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第七章╱杉井豊花(急)
Episode181╱精霊操術師②
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(269.)
久しぶりにかび臭いボロアパートの一室の前に、私はアリーシャと朱音と共に到着していた。
アリーシャがなにかを唱えると、目の前には隠れた部屋が登場する。
「どうぞ、お入りください~」
アリーシャに言われ、靴を脱ぎあまり周りをじろじろ見ないように室内に入った。
「!?」
「アリーシャ! 何度言えばわかるんだ! ゴミは出しなよ!」
朱音が激怒するのも無理はない。憤怒するのも致し方ない。
驚愕だ。驚嘆だ。恐怖だ。
以前に赴いたときよりもさらにゴミの山が散乱しているじゃないか!
「大丈夫ですよ~。魔法円にはゴミは棄てていませんのでご安心くださ~い」
「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……」
早く父と母の仇を打ちたい気持ちが自意識以上に興奮しているらしく、やるならやるで素早く修行して両親、加奈子や雪の新規メンバーの無念を晴らしたいのだ。
「では魔法円に入ってください。向こうでは頼み込んで魔女序列1位のお方に訓練をお任せておりますので、仲良くしてあげてくださいね」
私は気になる言葉を聞き流しつつ、素直に魔法円に入った。
「ボクがいなくちゃ現実世界に戻れなくなるじゃないか」
そりゃそうか……。
まあ、朱音も戦闘に特化した異能力者じゃない。異世界にいたほうが安全だろう。
今回はアリーシャはついてこないらしい。
まあ、朱音の話を聞くと、転移場所の住人はやさしい方の部屋らしいし、なにをしてほしいのかも事前に朱音が説明してくれているという。
(270.)
空間が歪み、暑さと寒さが同時にやってくる奇妙な感覚を覚える。もうこれで三回目。さすがにこの歪な感覚にも慣れてきた。
私は一瞬瞬きする。
直後、目の前には白い壁が現れた。
「あなたが話に出ていた杉井豊花ね? 朱音も久しぶり」
「久しぶり。いきなりの頼み事をしてごめんなんだけど、定期的に様子を見に来てもいいかな? もしも豊花が帰ることになったらボクが必要になるからね」
背後から朱音とアリーシャの声が聴こえて思わず振り返る。
そこには、以前にも増して可愛さが上昇しているルーナエアウラさんが佇んでいた。
なるほど、上位二名の精霊操術師が亡くなったから、繰り上げでルーナエアウラさんが序列一位になったのか。
見た目だけなら瑠奈とためを張るだろう。しかし性格や立ち振舞いは、瑠奈の惨敗だ。
「はい。そうです。実はこのような事件が発生してしまいまして……ちからを着けたくて参りました」
「事件? なにかあったのかしら?」
「それは……」
私はことの顛末をなるべく詳細に説明をした。
おそらく、異能力者の犯罪者が恨みで愛のある我が家のアジトに巨大な十字架を降らせて壊滅させられたこと。そこで偶然狙いのど真ん中にいた新規二名の異能力者が殺害されてしまったこと。
それにより愛のある我が家がアジトとして使えなくなり、皆それぞれ相手の出方を伺うためホテルなどにバラけて情報を集めていること。
そして何より……私の両親がふざけた十字架により殺された末、マンションも半壊されて住める場所がなくなってしまったこと。
それらをひとつひとつを朱音と私で丁寧に説明した。
「酷い連中もいるものなのね」ルーナエアウラさんは一息つくと会話をつづけた。「これからあなたに精霊操術師として育てるつもり、期限はなるべく一ヶ月。才能次第だけれどね。通常ならそんな短期間で正式な精霊操術師になれるわけがないんだけど……まあ、やっぱりあなたの才能次第では可能かもしれないし」
えっ!?
一ヶ月も滞在するの!?
聞いたかもしれないが、頭には入っていなかった。
「才能次第……が、がんばります!」
「その心意気だけは素晴らしい。じゃあまずは室内で精霊操術師について学んでもらって、マナを操る方法を教えるわ」ただし。「マナはあなたの住んでいる世界には存在しないの。だからなるべくこっちでマナを可能なかぎり集めてもらって、無駄遣いはしないのを約束してねーーこっちの世界ならマナは腐るほどあるから気にしなくても大丈夫だけど」
「まずは精霊操術師がどうやって精霊操術を扱うかレクチャーすることから始めるわね?」
「はい」
今回ばかりはきちんとメモ帳を持参している。
沙鳥に怒られてからは、なるべく持ち運べるようにしているのだ。
「話の腰を折って悪いんだけど、ボクはそろそろ帰るよ。またあとで定期的に来るからよろしくね」
「了解。また今度会いましょう」
とだけ言い残すと、朱音は姿を消した。
「じゃあ話のつづきからするわね。まず、精霊操術師を目指す初期段階は、マナを全身隈無く集めることからはじめるのよ」
「あの……マナの集め方というのは?」
「後々説明するから、今は成り立ちをきちんと覚えておいてね」
こうして比較すると、いくら姿が似ているとはいえ、ルーナエアウラさんのほうが遥かにやさしいし、穏和な雰囲気が漂っている。
瑠奈にも見習ってほしいな……。
「マナをある程度集めてコントロールできることになれたら、今度は精霊または大精霊と契約を交わすの。これに関しては相性もあるから大精霊と契約するのは難しいかもしれないけど、単なる精霊であれば、マナさえ操れれば契約を交わしてくれると思うわ」
「マナを集める、マナを操る、精霊と契約するーーこの流れであっていますか?」
聞くだけだと、そこまで難易度が高い訓練とは思えなかった。
「この世界の住民ならマナを集めるのは造作もないんだけど、あなたは異世界人だから、マナを操るのが一番難度が高いかもしれないわね」
「なるほど……じゃあ、まずはマナを集める方法を教えてくれませんか?」
「了解したわ。最初は初歩の初歩。今から説明する方法を教えるから、私の真似をしてみてちょうだい」
ルーナエアウラさんは両手の手のひらをあと少しで手のひらが当たりそうな位置で固定した。
それを広げたり閉じたりする。
「マナが集まった合図として、開くときや閉じるときにやや弱めにちからを感じて両手が離れなくなったり、逆に閉じにくくなったりしたらマナが集まっている証拠だから。試しにやってみて。これは魔女序列どころか、下級の魔女もできて当たり前の訓練だから、あまり難しく考えないで試してみて」
「わ、わかりました」
ルーナエアウラさんの真似をするように、両側の手のひらの間を少し空けて、マナが集まるイメージを想起した。
それをしばらくしたのち、試しに両方の手のひらをくっつけようとする。
だが、少しちからがかかっており、閉じるのになかなか苦労した。
「これでいいんでしょうか?」
「うん。それで十分。あなたにはマナが目視できないかもしれないけど、微弱なマナは手のひらの中心にきちんと集まっているわよ」
「ありがとうございます! 次はなにをすればいいんでしょうか?」
ルーナエアウラさんは逡巡したあと、次のステップに行くか、と独り言を発した。
「手のひらに集まったマナを、今度は顔、首、肉体、両腕、両足、手のひら、足の先に分散させてみて?」
「全身にマナを分散? マナが見えないのにそんなことできるんですか?」
「慣れよ慣れ。最初はマナが集まっている手のひらで全身をなぞって、マナを全身に蓄えるの」
「……やってみます」
ルーナエアウラさんの説明が若干わかりにくいが、言われたどおり、全身をマナを集めた手で撫でていく。
「どうですか?」
「うーん。説明不足だったかしらね。マナを移す際は、移す箇所に手のひらに溜めたマナを当てた箇所にマナが吸収するようなイメージをしながらやるの」
ルーナエアウラさんはお手本のように、手のひらにマナを集めて、素早く全身を愛撫した。
マナが見えなくてもわかる。ルーナエアウラさんの雰囲気が幻想的な感じに捉えられたからだ。
「早く両親の仇、愛のある我が家の仲間の仇を取るためにも、なるべく急いで習得したいのですが……」
「今は精霊操術師になる訓練の最中、もしかしたら仇はあなたの仲間さんが打倒してくれているかもしれないわよ? さあ、早く早く」
ルーナエアウラさんに言われたとおり、まずは手のひらにマナを集める。
「手のひらをなるべく広げて、おにぎりを作るみたいにマナを丸めてみてみて。まるで手のひらの中にボールがあるような錯覚ーーいやマナの感じが伝わるから」
「やってみます」
両方の手のひらで集まったであろうマナを、いろんな角度から確かめ、たしかにボールをにぎっているような錯覚を覚えた。
「その調子その調子。次はそのマナをからだ中に循環させるように手のひらを腕や足、胴体に触り、そこでマナを吸収させるようにイメージしながら全身にマナを流れさせて」
この動作が一番難しい……。
こんなちまちました作業をつづけていたら、愛する両親の仇が逃亡してしまうかもしれないのに。
しかし、今は教わる立場。文句を言えるわけがない。
ルーナエアウラさんだって、なるべく最短で精霊操術師になれるよう頑張ってくれているのだから。
「お、ところどころマナが欠けてるけど、やっぱり女の子だけあって上達は早いわね」
「え? 男性には向かないんですか?」
元が男だから心配になってくる。
けど、今は完全に女の子になってしまったんだし、ルーナエアウラさんも上達が早いと誉めてくれた。
「基礎的なマナの扱いしか教えていないけど、並大抵の敵対者には対処できるようになるから頑張ってね」ルーナエアウラさんは少し悩んだ表情を浮かべた。「……実はマナを操るなかで二番目に重要かつ、やり方も難しいんだけど、これをできないと精霊操術師とは呼べないんだよね。覚悟はいい?」
「覚悟ならとっくのとうに決まっています」
ふつふつと、早く両親を殺害した相手を無惨に絶望を味わわせたい感情がどうしても芽生えてきてしまう。
たったひとりの両親なんだ。怒りが混じるのは致し方ないだろう。
今更ながら涙を流しそうになるが、それはグッと抑え込んだ。
「マナを操る重要な必須事項があるんだけど、元から異世界に帰還するあなたには、マナを貯蔵する術も覚えなければならないの」
マナを操る……?
今のではダメなのだろうか?
「次に教えるのは、手のひらを使わずに、戦う最中に瞬時に全身にマナを纏う訓練が必要になるの」
「ええ!?」
手のひらを使わずにマナをためろだって!?
やっとこさ全身を隈無く触り、マナを集めたというのに、そんなこと可能なのだろうか?
「コツは手のひらを使いマナを集めたときの全身バージョン。どんなシチュエーションでも一気に全身にマナを集めるのよ」
「そ、そんなこと急に言われても……」
「まだまだ先は長いんだから文句は言わない。できるようになるまで見張っていてあげるから、さっさとチャレンジしてみなさい」
「は、はい……」
まずは慣れた手のひらでマナを集めて……次は手のひらを当てずにマナを全身に集める。
予想以上に難しい。精霊操術師とやらは皆、このような難度の高い訓練をしているのだろうか?
「手のひらに集めたときの感覚を全身にやるだけなの。慣れるまでは大変だけど、慣れたらすぐに使えるようになるわ」
「慣れろって言われても……」
全身に隈無くマナを集める。
両腕、両足、胴体、頭ーーいくらイメージしても、手のひらで感じたマナは感じ取れない。
ーーあれから何時間経過したのだろうか?
「ようやく出来たわね。時間はかかっているけど、きちんとマナがからだを循環しているわ。上出来よ」
「なんだか不思議というか不気味というか、不快な感覚が全身を巡っているんですが……」
「それがマナを集められた証拠よ。これも慣れで気にしなくなるわ」
次にやるべきことを、ルーナエアウラさんは説明をはじめた。
「精霊操術師だって、常にマナを体内に循環しているわけじゃないの。ならどうしているのか。こっちの世界ではそこら辺にマナがうようよしているから無意味な技術だけど、マナが薄い地域や、マナのないあなたの世界では、常に心臓にマナを溜めているの。で、いざ戦闘モードになったら、精霊操術の種類によって、一瞬で必要分マナを心臓からマナを放出するのよね」
「マナを……心臓に集める?」
「そう。これが難関その二。試しに心臓にマナを移行してみて」
言われたとおり、全身に巡っているマナを心の臓に集まるように誘導して溜めていく。自惚れかもしれないが、なんだかマナを自在に操れるような気がしてきてしまう。
「上手いじゃない! 心臓はマナを閉じ込める重要な器官だから亡くさないように気をつけてね」
……心臓がなくなったら、マナ云々のまえに死んでしまうのでは?
そう考えたが、むやみやたらに突っ込むのをやめにした。
「さて、ここまでできたら、とりあえず今日は就寝して、次回は精霊を探して契約をしにいくよ?」
「あ、はい」
いままで気にしていなかったが、気がついたら窓辺からお月様がこんにちはしていた。
ルーナエアウラさんは自分のベッドに潜り込むと、私に手招きしてきた。
「悪いんだけど、私の部屋にはベッドがひとつしかないから、寝苦しいかもしれないけど許してね」
と、元男性の私に大きめのベッドに寝転がったのである。
元男だと知らないからか、やはり年頃の女子と眠るのは未だに抵抗感がある。
「い、いや、私はベッドね真横のカーペットで寝るから気にしないで」
「えー。よく硬い地面で寝る気になれるわね。もしかして私のこと嫌いなの?」
「いや、そうじゃなくてですね……とにかく床で寝るので、朝起きたら教えてください」
それだけ言葉にすると、私は床に横になってまぶたを閉じた。
……なかなか眠れない。
どうしても無惨に殺された愛する両親のことについて考えてしまう。
もしも私が愛のある我が家に入らなければ、ターゲットとして狙われなかったかもしれないと考えると、泣きたくないのに、ぼろぼろと涙が頬を伝い流れ落ちていく。
ーー私には慰めることはできないが、今の豊花は笑っていても瞳は笑っていない。悔しいのはわかるが、豊花の手で仇を打つんであろう? だったら、泣くのは復讐を果たしてからでいいだろう?ーー
うん……。
ユタカにも慰められてしまった。
なんて情けないのだろう。
どうしても、明るい家族のことが頭を過る。
唯一助かったのが、裕希姉だけは亡くならずに九死に一生を得られたことくらいだ。
そもそも今の私の異能力でも勝てるかもしれないが、精霊操術師になれば、多人数でもひとりで相手をほふることが可能になるかもしれない。
明日からも、ルーナエアウラさんに頼み込んでまでお願いした訓練を真面目に聞いて身に付けよう。
そう決心を新たにして、私は浅い眠りに落ちていくのであった。
久しぶりにかび臭いボロアパートの一室の前に、私はアリーシャと朱音と共に到着していた。
アリーシャがなにかを唱えると、目の前には隠れた部屋が登場する。
「どうぞ、お入りください~」
アリーシャに言われ、靴を脱ぎあまり周りをじろじろ見ないように室内に入った。
「!?」
「アリーシャ! 何度言えばわかるんだ! ゴミは出しなよ!」
朱音が激怒するのも無理はない。憤怒するのも致し方ない。
驚愕だ。驚嘆だ。恐怖だ。
以前に赴いたときよりもさらにゴミの山が散乱しているじゃないか!
「大丈夫ですよ~。魔法円にはゴミは棄てていませんのでご安心くださ~い」
「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……」
早く父と母の仇を打ちたい気持ちが自意識以上に興奮しているらしく、やるならやるで素早く修行して両親、加奈子や雪の新規メンバーの無念を晴らしたいのだ。
「では魔法円に入ってください。向こうでは頼み込んで魔女序列1位のお方に訓練をお任せておりますので、仲良くしてあげてくださいね」
私は気になる言葉を聞き流しつつ、素直に魔法円に入った。
「ボクがいなくちゃ現実世界に戻れなくなるじゃないか」
そりゃそうか……。
まあ、朱音も戦闘に特化した異能力者じゃない。異世界にいたほうが安全だろう。
今回はアリーシャはついてこないらしい。
まあ、朱音の話を聞くと、転移場所の住人はやさしい方の部屋らしいし、なにをしてほしいのかも事前に朱音が説明してくれているという。
(270.)
空間が歪み、暑さと寒さが同時にやってくる奇妙な感覚を覚える。もうこれで三回目。さすがにこの歪な感覚にも慣れてきた。
私は一瞬瞬きする。
直後、目の前には白い壁が現れた。
「あなたが話に出ていた杉井豊花ね? 朱音も久しぶり」
「久しぶり。いきなりの頼み事をしてごめんなんだけど、定期的に様子を見に来てもいいかな? もしも豊花が帰ることになったらボクが必要になるからね」
背後から朱音とアリーシャの声が聴こえて思わず振り返る。
そこには、以前にも増して可愛さが上昇しているルーナエアウラさんが佇んでいた。
なるほど、上位二名の精霊操術師が亡くなったから、繰り上げでルーナエアウラさんが序列一位になったのか。
見た目だけなら瑠奈とためを張るだろう。しかし性格や立ち振舞いは、瑠奈の惨敗だ。
「はい。そうです。実はこのような事件が発生してしまいまして……ちからを着けたくて参りました」
「事件? なにかあったのかしら?」
「それは……」
私はことの顛末をなるべく詳細に説明をした。
おそらく、異能力者の犯罪者が恨みで愛のある我が家のアジトに巨大な十字架を降らせて壊滅させられたこと。そこで偶然狙いのど真ん中にいた新規二名の異能力者が殺害されてしまったこと。
それにより愛のある我が家がアジトとして使えなくなり、皆それぞれ相手の出方を伺うためホテルなどにバラけて情報を集めていること。
そして何より……私の両親がふざけた十字架により殺された末、マンションも半壊されて住める場所がなくなってしまったこと。
それらをひとつひとつを朱音と私で丁寧に説明した。
「酷い連中もいるものなのね」ルーナエアウラさんは一息つくと会話をつづけた。「これからあなたに精霊操術師として育てるつもり、期限はなるべく一ヶ月。才能次第だけれどね。通常ならそんな短期間で正式な精霊操術師になれるわけがないんだけど……まあ、やっぱりあなたの才能次第では可能かもしれないし」
えっ!?
一ヶ月も滞在するの!?
聞いたかもしれないが、頭には入っていなかった。
「才能次第……が、がんばります!」
「その心意気だけは素晴らしい。じゃあまずは室内で精霊操術師について学んでもらって、マナを操る方法を教えるわ」ただし。「マナはあなたの住んでいる世界には存在しないの。だからなるべくこっちでマナを可能なかぎり集めてもらって、無駄遣いはしないのを約束してねーーこっちの世界ならマナは腐るほどあるから気にしなくても大丈夫だけど」
「まずは精霊操術師がどうやって精霊操術を扱うかレクチャーすることから始めるわね?」
「はい」
今回ばかりはきちんとメモ帳を持参している。
沙鳥に怒られてからは、なるべく持ち運べるようにしているのだ。
「話の腰を折って悪いんだけど、ボクはそろそろ帰るよ。またあとで定期的に来るからよろしくね」
「了解。また今度会いましょう」
とだけ言い残すと、朱音は姿を消した。
「じゃあ話のつづきからするわね。まず、精霊操術師を目指す初期段階は、マナを全身隈無く集めることからはじめるのよ」
「あの……マナの集め方というのは?」
「後々説明するから、今は成り立ちをきちんと覚えておいてね」
こうして比較すると、いくら姿が似ているとはいえ、ルーナエアウラさんのほうが遥かにやさしいし、穏和な雰囲気が漂っている。
瑠奈にも見習ってほしいな……。
「マナをある程度集めてコントロールできることになれたら、今度は精霊または大精霊と契約を交わすの。これに関しては相性もあるから大精霊と契約するのは難しいかもしれないけど、単なる精霊であれば、マナさえ操れれば契約を交わしてくれると思うわ」
「マナを集める、マナを操る、精霊と契約するーーこの流れであっていますか?」
聞くだけだと、そこまで難易度が高い訓練とは思えなかった。
「この世界の住民ならマナを集めるのは造作もないんだけど、あなたは異世界人だから、マナを操るのが一番難度が高いかもしれないわね」
「なるほど……じゃあ、まずはマナを集める方法を教えてくれませんか?」
「了解したわ。最初は初歩の初歩。今から説明する方法を教えるから、私の真似をしてみてちょうだい」
ルーナエアウラさんは両手の手のひらをあと少しで手のひらが当たりそうな位置で固定した。
それを広げたり閉じたりする。
「マナが集まった合図として、開くときや閉じるときにやや弱めにちからを感じて両手が離れなくなったり、逆に閉じにくくなったりしたらマナが集まっている証拠だから。試しにやってみて。これは魔女序列どころか、下級の魔女もできて当たり前の訓練だから、あまり難しく考えないで試してみて」
「わ、わかりました」
ルーナエアウラさんの真似をするように、両側の手のひらの間を少し空けて、マナが集まるイメージを想起した。
それをしばらくしたのち、試しに両方の手のひらをくっつけようとする。
だが、少しちからがかかっており、閉じるのになかなか苦労した。
「これでいいんでしょうか?」
「うん。それで十分。あなたにはマナが目視できないかもしれないけど、微弱なマナは手のひらの中心にきちんと集まっているわよ」
「ありがとうございます! 次はなにをすればいいんでしょうか?」
ルーナエアウラさんは逡巡したあと、次のステップに行くか、と独り言を発した。
「手のひらに集まったマナを、今度は顔、首、肉体、両腕、両足、手のひら、足の先に分散させてみて?」
「全身にマナを分散? マナが見えないのにそんなことできるんですか?」
「慣れよ慣れ。最初はマナが集まっている手のひらで全身をなぞって、マナを全身に蓄えるの」
「……やってみます」
ルーナエアウラさんの説明が若干わかりにくいが、言われたどおり、全身をマナを集めた手で撫でていく。
「どうですか?」
「うーん。説明不足だったかしらね。マナを移す際は、移す箇所に手のひらに溜めたマナを当てた箇所にマナが吸収するようなイメージをしながらやるの」
ルーナエアウラさんはお手本のように、手のひらにマナを集めて、素早く全身を愛撫した。
マナが見えなくてもわかる。ルーナエアウラさんの雰囲気が幻想的な感じに捉えられたからだ。
「早く両親の仇、愛のある我が家の仲間の仇を取るためにも、なるべく急いで習得したいのですが……」
「今は精霊操術師になる訓練の最中、もしかしたら仇はあなたの仲間さんが打倒してくれているかもしれないわよ? さあ、早く早く」
ルーナエアウラさんに言われたとおり、まずは手のひらにマナを集める。
「手のひらをなるべく広げて、おにぎりを作るみたいにマナを丸めてみてみて。まるで手のひらの中にボールがあるような錯覚ーーいやマナの感じが伝わるから」
「やってみます」
両方の手のひらで集まったであろうマナを、いろんな角度から確かめ、たしかにボールをにぎっているような錯覚を覚えた。
「その調子その調子。次はそのマナをからだ中に循環させるように手のひらを腕や足、胴体に触り、そこでマナを吸収させるようにイメージしながら全身にマナを流れさせて」
この動作が一番難しい……。
こんなちまちました作業をつづけていたら、愛する両親の仇が逃亡してしまうかもしれないのに。
しかし、今は教わる立場。文句を言えるわけがない。
ルーナエアウラさんだって、なるべく最短で精霊操術師になれるよう頑張ってくれているのだから。
「お、ところどころマナが欠けてるけど、やっぱり女の子だけあって上達は早いわね」
「え? 男性には向かないんですか?」
元が男だから心配になってくる。
けど、今は完全に女の子になってしまったんだし、ルーナエアウラさんも上達が早いと誉めてくれた。
「基礎的なマナの扱いしか教えていないけど、並大抵の敵対者には対処できるようになるから頑張ってね」ルーナエアウラさんは少し悩んだ表情を浮かべた。「……実はマナを操るなかで二番目に重要かつ、やり方も難しいんだけど、これをできないと精霊操術師とは呼べないんだよね。覚悟はいい?」
「覚悟ならとっくのとうに決まっています」
ふつふつと、早く両親を殺害した相手を無惨に絶望を味わわせたい感情がどうしても芽生えてきてしまう。
たったひとりの両親なんだ。怒りが混じるのは致し方ないだろう。
今更ながら涙を流しそうになるが、それはグッと抑え込んだ。
「マナを操る重要な必須事項があるんだけど、元から異世界に帰還するあなたには、マナを貯蔵する術も覚えなければならないの」
マナを操る……?
今のではダメなのだろうか?
「次に教えるのは、手のひらを使わずに、戦う最中に瞬時に全身にマナを纏う訓練が必要になるの」
「ええ!?」
手のひらを使わずにマナをためろだって!?
やっとこさ全身を隈無く触り、マナを集めたというのに、そんなこと可能なのだろうか?
「コツは手のひらを使いマナを集めたときの全身バージョン。どんなシチュエーションでも一気に全身にマナを集めるのよ」
「そ、そんなこと急に言われても……」
「まだまだ先は長いんだから文句は言わない。できるようになるまで見張っていてあげるから、さっさとチャレンジしてみなさい」
「は、はい……」
まずは慣れた手のひらでマナを集めて……次は手のひらを当てずにマナを全身に集める。
予想以上に難しい。精霊操術師とやらは皆、このような難度の高い訓練をしているのだろうか?
「手のひらに集めたときの感覚を全身にやるだけなの。慣れるまでは大変だけど、慣れたらすぐに使えるようになるわ」
「慣れろって言われても……」
全身に隈無くマナを集める。
両腕、両足、胴体、頭ーーいくらイメージしても、手のひらで感じたマナは感じ取れない。
ーーあれから何時間経過したのだろうか?
「ようやく出来たわね。時間はかかっているけど、きちんとマナがからだを循環しているわ。上出来よ」
「なんだか不思議というか不気味というか、不快な感覚が全身を巡っているんですが……」
「それがマナを集められた証拠よ。これも慣れで気にしなくなるわ」
次にやるべきことを、ルーナエアウラさんは説明をはじめた。
「精霊操術師だって、常にマナを体内に循環しているわけじゃないの。ならどうしているのか。こっちの世界ではそこら辺にマナがうようよしているから無意味な技術だけど、マナが薄い地域や、マナのないあなたの世界では、常に心臓にマナを溜めているの。で、いざ戦闘モードになったら、精霊操術の種類によって、一瞬で必要分マナを心臓からマナを放出するのよね」
「マナを……心臓に集める?」
「そう。これが難関その二。試しに心臓にマナを移行してみて」
言われたとおり、全身に巡っているマナを心の臓に集まるように誘導して溜めていく。自惚れかもしれないが、なんだかマナを自在に操れるような気がしてきてしまう。
「上手いじゃない! 心臓はマナを閉じ込める重要な器官だから亡くさないように気をつけてね」
……心臓がなくなったら、マナ云々のまえに死んでしまうのでは?
そう考えたが、むやみやたらに突っ込むのをやめにした。
「さて、ここまでできたら、とりあえず今日は就寝して、次回は精霊を探して契約をしにいくよ?」
「あ、はい」
いままで気にしていなかったが、気がついたら窓辺からお月様がこんにちはしていた。
ルーナエアウラさんは自分のベッドに潜り込むと、私に手招きしてきた。
「悪いんだけど、私の部屋にはベッドがひとつしかないから、寝苦しいかもしれないけど許してね」
と、元男性の私に大きめのベッドに寝転がったのである。
元男だと知らないからか、やはり年頃の女子と眠るのは未だに抵抗感がある。
「い、いや、私はベッドね真横のカーペットで寝るから気にしないで」
「えー。よく硬い地面で寝る気になれるわね。もしかして私のこと嫌いなの?」
「いや、そうじゃなくてですね……とにかく床で寝るので、朝起きたら教えてください」
それだけ言葉にすると、私は床に横になってまぶたを閉じた。
……なかなか眠れない。
どうしても無惨に殺された愛する両親のことについて考えてしまう。
もしも私が愛のある我が家に入らなければ、ターゲットとして狙われなかったかもしれないと考えると、泣きたくないのに、ぼろぼろと涙が頬を伝い流れ落ちていく。
ーー私には慰めることはできないが、今の豊花は笑っていても瞳は笑っていない。悔しいのはわかるが、豊花の手で仇を打つんであろう? だったら、泣くのは復讐を果たしてからでいいだろう?ーー
うん……。
ユタカにも慰められてしまった。
なんて情けないのだろう。
どうしても、明るい家族のことが頭を過る。
唯一助かったのが、裕希姉だけは亡くならずに九死に一生を得られたことくらいだ。
そもそも今の私の異能力でも勝てるかもしれないが、精霊操術師になれば、多人数でもひとりで相手をほふることが可能になるかもしれない。
明日からも、ルーナエアウラさんに頼み込んでまでお願いした訓練を真面目に聞いて身に付けよう。
そう決心を新たにして、私は浅い眠りに落ちていくのであった。
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空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
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『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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