退魔の少女達

コロンド

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寄生の淫魔 1

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「ここだよ」
「ここ、大学のキャンパスみたいですけど……」

サクラとカコは、堂々と開け放たれた大学の正門前にいた。
門を超えた先にはいくつもの建物が立ち並び、その合間を私服の学生たちが歩き回っている。

先日のクラケイスと名乗った淫魔との戦闘から数日。
サクラの体力も回復しきったところで、カコはサクラをこの場所まで連れてきた。

「分かるかい、サクラせんぱい」
「……はい、このどんよりとした感じ、一体や二体じゃない。無数の淫魔の気配を感じます。なんだかここに立ってるだけで気分が悪くなる……」

学生たちが笑みを浮かべながら登校する活気ある雰囲気とは裏腹に、このキャンパス全体から禍々しい淫魔の気配が漂っていた。
そこはもはや淫魔の根城と言うに相応しい。

「この中に、クイーンが?」
「おそらくね。私もやられてばっかってのは性に合わないからさ、色々調査してたところあからさまやべー場所を見つけてね。だがご覧の通り、キャンパス全体が淫魔くさ過ぎてクイーンの居処が分からない。そ、こ、で、サクラせんぱいの出番ってわけさ」
「……は、はい?」

突然にっこり微笑み出すカコ。
しかしそれが意図することをサクラはまだ理解できていない。

「調査だよ、調査」
「……調査?」
「そう、例えクイーンであろうと相手は人間さ。人間社会に生きる一人の人間である以上、ここに潜伏しているとってことは、何らかの大義名分を持ってここにいるはずだ。それが生徒なのか教師なのかまでは分からないけどさ。でもだったら怪しい動きをしているやつがどっかにいるはずだろ?」
「それは…………そうでしょうが……」

サクラはたらりと頬に汗を流す。

「な、ここまで言えば伝わるだろ?」
「私に調査してこいと……?」

カコは何も言わずに首を縦にふる。

「え……私だけ、ですか」
「当たり前じゃん、私は顔が割れてるんだから。私が一緒に行ったら自ら網にかかりに行くようなもんだろ。だからサクラせんぱいには一人で調査してきてもらいます」
「い、いや……です」
「えー、協力してくれるって言ったじゃん」
「それは……そうなのですが…………この、格好は……せめて普通の服を……」

サクラは頬を赤く染めながら、身を縮こめるようにして辺りをキョロキョロと見回す。
その身に着ているのは相変わらずの露出度が高いゴシックドレスだった。

「ごめんサクラせんぱいのサイズに合いそうな服それしかないんだわ」
「絶対嘘ですッ!」

道行く人々の視線が痛い。
一瞬視線があったかと思うと一瞬で目を逸らされる。

「いいじゃん似合ってるよ、その格好。それに目を引く格好をしてる方がことが上手く運ぶんじゃないかな? 知らんけど」
「上手く行くわけありません! 絶対変なヤツだと思われます!」
「あーもうぐちぐちうるさいなぁ。行くっつったら行くんだよ!」
「あうッ!」

カコはサクラに蹴りを入れ、無理やりキャンパスの中へと押し入れた。

「ああ、ちょっとカコちゃ……ん?」

そして振り返るとそこにもうカコの姿はなかった。
キャンパス内にポツンと一人、派手な格好のままサクラはそこに取り残された。

「えぇ……本当にこの格好で一人で調査しないといけないの……?」

この時点でサクラの心はすでに折れそうだった。

 ***

照りつける太陽の下、サクラはキャンパス内のカフェでうなだれていた。

「ひろい……広すぎる……こんなのどうすれば……」

キャンパスの広さもそうだが、事前情報が少なすぎるのも問題だった。
そもそも調査と言ったって何を調査すればいいのかすら曖昧だ。
道行く人に「クイーンのことを知りませんか?」とでも尋ねればいいのだろうか。

「はは、ミスコンの優勝者とか連れてこられそう」

サクラは自分の浅はかな発想に薄ら笑いを浮かべ、次にどうすればいいのかを考える。
人づてに話を聞くのは難しい。
となれば次にできることと言えば、淫魔の香りが最も濃い場所を調査することくらいか。
またこの姿で歩き回らなければならないのかと、サクラは頭を抱える。
とは言えここに居ても何も分からない。
少し危険かもしれないが淫魔の調査を行おう。
そう思いサクラは頭を上げると、テーブル越しに知らない女性が座っていた。

「わっ! あ、あの……えっと」

辺りを見回すとカフェ内の席はまばらに空いていて、目の前のメガネをかけた彼女が自分と同じテーブルの席に座っている理由が分からなかった。
サクラが困惑する中、正面に座る女性が口を小さく開く。

「……あなた、もしかして退魔師ですか?」

その問いを聞いた瞬間、サクラの体も思考もピタリと止まった。
そして数秒後、ハッとして我を取り戻す。

「……あ、あなたは!?」
「実は私も退魔師なの、少し前からここを調査しててね。ミユキって言うの」

真っ暗だった闇の中に希望の光が見え、サクラの顔はパァっと明るくなる。

「あ、あのっ、私サクラって言います! な、なんで私が退魔師だときづいたんですか?」
「長年やってると立ち振る舞いでなんとなく分かるんですよ、それにほら……目立ってたので」
「うっ、いや……これは違うんです……色々あって」
「いや、いいんですいいんです。服の趣味は人それぞれですからね」
「いや、そうじゃなくて……」

誤解を解こうとなんとか今の状況を説明しようと思ったサクラだったが、クイーンの味方をしているなどと口が裂けても言えなかった。
結局口をつぐむことした。

「あ、そうだ、私聞きたいことがーー」
「うん、でもここでそういう話をするのはちょっとね、場所を変えましょう」

そう言われて、物静かなカフェの中、自分が舞い上がって想定より大きな声で話していたことに気づく。

「そ、そうですね」
「じゃあついてきて、見せたいものがあるの」

そう言われ、退魔師を名乗る彼女にサクラはついていくことにした。
カフェを出て、いくつかの建物を通り抜けた後、他の建物に比べ古めの研究棟の中へと足を踏み入れた。
建物の中はどこかどんよりしていて薄暗い。
左右に同じような研究室がいくつも並び、まるで永遠に続く廊下を歩いているかのような錯覚を覚える。
そしてある程度建物の奥へ進んだところでミユキは急に立ち止まった。

「ここよ」
「……ここに、何が?」
「いいから入ってみて」

そう言って彼女は扉を開ける。
いくつかある蛍光灯のうち半分くらいしか点灯していない薄暗いその部屋に、サクラは足を踏み入れる。
中には数名の大学生と思われる女性がそれぞれ雑誌を読んだり、スマホをいじったりしていた。
彼女たちも退魔師なのだろうかと淡い期待を抱くが、どうもそうには見えない。
本当にただの女子大生のようにしか見えなかった。
室内の空気に呆気に取られていると、サクラが入ってきた扉が閉められ、同時にガチャリと鍵が閉められる音が聞こえた。

「え?」

後ろに立つミユキと目が合うと彼女はニコリと微笑む。
そして気づく、この部屋に漂う異常なまでの淫魔の匂いに。
キャンパス全体から漂う淫魔の香りのせいで麻痺していたが、この部屋は胸を押しつぶすような淫魔の気配に満ちている。

「みんな、今日のゲストはこの子、サクラちゃんって言うんだって」

ミユキはそう言ってサクラの肩を掴み、室内にいる他の女子大生に向けてサクラを紹介した。

「へぇー随分可愛い子連れてきたわね」
「すごいカッコ、痴女かな……?」
「なんてアニメのコスプレだろ?」
「ちっちゃくて可愛いね、私好みかも~」

室内にいる女子大生たちは各々が別の反応を見せる。
サクラは何が起こっているのか理解が追いつかず、ただただ困惑する。

「あの、これは? ……ッ!?」

サクラはもう一度ミユキと視線を合わせる。
するとミユキはどこか不気味な笑みを浮かべながら、視点の合わない震えた瞳でこちらを見つめていた。
そしてそこから溢れる淫魔の香り。
サクラは確信する。
これは淫魔の罠であると。
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