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2章
28話
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ナディア講師による猛特訓が始まった。
彼女は知恵の加護をフル活用してヴァリ、レオには今年の座学が完了できるように設定した資料を、儂には今年分の歴史と、3年までの基礎座学の予習資料を用意してきた。
それぞれの進捗に合わせて適切なレベルの教材を用意し、指導をしていく彼女には舌を巻いてしまう。
アルヴェリア学園では4年生以降は専門教育に移り、実地研修が多くなる。
領主候補生や研究者、錬金術師などの文官志望の場合は必要だが、騎士や戦士、魔術師などを希望する生徒は学園内での座学は必須ではなくなるようだ。
もちろん、希望すれば好きな講義を受けることもできる。
ちなみに、イレーネの精霊学の講義は5年生の内容になっているが、使い手が非常に少ないこともあって年に数回開催されれば良いほうだ…とタリムは言っていた。
実技の講義を封印されたヴァリとレオは魂が抜けた顔をしながらも、熱意の籠ったナディアの指導になんとか食らいつき、無事、1週間で今年の座学を終わらせることができた。
もちろん、歴史のみだった儂も無事終わったが、特別カリキュラムですわ!と来年以降の座学の予習が詰め込まれた。
前世界では学園に通うこともなかったため、基礎学問さえできていれば不便はなかったし、ここまで頭をフル回転することはなかったと思う。
流石に2年、3年の基礎座学はレベルも高いと感じたが、若い体になった影響も大きく、知識を吸収していくことは素直に楽しかった。
それもこれも、ナディアの適切な指導のおかげではあるから、いつかきちんとお礼を返さないとな、と考えていたら、「シノとウルさんには返しきれない恩があるので必要ありませんわ」とナディアには断られた。
彼女がそういうなら仕方ないが、手助けが必要な事態になれば何においても力を貸すことにしよう。
「ほらほら!さっさと行くのさ!!いざゆかん!冒険者ギルド!!」
座学から解放されたレオは元気一杯だ。この1週間は死んだ魚のような目をしていたが、今はキラッキラと輝いている。
今日は以前からの約束通り、座学を無事終わらせたので、レオとナディアの冒険者登録と、タリムについての相談でギルドに向かうことになっている。
「レオは本当面白い子なのだわっ。なんていうか、ルーヴァルとの模擬戦も毎日懲りずにやってるし、戦うのが楽しい、って言った感じなのだわ」
「…ガゥ」
「根っからの戦士…ってどころかな」
ウルは純粋にレオの前向きさに感心しており、彼女に対する誉め言葉と取っていいのかな、と思いつつルーヴァルを見ると、勘弁してほしい、というような顔でしかめっ面をしている。
ルーヴァルは最近は儂の影の中にいることが多いが、レオに呼ばれればしぶしぶ出てくるあたり、なんだかんだで気に入ってるのではないか、とも思う。
ルーヴァル自身も雷牙狼の本能か、手合わせ自体は大好きなのだから。
最近は少しずつ、雷牙狼特有の魔法も使いながら手加減をしている様子が見て取れる。
「レオの気持ちも分かるぜ…。俺もこの1週間はなんていうか…過酷な修行をしている気分だった。体を動かさない分、相当だったぜ」
やれやれ、と言いつつ、ヴァリも晴れやかな顔をしている。
「わたくしは貴方のこと、少し見直しましたわよ。やればできるのですからちゃんとすれば良いでしょうに」
学園に入学するまで読み書きだけしかやっていないレオと比べ、ヴァリは貴族としての教養がベースになっている。
レオはギリギリの合格だったが、ヴァリは余裕を持って合格していたのだ。
ヴァリに指導をしながら、彼自身の理解力や教養に時折驚いているナディアの様子が見て取れた。
「…ちっ。お前には関係ないだろう?」
「あら?わたくしは訓練の時に受け入れてくれたレオやヴァリにも感謝しているのですよ?恩人である貴方達の為にできることをするのは当たり前ではございませんか」
ぐっ、とヴァリは言葉に詰まる。彼は座学はやれないのではなく、やらないだけなのだろう。
「な…なんだかナディアさん…お母さんみたいですね」
2人の様子を見ていたタリムがぼそっと呟く。言われてみれば、勉強が嫌いでやらないヴァリを母が諭しているようにも見える。
「誰がお母さんですか!!」
「こんな母上が居てたまるか!!」
タリムに抗議する言葉が重なり、思わず笑いがこみあげる。2人は大分息が合ってきたようだ。
冒険者ギルドは学園の寮からはそこまで離れていない。学園関係の管理施設は王都の北西。冒険者ギルドは西の大通りに面する場所に存在している。
そこまで時間はかからずに到着し、レオを先頭として中に入る。
「たーのもー!」
レオが入り口で大きな声で叫ぶと、ギルド内が一瞬静まり、冒険者とギルド職員の視線が一斉にこちらに集中した。
「…なんだ?ガキじゃねぇか」
「見ろよ、あの虎人族の女、学園の制服だぜ?後ろのやつらもだ」
「ん?妖精種と狼の従魔?魔物使いとは珍しいな?」
ざわめきが広がるギルド内。そこに職員の1人が近づいてきた。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」
大体40代後半といったところだろうか?いかにも紳士然とした男性の職員が声をかけてくる。
「こちらの2人の冒険者登録をお願いしたいのと、彼のライセンスの更新をお願いします」
儂は一歩前に進みでて、レオ、ナディアの登録と、タリムの冒険者活動の開始手続きをしたいと伝える。
「承知しました。そちらの方々の冒険者証を確認しても?」
儂とヴァリ、タリムはそれぞれ魔術刻印に触れ、冒険者証を表示させる。
「ヴァリ様と…タリム様。あぁ、イレーネ様の従者の方ですね。そして…シノ様…。ふむ…ちょうどいいですね。皆様の担当に相応しいものがいます。ご案内しますね」
イレーネという言葉にギルドがざわめく。
「イレーネ!?嘘だろ!?」
「『狂気の求道者』の従者だと!?」
「イレーネが通った後は草も生えないと言われているあの!?」
ギルド内から次々と不穏な言葉が聞こえてきた。イレーネ先生…何をしたんですか。
冒険者証を確認した職員は少し間を置いた後、儂らをカウンターへと案内し、ここで待機するように伝えられる。
「なんだ緊張しますわね?」
「ワクワクなのさ!」
「…ドキドキです」
椅子に座って待機していると、冒険者ギルドの経験が少ない子達はそわそわしている。
「お待たせいたしました」
しばらく待った後、多くの書類を持って現れたのは紺色の髪で眼鏡をかけ、口元にほくろがある見知った女性だった。
「サラさん?なぜ王都のギルドに?」
そう。なぜかアイゼラのギルドで担当をしてくれたサラが王都のギルドにいるのだ。
「お久しぶりですね。シノ様、ウル様、ルーヴァル様。実はエリオスのパーティ『焔獅子』がBランクに昇級したのをきっかけに王都に拠点を移すことになりまして、彼らと共に私も異動になりました」
到着は4日前とのことだ。儂らが座学に四苦八苦していた時だから気づくはずもない。
「エリオスさんは無事昇級したんですね。今日はギルドには?」
エリオスがギルドにいるなら少し挨拶をしておきたい。
「彼は今、パーティのメンバーを探していると思います。隙あれば酒場に入り浸る方がいまして、その方を探し出したらギルドに来ると思いますよ」
王都は酒場が多いので時間はかかると思いますが…と、サラはその整った顔に珍しく、苦笑いを浮かべていた。
「シノ~!私達もちゃんと紹介してほしいさ~」
レオに声をかけられてハッと振り返る。あまりに驚いて皆を紹介するのを失念していた。
「サラさん、こちらは学園での儂の同級生です。今日は2人の冒険者登録と、彼の冒険者証の更新に来ました」
サラに紹介をすると、「存じております」と相変わらずテキパキとした手際で対応を始める。
レオとナディアは問題なく冒険者登録が可能で、タリムについても無事、正式に活動を始めることができるように手配してくれた。
「それにしても、良いご学友に恵まれたようですね、シノ様」
「ありがとうございます。良い縁に恵まれまして…」
「冒険者というものは、人と人の繋がりがとても大切です。できた縁を大事してくださいね。これからはこのメンバーでパーティを組まれる予定ですか?」
「学園の講義状況にもよりますが、このメンバーが中心になると思います」
「良いことだと思います。パーティバランスも良いように見受けられますし、身元もしっかりしている方ばかりですので今後が楽しみですね」
サラは今後のことで少し心配していたと優し気な表情で微笑む。
どうやら、アイゼラのギルドでギレーやロヴァネの繋がりを見て儂らを無理やりにでも引き込もうとしていたパーティがいくつも居たらしい。
表立ってはいなかったが強引な行動に移そうとしていた者たちもいたそうで、そういう冒険者にはエルフ達が動いて未然に防いでくれたそうだ。
サラは儂らの実力を知っているので大丈夫とは思いつつも、今後、ランクが上がってパーティを組む際に問題が出ないかなど、気にしてくれていたようだ。その気持ちはとても嬉しく、お礼を言う。
アイゼラのエルフの冒険者達にも機会があったら礼を言うとしよう。
「おーい!サラ!サラはいるか!」
その時、冒険者ギルドに大きな声が響いた。いつぞやに聞いたことがあるセリフだ。この声の主に気づいたサラは頭が痛いといった表情に変わってため息をつく。
声の先を見ると、エリオスがギルドの入り口から入ってきたところだった。
彼はサラを見つけたようでこちらに一直線に向かってくる。猫人族の女性を脇に抱えており、その後ろに牛人族、有隣族、司祭服を着た人族がついてきている。すべて女性だ。
近づいてくると、儂に気づいたようで彼は屈託のない笑顔を見せ手を上げる。
「よぉ!シノじゃないか!!久しぶりだな?」
「お久しぶりですね。無事Bランクへと昇格したようでおめでとうございます」
「あなたは相変わらず大きな声なのだわっ!」
「ありがとよ!!それにウルの嬢ちゃんも元気そうだな!って狼君はめちゃでかくなったな!!」
ルーヴァルの大きさに驚きつつ、声が大きいほうが分かりやすくて良いだろ?とエリオスはにかっと笑って親指を立てる。
「それにしても今日はどうしたんだ?…あ、ちょっと待て!!」
エリオスはサラの視線に気づき、慌てて脇に抱えている猫人族の女性を有隣族の女性に預けている。猫人族の女性は寝ているようだ。「もっと飲むのにゃ…」と寝言を言っている。
「…女性ばかり連れていますわね?誰ですの??」
ナディアが少し顔を顰めながら小声で声をかけてくる。
「アイゼラでお世話になった冒険者だよ。…その、パーティメンバーが女性ばっかりというのは知らなかったが。こんなに女性が好きな人だったとは…」
少し胡乱な表情で彼を見ると、焦ったようにエリオスは手を交差させる。
「ちょ、ちょっと待った!!誤解があるようだが!!確かに女は好きだが…俺はハーレムを作るつもりはないんだぞ!!」
「女性ばかりをパーティに誘っておいて下心がないとは言えないでしょう」
サラがカウンターからキラッと眼鏡を光らせて凄みの籠った声で言うと、うっ!とエリオスは言葉に詰まってしまう。
すると、神官のような服装をした女性が前に進み出る。
「彼の名誉の為にお伝えしておきますが、このパーティに女性が多くなってしまったのは私の影響が大きいのです。どうか誤解の無きようにお願いいたしたく存じます」
神官の女性は胸に手を当てて丁寧に頭を下げる。
「あ~、まぁ、うん。そんなところだ」
なんとなく居心地が悪くなったのか、エリオスは頬を掻いている。
神官の女性はすっと顔を上げ、儂の顔を見ると目を見開き、固まった。
儂はこの人とは初対面のはずだが…?何かあったのだろうか?
「どうしましたか?」
「…少し…昔の知人に似ていましたもので…失礼いたしました」
彼女はすっとエリオスの後ろに下がって有隣族の女性の隣に控えた。
「あっははは!!こう見えてこいつはそこのサラに惚れ込んでるのさ!他の女のことなんて目に入んねぇよ」
牛人族の大柄の女性が充分に鍛え上げられたそのたくましい腕をエリオスの肩に回す。
「あ!ガルラ!!ちょ!お前!なんてことを!!!」
エリオスはとんでもないことを暴露され、顔を真っ赤にしながら大きく慌てている。
「とりあえず、エリオス。シノ様たちがどうしたらいいか分からなくなっていますよ」
当のサラはとっても威圧感のある冷ややかな目をエリオスに向け、冷静に状況を指摘する。エリオスは儂らを見回し、咳ばらいをして続ける。
「お、おう。ここじゃ少し狭いしあっちに行こうぜ。この時間は空いてるからよ」
冒険者ギルドに併設されている酒場を親指で指し、エリオスは他のメンバーを連れて移動する。
「…あの人達、結構やるな?あれがBランクか」
「うんうん。あんなでもエリオスって人はかなり強そうな匂いを感じたさ。神官以外の他の2人も相当だよ」
「あれが冒険者なんですね。…僕もあんな風にならないとですか?」
タリムはちょっと不安そうな顔をしている。エリオスは結構特殊なタイプだと思うので、無理に真似しなくていいと伝えておいた。
一方、ナディアは気になることがあるようで難しい表情をしている。
「ナディア、どうしたんだ?」
「…いえ。あの神官の方の身に着けている首飾りをどこかで見たような覚えがありまして…」
神官の彼女の都合でパーティに女性が多くなってしまったと言っていた。
知恵の加護を持つナディアが気になるのであれば、あの女性に何らかの秘密がある可能性はある…か。
「そうか。ナディアは儂らが知らない知識を沢山持ってるからね。彼女が大切に持っているのであればきっと意味のある首飾りなのかもしれない。もし思い出したら教えてくれ」
「分かりましたわ」
儂はナディアに返事を返すとサラに対応の礼を伝え、エリオス達の後について移動をすることにした。
彼女は知恵の加護をフル活用してヴァリ、レオには今年の座学が完了できるように設定した資料を、儂には今年分の歴史と、3年までの基礎座学の予習資料を用意してきた。
それぞれの進捗に合わせて適切なレベルの教材を用意し、指導をしていく彼女には舌を巻いてしまう。
アルヴェリア学園では4年生以降は専門教育に移り、実地研修が多くなる。
領主候補生や研究者、錬金術師などの文官志望の場合は必要だが、騎士や戦士、魔術師などを希望する生徒は学園内での座学は必須ではなくなるようだ。
もちろん、希望すれば好きな講義を受けることもできる。
ちなみに、イレーネの精霊学の講義は5年生の内容になっているが、使い手が非常に少ないこともあって年に数回開催されれば良いほうだ…とタリムは言っていた。
実技の講義を封印されたヴァリとレオは魂が抜けた顔をしながらも、熱意の籠ったナディアの指導になんとか食らいつき、無事、1週間で今年の座学を終わらせることができた。
もちろん、歴史のみだった儂も無事終わったが、特別カリキュラムですわ!と来年以降の座学の予習が詰め込まれた。
前世界では学園に通うこともなかったため、基礎学問さえできていれば不便はなかったし、ここまで頭をフル回転することはなかったと思う。
流石に2年、3年の基礎座学はレベルも高いと感じたが、若い体になった影響も大きく、知識を吸収していくことは素直に楽しかった。
それもこれも、ナディアの適切な指導のおかげではあるから、いつかきちんとお礼を返さないとな、と考えていたら、「シノとウルさんには返しきれない恩があるので必要ありませんわ」とナディアには断られた。
彼女がそういうなら仕方ないが、手助けが必要な事態になれば何においても力を貸すことにしよう。
「ほらほら!さっさと行くのさ!!いざゆかん!冒険者ギルド!!」
座学から解放されたレオは元気一杯だ。この1週間は死んだ魚のような目をしていたが、今はキラッキラと輝いている。
今日は以前からの約束通り、座学を無事終わらせたので、レオとナディアの冒険者登録と、タリムについての相談でギルドに向かうことになっている。
「レオは本当面白い子なのだわっ。なんていうか、ルーヴァルとの模擬戦も毎日懲りずにやってるし、戦うのが楽しい、って言った感じなのだわ」
「…ガゥ」
「根っからの戦士…ってどころかな」
ウルは純粋にレオの前向きさに感心しており、彼女に対する誉め言葉と取っていいのかな、と思いつつルーヴァルを見ると、勘弁してほしい、というような顔でしかめっ面をしている。
ルーヴァルは最近は儂の影の中にいることが多いが、レオに呼ばれればしぶしぶ出てくるあたり、なんだかんだで気に入ってるのではないか、とも思う。
ルーヴァル自身も雷牙狼の本能か、手合わせ自体は大好きなのだから。
最近は少しずつ、雷牙狼特有の魔法も使いながら手加減をしている様子が見て取れる。
「レオの気持ちも分かるぜ…。俺もこの1週間はなんていうか…過酷な修行をしている気分だった。体を動かさない分、相当だったぜ」
やれやれ、と言いつつ、ヴァリも晴れやかな顔をしている。
「わたくしは貴方のこと、少し見直しましたわよ。やればできるのですからちゃんとすれば良いでしょうに」
学園に入学するまで読み書きだけしかやっていないレオと比べ、ヴァリは貴族としての教養がベースになっている。
レオはギリギリの合格だったが、ヴァリは余裕を持って合格していたのだ。
ヴァリに指導をしながら、彼自身の理解力や教養に時折驚いているナディアの様子が見て取れた。
「…ちっ。お前には関係ないだろう?」
「あら?わたくしは訓練の時に受け入れてくれたレオやヴァリにも感謝しているのですよ?恩人である貴方達の為にできることをするのは当たり前ではございませんか」
ぐっ、とヴァリは言葉に詰まる。彼は座学はやれないのではなく、やらないだけなのだろう。
「な…なんだかナディアさん…お母さんみたいですね」
2人の様子を見ていたタリムがぼそっと呟く。言われてみれば、勉強が嫌いでやらないヴァリを母が諭しているようにも見える。
「誰がお母さんですか!!」
「こんな母上が居てたまるか!!」
タリムに抗議する言葉が重なり、思わず笑いがこみあげる。2人は大分息が合ってきたようだ。
冒険者ギルドは学園の寮からはそこまで離れていない。学園関係の管理施設は王都の北西。冒険者ギルドは西の大通りに面する場所に存在している。
そこまで時間はかからずに到着し、レオを先頭として中に入る。
「たーのもー!」
レオが入り口で大きな声で叫ぶと、ギルド内が一瞬静まり、冒険者とギルド職員の視線が一斉にこちらに集中した。
「…なんだ?ガキじゃねぇか」
「見ろよ、あの虎人族の女、学園の制服だぜ?後ろのやつらもだ」
「ん?妖精種と狼の従魔?魔物使いとは珍しいな?」
ざわめきが広がるギルド内。そこに職員の1人が近づいてきた。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」
大体40代後半といったところだろうか?いかにも紳士然とした男性の職員が声をかけてくる。
「こちらの2人の冒険者登録をお願いしたいのと、彼のライセンスの更新をお願いします」
儂は一歩前に進みでて、レオ、ナディアの登録と、タリムの冒険者活動の開始手続きをしたいと伝える。
「承知しました。そちらの方々の冒険者証を確認しても?」
儂とヴァリ、タリムはそれぞれ魔術刻印に触れ、冒険者証を表示させる。
「ヴァリ様と…タリム様。あぁ、イレーネ様の従者の方ですね。そして…シノ様…。ふむ…ちょうどいいですね。皆様の担当に相応しいものがいます。ご案内しますね」
イレーネという言葉にギルドがざわめく。
「イレーネ!?嘘だろ!?」
「『狂気の求道者』の従者だと!?」
「イレーネが通った後は草も生えないと言われているあの!?」
ギルド内から次々と不穏な言葉が聞こえてきた。イレーネ先生…何をしたんですか。
冒険者証を確認した職員は少し間を置いた後、儂らをカウンターへと案内し、ここで待機するように伝えられる。
「なんだ緊張しますわね?」
「ワクワクなのさ!」
「…ドキドキです」
椅子に座って待機していると、冒険者ギルドの経験が少ない子達はそわそわしている。
「お待たせいたしました」
しばらく待った後、多くの書類を持って現れたのは紺色の髪で眼鏡をかけ、口元にほくろがある見知った女性だった。
「サラさん?なぜ王都のギルドに?」
そう。なぜかアイゼラのギルドで担当をしてくれたサラが王都のギルドにいるのだ。
「お久しぶりですね。シノ様、ウル様、ルーヴァル様。実はエリオスのパーティ『焔獅子』がBランクに昇級したのをきっかけに王都に拠点を移すことになりまして、彼らと共に私も異動になりました」
到着は4日前とのことだ。儂らが座学に四苦八苦していた時だから気づくはずもない。
「エリオスさんは無事昇級したんですね。今日はギルドには?」
エリオスがギルドにいるなら少し挨拶をしておきたい。
「彼は今、パーティのメンバーを探していると思います。隙あれば酒場に入り浸る方がいまして、その方を探し出したらギルドに来ると思いますよ」
王都は酒場が多いので時間はかかると思いますが…と、サラはその整った顔に珍しく、苦笑いを浮かべていた。
「シノ~!私達もちゃんと紹介してほしいさ~」
レオに声をかけられてハッと振り返る。あまりに驚いて皆を紹介するのを失念していた。
「サラさん、こちらは学園での儂の同級生です。今日は2人の冒険者登録と、彼の冒険者証の更新に来ました」
サラに紹介をすると、「存じております」と相変わらずテキパキとした手際で対応を始める。
レオとナディアは問題なく冒険者登録が可能で、タリムについても無事、正式に活動を始めることができるように手配してくれた。
「それにしても、良いご学友に恵まれたようですね、シノ様」
「ありがとうございます。良い縁に恵まれまして…」
「冒険者というものは、人と人の繋がりがとても大切です。できた縁を大事してくださいね。これからはこのメンバーでパーティを組まれる予定ですか?」
「学園の講義状況にもよりますが、このメンバーが中心になると思います」
「良いことだと思います。パーティバランスも良いように見受けられますし、身元もしっかりしている方ばかりですので今後が楽しみですね」
サラは今後のことで少し心配していたと優し気な表情で微笑む。
どうやら、アイゼラのギルドでギレーやロヴァネの繋がりを見て儂らを無理やりにでも引き込もうとしていたパーティがいくつも居たらしい。
表立ってはいなかったが強引な行動に移そうとしていた者たちもいたそうで、そういう冒険者にはエルフ達が動いて未然に防いでくれたそうだ。
サラは儂らの実力を知っているので大丈夫とは思いつつも、今後、ランクが上がってパーティを組む際に問題が出ないかなど、気にしてくれていたようだ。その気持ちはとても嬉しく、お礼を言う。
アイゼラのエルフの冒険者達にも機会があったら礼を言うとしよう。
「おーい!サラ!サラはいるか!」
その時、冒険者ギルドに大きな声が響いた。いつぞやに聞いたことがあるセリフだ。この声の主に気づいたサラは頭が痛いといった表情に変わってため息をつく。
声の先を見ると、エリオスがギルドの入り口から入ってきたところだった。
彼はサラを見つけたようでこちらに一直線に向かってくる。猫人族の女性を脇に抱えており、その後ろに牛人族、有隣族、司祭服を着た人族がついてきている。すべて女性だ。
近づいてくると、儂に気づいたようで彼は屈託のない笑顔を見せ手を上げる。
「よぉ!シノじゃないか!!久しぶりだな?」
「お久しぶりですね。無事Bランクへと昇格したようでおめでとうございます」
「あなたは相変わらず大きな声なのだわっ!」
「ありがとよ!!それにウルの嬢ちゃんも元気そうだな!って狼君はめちゃでかくなったな!!」
ルーヴァルの大きさに驚きつつ、声が大きいほうが分かりやすくて良いだろ?とエリオスはにかっと笑って親指を立てる。
「それにしても今日はどうしたんだ?…あ、ちょっと待て!!」
エリオスはサラの視線に気づき、慌てて脇に抱えている猫人族の女性を有隣族の女性に預けている。猫人族の女性は寝ているようだ。「もっと飲むのにゃ…」と寝言を言っている。
「…女性ばかり連れていますわね?誰ですの??」
ナディアが少し顔を顰めながら小声で声をかけてくる。
「アイゼラでお世話になった冒険者だよ。…その、パーティメンバーが女性ばっかりというのは知らなかったが。こんなに女性が好きな人だったとは…」
少し胡乱な表情で彼を見ると、焦ったようにエリオスは手を交差させる。
「ちょ、ちょっと待った!!誤解があるようだが!!確かに女は好きだが…俺はハーレムを作るつもりはないんだぞ!!」
「女性ばかりをパーティに誘っておいて下心がないとは言えないでしょう」
サラがカウンターからキラッと眼鏡を光らせて凄みの籠った声で言うと、うっ!とエリオスは言葉に詰まってしまう。
すると、神官のような服装をした女性が前に進み出る。
「彼の名誉の為にお伝えしておきますが、このパーティに女性が多くなってしまったのは私の影響が大きいのです。どうか誤解の無きようにお願いいたしたく存じます」
神官の女性は胸に手を当てて丁寧に頭を下げる。
「あ~、まぁ、うん。そんなところだ」
なんとなく居心地が悪くなったのか、エリオスは頬を掻いている。
神官の女性はすっと顔を上げ、儂の顔を見ると目を見開き、固まった。
儂はこの人とは初対面のはずだが…?何かあったのだろうか?
「どうしましたか?」
「…少し…昔の知人に似ていましたもので…失礼いたしました」
彼女はすっとエリオスの後ろに下がって有隣族の女性の隣に控えた。
「あっははは!!こう見えてこいつはそこのサラに惚れ込んでるのさ!他の女のことなんて目に入んねぇよ」
牛人族の大柄の女性が充分に鍛え上げられたそのたくましい腕をエリオスの肩に回す。
「あ!ガルラ!!ちょ!お前!なんてことを!!!」
エリオスはとんでもないことを暴露され、顔を真っ赤にしながら大きく慌てている。
「とりあえず、エリオス。シノ様たちがどうしたらいいか分からなくなっていますよ」
当のサラはとっても威圧感のある冷ややかな目をエリオスに向け、冷静に状況を指摘する。エリオスは儂らを見回し、咳ばらいをして続ける。
「お、おう。ここじゃ少し狭いしあっちに行こうぜ。この時間は空いてるからよ」
冒険者ギルドに併設されている酒場を親指で指し、エリオスは他のメンバーを連れて移動する。
「…あの人達、結構やるな?あれがBランクか」
「うんうん。あんなでもエリオスって人はかなり強そうな匂いを感じたさ。神官以外の他の2人も相当だよ」
「あれが冒険者なんですね。…僕もあんな風にならないとですか?」
タリムはちょっと不安そうな顔をしている。エリオスは結構特殊なタイプだと思うので、無理に真似しなくていいと伝えておいた。
一方、ナディアは気になることがあるようで難しい表情をしている。
「ナディア、どうしたんだ?」
「…いえ。あの神官の方の身に着けている首飾りをどこかで見たような覚えがありまして…」
神官の彼女の都合でパーティに女性が多くなってしまったと言っていた。
知恵の加護を持つナディアが気になるのであれば、あの女性に何らかの秘密がある可能性はある…か。
「そうか。ナディアは儂らが知らない知識を沢山持ってるからね。彼女が大切に持っているのであればきっと意味のある首飾りなのかもしれない。もし思い出したら教えてくれ」
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ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。
彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。
「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」
そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。
楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。
目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。
そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
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ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
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無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
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