神斬りの大英雄

ニロクギア

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プロローグ

プロローグ①

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「フハハハハハ!!死ね死ね!!矮小な人類…いや、ブタどもは死ねばいい!!フハハハハ!!」

 月世歴859年。

 圧倒的な闇の力。人の力とは大きくかけ離れた力を振るう、地上に有るすべての生命に仇なす『禍つ神』と呼ばれる存在が現れた。

 世界の混乱を望む悪名高き宗教団による神降ろしに応え降臨した悪神は、地上に存在する生命を狩りつくす。

 この未曾有の事態に対処するため、人類は世界中から強者を集め、存亡をかけた戦いを繰り広げていたが、神と人。人から外れた力を前に劣勢を強いられていた。

 大陸のおおよそ8割の国が消えたころ、『禍つ神』は大陸の南端にある、この世界を管理していると言われる月の女神の聖地へと足を向けた。

 人類はこの聖地を守護してきた国を世界最終防衛ラインとして、強大な力への対抗を続けていた。だが、劣勢を覆すことができない中…戦いは最終局面を迎える。


「く…くそ…これが…神の力…なのか…」

「笑えませんね…。確かに私たちの攻撃は当たっているはずなのに…」

「あぁ…。全く効いてるように見えねぇ…。どうすれば対抗できる??」

 今、「禍つ神」の前に立つ者たちは世界最高峰に位置する強者だ。彼、彼女らはこの世界に住むすべての命の希望といっていい。そんな力を持った者でさえ、大きなダメージを負い、立っているのがやっとの状態だ。

 各国から1人、多種族の中の英雄として選ばれた実力者が選抜され、その中で女神の加護を受けた10名の実力者たちを勇者と呼ぶ。
 
 だが、『禍つ神』は涼しい顔で英雄、勇者たちをあしらっていく。なにしろ、初めて神と呼ばれる存在が現れたのだ。世界中の知者、賢者によって講じた対策も全て役には立たなかった。

 世界中から招集された英雄は38人。その数を8名、残る勇者は3名となっていた。防衛戦に集結した精鋭、万を超える軍勢は、わずかに数百人を残すのみとなっている。

「ふん…これが人類か…。なかなかにこざかしいではないか。お前達の魔術や剣など所詮は児戯。人類なんぞ余が力を得るための餌に過ぎんのだから諦めよ」

 不敵な笑みを浮かべ、『禍つ神』が指をはじくと、一陣の邪悪な風が戦場を通りぬけた。闇の力がたっぷりと込められた神が持つ覇気である。

 悪神とはいえ、神の力の一端。残った兵たちは一瞬で精神に異常をきたし、意識を刈り取られる。英雄でさえ腰が抜け、震えながらしゃがみこんだ。勇者も抵抗するのがやっとで、皆、膝を片膝をつき、息は荒い。

(どうすればいい…どうすればこの悪神に勝てる…)

 最優と言われる、太陽神の加護を持つ勇者は考える。悪神を打倒する道を。その眼光はまだあきらめていないが、自分の力を駆使しても現状を打破する一手をイメージすることができなかった。

(あの方がこの戦場に出てこれていれば…あるいは…)

 脳裏に浮かぶは、月の女神の聖地を守護する戦士団…その集団をまとめる世紀の大剣豪と呼ばれる剣士。そして太陽の勇者が唯一師と仰ぎ、家族のように敬った人物。

 この世界では珍しい魔術を行使するための魔力を持たない得意体質だが、月の女神がもたらしたと言われる「月華」という太刀を佩き、数多の大魔獣を討伐した実績を持つ。

 しかし、すでに齢82を数え、長く床に臥せっているということだった。

(いや。考えるまい。もう良いお年だ…。私たちでなんとか打開策を…)

「何をぼーっとしている。…いや、もうよい。お前らが人類の最高戦力だというのであれば、これで終わりにしよう」

『禍つ神』は右手を掲げ、右手に邪悪な闇の力が集まっていく。この場に存在するもの一瞬で消し去ることができそうなほどの、濃密な闇だ。

「来るぞ!!!!立てるか?みんな!?」

 太陽の勇者は振り返るが声はない。他の者たちは俯き、息を荒げる。立ち上がる力すら無いようだ。

「まだだ…俺達が倒れれば誰がこの世界を守るんだ…!!!」

 力を振り絞り、生き残った者たちを守るため、大きく障壁を展開する。太陽の勇者は『禍つ神』を見据え、一言「負けてたまるか!!!」と吠える

「その意気やよし。お前の顔くらいは覚えておいてやろう。"宵闇ノ炎熱シャドウフレア"」

『禍つ神』は右手を振ると日の光さえ届かないほどの真っ暗な炎が、勇者達に襲い掛かる。その炎は重く、冷たい。

「ぐぅぅぅ…ま…負けて…たまる…か…!!!!引くわけには…!!!!!うおおおおお!!!!!」

 残った力を全て放出し、耐える。だ炎の圧力に負け、障壁には罅が入り、あえなく砕け散った。

(これまで…か)

 太陽の勇者は最期を覚悟し、闇の炎が彼らを飲み込もうとしたその時、一筋の白い閃光が走り、闇の炎が割れ、霧散した。

 そこには右手には白く刀身が輝く刀を握る、白い装束に身を包んだ老人が立っていた。

「やれやれ…最期くらいはゆっくり寝かせてもらいたかったもんじゃがの」

「…!?師父…!?まさか、どうしてここに?!貴方は長く臥せっていらっしゃると…!!…ぐっ」

 驚きとともに、力を絞りだしたため、太陽の勇者は思わず膝をつく。刀を鞘に納めながら、師父と呼ばれた老人は勇者の前にしゃがみ、語りかける。

「よう頑張ったの。月の女神様が儂を呼んだのかもしれんな。なぜか体が動いたのじゃよ。どうやらここが儂の死に場所のようじゃ。」

 カカカと老人は笑い、肩に手を置いた。その手はやせ細り、強者のそれではない。だが、なぜかとても心強い温もりを感じた。

「申し訳ありません…。俺は…俺たちはあの悪神に対抗すらできず…沢山の国が滅び…数多の命を散らしました…」

 まだ戦いは終わっていない。気力もなくなっていないはずだ。だが、彼の瞳から大粒の涙が溢れる。老人はひ孫ともいえる歳の彼を落ち着かせるようにやさしくポンポンと頭を2度叩く。

「お主らは全力を尽くしたのであろう。儂も長く寝ておってすまなんだ。…あとは儂に任せなさい。」

 二人のやりとりを『禍つ神』は冷ややかに見つめていた。その瞳に怒りを湛えながら。

「老いぼれ…お前は何者だ…。余の炎に何をした」

「何、難しいことはしとらんよ。ただ斬っただけじゃ」

 老人は立ち上がり、『禍つ神』をまっすぐ見据える。死も間近に迫った人間のそれではなく、気力に満ちた瞳だ。

「なん…だと…?」

「儂が持つ刀…月華はちょい特殊でな。魔力を消すことができるんじゃ。いや…消す、というよりも、"喰らう"といった表現のほうが良いかのう」

 老人は優しく刀の柄をなでる。月の女神がこの世界にもたらしたと言われる名刀『月華』。

 災厄を退ける守り刀として、代々聖地の守護者に受け継がれてきた武器。決して刃こぼれはせず、折れもせず、錆もしない、永遠を生きる刀と言われていた。

 人を斬ることはできないが、「魔核」を核とし生まれる魔獣や、魔に属する存在に対して十全の力を発揮するのであった。

 これまで老人と共に、聖地を荒らす魔獣や、異界よりの侵入者に対してその力を振るってきた。

 この刀は魔力を喰らうため、魔力を持つ者には扱うことができない。魔力を持たない体質だからこそ使える刀であった。

 そして、魔力を持たない体質こそ、秘された月の女神の加護といってもよかった。この性質は代々の継承者のみに伝わるものである。

「儂が寝ておる間にやりたい放題やってくれたようじゃのぅ。悪神よ。」

「ふん。たった一人の老いぼれが出てきて何ができる。あのクソ女神の加護を持っているとはいえ…見たところ、立ってるのがやっとようだ」

「…まぁそうじゃのう。お主と違い儂は人じゃからのう。歳には勝てぬものじゃ。」

 老人の体は長期間、床にあったことで全身の筋力は衰えており、こうして戦場に駆け付けることができたこと自体が奇跡と言っていい。

「じゃが…、これからを生きる若者たちに道を切り開くのは年長者の役目じゃ。儂の命の最後をもって、お主を止めてやろう」

『禍つ神』はあきれたように額に手を当て、ふぅと一息吐く。多少は他と違う力があるようだが、所詮は老人でしかないものは虫以下の小石にも及ばない。

 ただひねり潰すのみの状況になんの面白みも感じなかった。

「興が覚めたわ…。女神への嫌がらせはもう終いだ。余の全力をもってこの場所を、この世界を…消し去ってくれるわ…!!!!」

『禍つ神』はゆっくりと腕大きく回転させながら、右手を頭の上に、左手を膝の間に置き、腰を下げて構えを取る。

 体から大量の、邪なる魔力が溢れだし、両手には"宵闇ノ炎熱"よりも深く、昏い暗黒の球が出現。周りの溢れた魔力を吸い込んでいる。

「儂も奥の手を出させてもらおうかの」

 ゆっくりと老人は腰を落とし、居合いの構えを取る。「精霊憑依」と唱え、大きく息を吸ってはゆっくりと吐き出す。一呼吸、二呼吸と重ねるたび、体は淡い光を帯び始める。

 これは老人は編み出した奥の手。研鑽の果てにたどり着いた精霊の力を行使する秘奥義。精霊の力を取り込み、一時的に最盛期の肉体を再現し、『月華』を媒介に、すべてを切り裂く斬撃を放つ。彼が長い年月をかけて生み出した。

 月の聖地に存在する精霊が一体…また一体、老人の体に入りこみ、弱った体に力を与えていく。皮膚は張りを取り戻し、顔や肉体は老齢のそれから青年の肉体へと変化していく。

 そして髪の毛、瞳は金色の輝きを放ち始めた。

 この世界には精霊の力を借り受け、行使するものはいる。しかし、魔力に満たされた肉体を持つ者には、その力を体に取り込むなんてことはできない。

 なぜなら、魔力が存在する体に精霊の力を同時に取り込もうとすると、肉体が持つ許容範囲を超えてしまい、爆散してしまう。

 老人は魔力を持たない。だからこそ精霊の力を取り込むことが可能になった。

 もちろん、精霊の力を借りるには代償がある。それは、己の生命力を精霊に与えるということだ。彼はこの秘奥義を人生で2度使った。

 そのどちらも、ギリギリまで力を使ったことで数か月、生死の境を彷徨ったのであった。精霊に生命力を吸われてなお、この年まで生きていれたのは奇跡に近いといえる。

 死に体の残り少ない自分の命でこの技が使えるかどうかはわからなかった。しかし、精霊たちは『禍つ神』を排除するため、力を貸してくれるようだ。

 そして、もう命の心配をする必要もない。可能な限りの力を込める。

 悪神と、年を重ねた老齢の人。いや、老人は今やピーク時の時の肉体を取り戻し、二人の間には黒と白、魔と精霊の力が激しく渦巻いている。その様子を見た『禍つ神』は眉をしかめる。

「その力…うっとおしいことこと上ないではないか。あのいけ好かないクソ女神め。余を排除するためだけにこやつを送り込んできたか。」

 嫌悪感を隠さず言い放つ。女神へのその憎悪は両手の集まっている力をさらに強大なものへと変換していく。

「よかろう。月の女神の加護を持つ人間…使徒よ。余を排除できるものならやってみるがいい!余は『禍つ神』!!!世界を滅ぼす…神だ!!!!!!」

 それに応えるかのように男も名乗る。

「…月守慎之介。参る」

『禍つ神』解き放たれる黒の奔流は大波のように襲い掛かる。慎之介は右足に力をこめ、大地を蹴り一閃。

 視界を埋め尽くす黒の大波に横一文字の白い閃光が走ると、上下に分かれ、切られた部分から霧のように消えてく。

「な!!!!馬鹿な!!!!」

『禍つ神』は驚愕の表情を浮かべる。

「この世界より去るがよい。悪神よ」

『禍つ神』の眼前に現れた慎之介は、即座に袈裟切り、返す刀で『禍つ神』を2つに切り裂いた。

「馬鹿な…馬鹿な馬鹿な、馬鹿なぁぁぁぁ…!!!余は…余は全てを滅ぼすか…み…」

 それは一瞬の出来事。ゆっくりと『禍つ神』の体が崩れていく。女神への憎悪を吐き出しながら。

一方、慎之介の体はすでに老人のそれに戻っており、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。右手に握られた、決して折れることはないはずの月華の刀身は粉々になっていた。

(そうか…月華の後継が現れなかったのに得心がいった。儂はこの時のために生きながらえておったのだな…)

 慎之介は充足した表情でその生涯を終えた。









 …


 …


 …すけ…


 "…しん…の…すけ…"

 声が聞こえる。どこか懐かしいような、それでいて畏怖を感じる女性の声。

(儂を…呼…ぶのは…誰…じゃ…)

 儂は死んだはずでは…?と疑問が浮かぶ。体の感覚はもうない。目は開かず、耳も聞こえない、声も出ない。広がるは闇の世界。だが、言葉が聞こえる。

 "…慎之介。世界に現れた異分子、邪なる神を退けていただき深くお礼を。私の今の力ではあなたを戦場へ送りだすことで精いっぱいでしたが…役割を果たしてくれたことに安心いたしました"

(まさか…貴女は、月の女神…様…?)

 問いに答えが返ってくることはなく、"これまでの研鑽を見込みお願いがあります"と切り出される。儂は死を迎えたはずというのに、何をお願いするというのか。

 "邪神とはいえ、神に届いたその力量。貴方の磨き、鍛えられた魂をこれより異なる世界へ送ります。そこでさらに力を磨きなさい。そして…"

(…? そして?)

 数秒ほどの沈黙。

 "…私を殺してください"

 その瞬間、慎之介の意識は闇の中に落ちていった。
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