神斬りの大英雄

ニロクギア

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1章『始まり』

2話

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 ルーヴァルはこの森の上位に位置する魔獣の子だけであって、儂たちの移動速度にも十分ついてくる。
 戦う力はまだ足りないが、さすがは雷を司る魔獣だなと感心してしまった。

 途中でルーヴァルの戦闘訓練や、彼の食料の調達の意味合いもあり、少し積極的に魔獣を狩りながら進んでいたが、ソットリス関門までの道程は順調に進んでいた。

 6日ほどの時間が経過し、ソットリス関門まであと2日ほどという距離まできたころ、先頭を張り切って進んでいたルーヴァルの耳が何かをとらえたようで、急に立ち止まりきょろきょろし始めた。

 "…け…てぇ…"
 "…ォォォォン"

 よく耳を澄ませると、人の声のようなものと、それに混じるように魔獣の咆哮のようなものがが聞こえる。

「ウル、聞こえた?この近くに誰かいるかもしれない」

「聞こえたのだわ!ちょっと待つのだわ…。人間の気配が複数と…これは…結構大型の魔獣の気配だわっ!こんなところにこの大きさの子がいるなんて非常に珍しいのだわ!…あっちなのだわ!」

 比較的森の奥にいる魔獣の気配があるらしい。そして、なぜか人間がいる状況とのことで、急いだほうが良いかもしれない。

「人がいるのなら見捨てて行くわけにはいかない。行くよ!霊迅強化・軽!」

 体の敏捷性を最大まで引き上げ、ウルが示した方向へと走り出す。ウルとルーヴァルも後ろをついてくる。木々の間を猛スピードで駆け抜けていくと泣き声や悲鳴、魔獣の咆哮がどんどん大きくなってくる。木々が焼けているのか、焦げた匂いがあたりを漂っている。

「ぐあぁぁ!!!」

「まって…た…す…け…」

「なんだこの魔獣は!強すぎる!!聞いて無いぞこんな…あぎゃぁ!」

「うわぁぁぁぁ!!」「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 走り抜けた先には少し開けた場所で、そこには6本の腕を持つ魔獣が立っていた。

巨猿鬼ガルゴンエイプじゃない!」

 魔獣は猿に似た顔をしており、筋肉質でかなり大きな体格、そして何より特徴的なのは丸太のような6本の太い腕。

 巨猿鬼ガルゴンエイプと呼ばれた獣は3人の頭を掴んでおり、その瞬間、バキャッと握り潰した。6本の腕のうち4本に、人間の体がだらんとぶら下がっている。あたりには20人弱はいたであろう人の亡骸が転がっている。

 巨猿鬼の前にはひっくり返った荷車と檻があり、檻の中には子供が2人いる。その表情は恐怖におびえ、引きつっている。巨猿鬼は手に持っていた死体を投げ飛ばし、檻を壊そうと巨大な腕を振りかぶる。まずい!

「ウル!飛ばしてくれ!」

 ウルは状況を即座に理解し、準備してくれていたようだ。直後に背中から強い風が吹き、ものすごい勢いで巨猿鬼の元へ飛ばされる。
 その勢いのまま、振り下ろされる腕を斬り飛ばす。巨猿鬼は一瞬、何が起こったのかわかっていなかったようだが、腕を切り飛ばされたことに気づくと腕を上げ、大きな咆哮と共に後ろへ数歩よろめく。

 儂はその隙に檻を背に立つと、巨猿鬼の動きを注視しながら、檻の中に子供たちに「無事か?」と声をかける。

「あ…あ…」

 あまりの恐怖に少女のほうは声が出ないようだが、少年が首を縦に振る。なんとか大丈夫そうだ。よかった。
 一旦、巨猿鬼をこの檻から離してウル達に任せるか。「霊迅強化」と唱え、巨猿鬼の懐に瞬時に飛び込み、思い切り腹を蹴り飛ばす。

「ウル、ルーヴァル!!この子たちを頼む!」

「お安い御用だわ!!」「ワウ!」と少しお気楽な返事が届いた。よし。ではこの魔獣をさっさと片付けてしまおう。

 巨猿鬼は憎悪に満ちた目で儂を睨んでいる。ウルは知っているようだが、儂はこの森にきて初めて見る魔獣だ。右腕が2本切り落とされたにも関わらず体中に力が溢れていて、この森の中でもなかなかの強者であることは間違いない。

 雄たけびを上げながら巨猿鬼が殴りかかってくるが、頭に血が上っているのか、大振りでよく見える。右からの振り降ろしを刀の背で受け流す。左からくる突きをかわし、突き出された腕を斬り落とし、腹に蹴りを入れる。

 再びたたらを踏んで下がる巨猿鬼。この隙を逃さず間合いを一気に詰め、左下から右上に一気に切り裂く。
 巨猿鬼の体が二つに割れ、目から光が消えると、倒れて動かなくなった。強い魔獣は手ごわく執念深い。念のため首を落とし、剣についた血を振り落とし、鞘に納める。

「終わったのだわ?」

「あぁ。あの子たちはどうだい?だいぶ怯えていたようだけど」

「最初は怖がってたけど、巨猿鬼を倒したから安心したみたいなのだわ。檻から出してあげて、今はルーが相手しているのだわ~」

 ウルが指さした先を見ると、金髪の男の子と女の子がこちらをじっと見ている。ルーヴァルは女の子にギュッと抱きしめられていた。目が合うと2人は深々とお辞儀をした。

 戦いの後、周辺に散らばっている遺体を集め、ウルの魔法で焼く。1体や2体なら埋めるだけでも良いが、今回は少し数が多すぎた。そのままにしていたら血の匂いを嗅ぎつけて魔獣が集まってくるだろう。遺体の焼ける匂いが広がらないよう、ウルも気を使っている。

 さすがに子供たちに散らばった遺体を見せ続けるわけにもいかなかったので、土魔法で広めの石小屋を作ってもらい、そこで休んでもらっている。ルーヴァルは女の子が離さなかったので、落ち着くまではそのままにしておいた。助けを求めるような声を出していたが、許せ。

「それにしても、こんなに沢山人がいるなんて。何かあったのだわ?この前はルーを助けて、今度は人間のおちびちゃんだなんて不思議なのだわ~」

 片付けながらウルが呟く。この遺体が身に着けている装備品は質は良くなく、かなり傷んでいる。助けた2人の服装が遺体のもの比べ品質が良く、檻の中に入れられていたことを考えると…。

「こいつらは賊か傭兵の類か?おそらく、あの2人を攫ってきたのだと思う。この森の中に逃げ込んで、しばらくしてから自分たちのねぐらか、依頼主の元に移動する計画だったのかもしれない。この森で戦えるほど腕の良い者たちだったのか、依頼主が処分の手間を省くためにここに逃げ込めと指示したか…」

 この惨状を見ると、後者の可能性が高そうだ。ウルには賊や傭兵の概念が良くわからなかったようだが、あの2人の命を奪おうとしていたようだと話すと、ルーヴァルの時と同じように「おちびちゃんを犠牲にするなんて!」と憤慨していた。

「今日はここで野営することにしよう。あの2人から話も聞きたいからね」

 保護した2人は疲れたのかいつの間にか石小屋の中で寝ていたので、起こさないようにルーヴァルを女の子の腕の中から救出し、野営の準備を終わらせることにした。

 いつの間にか太陽も沈み、夜の闇が訪れていた。、焚火の前でルーヴァルの為に残していた巨猿鬼の肉を与え、簡単なスープを作っていた。

「あ…あの…」

 後ろから少年の声が聞こえる。振り返ると、助けた少年が立っており、その後ろに隠れるように少女がいる。

「この度は…僕たちを助けてくださり、本当にありがとうございます。心から感謝いたします」

 少年はたどたどしいながらも、胸に手を当て深くお辞儀をする。
 その様子を見た少女も、少年の横に立ち、たどたどしくカーテシーを行い、ありがとうございましたと感謝を述べる。

 少年は金髪の碧眼。どこか女性を思わせる中性的な顔立ちだ。少女も金髪の碧眼だが、ふわっとしたクセのある髪の毛で、人形を思わせる可愛さがある。

 着ているものはだいぶ汚れていたのだが、ウルが洗浄の魔法をかけてくれていたようだ。服の質の良さは見ればわかる。

「近くを通りかかった時に声が聞こえてね。間に合ってよかった。その、他の人たちは間に合わなかったけど…。とりあえず、そこに座ったらどうかな」

 焚火を挟んで向かい側に丸太を置き、椅子替わりにして座ってもらう。2人は非常に緊張した面持ちでとても固くなっている。焚火の明かりに照らされる顔が石像みたいにカチコチだ。少しでも気がまぎれるように、スープを渡す。

「ありがとうございます…」
「あ、ありがとう…」

 2人は温かいスープを手に取って少しほっとしたような顔をし、恐る恐る口をつける。

「美味しい…」
「あたたかぁい…」

 彼らは黙々とスープを口に含む。この子達が普段食べているものと比べれば大したものでもないと思うが、よほどお腹が空いていたようだ。器を空にすると、少女は涙をこぼし始めた。少年は泣くのをこらえているが、目に大きく涙を浮かべている。泣かないように必死だ。

 その様子を見たルーヴァルはゆっくりと2人に近づき、膝の上に乗って顔をなめて慰めている。少年はルーヴァルの頭をなでる。あ、少女がまたルーヴァルをぎゅっと抱きしめている。あぁ…苦しそうだがすまん。しばらくそのままで頼む。

 そうこうしているうちにウルが周囲に結界を張り終えて帰ってきた。「わたしだけ除け者なんてずるいのだわ!」とスープの入った器を受け取り、儂の肩の上でスープを飲み始める。今日もなかなかね!とお褒めをいただく。

 涙を流して落ち着いたのか、少年と少女は少しずつ話を始めた。

「あの、僕はシャノン=ロヴァネと言います」
「わ…わたしはサーシャ=ロヴァネ…です」

「儂はシノだ。その抱いてる子狼はルーヴァル」

 こちらも名を名乗る。紹介されたルーヴァルはアウ!と軽く吠える。

「わたしはウル=フォレなのだわ~!!おちびちゃんたちはどこから来たのだわ?」

 ウルは儂の肩に仁王立ちで胸をはって自己紹介する。

「僕たちはギレー辺境伯領の隣にあるロヴァネ公爵領から来ました。えっと…その…父は…そこの領主…です」

「そうか、領主のご子息とご息女だったか。公爵領…すまないが、儂たちはこのあたりのことに詳しくない。その領地はどこにあるんだい?」

「そうですね…。ここは何という森なのかわかりますか?」

「ここは最果ての大森林と呼ばれているそうだよ」

「え!?」

 シャノンは酷く目を見開いて驚いた顔をしたが、すぐに頭を振ると話始めた。

 最果ての大森林に入るには、ソットリス関門を通る必要がある。この関門は最果ての大森林から魔獣が入りこまないようにしているもので、ギレー辺境伯領という領地で管理されているらしい。そして、ギレー辺境伯領から山沿いに隣接する場所にロヴァネ公爵領があるそうだ。地面に簡単な地図を描きながらシャノンが説明してくれた。

「ギレー辺境伯と父上はずっと前から仲が良くて、時々お互いの街に遊びに行ってるんです。珍しく父上の時間が空いたので、市場にみんなで出かけたんですが…。有名な市が開催されてて人手も多くて…。はぐれない様にみんなで固まっていたんですが、父上と少し距離が離れた瞬間、目の前が真っ暗になって…誰かに抱えられていました。すぐに暴れて大声を出したんですけど、何か魔法を使われたようで意識が遠くなって…」

「私も同じで…気づいたらシャノン兄様と一緒に檻の中でした。残念ながら真っ暗になってどのくらいの時間が経っていたのかはわかりません…」

「僕たちを連れてきた人達はどこかの傭兵だったようです…。今日、一旦ここで休憩したら、また違う場所に移動するようでしたが…」

「巨猿鬼に襲われた…と」

 シャノンはこくりと頷く。彼らを攫ったのは傭兵だったのか。賊とは少し異なるが、質の悪い傭兵は金さえもらえればどんな汚れ仕事も請け負う者たちもいる。

「あの…わたしたちどうなるんでしょうか…。あんな怖い魔獣がいるなんて…。早く…お父様に会いたい…家に帰りたい…」

 ルーヴァルを抱きしめながら、サーシャは不安そうにこちらを見る。すると、ウルが飛び立って2人の前胸を張って立つ。

「わたしたちもちょうどソットリス関門ってところに行くつもりだったのだわ!一緒に連れて行ってあげるから安心なさい!」

「本当?!綺麗な妖精さん!!」

 2人の曇っていた顔がぱぁっと明るくなる。

「そうなのだわ!私たちに任せなさい!この森の魔獣なんてちょちょいのちょーいよ!それと…わたしは妖精じゃなくてピクシーよ!覚えておくのだわ!」

「うん!ありがとう!ウルちゃん!!」

 ようやく笑顔が出てきた。子供はこうじゃないといけない。希望が見えてホッとしたのか、シャノンの腹の音が鳴った。檻の中では満足に食事ができてなかったようで、彼は恥ずかしそうに器を差し出した。

 夜の森に賑やかな声が響いた。
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