?
 この男性に、いったいどのような罰を下すのだろうか?
 僕は困惑と好奇な目で情景をただただ見守る。

「ひっ……!」

 男性は小さな悲鳴を口から漏らし、ガタガタと震え始めた。
 瑠奈が恐ろしい人物だと承知しているのだろう。でなければ、中学生にしか見えない二人組相手に対して、こうも恐怖心を抱かないはずだ。
 相手の額から、冷や汗のような液体が流れ頬を伝い地面に垂れる。

 瞬間、男は瑠奈ではなく僕に向かって走り寄ってきた。
 どうやら瑠奈のことを知っていても、僕のことは見たことがない。だから、無害そうな僕を捕まえるか退かすかしようと考えたのだろう。
 直感が冴えてきた。僕を掴まえようと両手を伸ばそうとしているのがわかる。
 僕は男性の両手を素早く避けると同時にナイフを取り出し手に握る。そのナイフを、脅しのつもりで軽く振るう。

「……っ!」

 しかし、軽く当たってしまったようで、男性の右手から血液が滴り落ちる。

「さて、どんな制裁が必要だと思う?」

 僕は瑠奈に訊かれる。そんなこと言われても困る。まだ、なにがなんだかわからない。
 混ぜ物が発覚したことと、勝手に愛のある我が家の名前を使った罰が、いったいどの程度のものなのか未だに理解できていない。

 その様子を見ていた男は、再び僕に向かってやってくる。今度は玄関から外に飛び出そうと考えたのか、思い切り拳を大きく背後にやり、それを僕に向かって振り抜こうとした。
 直感がなくても、予知能力がなくても、どこを殴り飛ばそうとしているかバレバレな大振り。戦い慣れていないのだろう。ただ、再び切るのはあれだしなぁ……。
 少し考慮し、拳が来る位置にナイフの刃先を向ける。
 相手は驚き、とっさに拳を静止させた。今度はナイフが当たらずに済んだらしい。

 男は、何者なんだ? こいつは一体なんなんだ!?
 ーーそう言いたげに驚愕を露にする。

 そんな相手に対して瑠奈は「とりあえず、罰として二つ」ね? と短く相手に伝えた。
 瑠奈は狼狽して固まっている男の頭を無造作に掴むと、少女の姿からは想像できない腕力で男性を振り回し壁に頭を思い切り叩きつけた。
 寸刻、瑠奈から強い風が辺りに発生し、逃げ場を探す強風たちは玄関から外に吹き出していく。なるほど。精霊操術師の力ーー風の力を使って壁へと叩きつけたのだろう。その壁にはヒビが入っており、男性の頭が壁にめり込んでいるのではないかと心配になる威力。
 それを目の当たりにして、やっぱり瑠奈は怖いと意識に刷り込まれる。

 肝心の男性は、ピクピクとしながら血塗れで壁から離れ地面に仰向けで倒れ伏した。顔面が血で染まってしまっており、意識はほとんどないように見受けられる。
 そんな相手を瑠奈は軽く蹴飛ばした。

「もう二度とおまえにはネタを供給しないから。次にもし、愛のある我が家の名前を出してみろ?」瑠奈はさらに身体を足で踏みつけた。「おまえを、肉塊の達磨にしてやるから覚えとけ」

 瑠奈は、意識がまだあるのか、生きているのかすらわからない男性に向かって、キレ気味にそう告げる。

「さあ、さささっと次に行こー!」

 瑠奈はさっきまでの恐ろしい表情を柔和にさせて僕に言う。

「は、はい。いや、うん……わかった」

 もうここでの男性に対する制裁は終わったのだろう。瑠奈は一仕事終えた、といった顔つきをしながら壊れた……いや壊した玄関の敷居をくぐり外に出た。
 僕は惨状をチラ見したあと、すぐに瑠奈を追った。








(89.)
 今度の目的地は、なんと空を飛べなければ電車でしか辿り着けない場所。海芝浦駅に隣接する公園だという。
 なんていう面倒くさい場所指定。どうやら向こうも自宅および薬物の隠し場所は知られたくないらしく、定期的に依頼が来ると、毎回人出が少ない駅や土地を指定してくるらしい。
 なら愛のある我が家に呼べばすぐ済むのにと思ったが、愛のある我が家側もあまり住み処を知られたくないのだろうと推測できた。

「まったく、さとりんが許可してさえくれれば、あんな場所ひとっとびで着くのに~」
「ま、まあまあ落ち着いて……」

 瑠奈が言うには、沙鳥は『瑠奈さんが空を飛んでいいのは、警察に捕まりそうになったときと、緊急時だけです』と念を押されているようだ。
 川崎駅から乗り継いで鶴見線まで行く。終点が海芝浦と書かれた電車に乗り、少し時間が経過すると電車は走るのを再開した。

「海芝浦って、どんな場所なの?」
「えっと、駅から外に出られない駅」なんじゃらほい。「社員以外はね。海芝浦はあそこにある会社の為に作られたような駅だから、人出も少ない。近くに観光用に作られたと思わしき小さな公園があるんだけど、今回落ち合うのはその駅ってこと」
「はぁ……観光用に公園?」

 どのような駅なのか疑問は絶えない。
 これだけしか電車を乗り継いでいない場所にあるというのに、僕は今までそんな駅があるだなんて微塵も知らなかった。

 海芝浦駅に到着するとドアが開く。そこで目に映るのは、駅のホームの向こうを流れている海といくつもの工場だった。

「やっぱここは海に近いだけあって、風が心地良いね~」
「いやいやいや、近いってレベルじゃなくない!?」

 瑠奈は驚いている僕をよそに、ホームの先へと目指す。
 改札には関係者以外立ち入り禁止と書かれているが、その近くに一般人が立ち入りできる小さな公園のような場所が解放されていた。
 瑠奈はその中に入ると、禁煙と書かれていたような気がするのに、ベンチに座るなり煙草を取り出し口に咥えるとライターで着火した。

 うおお……似合わねぇ……。

 一見清楚に見える美少女の中学生が煙草を美味しそうにスパスパ吸う姿なんて、見たくはなかった。
 禁煙場所なのに、人が少ないからか、さして気にする様子を見せず、瑠奈はお世辞にも綺麗とは言い難い海を眺めながらタバコを吸いつづける。

 そこに、一瞬ギョッとするような怪しい黒いマスクで口と鼻を隠している、ヤンキー風の兄ちゃんが歩み寄ってきた。

「姐さんちっす。これ、今回の料金です」

 意外や意外、見た目では明らかにヤンキーのほうが厳ついのに、瑠奈に対してはへりくだって頭を下げている。

「豊花、180あるか確かめて。はい、ネタ」

 瑠奈は小さめの鞄の中から、周りからなにが入っているのか判断できない黒いビニール袋を差し出した。チラリと中を見ると、透明な結晶が相当数入っている。

「もうしまって帰っていいよ。ただし、金額が足りてなかったら容赦しないからね? 今さっきも混ぜ物しやがったクズ野郎の顔面を真っ赤に染め上げてきたところだし」
「き、肝に命じておきます。それでは……」

 僕は瑠奈とヤンキーが談話している最中、きちんと万札が180枚入っていることを確認した。

「瑠奈、きちんとあるよ」

 封筒の中には、きちんと180万円封入されていた。
 それを確認した僕は、瑠奈に伝えたのだ。

「わかった。そんじゃまた」

 瑠奈は既に駅構内に帰ろうとしているヤンキーに向かって、小さく手を振った。


「まだ電車は来ないことだし、ここで少しノンビリしようよ」と瑠奈に提案される。

 瑠奈はタバコを唇に挟むと、ぷらぷらさせながら煙草が一本だけ取り出し口から飛び出ている煙草のの箱を、僕に向かって差し出す。

 煙草のパッケージには、英語で平和と書かれており、その上にはオリーブの葉を咥えた小さな鳥の姿が描かれてた。背景の色は、ほとんど黄色と言っても間違いではない程度のクリーム色をしている。
 一本吸えと勧められているのだろうか……?

 いや、でも……。

「あの、ぼくまだ未成年だから……」

 と答える僕を見て、瑠奈は噴き出した。

「あはは! シャブの密売やったばかりなのに、煙草一本にビビるって度胸なさすぎじゃん! ほらほら、煙草くらい吸えないと、これからもっとつらい事に巻き込まれるかもしれないんだから、仕事になんかならないよ?」

 少しカチンと頭に来た。

 たしかに瑠奈の言うとおり、煙草なんかよりも、もっとヤバい仕事をこなしたばかりだ。
 煙草くらいなんだっていうんだ。みんな吸っている程度の物だろ?
 僕は意地になってしまい、瑠奈から差し出された煙草を一本だけ引き抜くと、それをそのまま唇に咥えた。

「そうこなくっちゃ!」

 瑠奈はライターを取り出して煙草の先端に火を点けるなり、深呼吸するように息を吸ってから吐いた。
 煙がもくもく辺りに広がり、やたらと煙くなる。
 それに……うーん、臭い。

「ほら、豊花ちゃんも」
「ちゃん付けはやめてほしいんだけど……」瑠奈からライターを手渡される。「ええっと、たしか」

 僕は瑠奈の真似をして、煙草を口に咥えたまま先端に火を点し、そのまま勢いよく煙を吸ってみた。

「ガファー!!?! ゲフォ!? ゲホゲホッ、ゲーッ! かはっ、かはっ、はーはー……な、なにこれウッ」しばらく咳き込む。「はぁはぁ……き、キッツい……頭がくらくらして、気持ち悪い……吐きそう……」

 喉から肺まで拒絶反応を示しているかのような衝撃が、一瞬で全身を駆け巡ったのだ。
 脳にまで到達し、頭がくらくらしていて、まともに力が入らない。
 濃いニコチン臭が口内にまんべんなく広まるなりへばりつき、煙草の味が消えてはくれず、次第に気持ち悪さは増していく。

「あーあ、考えてみれば、初めての相手に吸わせるような煙草じゃなかった。めんごめんご」
「は、初めての相手? ケホッ……初心者用、とか……はぁ、あ、あるの?」

 うう、口内のニコチン臭が消えなくて気持ち悪いままだ。吐き気すら覚えてくる。

「煙草ってさ、だいたい初めての人ならタール1mgのからはじめたほうがいいんだよ。ま、それでも気持ち悪くなることには違いないけど、さすがに今の豊花のレベルまで拒絶反応を示すのは、きっとこの銘柄のせいだと思う。重いやつだからね。悪かった! 許してちょんまげ!」

 謝罪にまったく誠意が感じられない。
 だいたい、ちゃんまげ、って……

 タール1mg……?
 なんだそれ?

 そういえば父親が愛用している銘柄を気まぐれで見たとき、6mgとか書かれていたっけ……。あれと同じくらいなのを吸わされたのではないか?

 だとしたら、1mgの六倍だぞ?
 キツいに決まっている!
 いきなりそんなにキツいのを渡してきたのかこの子は……あまりに酷い罠だ。

「一応、訊いておくけホゲホッ! ……はぁ、そ、それ……どれくらいタールが含まれて……いるの?」

 吐き気も気持ち悪さも口内の不味さも、治まることを知らない。
 
「え? なんmgだったっけ? えーっと」瑠奈は自分の煙草のパッケージを真横に立て、そこに書かれた文字をたしかめた。「あー……えっと、タール21mgだったわ」
「殺す気か!?」

 思わず突っ込んでしまった。
 ニコチン殺人事件でも起こす気か!?
 21mgなんて、もはや毒物じゃないか。
 一度も煙草など吸ったことのない相手に喫煙される銘柄としては、完全にミスチョイスだ。

 決めた。もう、決めた。

 二度と煙草なんて吸うものか!

 こんな気持ち悪くなるだけの毒物、どうして皆、好き好んでスパスパ吸っているのか更に理解できなくなった。

 禁煙席が増えたり完全禁煙になったり、喫煙スペースが縮小されたりーー当時は喫煙者も可哀想だなと少しは同情していたけど、瑠奈のせいで、そう思ったりすることは二度となくなるだろう。
 地球上全面禁煙スペースにすればいいんだ。こんなもの……。

「あっ、ほらほら、そろそろ電車が来る頃だから帰ろう。煙草に関しては謝るからさ」

 電車がそろそろ来るとのことで、腑に落ちないまま駅の構内に向かうことにした。

 うー……まだ頭がくらくらする。
 いつになったら、このニコチン臭は落ちるんだろう。
 早くジュースでうがいでもして、このこびりついた煙草臭をなくしたい。

「きょうはもう直帰でいいよ。仕事も終わったし」

 瑠奈は明るい表情のまま普段どおりに伝えてきた。
 ……あんな強烈な煙草毒物を吸いきったあとなのに、瑠奈はよくもまあ平然としていられるなぁ……。
 どうしてだろう? 
 体質かなにかが影響を及ぼしているのだろうか?

ーー瑠奈は外見上13、14歳くらいだが、実年齢は二十代半ばではなかったか? だから煙草が吸えるのかもしれない。ーー

 そうなの?

ーーいや、適当だ。正直、煙草に関する知識は0だ。しかし、瑠奈とやらは美味しそうに煙を吸っていたではないか。年齢か、それか慣れが必要なのであろう。ーー

 年齢か、慣れ……か。
 慣れてどうなるというんだ。なにもメリットがないじゃないか。
 まったく煙草のメリットがわからない。
 今度、父さんにでも訊いてみようかな……。
 でも、父親に煙草の質問なんてしたら、母親が、僕が煙草を吸いたがっている、と勘違いするかもしれない。
 父さん、母さん、安心してほしい。
 僕は金輪際、いや、一生煙草なんて吸わないから……。

 こうして、ようやく一日目の仕事の見学が終わった。

 やっと終わりなのか、と僕は心底安堵する。
 なぜだろう?
 普通の一日より、よほど時間が経つのが遅く感じられた。
 経験したことのない体験ばかりを繰り返していたからだろうか?

 朝は瑠璃と別れることになって、学校では豊花ちゃんという呼び名が広まっており、帰り道は愛のある我が家に直帰し仕事内容の確認、仕事その一でクズ売人(瑠奈命名)を血塗れに変え、今しがた他の半グレなのかヤンキーなのかわからないが、見知らぬお兄さんに覚醒剤を100g180万で売り付けた。
 どれもこれも、日常では体験できないことばかりだろう。

 途中までは瑠奈と帰り道(電車)が重なる為、気になったことを少し訊いてみることにした。

「あのさ……覚醒剤を100gを」
「こらこら、メッ!」

 瑠奈は人差し指を僕の唇に宛がい会話を止めた。

「外でネタを口にするときは、なるべく隠語を使うこと。特に電車の中とかだと、いつ誰に聴かれているかわかったもんじゃないし」
「隠語……っていうのは?」

 隠語……ニュースとかで多少は聞いた覚えがある。なにやら薬物を薬物だと悟らせない為に使う薬物の別名みたいな言葉だと。

「シャブやポンとか、アイスや冷たいのとか、雪やクリスタルが隠語かな」瑠奈はただし、とつづけた。「最初のシャブやポンは一般にも浸透してきているから使えないかな。アイスや冷たいのも結構有名。だからネタやクリスタルって呼ぶのが一番かな。特に今なら何のネタの話なのかわかるから、ネタって言葉でだいぶ通じるから、質問があるならネタに変換して喋ってね?」

 注意されてしまった。
 でもたしかに、人が少ないとはいえ電車内で覚醒剤なんて物騒な言葉は発するべきじゃなかった。
 僕は覚醒剤の部分をネタに変換して質問することにした。

「あのさ、訊きたいんだけど」
「うん」
「ネタを100g180万円で売人に売ってたじゃん? あれって向こうに利益出るものなの?」

 1g18000円って、薬物の相場がわからないけど高価すぎるのではないだろうか? 
 瑠奈は「本当は売人もプッシャーや押す人って略してほしいんだけど、まあいいか」と呟いたあと、きちんと答えてくれた。

「彼はわたしから買ったネタをいくらで売ると思う?」
「え……? 2万円とか?」
「バカだな~」バカにされてしまった。
「彼の売人なら、1g30000~40000円って値段で売り捌いているって言ってたよ」
「高っ!?」

 覚醒剤とはそんなに高い物なのか……。

「ちなみに、別の売人は25000円で売ることもある。その人には200gを300万で売っているからね。安く済むんだよ」
「え……人によって売る値段を変えてるの?」
「違う違う」

 瑠奈いわく、大量にまとめて買う相手には、量が増えるほど安く売るのだとか。

「さっきの売人が1g30000円で売ったとしよう。そしたら、100g×30000円で、300万円売り上げになる。わたしたちが180万円で売ったから、120万円の利益が出るって寸法かな」
「なるほど……」
「警察なんかが発表してる末端価格7万とかは、本当に末端の売人が売る価格だから。さっきの売人から30000円で購入したネタを、別の客を見つけて、さらに高い金額で売っていく。要するに、わたしたち卸売り業者から売人が仕入れて、その仕入れたネタをお客さんか」瑠奈は説明をつづけた。「別の末端の売人に売る。その末端の売人から、さらに末端の末端の売人が買うこともある。そうなってくると、最下層にいる売人の売るネタの価格は跳ね上がるってわけ」

 末端の末端の末端……果てしない話だ。

「まあ、この辺りじゃそんな末端は見かけないけど、大阪の西成とかに行けば、まだ末端の売人が立ちんぼしてたりするかもね。今は知らないけど」

 薬物の密売とはいっても、さまざまな事情があるらしい。
 それをきょう、瑠奈から教えてもらった。
 ……あまり詳しくなりたくないのに、要らない情報がインプットされてしまったのではないかと少しだけ後悔する。

「ま、ネタの話は置いといて、なにか楽しいお話をしよーう!」
「あ、うん」

 楽しい話のほうが遥かにマシだろう。
 今さっきまで犯罪行為に及んでいたことを忘れるように、電車内で他愛のない雑談を繰り広げた。

 やがて瑠奈の降りる駅に到着した。

「瑠奈はまだ愛のある我が家に残るの?」
「残るって言い方は正しくないかな? 帰宅するって言ってよ」

 瑠奈は愛のある我が家に帰宅するらしく、僕に「豊花ちゃん、また明日~!」と手を振り電車を降りた。

 愛のある我が家に帰宅する……?
 自分の家がないのだろうか?
 たしかに、瑠奈は元は異世界人、しかもルーナエアウラから生まれた存在といっても過言ではない少女。自宅なんてないのだろう、と予想がつく。
 ……結局、最後まで僕のことを『豊花ちゃん』と呼ぶのをやめてはくれなかった。

 まあ、別に気にすることじゃないか。
 僕もさっさと帰ることにしようーー。




 その日の夜、自宅で幾度うがいをしても、まったく煙草の臭いが口と鼻から消えてはくれず、柄にもなくイライラしていた。
 いつになったら、このニコチン臭さは消えてくれるんだよ!?

 と、キレてしまったのは、理由が理由なだけあって、誰にも言うことはできないだろう。わかりますね。
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剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

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ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

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