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第六章/平凡な非日常
Episode151╱薬物連鎖
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(216.)
蒼井 碧の家が何処にあるかを知らずに愛のある我が家から飛び出した私だったが、途方には暮れず、無事碧の住むと思われる二階建ての一軒家の前まで辿り着いていた。
私には力がある。
全力で碧の自宅を探すために久しぶりに能動的にちからをつかった。
まずは思考と唱え、碧の帰宅した方向から自宅の位置を推測、次に直観と唱え、勘で自宅の位置を割り出した。これで直観と口にしたのは二回目だが、どうやら直観だけは思考、感覚、感情よりも、直接唱えると莫大なちからを発揮するらしい。
口から出した瞬間、私は無意識で走っていても自然と向かうべき場所を理解していたらしい。気がつくと蒼井とネームプレートに掲げられた家の前に辿り着いたのだ。
チャイムを鳴らす。
しかし、しばらく待ってみても出てこない。
二階を見上げると窓ガラスが割れて空いていた。
なにがあったのだろうか?
ドアノブを捻ってもやはり鍵が掛かっており入れない。
……二階に上がれるような木もないし、そもそも貧弱なこのからだで登れるかどうかわからないから意味はない。
仕方ない。なにかあってからでは遅い。
私は庭に回り、縁側にある窓の前に立つ。
鍵のある位置でナイフを逆さまに向け、窓ガラスに底を強打した。ヒビが入り、数度打ち付けて割ることに成功。
手のひらにガラスの破片が刺さって少量出血したがどうでもいい。
手首を入れ解錠した。
窓を開け放ち中に侵入。
どうやら家族はひとりもいないらしい。
「碧! 碧ッ!」
瑠奈の悲鳴に似た叫び声が聴こえてきた。
私は急いで階段を駆け登り、声のしたーー窓ガラスが割れていた部屋のドアを勢いよく開けた。
「碧……?」
そこには、口から泡を噴いてベッドに踞っている碧の姿。近場にはなにかの薬のシートが数個、全て空だ。その碧を揺さぶっている瑠奈がいた。
「豊花!? 碧が! 碧は多分、そこにあるバルビツール酸系の睡眠薬をオーバードーズして気を失ってる!」
「バルビツール酸系の睡眠薬……? え、でも……」
たしか以前調べたときに、最近の睡眠薬は何錠飲もうが死ぬことはないように安全性が考慮されてるって情報を読んだ気がする。
なのに、今の碧はどうだ?
まるで死んだかのように青白い顔で昏睡している。
「今すぐ救急車呼んで! 手遅れになってからじゃ遅い! 私は携帯を忘れたからしばらく呼べなかった! おねがい!」
「わ、わかった!」
とにかく私は119番に連絡した。
『はい。119番消防です。火事ですか? 救急ですか?』
「きゅ、救急です! 救急車を至急おねがいします!」
『救急車が向かう住所、もしくは目印になるような建物を教えてください』
「目印目印……住所は……?」
私は部屋の机の上に置いてある財布を開き、保険証を取り出し住所を読み上げた。
『わかりました。具合の悪い方はおいくつですか? 男性ですか、女性ですか?』
「ええと……17歳の女性です!」
『その方は怪我ですか、病気ですか? 意識はありますか?』
くそっ、やり取りが煩わしい!
怪我でも病気でもない!
ええと!
「バルビツール酸系の睡眠薬を過剰摂取したらしく昏睡して意識がありません! 口から泡を噴いています! 早くしてください」
『落ち着いてください。その方の持病やかかりつけの病院はありますか?』
「わかりません!」
『あなたのお名前とお使いの番号を教えてください』
「杉井豊花、0X0-XXXX-XXXXです! 急いでください! 早くしないと手遅れになるかもしれないんです」
『はい。救急車を出動させますので、電話を切ってお待ちください』
通話を切り、碧に声をかけている瑠奈に駆け寄る。
「どうしてこんなことを碧はしたの? 覚醒剤に手を出したのはたしかに僕が悪いよ。でも睡眠薬までは売っていない!」
「予想になるけど、碧はうつ病もしくはうつ病に近い状態だった。鬱のひとが覚醒剤を使うと、クラッシューー覚醒剤が切れたときの気分の落ち込みは健常者のそれより酷い!」瑠奈は額の汗を拭った。「その不安定さは最悪の気分で、それからの逃れ方を知らない人間は死にたくなる! 普通のクラッシュなら睡眠導入剤を飲んで寝て起きればだいぶ回復はするんだけど、碧はクラッシュしたタイミングで絶望に駆られ、衝動的に危ない薬を過剰摂取したんだと思う」
危ない薬……さっきから気になっていたが、そんな危ない薬を普通処方するだろうか?
「あのさ、睡眠薬って普通は死ねないんじゃ……」
「それはベンゾジアゼピン系の睡眠薬の話! バルビツール酸系の睡眠薬っていうのは10倍ほど飲んだだけでも死ぬ恐れのある強力な昔の睡眠薬! どうしても眠れないひとにしか出されないし、普通の医師なら自殺の恐れがある精神病の人間には、出すのを躊躇うんだ……」
「強力な睡眠薬……舞香が言っていたフルニトラゼパムより?」
「そうだよ! なんでそんな危険な薬にまで頼ってるんだよ碧! 誰だよ! 未成年にバルビツール酸系を出したヤブ医者は!」瑠奈はこちらを振り向く。「未成年の女の子に危険な薬を平然と渡しやがった奴は誰なんだよ!? 言ってみろよ!!」
「……ごめん」
まさか、まさかこんなことになるとは思わなかった。
覚醒剤が自殺に繋がるなんて、これっぽっちも予想していなかったのだ。
「覚醒剤はね……売る相手を見極めなきゃいけないんだ……。わたしたちは相手が成人してれば死のうが自業自得だと考えて脳内で処理できる。だけど未成年は限度を知らない。知識がないんだよ。興味本意だけの人に売っちゃダメだよ……」
「ーーだって、沙鳥は知り合いでも私が判断して売るかどうか決めていいって言ってたんだ! 知らなかったんだよ! ここまで危ない物だったなんて!」
「言い訳するなッ! どうして友達にそんな酷いことができるのさ!?」
「碧が売ってくれって強く言うから! わからないよ……最近させられた仕事に、そこまで責任を取らされるなんて……」
わかっている。
私が悪いことは百も承知だ。
でも、私だけのせいなのか?
碧だって、沙鳥だって無責任じゃないか!
「覚醒剤の件については救急の隊員方に言うべきなの……? というか病院に覚醒剤についてバレれば通報されて、下手したら入手経路がバレて私も捕まるんじゃないの?」
「ここまで来て保身!? 自分の身のほうが大事だって言いたいの!?」
「違う! すぐに救急車を呼んだじゃないか! ただ気になるだけだ! 言うの? 言わないの!?」
瑠奈は顔を両手でしばらく覆うと深呼吸した。
激昂していた瑠奈は、少し落ち着きを取り戻した様子で口を開いた。
「べつに言う必要はない……碧が昏睡している理由はバルビツール酸系の過剰摂取によるものだし、それがわかっているのにわざわざ病院で覚醒剤を検査する必要はないはずだし、麻薬と違って覚醒剤は病院側に通報の義務もない。この年齢、精神科に通っている点から考えると、希死念慮による衝動的な自殺未遂に捉えられると思う。なにより碧自身も捕まっちゃう……」
「……わかった、言わないようにする」
そのとき、下から誰かの足音が聴こえてきた。
まずい!
誰かが帰ってきた!
「あおー? 今日の昼食チャーハンでいいー? ほいほいチャーハンっと」ガチャッと部屋の扉が開かれた。そこには、碧の母親らしきひとの姿。「あら、瑠奈ちゃん遊びに来ていたの? いらっしゃ……え……碧……? 窓が割れ……て……?」
「翠(みどり)さん! 碧が睡眠薬オーバードーズして昏睡してる!」
瑠奈と碧の母親ーー翠さんというらしいーーはどうやら面識があるようだ。
「ええー!? ちょっと碧! 碧! 碧しっかり!」
翠さんは悲鳴を上げながら碧に近寄る。
「いまさっき救急車は呼んだから、すぐ来ると思う!」
「碧! どうしてそんなことしたの!? 第一あなた睡眠薬なんて処方されてたの!?」
「……っ! まさか……!」
瑠奈は冷や汗を垂らしながら机の引き出しを次々に開けていく。
なにかを発見したらしく動きが止まった。
「ゾルピデムにトリアゾラム、フルニトラゼパムにニトラゼパムロルメタゼパムエスタゾラム! この睡眠薬の数は処方じゃ絶対に考えられない! だとしたら……碧……どうして睡眠薬まで裏で購入してたのさ……ッ! 言ってたのに……ちゃんと精神科に通って処方してもらってるって……嘘つき!」
「裏で購入……?」
「氷が裏で取引されてるように、睡眠薬を扱う売人もいるんだよ。大半は生活保護で病院代がかからないひとたちが精神科にかかり、睡眠薬を処方してもらって小遣い稼ぎをする……そういうやつらもいるんだよ」
瑠奈は翠さんがいるからか、覚醒剤というワードを途端に裏での呼び名ーー氷(こおり)ーーに変えて説明した。
「碧……ああ碧! どうしてそんなこと……! 最近お金を浪費してると思ったら、あなた睡眠薬なんて買っていたの!? バカッ……!」
そのときチャイムが鳴った。
翠さんは慌てて下に行き、救急隊の方を連れて上がってきた。
「わたしたちはもう出るから、翠さんは付き添ってあげて」
「え、ええ……ありがとう瑠奈ちゃん」
「……」
瑠奈は無言で立ち上がり、走り歩きで家から出た。
私も追うように外へと出た。
瑠奈は俯きながらふらふらと歩く。
しばらく歩くと、塀を思い切り拳で殴り付けた。
風のちからを使っていないのか、拳がもろにコンクリート塀に激突し、手から血が滴り落ちる。
「私が……もっとちゃんと止めるべきだった……早く気づいてあげて、薬を没収してでも止めるべきだった……!」
「瑠奈……」
と、前からチャラチャラした不良みたいな人間が二人歩いてきた。
瑠奈と私をじろじろ見たかと思えば立ち止まる。
「なになに? 君らなにしてはるの? 二人とも手から血ィ流しているじゃーん」
「おいおい相棒、ロリっ子にナンパですかー? たしかに二人ともきれいだけどよ、アハハ!」
「いやいや心配してるんだよ。だって二人揃って血ィ流してるってヤバすぎ案件じゃーん」
二人組は見た目と違い、本当に心配そうな顔をする。
と、瑠奈が腕を上方に突き出し、男の顔面を鷲掴みにした。
「ちょっ! 瑠奈ッ!」
「へ……?」
「ーーぁぁああああアアアアアアアッッッ!!」
瑠奈は男の頭を掴んだまま、思い切り振り回し後頭部を地面に叩きつけた。
ガンッーーと周囲に鳴り響くと、地面にヒビが入った。コンクリートに亀裂が走る。血が辺りに散らばった。風が辺りに吹き荒れる。
精霊操術の力をつかったのだとわかる。
「だっ!? がぁあああ!!」
「お、おい相棒!? なにしやがんだ!?」
瑠奈は倒れた男を再度蹴り飛ばし、再び顔面に手のひらを叩きつける。
「ねぇ知ってるか? わたしはひとがどれくらいやれば死ぬかを熟知しているんだよッ! 今のわたしは機嫌が最悪なんだよかったな瑠奈様に拷問される機会が与えられたぞ本当にやったなクソどもがぁぁああ!」
「瑠奈! 待って! そのひとは無関係だ! 本気で心配してくれてたじゃないか!」
「うるせェ黙ってろ! 今すぐなにも言わずに立ち去れば許してやる! だけど」瑠奈は男の人差し指を掴むと、意図も容易く骨を折った。「やるッてんなら死ぬまで24時間拷問コースだ! 総入れ歯ケッテイだ! やったなオイオイオイ!」
「ひぃいい!」
まずい。瑠奈が見たことないくらい暴走している!
瑠奈を背後から羽交い締めにし、なんとか倒れた男性から引き離す。
「今のうちに逃げてください!」
「ひぃいい!」
「あ、おい相棒!」
二人は全速力でこの場を立ち去った。
「瑠奈! 無関係のひとに八つ当たりしちゃダメだ! どうしても気が晴れないなら……私をぶてばいい! 気が済むまで殴り付けるといい! だけど他人はダメだ!」
「……豊花に裏切られて……碧にも裏切られた……なんなんだよ……クソ、クソクソ!」
瑠奈は数度地面を殴り付ける。さらに出血が酷くなる。下手したら折れているかもしれない。
やがて、少し落ち着いたのか、無言で歩き始めた。
私はなにも言えずに、瑠奈の後を追いかけ歩いたーー。
蒼井 碧の家が何処にあるかを知らずに愛のある我が家から飛び出した私だったが、途方には暮れず、無事碧の住むと思われる二階建ての一軒家の前まで辿り着いていた。
私には力がある。
全力で碧の自宅を探すために久しぶりに能動的にちからをつかった。
まずは思考と唱え、碧の帰宅した方向から自宅の位置を推測、次に直観と唱え、勘で自宅の位置を割り出した。これで直観と口にしたのは二回目だが、どうやら直観だけは思考、感覚、感情よりも、直接唱えると莫大なちからを発揮するらしい。
口から出した瞬間、私は無意識で走っていても自然と向かうべき場所を理解していたらしい。気がつくと蒼井とネームプレートに掲げられた家の前に辿り着いたのだ。
チャイムを鳴らす。
しかし、しばらく待ってみても出てこない。
二階を見上げると窓ガラスが割れて空いていた。
なにがあったのだろうか?
ドアノブを捻ってもやはり鍵が掛かっており入れない。
……二階に上がれるような木もないし、そもそも貧弱なこのからだで登れるかどうかわからないから意味はない。
仕方ない。なにかあってからでは遅い。
私は庭に回り、縁側にある窓の前に立つ。
鍵のある位置でナイフを逆さまに向け、窓ガラスに底を強打した。ヒビが入り、数度打ち付けて割ることに成功。
手のひらにガラスの破片が刺さって少量出血したがどうでもいい。
手首を入れ解錠した。
窓を開け放ち中に侵入。
どうやら家族はひとりもいないらしい。
「碧! 碧ッ!」
瑠奈の悲鳴に似た叫び声が聴こえてきた。
私は急いで階段を駆け登り、声のしたーー窓ガラスが割れていた部屋のドアを勢いよく開けた。
「碧……?」
そこには、口から泡を噴いてベッドに踞っている碧の姿。近場にはなにかの薬のシートが数個、全て空だ。その碧を揺さぶっている瑠奈がいた。
「豊花!? 碧が! 碧は多分、そこにあるバルビツール酸系の睡眠薬をオーバードーズして気を失ってる!」
「バルビツール酸系の睡眠薬……? え、でも……」
たしか以前調べたときに、最近の睡眠薬は何錠飲もうが死ぬことはないように安全性が考慮されてるって情報を読んだ気がする。
なのに、今の碧はどうだ?
まるで死んだかのように青白い顔で昏睡している。
「今すぐ救急車呼んで! 手遅れになってからじゃ遅い! 私は携帯を忘れたからしばらく呼べなかった! おねがい!」
「わ、わかった!」
とにかく私は119番に連絡した。
『はい。119番消防です。火事ですか? 救急ですか?』
「きゅ、救急です! 救急車を至急おねがいします!」
『救急車が向かう住所、もしくは目印になるような建物を教えてください』
「目印目印……住所は……?」
私は部屋の机の上に置いてある財布を開き、保険証を取り出し住所を読み上げた。
『わかりました。具合の悪い方はおいくつですか? 男性ですか、女性ですか?』
「ええと……17歳の女性です!」
『その方は怪我ですか、病気ですか? 意識はありますか?』
くそっ、やり取りが煩わしい!
怪我でも病気でもない!
ええと!
「バルビツール酸系の睡眠薬を過剰摂取したらしく昏睡して意識がありません! 口から泡を噴いています! 早くしてください」
『落ち着いてください。その方の持病やかかりつけの病院はありますか?』
「わかりません!」
『あなたのお名前とお使いの番号を教えてください』
「杉井豊花、0X0-XXXX-XXXXです! 急いでください! 早くしないと手遅れになるかもしれないんです」
『はい。救急車を出動させますので、電話を切ってお待ちください』
通話を切り、碧に声をかけている瑠奈に駆け寄る。
「どうしてこんなことを碧はしたの? 覚醒剤に手を出したのはたしかに僕が悪いよ。でも睡眠薬までは売っていない!」
「予想になるけど、碧はうつ病もしくはうつ病に近い状態だった。鬱のひとが覚醒剤を使うと、クラッシューー覚醒剤が切れたときの気分の落ち込みは健常者のそれより酷い!」瑠奈は額の汗を拭った。「その不安定さは最悪の気分で、それからの逃れ方を知らない人間は死にたくなる! 普通のクラッシュなら睡眠導入剤を飲んで寝て起きればだいぶ回復はするんだけど、碧はクラッシュしたタイミングで絶望に駆られ、衝動的に危ない薬を過剰摂取したんだと思う」
危ない薬……さっきから気になっていたが、そんな危ない薬を普通処方するだろうか?
「あのさ、睡眠薬って普通は死ねないんじゃ……」
「それはベンゾジアゼピン系の睡眠薬の話! バルビツール酸系の睡眠薬っていうのは10倍ほど飲んだだけでも死ぬ恐れのある強力な昔の睡眠薬! どうしても眠れないひとにしか出されないし、普通の医師なら自殺の恐れがある精神病の人間には、出すのを躊躇うんだ……」
「強力な睡眠薬……舞香が言っていたフルニトラゼパムより?」
「そうだよ! なんでそんな危険な薬にまで頼ってるんだよ碧! 誰だよ! 未成年にバルビツール酸系を出したヤブ医者は!」瑠奈はこちらを振り向く。「未成年の女の子に危険な薬を平然と渡しやがった奴は誰なんだよ!? 言ってみろよ!!」
「……ごめん」
まさか、まさかこんなことになるとは思わなかった。
覚醒剤が自殺に繋がるなんて、これっぽっちも予想していなかったのだ。
「覚醒剤はね……売る相手を見極めなきゃいけないんだ……。わたしたちは相手が成人してれば死のうが自業自得だと考えて脳内で処理できる。だけど未成年は限度を知らない。知識がないんだよ。興味本意だけの人に売っちゃダメだよ……」
「ーーだって、沙鳥は知り合いでも私が判断して売るかどうか決めていいって言ってたんだ! 知らなかったんだよ! ここまで危ない物だったなんて!」
「言い訳するなッ! どうして友達にそんな酷いことができるのさ!?」
「碧が売ってくれって強く言うから! わからないよ……最近させられた仕事に、そこまで責任を取らされるなんて……」
わかっている。
私が悪いことは百も承知だ。
でも、私だけのせいなのか?
碧だって、沙鳥だって無責任じゃないか!
「覚醒剤の件については救急の隊員方に言うべきなの……? というか病院に覚醒剤についてバレれば通報されて、下手したら入手経路がバレて私も捕まるんじゃないの?」
「ここまで来て保身!? 自分の身のほうが大事だって言いたいの!?」
「違う! すぐに救急車を呼んだじゃないか! ただ気になるだけだ! 言うの? 言わないの!?」
瑠奈は顔を両手でしばらく覆うと深呼吸した。
激昂していた瑠奈は、少し落ち着きを取り戻した様子で口を開いた。
「べつに言う必要はない……碧が昏睡している理由はバルビツール酸系の過剰摂取によるものだし、それがわかっているのにわざわざ病院で覚醒剤を検査する必要はないはずだし、麻薬と違って覚醒剤は病院側に通報の義務もない。この年齢、精神科に通っている点から考えると、希死念慮による衝動的な自殺未遂に捉えられると思う。なにより碧自身も捕まっちゃう……」
「……わかった、言わないようにする」
そのとき、下から誰かの足音が聴こえてきた。
まずい!
誰かが帰ってきた!
「あおー? 今日の昼食チャーハンでいいー? ほいほいチャーハンっと」ガチャッと部屋の扉が開かれた。そこには、碧の母親らしきひとの姿。「あら、瑠奈ちゃん遊びに来ていたの? いらっしゃ……え……碧……? 窓が割れ……て……?」
「翠(みどり)さん! 碧が睡眠薬オーバードーズして昏睡してる!」
瑠奈と碧の母親ーー翠さんというらしいーーはどうやら面識があるようだ。
「ええー!? ちょっと碧! 碧! 碧しっかり!」
翠さんは悲鳴を上げながら碧に近寄る。
「いまさっき救急車は呼んだから、すぐ来ると思う!」
「碧! どうしてそんなことしたの!? 第一あなた睡眠薬なんて処方されてたの!?」
「……っ! まさか……!」
瑠奈は冷や汗を垂らしながら机の引き出しを次々に開けていく。
なにかを発見したらしく動きが止まった。
「ゾルピデムにトリアゾラム、フルニトラゼパムにニトラゼパムロルメタゼパムエスタゾラム! この睡眠薬の数は処方じゃ絶対に考えられない! だとしたら……碧……どうして睡眠薬まで裏で購入してたのさ……ッ! 言ってたのに……ちゃんと精神科に通って処方してもらってるって……嘘つき!」
「裏で購入……?」
「氷が裏で取引されてるように、睡眠薬を扱う売人もいるんだよ。大半は生活保護で病院代がかからないひとたちが精神科にかかり、睡眠薬を処方してもらって小遣い稼ぎをする……そういうやつらもいるんだよ」
瑠奈は翠さんがいるからか、覚醒剤というワードを途端に裏での呼び名ーー氷(こおり)ーーに変えて説明した。
「碧……ああ碧! どうしてそんなこと……! 最近お金を浪費してると思ったら、あなた睡眠薬なんて買っていたの!? バカッ……!」
そのときチャイムが鳴った。
翠さんは慌てて下に行き、救急隊の方を連れて上がってきた。
「わたしたちはもう出るから、翠さんは付き添ってあげて」
「え、ええ……ありがとう瑠奈ちゃん」
「……」
瑠奈は無言で立ち上がり、走り歩きで家から出た。
私も追うように外へと出た。
瑠奈は俯きながらふらふらと歩く。
しばらく歩くと、塀を思い切り拳で殴り付けた。
風のちからを使っていないのか、拳がもろにコンクリート塀に激突し、手から血が滴り落ちる。
「私が……もっとちゃんと止めるべきだった……早く気づいてあげて、薬を没収してでも止めるべきだった……!」
「瑠奈……」
と、前からチャラチャラした不良みたいな人間が二人歩いてきた。
瑠奈と私をじろじろ見たかと思えば立ち止まる。
「なになに? 君らなにしてはるの? 二人とも手から血ィ流しているじゃーん」
「おいおい相棒、ロリっ子にナンパですかー? たしかに二人ともきれいだけどよ、アハハ!」
「いやいや心配してるんだよ。だって二人揃って血ィ流してるってヤバすぎ案件じゃーん」
二人組は見た目と違い、本当に心配そうな顔をする。
と、瑠奈が腕を上方に突き出し、男の顔面を鷲掴みにした。
「ちょっ! 瑠奈ッ!」
「へ……?」
「ーーぁぁああああアアアアアアアッッッ!!」
瑠奈は男の頭を掴んだまま、思い切り振り回し後頭部を地面に叩きつけた。
ガンッーーと周囲に鳴り響くと、地面にヒビが入った。コンクリートに亀裂が走る。血が辺りに散らばった。風が辺りに吹き荒れる。
精霊操術の力をつかったのだとわかる。
「だっ!? がぁあああ!!」
「お、おい相棒!? なにしやがんだ!?」
瑠奈は倒れた男を再度蹴り飛ばし、再び顔面に手のひらを叩きつける。
「ねぇ知ってるか? わたしはひとがどれくらいやれば死ぬかを熟知しているんだよッ! 今のわたしは機嫌が最悪なんだよかったな瑠奈様に拷問される機会が与えられたぞ本当にやったなクソどもがぁぁああ!」
「瑠奈! 待って! そのひとは無関係だ! 本気で心配してくれてたじゃないか!」
「うるせェ黙ってろ! 今すぐなにも言わずに立ち去れば許してやる! だけど」瑠奈は男の人差し指を掴むと、意図も容易く骨を折った。「やるッてんなら死ぬまで24時間拷問コースだ! 総入れ歯ケッテイだ! やったなオイオイオイ!」
「ひぃいい!」
まずい。瑠奈が見たことないくらい暴走している!
瑠奈を背後から羽交い締めにし、なんとか倒れた男性から引き離す。
「今のうちに逃げてください!」
「ひぃいい!」
「あ、おい相棒!」
二人は全速力でこの場を立ち去った。
「瑠奈! 無関係のひとに八つ当たりしちゃダメだ! どうしても気が晴れないなら……私をぶてばいい! 気が済むまで殴り付けるといい! だけど他人はダメだ!」
「……豊花に裏切られて……碧にも裏切られた……なんなんだよ……クソ、クソクソ!」
瑠奈は数度地面を殴り付ける。さらに出血が酷くなる。下手したら折れているかもしれない。
やがて、少し落ち着いたのか、無言で歩き始めた。
私はなにも言えずに、瑠奈の後を追いかけ歩いたーー。
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